IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
7.「魔術師ビンスとファロウのほこら」その2

「ビンスッ!」

 ミランダが叫んだ。
 部屋で待っていた男・ビンスは芝居がかった動作で彼女に手をひろげた。

「ああ、会いたかったよミランダ、ついでにロバート! 君たちは変わらないね。元気そうで何よりだよ!」
「ついでは余計だ、ビンス。あのふざけた障壁とこの洞窟は、お前の仕業か。一体何が目的だ」

 ロバートが剣を抜いた。
 ビンスはにっこりと笑って頭に手をつけた。

「おいおい、五日ぶりの再開だっていうのに、ずいぶんじゃないか。待ってくれよ。この洞窟は僕がやったんじゃない。友人の君たちに疑われるなんて、とても悲しいよ」

「ソルテスか」

 話に入ってきたのはハヤトである。すでに「蒼きつるぎ」のオーラは消えている。

「これをやったのは……ソルテスか!?」

 ビンスは彼を見て片眉をあげた。

「きみがハヤトだね。新しい『蒼きつるぎ』の勇者」
「答えろよ。お前はソルテスとつながりがあるのか?」
「君もせっかちさんのようだねえ。そんなに生き急ぐと、寿命が縮まるぜ?」
「答えろっ!」

 ハヤトは剣を鞘ばしらせ、ビンスに飛びかかった。
 ビンスは斬撃をひらりとかわし、ハヤトの胸部分に手を添えると、“魔力”で衝撃波を起こした。
 ハヤトは壁に叩きつけられた。

「ハヤト君!」
「おやおや……ハヤト。君ってば、動きがまるで素人じゃないか。“魔力”もからっきしだ。これじゃあ、『蒼きつるぎ』はまだ未完成かな」
「ビンス、てめええ!」

 今度はミランダが襲いかかったが、ほとんど同じようにして逆側の壁に吹き飛ばされた。

「ぐう……ビンス!」
「うーん、相変わらずいい声だ。ではそろそろ、説明してあげよう。洞窟は違うが、あの障壁は僕が作った。友人の君たちを巻き込まないようにするためだ」
「けっ、なにが友人だ。たった数ヶ月、一緒に傭兵をやっただけだろ」
「その数ヶ月がいかに、僕の心に花を咲かせてくれたことか! 本来の目的を忘れそうになるくらい、君たちといた期間は楽しかったよ。でも、それももう終わりだ。新しい『蒼きつるぎ』の勇者が現れたからね。ハヤト……僕は君を待っていた」

 マヤに抱えられて立ち上がったハヤトがビンスをにらみつける。

「どういうことだ」
「僕は魔王ソルテスのしもべ、ビンス・マクブライト。以後、お見知りおきを」

 ハヤトはつばを飲み込んだ。
 ソルテスの、しもべ。
 つまり……ユイと直接繋がる人物だ。

「ソルテス……ユイに、ユイに会わせろ! あいつは一体何を考えてる。どうして俺をこんな世界に送った! 『蒼きつるぎ』ってのはなんなんだ!」
「おうおうおう。ハヤト、ハヤト。一体いくつ質問するんだ? 僕が全知全能の神だとでも思っているのか? 光栄だがそうじゃない。僕は魔王の手下だ。勇者と戦うのが当然だろう? さあ、『蒼きつるぎ』を出しなよ」
「なめやがって、言われなくても出してやる! 剣よ!」

 ハヤトは剣を掲げたが、「蒼きつるぎ」は発動しない。彼は奥歯をぎりとならして地団駄を踏んだ。

「くそ! またかよッ!」

 ビンスはそれを見てにやりと笑った。

「どうやらまだ制御しきれていないようだね。でも仕事だからね。なんとしても見せてもらうよ」

 ビンスは“魔力”を練って、地面をたたいた。
 すると、地面がうねうねと動きだし、突き上がるようにして三体の人形が現れた。人間にそっくりだが、顔は何も描かれておらず不気味である。三体とも、きらびやかなドレスをまとっている。

