ハヤトは地べたに広げたスクロールに手を置いた。 「たしか意識を集中させて、手に力を集めるイメージ……だったな」 実践してみると、手の平から少しだけ光が漏れた。ハヤトは口を開いて驚嘆した。 「おおっ、今の感じでいいのか? こいつは、案外早くできるようになりそうだぜ」 だが、どうしてもむなしかった。 自分以外の人間は、さっきの障壁で何か作業をしている。 ハヤトは、「蒼きつるぎ」が出せなかったことでマヤから戦力外通告を受け、さっき買ったスクロールで魔法を練習するように言われてしまったのだった。 「ちぇっ、自由に出せる訳じゃないんだな。出る時は自然に出るもんなんだけどな……」 「なあ、それってホントなのか?」 ハヤトが驚いて振り返ると、ミランダがいた。 無言でいると、彼女の眉間にしわが寄った。 「おい、聞いてんのか?」 「は、はいっ……」 ハヤトは気のない返事をした。彼にとって苦手なタイプだった。 ミランダはずかずかと近づき、ハヤトのスクロールを見た。 「へえ、魔法の練習してるのかい。最強の『蒼きつるぎ』があるのに?」 「ええ。魔法を使えるようになりたくて」 「それより、『蒼きつるぎ』を出す練習をしたほうがいいんじゃないのか?」 「ま、まあ確かにそうなんですけど、あれはどうやって出すのか、いまいちわかってないんです」 ミランダはしばし黙っていたが、ハヤトを見て言った。 「この間、ちょっとした噂を聞いた。なんでも『蒼きつるぎ』の勇者が、ベルスタでレッド・ドラゴンを一刀両断にしたとか……それって、もしかしておまえのことなのか?」 「え、ええまあ」 するとミランダはハヤトを立ち上がらせ、両肩を掴んだ。 「ちょ、ちょっとミランダさん?」 「やっぱりそうか。やっぱりか」 ミランダはにやりとした。 「アタシってさ……結構勘が強いんだよ。だから最初に見た時、なんとなくそんな気がしていた」 「は、はあ」 ミランダは続ける。 「あんた、名前なんて言ったっけ」 「ハヤトです、ハヤト・スナップ」 「よし、ハヤト……」 ミランダは、ハヤトに顔を近づけて言った。 「あんた、アタシの男になれ」 「は、はぁっ!?」 ◆ 一方、マヤとルーは障壁の周りで“魔力”を練っていた。 「ルーちゃん、どう?」 ルーは目を閉じながら言った。 「これ、『ウォール』が何層も重なってるの。たてにのばしてわかりにくくしてるけど、ぜんぶ『ウォール』の応用なの。たて、たて、よこ、よこ、よこ、それで長いたてなの」 マヤは目をみはった。 「やっぱり、凄いわね……。私はそこまで見えなかったわ。だったら、同じ形で相殺できるかしら?」 「うーん、ルーとマヤの“魔力”だけじゃちょっと足りないの」 「なら、俺も手伝おうか」 横にいるロバートが“魔力”を練りだした。 「まったく信じがたいことだが、原因がわかったんだろ? いくらでも手伝うぞ。君たちほどじゃないが、初歩の初歩くらいなら心得てる。どうだ、おチビさん」 「ロバートもまあまあなの。これなら足りるの」 「光栄の至り。それじゃあ一度クールダウンして、一気にぶち抜こう」 ハヤトは必死にミランダの手から逃れようとしたが、彼女は万力のように彼の体を掴んで離さない。 「ど、ど、どういうことですか、男になれって!」 「アタシは、強い男が好きだ。それとな、顔が好みだ。はっきり言おう、一目惚れした。だからアタシの男になれ」 「そんな、いきなりすぎますって!」 ミランダは上目遣いで歯を見せて笑ったあと、舌で唇をなめずった。 「いきなりでもいい。むしろ、そのいきなりがいいんじゃないのさ。おいハヤト、馬車でやるよ」 「や、やるって何をっ!」 「決まってんだろ、まずは男女の契りを交わすんだよ」 意味を理解してハヤトはパニックに陥った。 「ちょちょ、ちょっと待ってください、いやマジで! 順序が明らかに違います!」 「おっ、もしかして初モノかい? いいねえ、燃えてきた」 「待ってくださいよ! ロバートさんはどうなるんです!?」 「なんか勘違いしてるね。アイツは親戚だし、なによりアタシの好みじゃないんだよ。たまたま仕事が一緒なだけだ。ほら、さっさと行くよ。鎧も脱ぎな。……嫌がるならちょっと荒っぽくなるよ」 「ぎゃああああ! 犯されるうう!!」 ハヤトの瞳が蒼く光った。 「いちにの、さんっ!」 合図とともに、マヤは“魔力”を全開にした。 ルーは両手を横につきだし、ロバートは彼女の背中に手を当てている。 「うん、これならいけるの!」 「よしっ! ルーちゃん、もう一回三数えするから、私の『ウォール』に合わせて! その後の細かい相殺は任せるわ!」 「わかったの!」 「せーの、いち、にの……」 その時、マヤは青い輝きを見た。 ハヤトが猛然とこちらに飛んでくる。 握っているのは、『蒼きつるぎ』だ。 「うわああああーーっ!」 ハヤトは叫び声とともに、障壁へと激突した。 『蒼きつるぎ』はどんという腹にこもる音とともに障壁を貫き、ハヤトは街道のしばらく先まで飛んでいって岩に激突した。 その場にいた全員が、しばらく何も言えなかった。 ◆ 「でも、よかったわね。無事に『蒼きつるぎ』が出せて」 「う、うん……」 ハヤトはどもりながら言った。御者席のマヤは首をひねった。 「おい、ハヤト!」 ミランダが後ろから顔を出した。ハヤトは険しい表情で硬直した。 「ハハハ。さっきは悪かったね。つい、興奮しちまって」 「え、何? 興奮って?」 「なっ! なんでもないよっ? 何もなかったから!」 マヤが聞こうとしたが、ハヤトは必死にまくしたてた。ミランダはにやりと笑う。 「どうやら嫌われたらしいね。だが見てろ」 ミランダはハヤトに耳打ちした。 「お前は、アタシのもんだ。絶対にお前をアタシの虜にしてやる……『蒼きつるぎ』の勇者」 ハヤトの背中に、ぞくりとするものが走った。 ミランダは後ろの席に引っ込んでいった。 マヤは、それを怪しげに見る。 「なに。いまの」 「な、なんでもないって」 「じゃあなんでそんなに歯切れが悪いの? も、もしかしてハヤト君、私たちが障壁を調べてる間にミランダさんに……やっぱり変態……?」 「違うっつーの!」 「ちがうっつーの!」 なぜかルーが反芻した。 「おい、ミランダ」 ロバートが腕をくむ。 「なんだよ」 「その……ハヤト君に、惚れたのか」 「まあね。だってカワイイだろ? それに『蒼きつるぎ』だよ」 「……構わんが、男女たるもの、まずは純潔な交際を経てだな……」 「けっ、お前さんは古いんだよ。欲しいものは腕づくで手に入れるのがアタシのやり方さ」 「全く、お前ときたら。でもファロウに戻ったら仕事があるんだからな。もう四日も空けてしまってるんだ、早く戻らないと」 「ああ、そうだったな……まったく、あのクソ魔導師……次は蹴り飛ばしてやるぜ」 馬車は道を急ぐ。 |