IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

24.「エピローグ“イモータル・マインド”」その2

「こんにちは、初めまして。ユイ・ソルテスといいます」

 ユイはそう言った。
 確かに「初めまして」ではあるのだが、部員全員がその顔をよく知っていた。
 アンバーはそれを見て頷く。

「みんな、他の生徒には広言しないようにね。パニックになっちゃうから」

 ロバートが全力で首を振った。

「い、いやいやいや! 十分に俺たちがパニックですよ! どうして世界トップクラスのコーディネーターがここにいるんですか!? 確かにマヤちゃんの留学している高校にいるって話は聞いてましたけれど」
「そうね、紹介の必要はないだろうけれど。ベルスタ王国のユイ・ソルテスさんよ。今日は彼女の意向で、こちらに足を運んでくれたの」

 マヤはユイに笑顔を向けた。

「ユイちゃん。それで、どう?」

 ユイはしばらく部員たちを眺めていたが、やがて首をふった。

「ううん。違った」

 そう言われて、部員たちの顔が蒼白する。
 いったい、何が「違った」というのだ。

 視線に気づいたマヤが、慌てて彼らに説明する。

「ち、違うのよみんな。私がみんなの話をユイちゃんにしたらさ、『なんだか知っている人がいるかもしれない』って言い出してさ……仕事も全部キャンセルしてまで、この小泉町まで来てくれたの」

 ユイは恥ずかしげに頭を下げた。

「ご、ごめんなさい……。マヤさんの話を聞いていたら、いてもたってもいられなくなってしまって」

 ロバートがおそるおそる聞く。

「知ってる人って、誰のことなんですか?」
「……わからないんです」

 全員が首をひねる。

「なんだか、昔から何かが……というより、誰かが足りないような気がしていて……でも、それが誰なのか、わからないんです」

 雲を掴むような話だった。
 微妙な空気になったのを悟ってか、ユイは笑顔を見せた。

「そ、それと! 外国の部活動というのも、見てみたかったんです。なんだか楽しそうだなあと思って。ねえみなさん、これからちょっとだけ、一緒にやりませんか?」

 「えっ」と、部員たちは声をあわせた。

「マジで……? あのユイ・ソルテスと一緒に……?」
「レベルが低すぎて笑われないかな」
「確かにまたとないチャンスだけど」
「まだ現実感がない」

 アンバーが手を叩く。

「みんな、それ以上のネガティブな発言を禁じる。今日はマヤさんとユイさん、二人を加えてやってもらう。世界トップクラスの技を、直に感じてほしい。正直、私も早く見たいのですぐ準備するように。衣装は本番用でな」

 全員が、いそいそと準備を始める。
 と言っても、着替えるだけである。


「とんでもない展開になったなあ」

 革鎧を着込んだロバートが、つぶやいた。
 その背を、やたら露出度の高いコスチュームに身をまとったミランダが叩く。

「いいじゃん。来た甲斐あったろ?」
「うん、僕も正直、今日は来ておいて正解だったと思う」

 ローブを羽織りながら、ビンスが言う。

「なにせユイ・ソルテスと言えば今や世界の頂点に立つコーディネーターだ。勉強させてもらおう」
「お前、根はまじめなんだな」
「いつでも真面目さ。僕は彼女の演技をテレビで見て、この部に入ったんだからね。興奮が止まらないよ」


「よーし、準備できたな、お前ら!」

 赤いローブを着たグランが、体育館の中央に立って言った。
 隣には、体のラインが出るぴっちりとした白いスーツを着たマヤが気分よさげにしている。

「懐かしいな、小泉高校の円陣」
「マヤ、お前ほどじゃないだろうが、俺たちだって少しはマシになっているはずだぜ」
「そんなの関係ないよ。一緒にできることが純粋にうれしいの」
「……そうか。ユイちゃんも、お手柔らかに頼むぜ」
「はい」