「さあ、『ドール』のみんな。この人たちと遊んであげなさい。ハヤト君以外は、殺してしまってもいいからね」

 ビンスが指をはじくと、「ドール」と呼ばれた人形が動き出す。一体はミランダのほうへ、もう一体はルーとロバートへ、最後の一体は、ハヤトとマヤへと向かった。



 戦況は思わしくなかった。

 ミランダが大声をあげながら突きを連射する。しかし、ドールはそれらをすべてはじきとばし、彼女の頬に拳をぶつけた。

「ぐうっ!」

 その姿を見て、ビンスは腕を組んで口角をあげた。

「ミランダ、きみの声はやはりいい。どうだい、そろそろ僕とつき合うってのは? 強い男が好みなんだろう?」

 ミランダは立ち上がりながら、血の混じったつばを吐いた。

「例え強くても……あんたなんかごめんだよ」
「残念だ。じゃあ、死ぬしかないね」

 ロバートは、ルーを守るようにして人形と戦っている。

「おチビ。あの男を魔法で狙えるか?」

 ルーは珍しくぶすっとした表情で、すでに“魔力”を溜めている。

「あの人……“魔力”はすごいけど、ハヤトを傷つけたの。絶対許さないの!」

 ルーは「エッジ」を生成し、発射する。
 しかしビンスはそれを“魔力”を込めた手で軽々とはじいた。

「人獣のお嬢さんは“魔力”の錬成が甘いね。だが筋はいい。末恐ろしいよ」
「えっ……!」

 ハヤトとマヤは、二人で連携する。

「ハヤト君、次は左右で揺さぶって! 剣が出せない以上、冷静になるのよ」
「わかってるよっ! てやぁあああっ!」

 ハヤトが人形の横から斬撃を浴びせる。
 人形は左腕でそれを受け止めた。ガン、という重い音とともに火花が散る。

「くそ、堅いっ!」
「だったら!」

 マヤの腕から電撃がほとばしった。握った手を人形にぶつけ、電撃魔法を直接浴びせる。
 だが、効き目はない。人形はひるむことなく、マヤの腹を殴って吹き飛ばした。
 ビンスはそれを見て額に手を当てた。

「あぁ、残念! 僕の『ドール』に電撃は効かないんだよね」

 全員が圧倒されていた。
 ビンスの人形「ドール」たちの戦闘能力は、いずれもハヤトたち一行を上回っていた。
 ハヤトは初めての苦戦に、焦りを感じていた。
 こんなところで負けていられない。
 はやく、「蒼きつるぎ」を出さなければ。

「ちくしょうっ! 剣よ、どうして出ないんだ!」

 ビンスがうんうんと頷く。

「だよね。おかしいよね。だってさっき、すごい量の“魔力”を出してたじゃない。もしかしてあれで全部使っちゃったのかい? だとすると、困ったな」

 ビンスはハヤトのほうを向きながらも、腕を掲げて右方向から飛んでくるルーの「エッジ」をはじく。

「お嬢さん、ちょっとうざったいよ」

 ルーは構わず、もう一度「エッジ」の詠唱を始める。だがビンスが指をはじくと、彼女の足下の床がどがんと突きあがった。

「ルー!」

 ハヤトは人形の攻撃をかわしながら、空中に投げ出されたルーのほうへと走って受け止めた。

「大丈夫か!」
「び、びっくりしたの」

 ビンスはそれを見て、何かを思いついた顔をした。



「ハヤト君は仲間思いなんだねえ。彼女とはまだ、出会って一週間経ったかどうか、くらいでしょ? ずいぶんとまあ、熱をあげてるんだね。もしかして、その子を奴隷にでもしたのかい?」

 ビンスの一言に、ハヤトが激昂する。

「何が奴隷だ! てめえの趣味と一緒にするんじゃねえ! ルー! マヤの補助を頼む!」
「わかったの!」

 ハヤトはビンスの元へと直接攻撃しにかかる。
 しかし、ビンスの体の周りには「障壁」が敷かれており、剣は彼の目の前ではじかれた。

「ルーはな、やりたくもないことをずっとやらされてたんだ!」
「へえ。今の君みたいにかい?」
「ああ、まあな! だから助けた!」

 ハヤトは攻撃を続ける。ビンスは涼しい顔をして、彼が必死に剣をふるうのを見ている。

「やりたくもないのに、どうしてそう必死になるんだい?」
「ソルテス……ユイに会って帰るためだ! もうこんな風に、訳のわからないまま戦うのは勘弁なんだよ!」
「ははっ! 勇者のせりふだとは思えないな」
「黙れ、お前に何がわかる!」

