IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
4.「決意」その2

「大儀であった」

 玉座に座るベルスタ王が、恰幅のいい体を揺らしながら厳かに言った。隼人は赤いじゅうたんの上に立って、彼と対面している。すぐ横にはマヤがひざをついて頭を下げている。

「魔王の目的は、おそらくこのベルスタを壊滅させることにあったはず。あのレッド・ドラゴンを失うことなど、やつは予想だにしていなかっただろう。国が救われたのは君のおかげだ」
「は、はあ」

 隼人が気のない返事をするので、マヤがじろりと彼を見る。

「私からも礼を言わせてくれ」

 王の横に立っている壮年男性が言った。彼には見覚えがあった。騎士団がごたごたと騒いでいる時に、的確な指示を与えていた。

「私は騎士団長のフィリップという。レッド・ドラゴンは騎士団が全員でかかっても苦労する相手だ。正直、あのまま放っておいたら被害は広がる一方だったろう。『蒼きつるぎ』の勇者に感謝している」
「は、はい」

 隼人は明らかにあがっている。マヤが顔をあげた。

「王様、よろしいでしょうか」

 王は頷いた。マヤは立ち上がった。

「ソルテスが魔王として君臨し、『蒼きつるぎ』の勇者が現れた以上、魔王の島の封印を解くべき時が来たのではないかと思います」
「うむ」
「ま、魔王の島?」

 隼人の質問にフィリップが答えた。

「その名の通り、かつての魔王が拠点としていた島だ。ソルテスは過去に勇者としてこの島に向かい、魔王を打破したのち、島全体を魔法で封印した。ソルテスはおそらくそこにいると見ていいだろう。封印のカギとなる宝玉は、ベルスタ、ザイド、ラングウィッツの三国内のほこらに安置されている……のだが、“魔力”が強すぎて私たちでは近づくことすらできない」

「そこで、だ」

 王が咳払いをした。

「『蒼きつるぎ』の勇者よ、君にこの三つの封印の解除を頼みたい」
「ええっ!?」

 隼人はとうとう尻餅をついてしまった。マヤがため息をつく。

「ハヤト君、封印は『蒼きつるぎ』じゃないと解けないそうなの。あなたにしかできないのよ」
「そんな、いきなり言われても……」

 フィリップは頼りないな、と言ったふうに小さくかぶりをふった。

「ハヤト君と言ったな。どうか頼む。私たち騎士団は、街の治安維持と、来るべき魔王との決戦に備えるため、動くことができない。昨日から移動系統の魔法が一切使えなくなり、ザイド、ラングウィッツの両国にも連絡がつかなくなってしまった。おそらく魔王の仕業だろう。君だけが頼りなんだ」

 隼人は何も言い返せなくなった。
 あの剣でしか、できない。つまり自分がいかない限りは封印は解けない。
 隼人は座ったまま、うつむいた。

 どうしようか。
 自分にしかできないなら、やるしかない。
 でも、恐ろしい。この夢の世界が恐ろしい。もう二回も怖い思いをしたのだ。
 戻りたい。家に戻りたい。
 どうしてこんなことをしなければならないのだろう……。

「あ、あのですね……」

 隼人は、震えた声で言った。

 断ろう。断って、家に戻る手段を探そう。もしかしたら夢かもしれない。きっとどこかに逃げているうちに、家のベッドで目をさますかもしれない。

「俺、まだよくわかってなくって……悪いんですけど……そんな、冒険みたいなこと……」




 冒険。




 隼人は、はっとして口をつぐんだ。
 「冒険」。唯に似た、赤い髪の少女は確かにそう言った。

「冒険……」

 隼人は立ち上がった。
 そうだ。やはりあれは唯なのだ。
 魔王ソルテスは、妹の唯なのだ。
 彼女に会えば、この理解不能な夢のことがわかるかもしれない。

 いや、もはや認めるしかない。
 ここは夢ではない。別のどこかだ。
 唯に、連れて来られてしまったのだ。
 彼女を探さなければ。
 魔王ソルテスを、探さなければ。

「おお……」

 王とフィリップがうなった。隼人の体が、うすく光を放ちだした。
 隼人は顔をあげた。その目は蒼く輝いていた。

「行きます。俺が封印を解いて、魔王の島へ渡ります!」

 ハヤトは決心した。
 魔王ソルテス……いや、ユイに会いにいこう。



 ハヤトは騎士団から支給された、革製の鎧に着替えた。パーカーなどは、捨ててしまった。

「なんで鋼鉄製にしないの? あっちの方が頑丈よ」
「あんなの、重すぎて着てられないって。これも十分頑丈だし、着ごこちもいいよ」

 ハヤトは自分の灰色の肩あてをこんこんとたたいた。
 本当は、鋼鉄製でもよかった。
 だが、この革の色がどことなく、剣道の防具を彷彿とさせたのだった。
 形は似ても似つかないが、そのくらいはあちらの世界の面影を残しておきたかった。

「じゃ、次はこれね」

 マヤは剣を何本か取り出した。
 ハヤトは、銀色のさやに納められた細身の剣を選んで背中にかけた。
 ずっしりと重かった。

「『蒼きつるぎ』が自由に出せない以上は、これで身を守ってね。どちらにせよ木の棒だとか、剣だとか、媒介が必要みたいだし」
「ああ」

 しばしの沈黙。

「あのさ」

 口火を切ったのはマヤだった。

「さっき、行くのを断ろうとしてたよね」
「……まあね」
「どうして、行こうと思ったの? なんだかあなたは、本当に私の知らないところから来たみたい。だってあまりにも、この世界のことを知らなさすぎるもの」
「ようやくわかってもらえた?」
「ええ。でも、どうして行くって決めたの?」

 ハヤトは背中から剣を引き抜いて、切っ先を空に向けた。

「だって、俺は勇者なんだろ? だったら、魔王を倒すしかないさ……魔王のところに、行かないと」
「……そっか。だったら、私も一緒に行くわ」
「えっ!?」

 驚くハヤトをよそに、マヤはにっこり笑った。

「だってあなたは、この世界のことをまるで知らないでしょう? ベルスタのほこらがあるファロウの村って、どこにあるかわかる?」
「いや、知らないけど……騎士団の仕事はいいの? そこそこ、偉い立場なんだろ」
「ああ。辞めたわ」
「えっ!?」
「フィリップ団長があんまり怒るから、最終的には休職兼、勇者の道案内ってことにしてくれたみたいだけどね。私、あなたの『蒼きつるぎ』を見た時にもう決めていたの。だから、あなたが拒否してもついていくからね」

 ハヤトは、手を差し出した。マヤは意外そうにした。

「拒否なんてしねえよ。俺だって、マヤについてきてもらいたいと思ってた。うれしいよ」

 マヤの顔が一気に紅潮した。

「よ、よくもまあ、そんな浮ついた恥ずかしいせりふが出てくるわね。その手には乗らないんだから!」

 ハヤトは首をひねる。マヤはかぶりをふってから、彼の手を取った。

「改めて自己紹介。私はマヤ。マヤ・グリーンよ」
「折笠ハヤトだ」
「オ、オリ……カ……サ……? ずいぶん個性的な名前ね」

 どうやら苗字のほうは世界観にそぐわないらしい。
 ハヤトは少し考えて、言った。

「あ、やっぱ今のなし。スナップだ。ハヤト・スナップ」

 マヤは少し不思議そうしながらも、ぎゅっと手を握った。

「よろしく、ハヤト・スナップ君」

 二人の旅が始まった。

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