IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
3.「俺が勇者で妹魔王」その2

「な、なんだ、ありゃあ!」

 隼人は思わず大声をあげた。まるで巨大な建造物が動いているようだ。
 大きなかぎ爪が門をもう一度つぶし、今度は姿が完全に見えた。

「レッド・ドラゴンだ!」

 誰かが叫んだ。隼人は目をみはった。
 確かにそうだ。彼が映画や漫画を通して見たことのある、ドラゴンであった。

「誰か、魔術師はいる!? 私たち第四師団をあそこに送って!」

 マヤが叫ぶ。ほかの白い服の連中が声をあげた。

「無茶だよ、マヤさん!」
「でも、門が壊されたのよ! 特A級緊急事態だわ!」

 白い服の「騎士団」はごたごたと揉め始めたが、そこに、一人の壮年男性が現れた。

「何をやっとるか!」

 彼の一喝で全員が黙った。男が続ける。

「こういう時にこそ人民を守るのが我らベルスタ騎士団であろう。魔法が使える者は第四師団を門の前へ送って『壁』を作れ! レッド・ドラゴンの得意とする攻撃は、第四師団の『壁』があれば全て防げる! 我らはそういう訓練をしてきた! 一撃食らわせて追い払え! 第二、第三は場内調査! スパイがいるかどうか調べろ! 第五は……」

 男は指示を叫ぶようにして続ける。次第に騎士団の人間たちは冷静さを取り戻し、それぞれ指示された任務へとつく。

 マヤは数人の団員とともに一カ所に固まっていた。隼人は彼女のほうへ向かう。

「マヤ! お、俺はどうすれば……」

 マヤは隼人の手を取った。

「一緒に来て。ハヤト君の『蒼きつるぎ』なら、あいつも倒せるかもしれない」

 その言葉に、隣にいた男が反応した。

「『蒼きつるぎ』だって? 勇者ソルテスの?」

 マヤは首をふる。

「ソルテスじゃない。彼はハヤト。新しい勇者よ」
「ソ、ソルテスって?」

 マヤは答えずにフードをかぶった男に指示を出した。
 目の前が光に包まれた。

 ばし、と空気がはじける音とともに、目の前の景色が変わった。
 さっきの城門付近だ。周囲に人はおらず、すでに逃げてしまったようだ。露店などはそのまま放置されている。
 すぐに、マヤが声をあげる。

「ミレッジ、ガウェイン、サンダース! 後ろに建てるわよ!」

 三人が返事するとともに、青白い光を手に出し始めた。例の“魔力”というやつだ。
 隼人が後ろを振り返ると、目の前に大きな鱗が見えた。
 ドラゴンの足であった。

「う、うわあああっ! でけえっ!」
「マヤさん、いけます!」

 ミレッジが言う。頷くマヤも同じように“魔力”を練っている。

「いくわよ! ドラゴンの口が開くのにタイミングを合わせて!」

 上方で、ドラゴンの口がかぱりと開いた。

「今よっ! 『ウォール』!」

 マヤたち四人が“魔力”を伴った手を全面に掲げると、四人の“魔力”が合わさり、大きな半透明の壁がどんと現れた。同時に、ドラゴンの口からごうと真っ赤な炎が出た。

 ドラゴンの顔付近で爆発が起き、地鳴りのようなうめき声が辺りに響いた。びりびりと地面が揺れ、外壁が少し崩れた。

「やった!」

 マヤは顔を明るくさせたが、すぐに「壁」は砕け散った。ドラゴンがその太い尻尾で壁を攻撃したのである。門の周辺も吹き飛んだ。
 同時に強い風が起き、隼人たちは地面に叩き伏せられた。

 ドラゴンは羽を広げて、宙に飛び立った。


 動けるようになった隼人が空を見あげた時には、ドラゴンはすでにかなり上空へと昇っていた。

「に、逃げたのか?」

 隼人の質問に、マヤは表情を曇らせる。

「そうであってほしいけど……違うみたいね」

 ドラゴンは羽をばさばさと広げ、街を旋回する。
 騎士団の男たちが声をあげる。

「なぜだ!? ドラゴンは本来、臆病なモンスターのはず。一撃食らわせれば、驚いて逃げてしまうことがほとんどなのに」
「見ろ、ドラゴンが!」

 ドラゴンは上空で口を開いた。

「みんな、伏せて!」

 マヤの声とともに、ドラゴンが火の玉を発射し、地面がどかんどかんと揺れた。

 隼人は恐怖で何がなんだかわからなかった。
 ドラゴン、そして炎に包まれる街。
 なんて嫌な夢なんだ。
 だが、逃れられない。


 音がやんだ。隼人たちは上体を起こした。

「これは……!」

 誰もが声をあげた。街には、まったく被害がない。
 だが、景色が変わっていた。さっきまで街全体を包んでいた外壁が、完全に崩壊している。

 どおお、と、波のようになった人々の声が聞こえてくる。
 街全体がパニックに陥っているのがよくわかった。

『これは』

 その時だった。空から、声が響きわたった。
 人々の声はやがてやんだ。

『これは、宣告である』

 年端もいかない少女の声だった。しかし、その口調は恐怖を覚えるほど、厳かであった。
 隼人が反応して上空を見上げた。
 この声は!