 ハヤトが振りかぶってビンスの頭に向かって剣をたたきつける。
 びし、と音がして障壁が少しばかり壊れた。
 ビンスはそれを見て表情を変えた。

「こんな障壁がなんだ。無理矢理こじあけて、お前をぶっとばしてでも、ユイのことを聞き出してやる」
「……君、少し暑苦しいぜ」

 ビンスは衝撃波を撃とうとしたが、その前にもう一撃、ハヤトの剣が障壁にぶつかった。今度は障壁全体にひびが入る。

「なにっ……! 僕の障壁が!?」
「やあああああっ!」

 その時、ハヤトの背後にドールが現れ、彼の首を絞めた。ビンスは後ずさりする。

「驚いたね、ハヤト。君はどうやら本当にソルテスちゃんが言っていた通りの勇者らしい。だが!」

 ビンスは腕をぐっと握って掲げた。
 ハヤトの首を絞めるドールが、さらにその力を強めた。

「君みたいな魔法の初心者に、この大魔術師が負けるわけにはいかないね」

 だがその時、ドールが勢いよく吹き飛んだ。
 解放されたハヤトが見ると、ミランダが仁王立ちしていた。

「へっ、ハヤト! 濡れたぜ、今の言葉!」

 ミランダは走ってドールにもう一度体当たりをかます。

「もう『蒼きつるぎ』なんてなくても、アタシはあんたに惚れたよ! 一生離さない! だからさっさと、そのバカをぶっとばしちまいな!」
「おおっ!」

 ハヤトはビンスのもとへと走る。
 だがビンスは、不適な笑みを浮かべた。

「ハヤト。君が情に厚い熱血野郎なのはよーくわかった。障壁を壊される前に、『蒼きつるぎ』だけ見せてもらうことにするよ。では……金髪の彼女にご注目」

 ハヤトは、思わず後ろを振り返る。

「マヤ!」

 ドールが、マヤに襲いかかろうとしていた。



 マヤは、ルーと共にドールとの戦いを続けていた。

「ルーちゃん、左!」
「はいなの!」

 ルーの「エッジ」がドールを襲う。ドールは左に逸れてかわしたが、ドレスの右腕部分が吹き飛んだ。すぐ先には、すでにマヤが剣を構えている。

「もらった!」

 だが、その時。
 ドールがもう一体、背後に現れた。

「危ない!」

 ドールの攻撃は、走り込んできていたロバートによって防がれた。

「マヤちゃんが狙われてるぞ! チビ、魔法を撃ちまくれ!」
「わ、わかってるの……!」

 だが、ルーは荒い息を吐き、耳もぺたんと折れてしまっていた。彼女は“魔力”の使いすぎで消耗しきっていた。

 ドールの一体は、そのルーを蹴り飛ばし、もう一体はロバートにのしかかって彼を地面に叩き伏せた。

 三体目のドールが、その手に“魔力”をしたため、残されたマヤを襲う。

「マヤ!」

 遠目からハヤトが走ってくる。マヤは気丈にも、剣を構えて“魔力”を練った。

「ベルスタ騎士団は、第四師団長マヤ・グリーン! 私は、逃げも隠れもしないっ!」

 ハヤトは走った。マヤに向かって。
 このドールは強すぎる。マヤひとりに勝てる相手ではない。
 可能性があるとすれば……「蒼きつるぎ」。
 これしかない。今、出さねばいつ出すのだ。

「剣よ! 力を……貸せっ!」

 ハヤトは剣を前方に出した。
 「蒼きつるぎ」が発動すれば、いつものように、こんな奴らは倒せる。
 マヤも守れる。
 だから出ろ、さっさと出てこい。
 蒼きつるぎよ!


