IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
4.「決意」その1

「うーむ」

 隼人はベッドの上で、難しい顔をしながらうなっていた。手にはゲーム機が握られている。
「ベスドラ」のダンジョンは、相変わらず進行していない。ボスが待ちかまえる部屋の、鋼鉄の扉は開かないままである。
 バグだろうか? 隼人はエンカウントを起こしたり、セーブしてやり直したりして試行錯誤したが、やがてゲーム機の電源を切った。

「唯、いるか?」

 隼人は唯の部屋をノックした。明るい声が返ってきた。

「なーに?」
「『ベスドラ』のダンジョンがよう……完全に詰まっちまった。見てくれよ」
「ダメだよ」

 唯は扉をあけた。

「ダンジョンくらい、自分でクリアしなくちゃ」
「そこをなんとか。話が気になって仕方ないんだよ」
「じゃあお兄ちゃん、ちょっとファミブまで付き合って? ゲームとCDを見に行きたいの」

 唯は扉から鞄を出して見せた。隼人は肩をすくめる。

「なんだ、外に出るつもりなのか? 母さんに見つかったら怒られるぞ」
「ちょっとくらいなら大丈夫だよ。お医者さんもたまには外に出て日に当たれって言ってるし」

 隼人は腕を組んだ。

「しゃあねえな」
「やりぃ!」

 隼人は自転車を車庫から出して、唯を後ろに乗せて走りだした。
 自転車が砂利道に入り、がたがたと揺れる。

「大丈夫か?」
「もう、心配しすぎだよ。ちょっと揺れたくらいで死ぬわけじゃないんだから」
「言ったな、この」

 隼人は自転車を立って思い切りペダルをこいだ。
 スピードが上がり、唯がわあわあと騒ぐ。

 二人の乗る自転車は川沿いの土手に出た。

「いい天気だな」
「うん」
「……病気は、どうなんだ? 大丈夫か?」

 唯は隼人の腹に腕をからめた。

「自分でも、わからない。たまに、私の病気なんてうそっぱちで、本当はなんともないんじゃないかとすら思う」
「そりゃ、よくなってる証拠だろ」

 唯は隼人の背中に顔をおしつけ、首を振った。

「ううん。病院で検査するとわかるの」
「……でも、前みたいに、治るさ」

 唯は答えなかった。


 ゲームとCDを物色したのち、二人は本屋をあとにした。
 けっきょく、何も買わなかった。

 自転車は土手を走る。
 川はゆっくりと、小さな音をたてて流れている。

「あっ」

 唯が指を指す。遠目に黒い煙が立ち上っているのが見えた。

「なんだ、火事かな? うちじゃねえよな」
「ううん、違うよ。別の家」

 唯は少し笑いながら言った。
 隼人は眉間にしわをよせた。

「おい、笑っちゃだめだ。他人の不幸を笑っちゃいけない」
「お兄ちゃんって、まじめだよね」
「まじめとか、まじめじゃないとか、そういう問題じゃねえ。他人には他人の生活があるんだよ。きっとあれが火事だったら、その家の人たちはすっげー悲しむよな? だからそれを笑っちゃいけないんだよ」
「そういうのをまじめっていうの」

 唯はまた、隼人の背中にべったりとくっついた。

「おいっ、こぎにくいだろ」
「ふふっ、まじめ、まじめ!……でも、そんなお兄ちゃんが、好き」

 隼人は無言になる。

「どうして何も言わないの?」
「……兄妹に言ってもしょうがねえだろ、そんなこと」
「私たち、血のつながりはないんだよ。だから……好きって言えるんだ」

 隼人は自転車をこぐスピードを早めた。

「お兄ちゃん」

 唯が言う。

「お兄ちゃん」

 隼人は答えない。

「お兄ちゃん、楽しくやろうね」
「ん? 何を?」

 隼人は思わず後ろを見る。

 赤い髪の少女が、乗っていた。隼人は声をあげた。

「お、お前は!?」
「『冒険』」

 隼人は頭を抱える。
 そうだ、俺はなぜ、こんなところにいる?
 どうして何気なく時間を過ごしてしまった?
 もっとやることがあったろう!?

「唯っ! お前は!」
「それじゃあね」

 光があふれた。



 隼人は目を覚ました。
 ベッドの上のようだ。ただ、この天井は初めて見る。
 唯はどこに言ったのだろう。

「兄さん……」

 近くから声が聞こえた。

「唯!?」

 隼人はがばりと起きあがった。……が、途中でそれを阻まれた。自分の腕に、誰かがからみついている。
 見てみると金髪の少女が、シャツ一枚で横に眠っていた。

「も、森野!?」

 いや、森野真矢ではない。マヤだ。
 あの夢のような世界に戻ってきたのだ。

「兄さん、いかないで……」

 マヤはひしと隼人の腕にだきついた。二の腕部分にとても柔らかいものが当たり、隼人は硬直する。シャツの襟元がよれて、白い肌がのぞいていた。

「兄さ……ん?」

 ふと、マヤの目がぱちりと開いた。
 二人の目があう。

 硬直。
 隼人はおそるおそる言った。

「お、おはようございま」

 悲鳴とともに、部屋中のものが飛んだ。


 隼人は、前日に起こった出来事を簡単にマヤから説明された。
 英雄だったソルテスが魔王として世界に宣戦布告したこと。
 そしてベルスタに住むほぼ全員が、「蒼きつるぎ」の勇者が、レッド・ドラゴンを斬るところを見たこと。

「覚えてるよ、そのくらいは。最後のドラゴンのときは、必死だったからぼんやりしてるけど」
「よし、とくに記憶に問題はないわね。あの後すぐに気を失っちゃったから、心配したわ。とにかく城まで来てちょうだい。ベルスタ王が会いたがっているわ」
「……」
「なに、なんで黙るの?」

 隼人は傷だらけの頬をさすった。

「あんなに寝相が悪いなら、どうして俺を自分の家に泊めたの? どこか別の場所に寝かせておけばよかったじゃん。ああ、いてぇ」

 マヤは突如として真っ赤になった。

「ち、違うんだからね! ヘンな想像しないで!……あなたをここに連れてきたのは、私だからね。気を失っている間は責任を取りたかったのよ。さあ、行きましょう」

 隼人たちは城へと向かい、歩いていった。
 外壁がなくなったベルスタの様子は、昨日までとはうってかわってしまっていた。
 通行人の数が多く、大きな荷物を積んだ馬車がいくつも通った。

「ベルスタが誇る外壁がなくなっちゃったからね。近辺に強いモンスターはいないけど、魔王の攻撃の標的にされちゃったわけだから、ここを離れようって考えるのも、無理ないわ」

 マヤがさびしげに言った。

「魔王復活の噂は、きっと今に世界中に広まる。たぶんそれが魔王のねらいよ。でも……今回はドラゴンを一刀両断にした『蒼きつるぎ』の勇者の話とセットだわ」
「お、俺か? 大丈夫かよ」

 マヤはほほえんで頷いた。

「何いってるの、自信持って。あなたが昨日やったことは、とてつもない快挙なのよ。魔王の目的は半分失敗したも同然なんだから」

 隼人は息をついて空を見上げた。
 同じなのは、この空の色だけだ。

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