IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

24.「エピローグ“イモータル・マインド”」その1

 終業のチャイムが鳴った。

「今日の部分は来週のテストに出るからな。心しておけ」

 教師は教科書を教壇に叩きながら言った。彼女の視線は、右端の席へと注がれた。

「おい、聞いているのか」

 教卓に突っ伏している青年に、その様子はない。教師は、ため息をついて頭をかいた。

「まったく、しょうがない奴だ。まあいい。ホームルームは省略。みんな気をつけて帰るように」

 教師が教室から出て行き、生徒たちは帰り支度を始める。青年はようやくのびをして起き出すと、かばんに教科書類を詰め始めた。彼は忘れ物がないことを確認し、席を立った。

「ちょっと待ちな」

 そこに、ぬっと一人の女子生徒が現れた。身長は青年とほぼ同じ。気の強そうな垂れ目が、青年に批難の目を向けていた。
 青年は、けだるそうに言った。

「俺、もう帰るんだけど。何か用か」

 彼女はそれを聞くや否や、床を蹴って飛び上がり、青年にドロップキックを見舞った。

「帰るんだけど、じゃない! あんた、また部活サボる気かい!」

 青年はずっこけたまま言った。

「またそれか。俺はもうやらないって……」
「ふざけんな!」

 彼女は青年の言葉を遮りながら、その頬に拳を浴びせた。

「あんたが来なきゃどうにもならないんだよ! いいから、さっさと来な、ロバートッ!」
「殴るこたあねえだろ!?」
「ホラ、早くする!」
「仕方ないな。今日だけだぞミランダ」

 青年・ロバートは仕方なく、同じクラスのミランダに連れられて教室を出た。

 二人が廊下に出ると、一人の男が目の前に立っていた。

「やあ、二人とも。奇遇だねえ」

 男はさわやかに言ったが、ミランダはそれを無視して歩いていく。

「え、ちょっと。ガン無視!? 今、僕、確かに話しかけたよね!?」

 ロバートは彼を笑った。

「お前も懲りないなあ、ビンス。ミランダは今、部活に燃えてるから無駄だって。なあ、暇なら今からゲーセン行かないか?」
「悪くないね。ミランダにもシカトされたことだし、一緒にクイズゲームでもしようか。一つの席に座って、二人で答えを探そう」
「カップルか」
「じゃあ君が格ゲーで対戦するのを後ろから応援するよ」
「カップルか!」
「じゃあクレーンゲームでぬいぐるみ取ってくれよ」
「カップルかよ!」
「かわいいクマさんのやつね。同じ奴を二つ取って分けよう」
「こいつ気持ち悪い!」

 たかたかたか、と廊下を走る音が聞こえたあと、ビンスはミランダに蹴りとばされた。

「いつまでやってんだ! あんたも部活に来るんだよ、ビンス!」
「やっぱり、そうなる?」

 三人が一階に降りると、二人の少女がそこに現れた。

「あっ、お姉ちゃん!」
「ようコリン」

 コリンは笑顔でロバートを見やる。

「ロバート先輩、今日は捕まえられたんだね」
「まあな。それで、この子は?」

 コリンは上背の高い少女を前に押しやった。

「前に話した、同じクラスのシェリル。部活に入ってくれるってさ」
「えっ、マジで!?」

 ミランダはシェリルに大声で聞いた。
 周囲の視線を集めてしまって、シェリルは大いに慌てていたが、恥ずかしげに口を開いた。

「は……はい。兄に話したら『ミランダの頼みなら入ってやれ』と言われて……」
「あ、そっか。ロック先生の妹さんなんだよね。私はあの人に育てられたようなもんなんだ。あとでよろしく言っておいて。これから、よろしく」
「はい!」

 ロバートとビンスは、彼女をしげしげと眺めている。

「おっぱいでかいね」
「だな、コリンちゃんと同学年とは思えん。あの子はほとんどまな板みたいなもんだからな……どうしてこんな悲しい違いが生まれてしまうのか、不思議でならない」
「ミランダお姉ちゃん。あとでこの二人ちょっと貸して」
「コリン、その時はアタシも手伝うから言いな」