 黒い鎧を着たユイは、ほほえんだ。グランは笑顔を見せて、ミハイルに言った。

「部長、号令頼むわ!」

 ミハイルはこくんと頷いた。

「全員、位置につけいッ!」

 グラン、マヤ、ユイを中心として、部員たちは円を作るように集まった。
 アンバーがそれを確認すると、右手を上に掲げた。

「よし、では始めてくれ。ショータイムだ」

 彼女がパチンと指を弾くと、体育館が一瞬にして真っ暗になった。


 暗闇の中に、ぽつと、小さな光が灯った。
 よどみのない、青白い輝きだった。
 グランは、手の中の光を、じっと見つめた。

「今日も輝け、俺の“魔力”よ」

 彼が手をくるりと回すと、光は一度、同じように弧を描き、同色の筋を残した。
 それを合図にするようにして、巨大な“魔力”の円がその場に現れた。
 円は、踊るようにして動き出す。

「よっしゃ、いくぜええッ!」

 ミランダが深紅の“魔力”を天に投げ込む。

「お姉ちゃん、負けないよ!」

 コリンが合わせるようにして、桃色の輝きを放り込んだ。

「相変わらずいい色だね、二人とも」

 ビンスが真っ青な“魔力”の輝きを、ふりまいた。

「お前等、ちゃんと合わせろって!」

 ロバートが淡い橙色の輝きをまといながら、三人の輝きを誘導する。

「ロバート君は相変わらず、タイミングがばっちりだなあ。それに比べて僕は……」

 先導されてきた輝きを、動きやすそうな布の服を着たリブレが取り、淡いエメラルド・グリーンに変える。

「ネガティブバカ。色は誰が見てもあなたが一番なのよ」

 奪い取るようにして、ドレスを着たレジーナがそれをくるくると回転させる。

「貴様等、少しは緊張せんかッ!」

 ミハイルの叫びとともに、ふらふらと点在していた輝きが次々に弾け、その光を強める。

「ミハイル君、うるさい」

 猫耳付きフードを被るルーが、それを再び収縮。
 点滅が始まる。

「やっぱり兄さんが言っていたとおり、レベルが高いかも……!」

 シェリルが点滅に黄土色を乗せる。

「さすがね。綺麗で、それでいて型がない。このアンバランスさ、楽しいな!」

 マヤが手を掲げると、全ての輝きが筋を残しながら、宙を舞う。

「そうだ。俺たちに型なんてねえ。自由にやるのが俺たち、小泉高校マジックアート部だ!」

 グランが、それらを大きく回す。
 光が、回転しながら四方八方に弾ける。 

 ソルテスは、それを楽しげに眺めていた。

「やっぱり来てよかった。マヤさんの言う通り、ここの人たちのマジックアートは、見たことがない! でも、どうしてだろう。なんだか懐かしい」

 ソルテスは“魔力”を練って、両手を広げた。
 瞬時に、蒼い輝きが体育館中に広がり、部員たちの輝きとぶつかりあい、虹色の光の粒となってきらきらと周囲を舞った。

 光に照らされた部員たちは、笑顔だった。



「では、これにて解散。みんな、気をつけて帰ってね」

 アンバーはそう言って、本日の部活動の終了を告げた。
 全員が挨拶すると共に、外に出ていく。

 すでに日は落ち、暗くなりはじめていた。

 ロバートが両手を頭に乗せた。

「やっぱりすごかったな、ユイ・ソルテスは。どの演技も一瞬で自分の世界にしちまった。あの“魔力”量はまさにバケモンだ」
「まあ、世界一ってだけのことはあったね。それじゃアタシ、このまま帰るから。ビンスとゲーセンに行くんだろ?」
「つれないな。一緒に来いよ。実際、お前くらいしかまともな対戦相手、いねーんだからよ」
「しょうがないね」

 ロバート、ビンス、ミランダの三人は、“魔力”を練ると空を飛んで行った。
 続いて、部員たちが次々と空を舞って、それぞれの帰途につく。

 グランは、リブレの襟首をつかみながら叫んだ。

「いいか、マヤ! あと一時間くらい帰ってくるなよ! パーティの準備が出来次第、電話するからよ!」
「おい、どうして僕まで手伝わなきゃならないんだよ!? 今日は用事があるんだって!」
「用事はキャンセルしろ! お前が来れば、レジーナがセットでついてくるからだよ!」
「……それって、どういうこと?」