『もう一度言う。これは、宣告である』
「唯!」

 空に、赤い髪の少女の姿が映し出されていた。



 少女の目はうすく開かれ、街を見下していた。空に透けているため、投影された映像に近いものだとわかる。

『もう一度言う。これは、宣告である』

 表情の変化はない。抑揚もなく、ただ何かを読み上げているようだった。

「唯!」

 隼人が立ち上がって叫ぶ。
 少女の顔は彼の妹・唯そっくりであった。この夢の中に来る前にも見た赤い髪の彼女である。黒を基調とした服装も全く同一のものだ。

『我は魔王……魔王ソルテス』

 少女から、返事は返ってこない。
 代わりに、マヤが言った。

「魔王、ソルテス……? どういうこと……?」
『知っての通り、かつての魔王は私の手によって滅んだ』

 隼人がマヤの肩をつかむ。

「どういうことなんだ、マヤ!?」
「……彼女は、勇者ソルテス。五年ほど前に『蒼きつるぎ』で世界を救った英雄よ」
「なんだって」

 ソルテスは続ける。

『だが魔王を倒した時、私は思った。自分に勝る力を持つ存在がいなくなった今ならば、この世界を掌握できると』
「唯、答えてくれ! 俺だ、隼人だ!」

 隼人の声はむなしく響く。

『確かに魔王は死んだ。だが、魔王はここに復活を宣言する。私が新たな魔王となり、お前たちを掌握する。この事実を世界じゅうに伝えよ。堅牢を誇ったベルスタの城壁はもろくも崩れた。魔王はお前たちを掌握する』

 空はしん、と静まりかえった。
 マヤが肩をふるわせる。

「そんな……! 『蒼きつるぎ』が現れたのは、これを予知していたっていうの……?」

 隼人は空を見た。
 唯の顔が浮かぶ空を、さっきのレッド・ドラゴンが羽をはばたかせて飛んでいる。
 そこに、彼は見た。
 誰かがドラゴンの背中に立っている。
 赤い髪の、ソルテス。いや……唯だ。彼女はこの場にいたのだ。

 隼人はうつむいて、近くに落ちていた剣を拾った。

「もう、なにがなんだかわかんねぇ……唯……」

 隼人は目を開いた。その瞳は蒼く輝いていた。

「答えてくれよ、唯っ!」

 ばちばちと言う音とともに、隼人の持っていた剣が光を放った。
 マヤを始め、新たな魔王の言葉を聞いていた騎士団の仲間たちは、それを見て驚きの声をあげる。

「『蒼きつるぎ』……!」

 「蒼きつるぎ」が姿を表した。同時に、隼人はドラゴンの飛ぶ方向に走り出す。

「ハヤト君!」

 マヤの制止も聞かず、隼人は猛然と走る。空を見上げると、ドラゴンの腹が見えた。

「おおおおっ!」

 隼人は煉瓦造りの地面を思いきり蹴った。
 青白い光がほとばしり、煉瓦が吹き飛んだ。同時に、隼人の体が上空へと飛ぶ。
 その場にいる全員が目を疑った。青白い光をまとった人間が、空を飛ぶレッド・ドラゴンに向かって飛んでいく。

 隼人はドラゴンの背に着地すると、すぐに赤い髪の少女を見つけた。

「唯、おまえは唯なんだろ!?」

 隼人は少女のもとに駆け寄る。しかし、少女は眼前ですっと消えた。
 辺りを見渡すと、すぐ後ろに彼女が立っていた。
 少女はまるで無関心な様子で、隼人を見据えていた。

「この夢は一体なんなんだ!? 教えてくれ!」

 少女は答えない。

「唯!」

 少女は隼人の必死な表情にを見て、ようやく反応を見せた。

「これは夢ではない」

 その声はやはり、唯そのものであった。

「『蒼きつるぎ』の勇者よ、私は、魔王ソルテスは……いずれこの世界を滅ぼすぞ。止めてみせろ」

 隼人はその様子を見ていて思った。
 唯に似ているが、違う。森野真矢に似たマヤと同じだ。彼女は魔王ソルテスなのだ。

「それが、お前の『冒険』だ」
「なっ……やっぱり、お前!」

 隼人が目を見開いたとき、ソルテスは手から“魔力”の衝撃波を放った。
 隼人の体は、空へと突き飛ばされた。

「ちっくしょおお! 話は終わってねえぞっ! 剣よ、『蒼きつるぎ』よ! お前は、悪しき全てを破壊するんだろ!」

 隼人が声をがなりたてながら叫ぶ。

「だったら……」

 剣が光を増す。ソルテスはそれを見て眉をひそめた。

「力を貸しやがれっ!」

 その瞬間、「蒼きつるぎ」はさらに輝きを増しながら、少しずつ形を変えてゆく。
 剣は刀身が巨大化し、隼人の身長の倍以上もある大剣へと変化した。

「いっけええーー!!」

 隼人は空中でそれを振りかぶり、回転するようにして思い切り一閃した。

 ソルテスはそれを見て、少しだけにやりとした後、瞬時に姿を消した。

 地鳴りのような怒号が、街中に響いた。
 そして、人々は空に見た。

 首からまっぷたつになって消えるレッド・ドラゴンと、蒼く輝く勇者の姿を。

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