寄り合い馬車が昼の街道を走っている。 「ってな、わけなんだけどさ」 話を終えた隼人は、困った風にマヤを見た。正面に腰掛ける彼女は、ぽかんとしている。 「……ハヤト君、つまりあなたは、その、ニホンってところからここに来たってこと? 荒唐無稽ね。それに話がつながらないわ。そんな名前の場所、このベルスタの近辺にはないし、まず聞いたことがないわ」 隼人はため息をついた。 話が通じないのは、なんとなくわかっていた。 今でも、さっきまでの出来事が夢のようだった。 マヤが放った電撃、「モンスター」と呼ばれる化け物、そして自分の腕に握られていた、青い剣。 隼人は周囲を見渡した。 マヤを含め、乗車している人は誰も彼も、ゲームや小説に出てくるような格好をしている。中には金属製の鎧を着込み、武器を携帯している人もいる。 そして、窓の先には大きな平原が広がっている。緑の芝はどこまでつながっているのか、見当もつかない。 これは夢だろうか。隼人は指で頬をつねった。 じんじんとした痛みだけが残った。 マヤは咳払いをする。 「あなたの言っていることは、よくわからないけれど……」 彼女は少し恥ずかしげに手を差し出した。 「ありがと。オウルベアに囲まれた時は、もうダメだと思った。こうして生きてベルスタに帰れるのは、あなたのおかげよ、ハヤト君」 隼人は少し意外げにする。 森野真矢……ではないが、マヤそっくりの少女が、素直に礼を言っている。隼人は思わず笑みを浮かべた。マヤもそれに応える。 ふたりは握手を交わした。 「それにしても、『蒼きつるぎ』はどこにやっちゃったの? じっくり見てみたいんだけど」 隼人は頭をかく。 先ほど彼が出した「蒼きつるぎ」と呼ばれる剣は、オウルベアを倒したあと、いつのまにか木の棒に戻っていた。 「なあ、あの剣は一体なんなんだ?」 マヤは眉間にしわを寄せた。 「……本気で言ってるの?」 「ああ」 マヤは肩をすくめる。 「まったく、ずいぶんと冗談がお好きみたいね。もしかして私のことを試してる?」 「はぁ?」 「まあいいわ。このベルスタだけじゃない、世界中の誰もが知ってるわ。『蒼きつるぎ』……神話時代から語り継がれている伝説の剣よ。世界の均衡が乱れる時に蒼い瞳の勇者とともに現れ、その蒼き輝きで、悪しき全てを破壊する。はい、これで合格?」 隼人はまた、頭をかいた。 荒唐無稽なのはそちらの方だろう。 ◆ 寄り合い馬車が止まった。同時に、乗客たちが降りていく。 「着いたみたいね」 マヤにけしかけられ、隼人は馬車を降りた。 「うわ……!」 隼人は思わず息をのんだ。 まず目に入ったのは、大きな灰色の壁だ。緑の芝を断ち切るようにして、右に左に、延々と続いている。乗客たちは、その中心にある大きな木製の門に向かっていく。先には、白い建物がならぶ街が見えた。 マヤはのびをした。 「うーん、この城壁を見るとベルスタに帰ってきた! って感じがするわ」 ベルスタ。マヤが住んでいるという街だ。 二人は城壁をくぐり、白い煉瓦が敷き詰められた街の中へと入った。 道沿いに露店が広がっており、多くの人が歩いていた。 「すごい人だな。まるで祭りみたいだ」 「あなた、田舎出身? だったら驚くかもね。さ、城に行く前にうちに寄りましょう」 「城?」 マヤが右を向いて指を指す。隼人はそちらを見た。 いくつかの塔に囲まれるようにして、百メートルほどの洋風の城がそびえていた。 マヤの家は、さきほどの喧噪から少しばかり離れたところにひっそりとたたずんでいた。 「さ、服脱いで」 開口一番マヤに言われ、隼人は思わず赤くなる。それを見てマヤの顔も同じようになった。 「へっ、ヘンなこと想像しないでよね! その妙な服じゃ、城に入れてもらえないわ」 隼人は自分の服を見る。 黒いフード付きパーカーに、ちょっとくたびれたジーンズ、そして底がすれたスニーカー。 確かに、どう考えても浮いている。 だが、これを脱いだが最後、このわけのわからない夢の中に、自分が完全にとけ込んでしまうような気がした。 「さあ、早く。ここに置いておくからね。私も着替えてくるから。……言っておくけど、次見たら、たとえ勇者だってただじゃおかないわよ」 マヤは奥のドアを閉じた。 勇者。さっきからこの言葉を彼女は何度も口にしている。 確かに説明を受けた。「蒼きつるぎ」を持つ人間は、勇者なのだという。確かにさっき、自分はそれを手にしていた。瞳も輝いていたらしい。 でも、どうして? 隼人にはわけがわからなかった。といっても、ここに来てからは訳のわからないことが連続していて、多少マヒしつつあるが。 どうするか迷っていたその時、外から何かが爆発する音と振動が響いた。 「なっ、なに!?」 音を聞きつけ、マヤが部屋から出てきた。だが、まだ着替えが終わっていなかったらしく、マヤは上半身になにもつけていなかった。 沈黙。 やがて隼人はおそるおそる言った。 「い、いやあ……これはまた、ご立派なお乳で」 マヤの悲鳴とともに隼人の顔に木製のコップがごちん、とぶつかった。 ◆ 二人は外に出た。マヤはぴっちりとした白い服に着替えているが、隼人はパーカーのままである。 「し、城が!」 マヤが指をさす。城の方角から煙が上がっている。彼女が走り出したのを見て、隼人もそれに続く。 城の付近にある広場はざわめきにつつまれていた。 マヤは、すぐ先の露店へと走った。 「騎士団のマヤ・グリーンよ。いったい、何があったの!?」 店主は焦った様子で店じまいを始めていた。 「とつぜん城壁が爆発したんですよ! たぶん魔法のたぐいだ。暴発ですかねえ。モンスターとかじゃなきゃいいけど。近頃、何かとぶっそうだからね」 マヤは礼を言うと、人垣に飛び込んで城の方向へと走った。隼人もどうすればいいのかわからないので、とりあえずついていくことにした。 ベルスタ城は騒然としていた。マヤは城門前に集まっている、同じ服を着た人間たちの方へと走った。彼女に気づいた白い服の男が、片腕を胸に持っていった。 「マヤさん! 戻られてたんですね」 「何があったの、説明して!」 別の女性がマヤの前に立った。 「第ニ城壁が、何らかの手段で爆破されました。現在、原因を調査中で……」 彼女が言い終わる前に、後方からまた轟音が響いた。 マヤは後ろを振り返った。 「嘘……」 外壁の門が崩壊するとともに、外壁近くの大きさの、大きな赤い竜がこちらを見据えていた。 |