「大儀であった」 玉座に座るベルスタ王が、恰幅のいい体を揺らしながら厳かに言った。隼人は赤いじゅうたんの上に立って、彼と対面している。すぐ横にはマヤがひざをついて頭を下げている。 「魔王の目的は、おそらくこのベルスタを壊滅させることにあったはず。あのレッド・ドラゴンを失うことなど、やつは予想だにしていなかっただろう。国が救われたのは君のおかげだ」 「は、はあ」 隼人が気のない返事をするので、マヤがじろりと彼を見る。 「私からも礼を言わせてくれ」 王の横に立っている壮年男性が言った。彼には見覚えがあった。騎士団がごたごたと騒いでいる時に、的確な指示を与えていた。 「私は騎士団長のフィリップという。レッド・ドラゴンは騎士団が全員でかかっても苦労する相手だ。正直、あのまま放っておいたら被害は広がる一方だったろう。『蒼きつるぎ』の勇者に感謝している」 「は、はい」 隼人は明らかにあがっている。マヤが顔をあげた。 「王様、よろしいでしょうか」 王は頷いた。マヤは立ち上がった。 「ソルテスが魔王として君臨し、『蒼きつるぎ』の勇者が現れた以上、魔王の島の封印を解くべき時が来たのではないかと思います」 「うむ」 「ま、魔王の島?」 隼人の質問にフィリップが答えた。 「その名の通り、かつての魔王が拠点としていた島だ。ソルテスは過去に勇者としてこの島に向かい、魔王を打破したのち、島全体を魔法で封印した。ソルテスはおそらくそこにいると見ていいだろう。封印のカギとなる宝玉は、ベルスタ、ザイド、ラングウィッツの三国内のほこらに安置されている……のだが、“魔力”が強すぎて私たちでは近づくことすらできない」 「そこで、だ」 王が咳払いをした。 「『蒼きつるぎ』の勇者よ、君にこの三つの封印の解除を頼みたい」 「ええっ!?」 隼人はとうとう尻餅をついてしまった。マヤがため息をつく。 「ハヤト君、封印は『蒼きつるぎ』じゃないと解けないそうなの。あなたにしかできないのよ」 「そんな、いきなり言われても……」 フィリップは頼りないな、と言ったふうに小さくかぶりをふった。 「ハヤト君と言ったな。どうか頼む。私たち騎士団は、街の治安維持と、来るべき魔王との決戦に備えるため、動くことができない。昨日から移動系統の魔法が一切使えなくなり、ザイド、ラングウィッツの両国にも連絡がつかなくなってしまった。おそらく魔王の仕業だろう。君だけが頼りなんだ」 隼人は何も言い返せなくなった。 あの剣でしか、できない。つまり自分がいかない限りは封印は解けない。 隼人は座ったまま、うつむいた。 どうしようか。 自分にしかできないなら、やるしかない。 でも、恐ろしい。この夢の世界が恐ろしい。もう二回も怖い思いをしたのだ。 戻りたい。家に戻りたい。 どうしてこんなことをしなければならないのだろう……。 「あ、あのですね……」 隼人は、震えた声で言った。 断ろう。断って、家に戻る手段を探そう。もしかしたら夢かもしれない。きっとどこかに逃げているうちに、家のベッドで目をさますかもしれない。 「俺、まだよくわかってなくって……悪いんですけど……そんな、冒険みたいなこと……」 冒険。 隼人は、はっとして口をつぐんだ。 「冒険」。唯に似た、赤い髪の少女は確かにそう言った。 「冒険……」 隼人は立ち上がった。 そうだ。やはりあれは唯なのだ。 魔王ソルテスは、妹の唯なのだ。 彼女に会えば、この理解不能な夢のことがわかるかもしれない。 いや、もはや認めるしかない。 ここは夢ではない。別のどこかだ。 唯に、連れて来られてしまったのだ。 彼女を探さなければ。 魔王ソルテスを、探さなければ。 「おお……」 王とフィリップがうなった。隼人の体が、うすく光を放ちだした。 隼人は顔をあげた。その目は蒼く輝いていた。 「行きます。俺が封印を解いて、魔王の島へ渡ります!」 ハヤトは決心した。 魔王ソルテス……いや、ユイに会いにいこう。 ◆ ハヤトは騎士団から支給された、革製の鎧に着替えた。パーカーなどは、捨ててしまった。 「なんで鋼鉄製にしないの? あっちの方が頑丈よ」 「あんなの、重すぎて着てられないって。これも十分頑丈だし、着ごこちもいいよ」 ハヤトは自分の灰色の肩あてをこんこんとたたいた。 本当は、鋼鉄製でもよかった。 だが、この革の色がどことなく、剣道の防具を彷彿とさせたのだった。 形は似ても似つかないが、そのくらいはあちらの世界の面影を残しておきたかった。 「じゃ、次はこれね」 マヤは剣を何本か取り出した。 ハヤトは、銀色のさやに納められた細身の剣を選んで背中にかけた。 ずっしりと重かった。 「『蒼きつるぎ』が自由に出せない以上は、これで身を守ってね。どちらにせよ木の棒だとか、剣だとか、媒介が必要みたいだし」 「ああ」 しばしの沈黙。 「あのさ」 口火を切ったのはマヤだった。 「さっき、行くのを断ろうとしてたよね」 「……まあね」 「どうして、行こうと思ったの? なんだかあなたは、本当に私の知らないところから来たみたい。だってあまりにも、この世界のことを知らなさすぎるもの」 「ようやくわかってもらえた?」 「ええ。でも、どうして行くって決めたの?」 ハヤトは背中から剣を引き抜いて、切っ先を空に向けた。 「だって、俺は勇者なんだろ? だったら、魔王を倒すしかないさ……魔王のところに、行かないと」 「……そっか。だったら、私も一緒に行くわ」 「えっ!?」 驚くハヤトをよそに、マヤはにっこり笑った。 「だってあなたは、この世界のことをまるで知らないでしょう? ベルスタのほこらがあるファロウの村って、どこにあるかわかる?」 「いや、知らないけど……騎士団の仕事はいいの? そこそこ、偉い立場なんだろ」 「ああ。辞めたわ」 「えっ!?」 「フィリップ団長があんまり怒るから、最終的には休職兼、勇者の道案内ってことにしてくれたみたいだけどね。私、あなたの『蒼きつるぎ』を見た時にもう決めていたの。だから、あなたが拒否してもついていくからね」 ハヤトは、手を差し出した。マヤは意外そうにした。 「拒否なんてしねえよ。俺だって、マヤについてきてもらいたいと思ってた。うれしいよ」 マヤの顔が一気に紅潮した。 「よ、よくもまあ、そんな浮ついた恥ずかしいせりふが出てくるわね。その手には乗らないんだから!」 ハヤトは首をひねる。マヤはかぶりをふってから、彼の手を取った。 「改めて自己紹介。私はマヤ。マヤ・グリーンよ」 「折笠ハヤトだ」 「オ、オリ……カ……サ……? ずいぶん個性的な名前ね」 どうやら苗字のほうは世界観にそぐわないらしい。 ハヤトは少し考えて、言った。 「あ、やっぱ今のなし。スナップだ。ハヤト・スナップ」 マヤは少し不思議そうしながらも、ぎゅっと手を握った。 「よろしく、ハヤト・スナップ君」 二人の旅が始まった。 |