「スポット」の空間が壊れ、隼人の目の前に暗闇が広がった。 すでに天井も床もなく、体は宙に浮いていた。 隼人がいたのは、星のまたたく宇宙の中であった。 少女の、すすり泣きが聞こえた。 すぐ隣に、一人の少女が同じようにして浮かんでいた。 折笠唯だった。 紅かった髪は黒く戻り、魔王の衣装も着ていなかった。 「お兄ちゃん……どうして……どうしてなの……? どうして、私の『レッド・ゼロ』を止めることができたの……?」 「最後の最後、俺自身が『ブレイク』したみたいだ。能力がなんだったのかはわからないけれど……。きっと、ああなったお前を止めるための力だったんだろうな。『ブレイク』は、願いを叶えるための力らしいからさ」 「どうして、そうまでして私を止めたの?」 「そんなの、決まってるだろ。お前が俺の妹だからだ」 それを聞いて唯は、ぽろぽろと涙をこぼした。 隼人は、その頭をなでてやる。 「でも、ごめんな……お前の考えを理解してやれなくって。違うとしか、思えなかった。言えなかった。それ以外の解決方法を、俺は見つけられなかった。きっとこうならずに済んだ方法は、いくらでもあったはずなんだ」 「いいの。もう、いいのよ……。私はお兄ちゃんに負けて、叱られて、止められた……それだけだから……さ」 遠目に、輝く星が二つ見える。 互いが重なり合い、すでに半分以上が輝く塵となって散っている。 「二つの世界が、崩壊していく……」 もはや皮肉でしかなかったが、その光景は、隼人がこれまで見たどの景色よりも、きれいだった。 「今なら、なんとなくわかる。私はただ、お兄ちゃんにかまってほしかっただけなのかもしれない。必死に追ってもらいたかっただけなのかもしれない」 「それなら、そうと言えばよかったんだ」 「どうしても、それができなかったの……。でも、そんな私のせいで、全部壊れちゃう。全部、なくなってしまう……。私って、最低だ」 「まだ、方法がなくなったわけじゃない」 隼人は、その手に持つ二本の「蒼きつるぎ」を見やった。 唯は、それを見てはっとする。 「お兄ちゃん、まさか……」 「ああ。あの状況をこいつで破壊して、全部元に戻す。できるかどうか、わからないけどさ」 「できっこないよ……。もう、世界の崩壊はほぼ完遂されてしまったの。例え『ゼロ』だって、失ったものを戻すことは、できないよ。それが『ゼロ』の本質なんだから」 「お前がやろうとしていたのは、世界の創造なんだろう? だったら、できないはずがない。そして、そのための手段はまだ、俺の手に残っている。だから、やってみるさ」 「やめてよ、お兄ちゃん! そんなことをしたら、お兄ちゃんがどうなるかわからない! 仮に成功したとしたって、あなたが存在していた事実そのものが破壊されて、全部なかったことにされてしまうかもしれない!」 「それで済むなら、上出来だろ」 「やめようよ! 例え世界が元に戻ったとしたって、お兄ちゃんがいない世界なんて、意味ないよ!」 隼人は、首を振った。 「違うよ、唯。もし俺がいなくなるのなら、きっとそれなりの世界が待っている。それだけなんだ。俺はやるよ。こうなるまで、理解してやれなかったんだ。尻拭いくらい、させろよ」 「そんなの嫌だよ、お兄ちゃん!」 「お前は、そればっかりだな。……唯。悪かった。すまなかった」 「どうして、謝るの!? 謝まらなきゃならないのは私の方なのに! ごめんなさい! ごめんなさい! 謝るから、行かないで!」 「……悪いな」 隼人は、蒼い輝きに包まれてその場を去る。 唯は叫んだが、声は届かなかった。 隼人は、終末を迎える二つの星を眼下に見据えた。 自分の世界と、唯の世界が、壊れていく。 「唯は、少し間違っただけなんだ。だからやり直すチャンスを与えてほしい」 『大甘ね』 「ゼロ」の使者の声が聞こえた。 隼人は、小さく頷いた。 「ああ、確かにそうかもしれない。でも、俺はあいつの兄貴なんだよ。だから、やってやらなくちゃ。そのために死んでいったみんなにも顔向けできない」 『言っておくけれど。ソルテスがやろうとしていた「失われた世界の再生」が成功した可能性は、皆無だった。どちらにせよ、この終わりが待っていたのよ』 「でも、あんたは力を貸してくれたよな」 『それは「ゼロ」のためなのよ。世界を再生することは、「ゼロ」の意志に反するわ』 「関係ねえよ、そんなこと。俺は俺のやりたいようにするだけだ。可能性に、賭けてみる。あんたは『ゼロ』があたかも破壊のためだけに生まれた力みたいに言うけれど、俺はそうは思わない」 『……好きにするがいいわ。どうなるかは、保証しない』 「これまでだって、保証なんてひとつもなかったさ。だから変わらない。いつも通りに、やってみせるよ」 隼人は、二本の「蒼きつるぎ」を掲げた。 彼の体中から淡い蒼き輝きが溢れ、消えゆく星にまで広がってゆく。 二本の剣が、重なりあうようにひとつになる。 世界を照らす光の剣が、彼の手に握られた。 「『蒼きつるぎ』よ! これが最後だ。俺に力を貸してくれッ!」 蒼き勇者はその言葉を最後に、光の中へと消えていった。 |