IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
7.「魔術師ビンスとファロウのほこら」その1

「なんだ……こりゃ」

 ハヤトは目の前の光景に、思わずつぶやいた。
 隣のマヤも、ルーも、ロバートもミランダも同じ表情で固まっている。

 眼前に見えるのは、小さな山の中にできた洞窟である。
 しかし、山の形が明らかにおかしい。
 岩の城とでも言えばいいのだろうか。山は明らかに、ベルスタの町で見たような城の形を模していた。

「ファロウのほこらって、元々こういうものなの?」

 ハヤトの質問に、ロバートが首をふる。彼も動揺を隠せない様子で城を見上げている。

「いいや。俺たちがいた頃、つまり数日前までは、こんなものはなかった。ふつうの小さな洞窟だったはずだ。全く、一体何がどうなっているというんだ」

 ハヤトたちは「魔王の島」の封印を解くための宝玉が眠る、ファロウの村へとたどり着いた。
 さっそく宝玉のあるほこらに急いだのだが、待っていたのはこの奇妙な光景だった。
 ロバートとミランダのふたりはこの村の出身で、数日前までほこらの警備の仕事をしていたのだという。だが、数日前に例の障壁が発生し、村へと戻れなくなった。

「いつからこうなったんです、村長?」

 ロバートが聞くと、ファロウの村長は杖で彼の頭をたたいた。

「馬鹿者! あれだけほこらの監視を怠るなと言っておいたのに、ガスタルに遊びに出てしまいおって! お前たちがいなくなった次の日だ! 村の者が赤い髪の女を目撃しておる。おそらくそいつがやったに違いない」

 赤い髪の女。
 ハヤトが反応した。

「村長、それって赤い髪をポニーテールにしていて、黒い服を着た子でしょうか?」
「はて? 詳しくは聞いておらんが、赤い髪だったことは確かだそうだ。まだ年端もいかぬ少女だったそうじゃ」

 たったそれだけの情報でも、ハヤトには確信できた。
 これは魔王ソルテス……ユイがやったに違いない。
 ひょっとしたら、この中にいるのかもしれない。

「マヤ。俺たちはここにある宝玉の封印を解放するためにここまで来たんだよな」
「え、ええ」
「じゃあ、急ごうぜ」
「ちょっと待った」

 ハヤトを止めたのはミランダである。

「村長の爺さまよ。ビンスのくそったれはどこに行った?」
「ビンス? ああ、あのよそ者か。しばらく見ておらん。てっきり、お前たちと一緒にガスタルに行ったのものだと思っていたが」

 ミランダはそれを聞いて拳を手のひらに打ち付けた。

「やっぱりな。だったらビンスがやったに違いないよ、これは」
「……かもしれんな」とロバート。
「誰ですか、その人?」
「この間まで一緒にほこらの警備をやっていた魔術師だよ。たぶん、ガスタルとファロウを障壁で塞いだのもあいつだと思う。タイミングがあまりにもよすぎたからね。ハヤト、アタシたちもついて行くよ。あんたは宝玉をぶっこわしに来たんだろ。道案内くらいはできるはずさ」

 ハヤトは出鼻をくじかれた気分だった。
 ビンスという男は、話を聞く限り、確かに怪しい。
 だが、村長の言葉も気になる。

 どちらにせよ答えは、洞窟に入ればわかる。

「わかった。行こう、みんな」

 五人はほこらへと入っていった。



「アタシにまかせな!」

 ミランダは槍をぶんと回すと、地を蹴って駆けた。
 空中を飛ぶコウモリのようなモンスター、バットは数匹で抵抗しようとしたが、槍は正確にその体を貫いた。

「す、すげぇな、ミランダさん」

 ハヤトは圧倒されっぱなしだった。洞窟に入ってからのエンカウントはすべて、この一連の流れだけで終わっていた。
 ミランダは自慢げに笑いながら武器を背にかけた。

「へへっ、ハヤト。惚れたかい?」
「ミランダ、残念だがハヤト君は、お前の常人離れした馬鹿力に引いているぞ」
「余計なこと言うんじゃないよ!」

 ミランダはロバートの冷静なつっこみに、強烈なラリアットで返事した。

 洞窟の中は、城のような外観とは違って少し狭苦しい。しめった土のにおいが充満している。
 だが、そこかしこがうすく光っており、洞窟というよりは、月明かりに照らされる夜の街道のようだった。

 マヤが辺りを見回した。

「なんだか、ちょっとふしぎな感じね。ロバートさん。ここはもともと、こういう場所なんですか?」

 ロバートは首筋を抑えながら立ち上がった。

「いてて……いや、前は真っ暗で狭い洞窟だった。もう二十分は歩いてるだろう? はっきり言って別物だよ。一体なにがどうなってるのやら、だ」
「ここ、“魔力”がすごいの」

 ルーがつぶやく。耳が色んな場所に向かってぴこぴこ動いている。

「ちょっと、ハヤトが『けん』を出す時と似てるの。きっとこれを作った人はすごい“魔力”の持ち主なの」

 ハヤトは地面を見た。
 確かに、「蒼きつるぎ」の輝きと少し似ている気がする。
 やはり、ユイのしわざではないだろうか。

「“魔力”ねぇ。じゃあやっぱりビンスだね」

 ミランダが言った。

「どういうつもりなのかは知らないけど、アタシをだましておいて、ただで済むと思ってたら大間違いさ。さあみんな、行くよ!」

 ハヤトは思わず目元をつねった。
 果たしてユイなのか、そのビンスという男なのか。はやくはっきりしてほしい。
 そして、できればユイであって欲しい。……とにかく会って、話がしたい。
 この世界や「蒼きつるぎ」のことについて、少しはわかるかもしれない。そう思うと彼の気持ちははやるばかりだった。

