王都ベルスタから馬車で数日ほど走った先にある町、ガスタル。 「はい、お釣り。どうもありがとう」 店主は笑顔で小銭を渡した。 「こ、こちらこそ、ありがとう……なの」 いくらかのパンが入った袋を持つルーは、恥ずかしげに言った。店主はにこりとしてルーの頭をなでた。 彼女はびくんとしたが、やがて三角耳をぴくぴく動かして店主の顔を見た。 「よく言えました。お嬢ちゃん、おもしろいアクセサリーをつけてるね。今日はひとりで来たの?」 「ハ、ハヤトとマヤが一緒なの」 「友達かな? 三人で遊びに来たのかい?」 「そうなの。それでルーは、ハヤトと子作りするの」 店主の表情が変わる。 「こ、子作り……?」 ルーはうんうんと頷いた。 「うん。これからハヤトと子作りして、たくさん、たくさん……」 店主が絶句していると、ハヤトがドアを勢いよくあけて入ってきた。 「ルー! さ、さあ、おもしろおかしい冗談でおじさんを驚かせるのはやめて、先を急ごうじゃないか!」 「冗談じゃないの! ルーはハヤトと!」 「し、失礼しましたー!」 ハヤトはルーを抱き上げ、逃げるように去っていった。 店主はぽかんとしていた。 「ハヤト! 降ろしてなの!」 「バッカ野郎! それは他人に言うなって言ったじゃないか! いらぬ誤解を招くだろ!」 「誤解じゃないの! おばあちゃんに言われたの!」 ガスタルの町中を走りながら、二人はごたごたと言い合いした。 ルー・アビントンは、人狼型モンスター一族の末裔である。人を食ったりはしないが、人間から“魔力”の高さが危険だと判断されたため、モンスターとしてこの世界の図鑑に載っている。 モンスターといえど、いつかは絶滅する。彼女たちの一族は女性、つまりメスが何十年も生まれず、個体数が一気に減ってしまった。 「だから、おばあちゃんはルーに何度も言ったの。『おまえが最後の女の子だから“魔力”が自分より何倍も強い人を探して子どもを作りなさい』って。そうしてルーは一族を復活させるの」 ハヤトは噴水のある広場でルーをおろした。 「それはもう何回も聞いたよ。でも、子作りって……どういうことかわかってるのかよ?」 「もちろんわかってるの。まずルーがハヤトに……」 「はい、ストップ!」 そこに現れたマヤが話を止めた。赤面している。 「二人とも、真っ昼間からそんな会話はやめなさい。誤解を招くわ。ルーちゃん、そういう話は人前でしちゃダメなの。わかった?」 「……わかったの。人間と同じようにするの」 ハヤトとマヤはため息をついた。 ルーが旅に同行して二日。彼女は事あるごとに「子作り」という単語を連呼する。町に着いてからはこういったことの繰り返しで、ハヤトとマヤは何度も肝を冷やしていた。 最初こそ人を怖がっていたルーだったが、どうやら人間が思っていたほど怖い存在でないとだんだん理解してきたようで、少しずつではあるが二人ともとけこみ始めていた。 マヤはあごに手をやり、首をかしげた。 「でも、どうしてハヤト君なんでしょうね。『蒼きつるぎ』がすごいのはわかるけど、“魔力”がたくさんあるようには見えないんだけど……」 ルーは首を振った。 「ハヤトの“魔力”は、ルーのなん倍もすごいの。ハヤトの“魔力”なら、きっとたくさん子どもが生まれるの。だから子作り!」 マヤは彼女の口をふさいだ。 「とにかく、この子には他人の“魔力”を見抜ける力があるのかもしれないわ。もしそうだとすれば……ハヤト君、買ってきた?」 ハヤトは頷いて紙を巻いて束ねたものを取り出して開いた。 紙には文字がびっしりと書かれている。ハヤトには読むことができない。 マヤはそれを確認した。 「なかなかいいスクロールだわ。それを手に当てて、“魔力”を練る練習をしてちょうだい」 「これを使えば、俺にも魔法が使えるようになるのか?」 「ええ。自分の体内にある“魔力”を練ることができるようになれば、おのずと魔法も身につくはずよ。それまではこれで練習ね。とりあえず物資補給も済んだし、ほこらのあるファロウの村をめざしましょう」 「わかった。魔法かぁ……どんなのが使えるのか楽しみだな」 「ルーも、ルーも見るの!」 ルーはハヤトが持つスクロールを見ようとぽんぽん跳ねていた。 ハヤトがルーに見えるようにしゃがむと、彼女は目を輝かせた。 「あっ、これルーも知ってるの! おばあちゃんと練習したの!」 「ほんとか? じゃあルー、やり方を教えてくれよ」 「まかせてなの! まずね、この紙を置く場所を探すの!」 ルーはハヤトからスクロールを奪い取ってぱたぱた走り出した。 突然走ると危ないぞ、とハヤトが注意しようとしたのもつかの間。ルーは少し後ろにいた女性の足に衝突した。 「ぐへ……」 頭を打ったルーはくるくる回ってその場に倒れ込んだ。 「おいガキ、大丈夫か?」 