IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
6.「肉食系お姉さんと謎の障壁」その2

 ハヤトは地べたに広げたスクロールに手を置いた。

「たしか意識を集中させて、手に力を集めるイメージ……だったな」

 実践してみると、手の平から少しだけ光が漏れた。ハヤトは口を開いて驚嘆した。

「おおっ、今の感じでいいのか? こいつは、案外早くできるようになりそうだぜ」

 だが、どうしてもむなしかった。

 自分以外の人間は、さっきの障壁で何か作業をしている。
 ハヤトは、「蒼きつるぎ」が出せなかったことでマヤから戦力外通告を受け、さっき買ったスクロールで魔法を練習するように言われてしまったのだった。

「ちぇっ、自由に出せる訳じゃないんだな。出る時は自然に出るもんなんだけどな……」
「なあ、それってホントなのか?」

 ハヤトが驚いて振り返ると、ミランダがいた。
 無言でいると、彼女の眉間にしわが寄った。

「おい、聞いてんのか?」
「は、はいっ……」

 ハヤトは気のない返事をした。彼にとって苦手なタイプだった。
 ミランダはずかずかと近づき、ハヤトのスクロールを見た。

「へえ、魔法の練習してるのかい。最強の『蒼きつるぎ』があるのに?」
「ええ。魔法を使えるようになりたくて」
「それより、『蒼きつるぎ』を出す練習をしたほうがいいんじゃないのか?」
「ま、まあ確かにそうなんですけど、あれはどうやって出すのか、いまいちわかってないんです」

 ミランダはしばし黙っていたが、ハヤトを見て言った。

「この間、ちょっとした噂を聞いた。なんでも『蒼きつるぎ』の勇者が、ベルスタでレッド・ドラゴンを一刀両断にしたとか……それって、もしかしておまえのことなのか?」
「え、ええまあ」

 するとミランダはハヤトを立ち上がらせ、両肩を掴んだ。

「ちょ、ちょっとミランダさん?」
「やっぱりそうか。やっぱりか」

 ミランダはにやりとした。

「アタシってさ……結構勘が強いんだよ。だから最初に見た時、なんとなくそんな気がしていた」
「は、はあ」

 ミランダは続ける。

「あんた、名前なんて言ったっけ」
「ハヤトです、ハヤト・スナップ」
「よし、ハヤト……」

 ミランダは、ハヤトに顔を近づけて言った。

「あんた、アタシの男になれ」
「は、はぁっ!?」



 一方、マヤとルーは障壁の周りで“魔力”を練っていた。

「ルーちゃん、どう?」

 ルーは目を閉じながら言った。

「これ、『ウォール』が何層も重なってるの。たてにのばしてわかりにくくしてるけど、ぜんぶ『ウォール』の応用なの。たて、たて、よこ、よこ、よこ、それで長いたてなの」

 マヤは目をみはった。

「やっぱり、凄いわね……。私はそこまで見えなかったわ。だったら、同じ形で相殺できるかしら?」
「うーん、ルーとマヤの“魔力”だけじゃちょっと足りないの」
「なら、俺も手伝おうか」

 横にいるロバートが“魔力”を練りだした。

「まったく信じがたいことだが、原因がわかったんだろ? いくらでも手伝うぞ。君たちほどじゃないが、初歩の初歩くらいなら心得てる。どうだ、おチビさん」
「ロバートもまあまあなの。これなら足りるの」
「光栄の至り。それじゃあ一度クールダウンして、一気にぶち抜こう」


 ハヤトは必死にミランダの手から逃れようとしたが、彼女は万力のように彼の体を掴んで離さない。

「ど、ど、どういうことですか、男になれって!」
「アタシは、強い男が好きだ。それとな、顔が好みだ。はっきり言おう、一目惚れした。だからアタシの男になれ」
「そんな、いきなりすぎますって!」

 ミランダは上目遣いで歯を見せて笑ったあと、舌で唇をなめずった。

「いきなりでもいい。むしろ、そのいきなりがいいんじゃないのさ。おいハヤト、馬車でやるよ」
「や、やるって何をっ!」
「決まってんだろ、まずは男女の契りを交わすんだよ」

 意味を理解してハヤトはパニックに陥った。

「ちょちょ、ちょっと待ってください、いやマジで! 順序が明らかに違います!」
「おっ、もしかして初モノかい? いいねえ、燃えてきた」
「待ってくださいよ! ロバートさんはどうなるんです!?」
「なんか勘違いしてるね。アイツは親戚だし、なによりアタシの好みじゃないんだよ。たまたま仕事が一緒なだけだ。ほら、さっさと行くよ。鎧も脱ぎな。……嫌がるならちょっと荒っぽくなるよ」
「ぎゃああああ! 犯されるうう!!」

 ハヤトの瞳が蒼く光った。


「いちにの、さんっ!」

 合図とともに、マヤは“魔力”を全開にした。
 ルーは両手を横につきだし、ロバートは彼女の背中に手を当てている。

「うん、これならいけるの!」
「よしっ! ルーちゃん、もう一回三数えするから、私の『ウォール』に合わせて! その後の細かい相殺は任せるわ!」
「わかったの!」
「せーの、いち、にの……」

 その時、マヤは青い輝きを見た。
 ハヤトが猛然とこちらに飛んでくる。
 握っているのは、『蒼きつるぎ』だ。

「うわああああーーっ!」

 ハヤトは叫び声とともに、障壁へと激突した。
『蒼きつるぎ』はどんという腹にこもる音とともに障壁を貫き、ハヤトは街道のしばらく先まで飛んでいって岩に激突した。

 その場にいた全員が、しばらく何も言えなかった。



「でも、よかったわね。無事に『蒼きつるぎ』が出せて」
「う、うん……」

 ハヤトはどもりながら言った。御者席のマヤは首をひねった。

「おい、ハヤト!」

 ミランダが後ろから顔を出した。ハヤトは険しい表情で硬直した。

「ハハハ。さっきは悪かったね。つい、興奮しちまって」
「え、何? 興奮って?」
「なっ! なんでもないよっ? 何もなかったから!」

 マヤが聞こうとしたが、ハヤトは必死にまくしたてた。ミランダはにやりと笑う。

「どうやら嫌われたらしいね。だが見てろ」

 ミランダはハヤトに耳打ちした。

「お前は、アタシのもんだ。絶対にお前をアタシの虜にしてやる……『蒼きつるぎ』の勇者」

 ハヤトの背中に、ぞくりとするものが走った。
 ミランダは後ろの席に引っ込んでいった。
 マヤは、それを怪しげに見る。

「なに。いまの」
「な、なんでもないって」
「じゃあなんでそんなに歯切れが悪いの? も、もしかしてハヤト君、私たちが障壁を調べてる間にミランダさんに……やっぱり変態……?」
「違うっつーの!」
「ちがうっつーの!」

 なぜかルーが反芻した。

「おい、ミランダ」

 ロバートが腕をくむ。

「なんだよ」
「その……ハヤト君に、惚れたのか」
「まあね。だってカワイイだろ? それに『蒼きつるぎ』だよ」
「……構わんが、男女たるもの、まずは純潔な交際を経てだな……」
「けっ、お前さんは古いんだよ。欲しいものは腕づくで手に入れるのがアタシのやり方さ」
「全く、お前ときたら。でもファロウに戻ったら仕事があるんだからな。もう四日も空けてしまってるんだ、早く戻らないと」
「ああ、そうだったな……まったく、あのクソ魔導師……次は蹴り飛ばしてやるぜ」

 馬車は道を急ぐ。

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