 どん、と空気が破裂する音と共に、ドールの一撃がマヤの胸部をとらえた。



 ハヤトは、その光景をスローモーションのようにして見た。

 ドールの“魔力”をこめた拳が、マヤの胸に炸裂する。
 彼女の体は大きくくの字に曲がり、鮮血が散る。
 マヤはその体勢のまま、宙を舞う。
 金色の長髪が、空中で狂ったように暴れた。

 仰向けになった彼女は、どさり、と地面に落ちた。

「マヤっ!」

 ハヤトが駆け寄って彼女を抱えた。
 ミランダは、思わず立ち尽くした。ビンスは、その光景を見て楽しそうに笑っている。

「は、ハヤト……くん……」

 マヤの口から、吐息がこぼれた。胸部が血でどす黒くなっている。
 ハヤトの手も、すでにマヤの血で真っ赤である。

「マヤ……うそだろう、こんなの……」
「ハヤトくん……兄さんを……グラン兄さんを……おねが……」

 そう言って、マヤはがくりと首を垂れた。
 ハヤトは、それを呆然と見ていることしかできない。

「く、くそおっ!」

 ロバートが地面を殴った。

 ビンスが、腕をぐっと握る。
 すぐ近くにいたドールが、再び“魔力”を溜め、ハヤトに狙いを定めた。
 ビンスはにやにやしながら、“魔力”でドールに指示を与える。

 だが、ドールの動きはそこで止まった。
 ビンスが驚く間もなく、ドールはその場で狂ったように関節をがたがたと震わせ、やがてバラバラになって砕け散った。

 ハヤトの叫びとともに、蒼き光が彼の体を包んだ。

「『蒼きつるぎ』……!」

 ミランダがつぶやいた。
 ハヤトは、マヤをそっと壁に寄りかからせ、すでに大剣へと変化している「蒼きつるぎ」を肩に乗せた。

「ははは! 出たぞ出たぞ!」

 ビンスが大声を出しながら拍手した。

「やっぱり凄いな、『蒼きつるぎ』は。うーん、でもずいぶんと大きな剣だねえ。それ、振ることができるのかい?」

 ハヤトは剣を一振りして、ロバートに乗っていたドールを斬ると、それを勢いよく蹴りとばした。
 ドールはそのまま、跡形もなく消滅した。

 ビンスは、それを見て驚愕したようだった。

「なっ!? ぼ、僕のドールが一発で……? さっきのも、ただ消えたんじゃないのか?」
「黙れよ」

 ハヤトが静かに言った。
 彼の蒼い瞳からは、涙がこぼれていた。

「いい加減にしろよ……人を殺したんだぜ、お前……」
「それが、どうしたっていうの?」

 ビンスは腕を突き出し、残ったドールをハヤトに向けた。
 ……が、その瞬間にまっぷたつになった。

 ハヤトは、振り下ろした「蒼きつるぎ」を天にかざした。

「お前だけは、許さねえ」
「許しをこうつもりもないよ」

 ビンスは再び、地面をたたいてドールを出す。

「今度はちょっとグレードを上げて、数も増やそうか」

 十体のドールが現れた。

「さあ、どうだい? 次はミランダか、そこのお嬢ちゃんを殺しちゃおうかな? どうするハヤト? 君は……」

 ビンスの軽口は、そこで止まった。
 彼の頭に、すでにハヤトの手が乗っている。
 障壁は突き破られ、ドールはすべて倒れている。

「黙れってんだよおッ!!」

 ハヤトはそのまま、猛烈な勢いでビンスを地面に叩きつけた。

「お前は、ここで殺す」

 ハヤトは剣を倒れたビンスへと向けた。
 頭から血を流すビンスは、それでも笑っていた。

「やりなよ。『ゼロ』の破壊力に触れるのも悪くない」
「お望み通り、やってやるよ」

 ハヤトが剣を振りかぶると、「蒼きつるぎ」はそれに呼応し、輝きと共にオーラを大きくする。あたかも、刀身そのものがさらに巨大化しているかのようだった。
 全員が、ただそれを見ていることしかできない。

「おおおおおおおッ!!」

 ハヤトが、力任せに剣を地に叩きつける。
 部屋の奥に飾られていた、大きな赤い宝玉が砕け散った。

 光がすべてを包んだとき、マヤの腕が、ぴくりと動いた。

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