 五人は体育館に向かった。



「……本当に、大丈夫なのかなあ」
「またそれかよ。いい加減にしろって」

 廊下を歩きながら、二人の男子生徒が言い合いをしている。

「だってさ、なんでよりによって僕なんだよ? そんなの、グランがやれば済む話じゃないか」
「だから、何度も言ったろうが。俺じゃ色の適正が合わねえの。お前、そんなことばっかり言ってるからミランダの奴に舐められんだぞ、リブレ」

 グランに言われ、リブレは頭を抱えた。

「そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか! 僕は本番に弱いんだって。僕に期待しないでくれよ。こないだだって、僕だけ失敗して……」
「リブレ、いい加減になさい」

 背後から彼の背中を押して、女子生徒が現れた。

「レジーナ」
「あなたがそういう風にいつまでも迷っているのは、部にとっても迷惑なの。今日からロック先生の妹さんが来るそうよ。あなたがそんなんじゃ、『この部はてんでダメね』と思われてしまうわ」
「だったら君がやってくれよ」
「だからよー、リブレ。何度も言わせんな。こいつはお前にしかできないことなんだ。悔しいがあの色はお前にしか出せない。お前だけの色なんだ。だから自信を持ってやれ。お前にはそういう才能があんだからよ」

 言われて、リブレは少し笑顔になった。

「さ、才能、あるのかな? ほんと? それってほんと?」
「そうだよ。だから行くぞ。ミハイルのバカがそろそろ痺れを切らしている頃だ」

 三人は体育館へと急いだ。


「遅い!」

 巨漢・ミハイルが、体育館のステージに仁王立ちしながら叫んだ。
 ステージには長髪の少女が腰掛け、足をぶらぶらさせながら携帯電話をいじっている。
 ほかに生徒は誰もいない。

「何をやっている、グランの奴!」
「ミハイル君、うるさい。まだホームルームが終わって十分も経ってないよ。部活の開始まであと十五分はあります。たまたま、ホームルームをやる気のない先生が担任のクラスにいる私とあなたが早すぎるだけです」
「ルー、貴様は黙っていろ! 全く、今日という今日は!」

「こんちわー」

 その時、ミランダたちが入ってきた。
 ミハイルはくわっと目を開いた。

「遅いッ!」
「……ミハイル部長、今日もお元気そうでなによりです。ルー先輩も」
「私はそうでもないけどね。ミハイル君がうるさいだけ」
「貴様ら、もっと部員としての自覚を持たんか!」

 コリンがしゅた、と手を上げる。

「部長。お言葉ですが、まだ集合まで十五分はあります」
「そういう問題ではないッ! 今日は先生が直々に我らの演技の成果を見て下さる日だ! しかも、ほかにも何か我らに見せたいものがあるとの事! ホームルームが終わり次第、速やかに直行し、これに備えるべし! ……だが、ロバートとビンスを連れて来てくれたようなので、今日は特別に見逃してやる。助かったぞミランダ」
「そいつはどうも。あとこの子、ロック先生の妹さんです。今日から入ってくれるそうです」

 シェリルはミハイルに挨拶した。

「そうか。先生はお元気か」
「はい。部長にもよろしくと」
「ありがたい。君が入ってくれれば百人力だ。その力、我が部のために使ってくれ」
「はい!」

 その時、グラン、リブレ、レジーナの三人が入ってきた。

「おつかれさーん」
「遅いぞ、グラン! もっと副部長としての責任感をだな!」

 グランはめんどくさそうに顔をしかめた。

「はいはい。おっミランダ、ようやくロバートを連れてきたか。これで駒は揃ったな」
「グラン先輩の頼みとあっちゃ、断れませんからね。これがいないと始まらないのは確かですし」