少し乱暴な口調の女が、ルーのフードをつかんだ。 ◆ 「生きてるか、ガキ?」 ルーを掴んだ女が、もう一度言った。アップにし、外にはねた銀色のくせ毛と、たれた目が特徴的だ。体つきはがっしりとしていながらも突き出る場所はやたらと突き出ており、それを強調するかのように露出度の高い服を着ている。背には長い槍を携えていた。 隣にいた、短髪の青年が彼女の肩をつかんだ。服装は剣士風で、女と同じく背が高い。 「ミランダ、初めて見た子にガキはないだろう」 「うるせえぞロバート。ガキはガキだろうが」 「……あのー……」 ハヤトは恐る恐る近づいた。ロバートと呼ばれた男はともかく、ミランダと呼ばれた女のほうは、彼にとって友達になれそうな人種ではなさそうだったからだ。 「あん?」 ミランダはドスの利いた口調でハヤトをじろりと見たが、その瞬間、ぴたりと止まって、ルーのフードから手をはなした。 ハヤトは頭を下げた。 「え、えーと……すみませんでした。ほら、ルー。お姉ちゃんに謝ろう」 ハヤトはルーを起こした。彼女はまだ混乱している風だったが、ハヤトにもう一度言われ、恥ずかしげにこうべを垂れた。 「ご、ご、ごめんなさいなの……」 ロバートが笑顔でルーの頭に手をやった。 「いいんだよ、こっちも悪かった。なあミランダ?」 「お、おう」 ミランダはこくりと頷いた。ロバートは少し意外そうな表情で彼女を見たが、ハヤトたちに向き直った。 「それより、聞こえてしまったのだが……君たちはファロウを目指しているようだな?」 「ええ」 「その様子だと知らないみたいだな。今、あの村には行けないぞ」 ハヤトとマヤは顔を見合わせた。 ◆ ガスタルからファロウの村方面に向かう街道をしばらく進んだ先に、いくらかの人が集まっていた。 「ほら、あそこだ」 馬車に乗るロバートが指をさす。御者席に座るマヤは、目を細めてそれを見た。 「ファロウへの道が、あそこで途切れてるって話は本当なんですか? とてもそんな風には見えませんけれど」 「近くに来てみりゃわかるよ。みんなあそこで立ち往生を食らってるんだ。まあ、今日びファロウにまで行く物好きなんて滅多にいないけどさ」 すぐ後ろに立っているミランダが言った。 ロバートの話によると、この街道が途切れてしまったのは数日前とのことだった。 ハヤトとマヤはすぐに直感した。ベルスタでの魔王ソルテスの復活が、何か関わっているのかもしれない。 ハヤトたちは馬車を止め、人が何人か集まっている場所へと歩いた。 ロバートが彼らにたずねた。 「どうだい、調子は」 「どうもこうもない。全く、変わる兆しすら見せないよ。もう俺たちは別の道を行くことに決めた。あんたらもあきらめたほうがいい」 先客たちは引き返していった。マヤは、さっきまで彼らがいた場所を見た。 ただ、街道の景色が広がっている。特に道が断絶されているわけでもなく、ふつうに通ることができてしまいそうだ。 マヤはふと、景色の先へと歩いて行こうとした。 「お、おい!」 ロバートがあわててマヤの手を掴んだ。マヤが歩くのをやめると、目の前の景色がぐらぐらとゆがんだ。 「こ、これは障壁……?」 「ご名答」 ロバートが石ころを拾い上げて、道の先へと投げる。 石ころは空中で空気のはじける音とともにはじき返され、地面に落ちた。 「もうずっとこんな調子でな。手の施しようがないんだ」 「どうしてこんなところに障壁が作られたのかしら……ねえハヤト君」 ハヤトは頷いて剣を抜いた。 「ああ、わかってる。『蒼きつるぎ』だろ?」 「ええ。前回、ルーちゃんのいた屋敷に繋がる障壁を壊せたのも、おそらくハヤト君の『蒼きつるぎ』が影響していたんだと思うわ。やってみてくれる?」 ロバートとミランダは目をかっと開いた。 「『蒼きつるぎ』だって!? 君は『蒼きつるぎ』の勇者だったのか?」 ハヤトはその反応を見て、ちょっと得意げにしてみせた。 「実はそうなんですよ。まあ見ていてください」 ハヤトは剣を構えて叫んだ。 「剣よ! 俺に力を貸せっ!」 だが、なにも起こらない。ハヤトはもう一度同じように言ったが、剣はうんともすんとも言わない。 沈黙。やがて、ロバートが言った。 「なんだ、たちの悪い冗談ならよしてくれ」 「ち、違うんですっ! 本当はここでブワーっと剣が出るはずなんですけど……ちくしょう、どうして出ないんだっ!?」 ハヤトは顔から火が出るような思いだった。 マヤも不思議そうにしている。 「うーん、どうやらまだ自由に出せるって訳じゃないみたいね……。この間はすごく自然に出してたから、こつを掴んだのかと思ったけど。しょうがない、ルーちゃん! ちょっと手伝って。『ウォール』使えるわよね? 障壁なら二人でなんとかなるかもしれないわ」 「了解なの!」 ルーが元気に飛び出してきた。 |