 グランが問いかけに答える前に、レジーナのボディーブローが彼の腹に決まった。

「それじゃ、マヤさん。お待ちしてますから」

 三人が飛んで行くのを、マヤとユイは手を振って見送った。

「変わらないなー、あの人たちは。ユイちゃん、今日はどうだった?」
「ええ、とても楽しかったです。来た甲斐がありました」

 彼女は、「でも」とうつむいた。

「結局、見つからなかった。私の大切な誰か……」
「残念だったね……」
「なんだかヘンな話なんですけれど、確信があったんです。ここにならいるって。確かに、ここの部の人たちも、なんだか昔から知り合いだったような気がするくらいいい人ばかりでしたけれど」
「ユイちゃんが誰を探してるのか、わからないけどさ。私もなんとなく、たまに何かが足りないなって思うことがあるんだよね」
「マヤさんもですか?」
「そう。ここから出たのも、それが原因だったりして……なーんて! 暗くなっちゃったね。お兄ちゃんから電話がくるまで、一緒にマジックアート、やろうよ」

 二人は暗くなったグラウンドで、“魔力”を練り始めた。



 それを、遙か上空から、二人の人間が見ていた。



『二つの世界を、混じり合わせてひとつにする』

 「ゼロ」の使者、リノが言った。

『確かにこれは、あの状況から考え得る最高の結果だわ、隼人。でも、本当にこれでよかったの?』
『ああ』

 隼人は、少々儚げに笑顔を作った。

『お前の言う通り、二つの世界はもう元通りに戻すことなんてできなかった。結局、ユイと同じようなやり方を選ぶことになっちまったけれど……世界を戻したところで、死んでしまった人たちが戻ってくるわけじゃない。これでよかったって、そう思うよ』
『そうね。完全消滅を止めただけでも大したものだわ……でも、ソルテスとマヤはあなたのことを少し覚えているようね』
『……二人とも、そこまで深刻に悩んでる訳じゃないだろ。いつか忘れるさ』

 少し間をあけて、隼人が言った。

『なあ、リノ。「ゼロ」っていったい、なんだったんだ?』
『……もう、教えてもいいでしょう。どんな世界にも報われずに、志半ばで死んでいった人間が存在する。無数に存在する世界の、そういう人々の残留思念が集まって形となったのが「ゼロ」よ。「ゼロ」は、数え切れないほどの人間たちによる感情の産物なの。“魔力”を媒介にして願いを叶え、最後には「レッド・ゼロ」となって行使者と、その世界ごとを飲み込んで、新しい「ゼロ」を生み出す。まあ、終わりのない八つ当たりみたいな力ね』
『……じゃあ、この世界から「ゼロ」が消えることは、ないんだな。人間が生きている限り』
『そういうことになるわね。たとえばあなたが私をこれから諸悪の根源に認定して倒したとしても、それは「ゼロ」のほんの一部にすぎない。すぐにまた、新しい私が作られ、「ゼロ」は新たな行使者を選定するでしょうね』
『そうか……でも、それは否定しちゃならないことなんだよな。人間には、そういう負の感情がある』

『でも』隼人は続ける。

『この結果はたぶん、「ゼロ」の元になった人たちの感情が、「それだけじゃねえ」って言いたかったから実現したこと……なんじゃないかな。だって単に「破壊」するだけじゃ、他人の危機を救ったりなんてしないだろうから』
『さあね。私に答えを求められても困るわ。どちらにせよあなたが、すごいことをやり遂げたのには変わりはないけれど』
『じゃあ、それでいいさ。良かった。唯たちが幸せになって、本当によかった』

『――良くないでしょ。いい加減にしなさいよ』

 リノが、ぴしゃりと言った。

『しょうがないから、私が最後の仕事を引き受けてあげるわ』

 彼女は「蒼きつるぎ」を手に取った。

『お、おい。どうするつもりだ』
『「ゼロ」はどういうわけか、徹底的にこの世界をきれいにまとめることにしたみたいよ。……全くもって似合わない言葉だけれど、贖罪のつもりなのかしら。あなたをこの世界に帰すわ』
『ちょ、ちょっと待てって! それじゃあ、お前が一人ぼっちになっちまうじゃねえか!』
『そんな事を気にしていたの? 本当にお人好しのバカね。「ゼロ」は、それでいいんだって。こういう使い方があるって示してくれたあなたに、感謝しているって、さ』