 ロバートは顔をしかめる。

「人をものみたいに言わんでくださいよ」
「もの扱いされたくなきゃ、きちんと部活に来やがれってんだよ。その上で遊ぶなら俺は許すし、いくらでも付き合うぜ」
「じゃあ今日ゲーセン行きませんか、グラン先輩」
「クイズゲームならいいぞ。一緒に解いてくれ」
「あんたもかよ!?」
「格ゲーの応援もするぞ」
「もうやだこいつら!」
「テメエ、この俺様に向かって『こいつ』だと……? いっぺん燃えるか?」
「グラン、やめろって」
「うるせえリブレ! だったらお前がこいつとゲーセンに行け!」
「嫌だよ。僕、ロバート君嫌いだし」
「なんでそういうことを包み隠さず言っちゃうんですか!?」
「私もそうでもないわ」
「実は僕も」
「なんなんすか、この部は! チームワークのかけらもねえじゃん!」

 部員たちがわいわいと騒いでいるところに、一人の少女がにこにこと笑いながら入ってきた。

「やっほー」

 全員の動きがぴたりと止まる。
 最初にその場を飛び出したのはグランであった。

「マ、マヤ!? どうしてここに!」

 マヤは走ってきた彼の顔をつついた。

「久しぶり、兄さん。相変わらず気取らないスタイリッシュなリアクションだね」
「ちょっと待てよ。お前は留学でベルスタ王国にいるはずじゃ」
「マヤさんには一度戻ってきてもらいました」

 続いて、眼鏡をかけた女教師が入ってきた。
 それを見て全員が整列する。

「アンバー先生に、礼ッ!」

 ミハイルの号令と共に、全員が礼をする。
 アンバーは苦笑した。

「ねえミハイル君。それさ……ちょっと、堅すぎない?」
「いえ! これが部の方針ですから。マヤ君のことの前に、入部希望者です」

 ミハイルはシェリルをアンバーの前に招いた。
 シェリルは礼をした。

「お、お久しぶりです、アンバー姉さん」

 彼女ははっとして手で口を覆った。
 アンバーは笑う。

「別にいいわよ。昔は私のことをそう呼んでいたもんね、シェリル……。ロックのやつは元気?」
「は、はい! なぜかメールアドレスを伝えるように頼まれました」
「相変わらず勇気のない。あいつらしいわね。……これから、よろしくね」
「はい」

 アンバーは改めて、マヤに目配せする。

「見ての通り、この弱小・小泉高校にはもったいなさすぎるほどの逸材だった元エース――現在はベルスタ王国に留学中のマヤさんに一時帰国してもらいました」

 グランが一歩踏み出す。

「マヤ、どうして事前にメールをよこさなかった!」
「だって、兄さんたちをびっくりさせたかったんだもん」
「バカ野郎! それじゃお祝いパーティとか、一時帰国おめでとうプレゼントの準備ができねえだろ! 少しは兄の気持ちを考えろ!」
「シスコン……」
「シスコンだね」
「シスコン」
「今シスコンって言った奴、前に出ろ!」
「グラン君、ちょっと落ち着きなさい」

 アンバーはマヤの肩に手を置いた。

「実際は、都合があって急遽帰国したのよ。新しいチームもまとまってきたことだし、今日はマヤさんに先進国・ベルスタの技術を見せてもらおうと思うの。それと、もう一人。特別ゲストよ。……入ってきて」

 アンバーが言うと、帽子を目深にかぶった背の低い少女が入ってきた。
 彼女は部員たちのすぐ近くまで歩み寄ると、帽子を取った。
 長い赤みがかった髪をポニーテールでまとめた、驚くほどきれいな顔立ちをした女の子だった。
 だが部員たちはそれ以上に、その人物が目の間に現れた事実そのものに驚いていた。
 ミランダとロバートは、口をあんぐりとあけて、今にもあごがはずれそうだった。
 出番とばかりに、リブレがつぶやいた。

「う、うそだろ……。どうしてあのユイ・ソルテスがここにいるんだよ!?」


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