「ミランダさんの言うとおりだ。こんな洞窟、さっさと攻略しちまおうぜ」

 駆け足ぎみに歩いていくハヤトを、マヤが心配そうに見つめていた。



 しばらく歩いていくと、少しばかり開けた空間に出た。
 と、言うよりもそこは部屋と呼ぶべき場所だった。四方の壁が綺麗に平らになっており、明らかに人の手が加わっていたからだ。
 道はそこで途切れていた。

「なんだなんだ。行き止まりか? 妙だな、分かれ道はなかったはずだが」

 ロバートが部屋を見回した。

「何かあるの」

 ルーが指を指す先には、竜と剣のようなものが描かれたレリーフがあった。全員がそこに集まる。
 レリーフには、長細い透明の筒のようなものがくくりつけられており、隣にはこう刻まれていた。

「『力を示せ』……?」

 ミランダが首をひねる。が、すぐに手を打った。

「要するに、ぶっこわせばいいんだろ!」

 槍を抜いて突進するミランダ。しかし、空気のはじける音とともに逆に弾き飛ばされてしまった。

「いってえ! なんだよ、これ?」
「また“魔力”の障壁なの」
「じゃあ、もしかして『力』って……?」

 マヤが“魔力”を少しばかり練ってレリーフをたたく。
 すると、取り付けられた筒に黄色い水が少し溜まったが、すぐに消えた。

「やっぱり、“魔力”のことね。この筒をいっぱいにすればいいのかしら? だったらルーちゃん、やってみてくれる?」
「わかったの!」

 ルーがレリーフに手をつき、“魔力”を全開で練る。
 みるみるうちに、筒に水が溜まっていく。

「おおっ、いけそうだな。がんばれ、おチビ」
「チビって言うななの!」

 だがロバートの応援もむなしく、筒の水は半分程度で止まってしまった。ルーはその後もしばらく“魔力”を練っていたが、やがてぺたりと倒れ込んだ。

「だめなの。ルーの“魔力”じゃ無理みたいなの」
「と、なると……」

 全員の視線は、当然のごとくハヤト・スナップへと注がれた。
 ハヤトは大きくため息をついた。

「……そう来ると思ったよ」
「ハヤト君、ここに来る前の障壁では、ちゃんと『蒼きつるぎ』を出せてたじゃない。ねえ、あの時は何をしたら出たの?」

 マヤの質問に、ハヤトはたじろぐ。

「え、えーと……それは……」
「どうしてそんなに言いにくそうにしているの? 教えてくれれば今後、私たちも『蒼きつるぎ』を出すのに協力できるかもしれないじゃない?」
「一理あるね」

 ミランダが立ち上がって、ハヤトの鎧を掴んだ。

「あの時はアタシが鎧を脱がせようとしたら発動した。つまり同じことをすりゃいいんじゃないか?」

 マヤは、え、と口を開く。

「脱がせようとした?」
「そう。男女の契りを交わすつもりだったんだ」

 マヤの顔がぼっ、という音とともに真っ赤になった。

「ち、ち、契りって、ハヤト君、やっぱり!」
「待ってくれ、誤解だよ誤解! ミランダさんも、やめてくださいって!」
「いいじゃんかよ、ハヤト。ちょっと全裸にするだけだから」
「それのどこがちょっとなんですか!」

 理解はしていなさそうだったが、ルーの耳がピンとはねた。

「子作り!」
「なんだいガキ。あんたもハヤト狙いかい。悪いけど、そのぺったんこじゃ勝負にならないね」
「女の価値は胸なんかじゃ決まらないっておばあちゃんが言ってたの! それにルーはまだ子どもだから可能性は無限大なの! マヤとは違うの!」
「なっ、なんで私が出てくるのよ! 私だって胸なら……って、どうしてそうなるの!」
「だったらその手を離しなよ、マヤ。ハヤトはアタシがもらう」
「ハヤトはルーと子作りするの!」

 ハヤトは人形のように両手を引っ張られ、今にもちぎれそうだ。ロバートは口笛をならした。

「うらやましい光景だな」
「し、死にそうなんですけど……」
「とりあえず、なんとか『蒼きつるぎ』を出してくれよ。ビンスだけじゃなく、例の赤い髪の女とやらのことも気になるしな」

 その瞬間、ハヤトの目が大きくひらいた。

 そうだ。赤い髪の女。ユイがここにいるのかもしれないのだ。
 ユイに会ったら、何を言おう。
 まず叱ろうか。それとも、優しく抱いてやろうか。
 ……会いたい。ユイに会いたい。

 マヤたちはハヤトの取り合いをやめた。
 彼が青白く光りだしたからだ。

 ハヤトは、蒼く光る目でレリーフを見据え、ゆっくりと歩き出した。
 オーラをまとった手でレリーフをたたくと、一瞬にして、筒の水が一杯になった。

 ごごご、という地響きとともに、レリーフがまっぷたつになるようにして壁が開いていく。

 その先の部屋には、赤く輝く大きな宝玉と、黒いローブを着た一人の男がたたずんでいた。

「ブラボー、『蒼きつるぎ』の勇者。そしてようこそ、宝玉の間へ」

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