 リノは、かすかにほほえんだ。

『あなたのおかげで、少しだけ救われたわ』
『待て! 待ってくれッ!』
『世界の法則を「破壊」。彼をこの世界に溶け込ませて――』

 隼人は光に包まれ、消えていった。
 リノは、息をついて踵を返す。

『たまには、こういう「破壊」も悪くないのかもね。「ゼロ」は、もしかしたら少しは変われるのかもしれない。その可能性が見えただけでも、私は、うれしいよ。さようなら隼人。どうもありがとう』



 “魔力”遊びを一段落させたマヤとユイは、ロータリーの花壇に腰掛けて休憩していた。
 マヤの携帯電話が鳴った。

「兄さんだ。準備ができたのかな。ユイちゃん、ちょっと待っててね」
「うん」

 マヤは電話に出て、兄との会話を始めた。

 ユイはひとり、グラウンドを見る。




 私の大切な、誰か。




 見つからない、大切な誰か。
 あなたはいったい、どこにいるの?

 私は、あなたに言いたいことが沢山ある。
 自分でも、よく、わからないけれど。




 あなたに謝りたい。




 「ごめんなさい」と、伝えたい。




 だからお願い、戻ってきて……。




 ユイは物憂げな表情で立ち上がって、グラウンドの中央へと歩いた。




 ――そんな気持ちも、一体誰に伝えればいいのかすら、わからないなんて。




 彼女は“魔力”を練って、上空へと投げた。
 蒼い“魔力”の輝きが、夜空に浮かぶ。




「私は、どうすればいいんだろう……どうすれば、よかったんだろう」





 ユイはひとり、そうつぶやく。






「――まず最初に、俺に言えばよかったんだよ」





 背後から、言葉が返ってくる。
 ユイは、振り返った。



「ユイ。俺に言えば、それでよかったんだよ」



 一人の青年が、立っていた。
 彼は“魔力”を練って、上空の輝きに向けて放った。


 蒼い“魔力”の光がひとつになり、きらきらと舞った。

 ユイは青年の顔を、しばらく信じられないといった風に眺めていたが、やがて口を開いた。
 自然に、言葉が出た。



「ハヤト、お兄ちゃん――」
「こっちに来るなら、連絡しろって言っておいただろ? グラン先輩からメールが来てさ、遠征先から“魔力”マックスで来ちまったぜ。元気そうだな」
「お兄ちゃん……お兄ちゃんッ!」


 すでに涙がこぼれていた。
 ユイはハヤトの元へと駆けていき、彼の胸に飛び込んだ。


「ごめんなさい。お兄ちゃん、本当にごめんなさい……」

 ユイは“魔力”の光に照らされながら、何度も言った。ハヤトは、頭をかく。

「別にいいよ。忙しくて、メールする暇もなかったんだろう?」
「そういうことじゃ、なくてさ……」
「じゃあ、どういうことなんだ?」


 ユイは、ハヤトの顔を見上げる。


「え、ええっと、その……」
「いいさ。細かいことは気にするなって。こうやってまた、会えたんだから」


「ハ、ハヤト君!?」


 ユイを呼びにやってきたマヤは、思わず携帯電話を落とした。


「ようマヤ。しばらくだな」
「久しぶりじゃない! 確か全国選抜に選ばれたんだよね? すごいじゃない。まさか会えるとは思わなかったわ」
「マヤ、ベルスタに留学してるお前にそう言われると、逆に傷つくんだけど……」
「そうは思わないわ。だって実力はあなたのほうが上だもの。そういえば、私が戻ってきたら勝負する約束だったわよね」
「今は勘弁してくれって。悪いんだけど、兄妹の再会を堪能させてくれよ。やっぱり親父とお袋のことでいろいろあってさ、滅多に会えないんだ」


 ハヤトは、ユイを強く抱き寄せた。



「おかえり、ユイ」



 ユイは、彼をひしと抱き返した。
 涙を流しながら、その体を強く、強く。
 もう、決して離れないように。



「ただいま……お兄ちゃん」



(完)

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
あとがき(工事中)

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