「そろそろ、いいかな」 ソルテスが剣を肩に乗せる。自分がよくする仕草にそっくりだと、ハヤトは思った。 「飽きちゃったからさ……私の本気、見せてあげるよ」 言い終わった瞬間、既にソルテスの姿はそこになかった。 視界から、一瞬にして消えたのである。 「ッ!?」 ハヤトがそれに反応した時、自分の背後から、何かが飛んで来て目の前にぼとりと落ちた。 見慣れていたものだったが、違和感があった。 こんなものが、こんな角度で見えるはずがないと、ハヤトは思った。 斬り落とされた自分の右腕と、その手に握られた「蒼きつるぎ」を見ながら、彼はどうしてか冷静に、そう思った。 「うあああああああッ!」 体から鮮血が吹き出し、痛みに声を上げた頃には、同じようにして左腕が彼の目の前に落ちた。 「これで、剣は握れないね」 いつの間にか、ソルテスがさっきと同じ場所に立っていた。 その剣には、血がべっとりとついて滴っていた。 「次で確実に、殺すよ」 ソルテスが、再び消える。 ハヤトは両腕を無くしたことでバランスを崩し、倒れそうになっていた。 だが。ここで倒れる訳にはいかない。 『そうなの! ハヤトはこの戦いに勝って! ルーと結婚するの!』 彼がぎらりと見開いた蒼い両眼に、時計の文字盤が浮かぶ。 針がぐるぐると回転を始め、ハヤトは見た。 自分の背に「紅きやいば」を突き立て、大笑いするソルテスを。 ハヤトは「グローボ」を倒れかかる体に乗せ、勢いのまま前方に飛ばした。 ソルテスの突きが、空を斬る。 ハヤトは空中で「グラスプライン」を発動させ、自分の両腕をあるべき場所へと縫いつけた。 そんな中でも、未来を見る。 今度は、下だ。 「蒼きつるぎ」と「紅きやいば」が再度ぶつかりあった。 「……見えているっていうの!?」 「まあな!」 そうは言ったが、ソルテスが何をしているのか、ハヤトにはまったく理解できていない。 だが、結果は「視える」。 二人の剣が超高速でぶつかりあう。その度に強烈な振動を伴った“魔力”の爆発が起こる。 ソルテスは少しばかり、その顔をゆがめた。 「気に入らない!」 「もう種切れか!?」 ソルテスは明確な怒りを表情にすると、再びその場から姿を消す。 ハヤトはなんとなく感づく。おそらく単なるスピードによるものではない。もっと何か、大きな力を活用した――。 思考はそこで途切れた。ルーの能力で未来が見えたのである。 ハヤトはぎょっとしながら上方を見上げた。 「マジかよ!?」 視界を覆い尽くすほど、巨大な岩の壁。 王都ベルスタの、城壁だ。 「死ねえええッ!」 ソルテスは城壁をハヤトに投げつける。 ハヤトは雄叫びを上げながら、その体を次々に分身させる。 三百本ほどの蒼い剣に、同色の炎が灯った。 「『火遁・蒼炎牙(そうえんが)!』」 『隼人。このくらいは、切り抜けてみせろ。お前が――君が、勇者だというのなら!』 「わかってますよ、先生ッ!」 ハヤトたちが刀身を次々に城壁へとぶつける。 城壁が燃えながら、勢いよく吹き飛んでいく。 ソルテスの姿はない。 その瞬間、ハヤトはようやくソルテスの攻撃の正体に気が付いた。 「『蒼きつるぎ』! 周囲の『時間の流れ』を破壊ッ!」 ばらばらになって空を散っていた城壁が、ぴたりと止まる。 こちらに向かって剣を振りかぶっているソルテスが、目の前に見えた。 「遅い!」 ソルテスは、剣を振り切る。ハヤトの体が両断された。 彼女はにたりと笑って追撃を加えようとしたが、呆れたような顔をしてそれをやめた。 「お兄ちゃん、つまらないまねはやめて」 「つまらなくはねえ。仲間からもらった、幻術だ」 斬られたハヤトの体がぱっと消える。 背後に立っていた本物の彼は、「蒼きつるぎ」を肩にとんと乗せた。 「時を止める、か。まるで昔のバトル漫画だな」 「そうね。私の能力は、だいたいがバトル漫画のマネだよ。お兄ちゃんには通じなくて当然かもね」 「その能力を最初に使った奴は、今みたいに相手に同じ能力を使われて負けたんだぜ」 「あれはバカみたいに油断していたからでしょ。相手が成長していることを認めながら、勝った気になって高笑いしちゃって、間抜けだわ」 「まあ、確かにな……」 そんな会話が自然にできてしまって、ハヤトは改めて悲しくなった。 紛れもない。彼女はずっと一緒に暮らしてきた妹、折笠唯だ。 しかし彼はそこで、言いようもない違和感に再びとらわれた。 ◆ 「なあソルテス……」 「なあに」 ソルテスは、問いかけに答えた。 元気よく。嬉しそうに。 ハヤトの抱いた違和感は、この点にあった。 これまで、目的のために必死にやってきて。 成功間近で、失敗して。 その上、仲間を全員殺されて。 それでも彼女は、元気よく嬉しそうに、自分の問いかけに、答えたのである。 「どうして、そんな顔ができるんだ……?」 自分は、彼女の仲間たちの仇のはずなのである。 なのに。 「なぜ俺に、そんな顔ができるんだよ……? おかしくねえか。俺たちは、さっきから殺し合いをしてるんじゃないか」 「それが、何か?」 ソルテスは、小首をかしげた。 彼女にとって、おかしいことは何一つもないようだった。 「ソルテス……お前」 「唯って、呼んで」 ソルテスは、笑顔だった。 奇妙だと、思っていた。 この最後の戦いは、ぱっと見では互角に見えた。 戦っていても、そう感じた。 しかし、彼女は最初に例の「時止め」を行って魔法を放っていれば、その時点で自分に勝っていたはずなのである。 あの漫画のキャラクターのように、相手が能力について理解する前に致命傷でも負わせていれば、きっとそれだけで目的を達成できたはずなのである。自分を殺せていたはずなのである。 「なんで、だよ。どうして今更、そんなことを言うんだよ!」 「私は、この時を待っていたの」 ユイは、眼を閉じた。 「お兄ちゃんと二人きりの世界……それが、作りたかったの。もちろん、最初はね、違ったの。あなたを殺すつもりで、あの世界へと入った。もしかしたら、私も人間性を破壊されたのかもしれない、とか思うこともあるけれど、きっと違うと思う。……私は破壊した常識になじみきれずに、あの世界で病気にかかった。当然のことだと思う。私とお兄ちゃんが生まれた世界は、空気の成分とか、そういう根本的な部分から、全部違うの。お兄ちゃんがこの世界でふつうに過ごしていられたのは、もちろん私が『ゼロ』でそうしたから。でも、あちらの世界でそうしてくれる人はいなかった。だから私は、病気になった。一生治らない、残酷な病気に」 ハヤトは黙ってそれを聞いている。 ユイは続ける。夢見る乙女が自分の妄想を語るかのように、少し恥ずかしげに、大げさなリアクションで。 「でもね! でも……それでも私は、お兄ちゃんが持っている『ゼロ』をどうにかしようって、ずっと頑張っていたの。魔王となったことを忘れないように、必死にね。だけど、お兄ちゃん、覚えてる? 入院した私にマンガを買ってきてくれたこと」 ハヤトはすぐに思い出した。 小学生の頃、急に入院する羽目になった妹に対して何をすればいいのかよくわからなかった彼は、一冊の少年向け冒険マンガを買い、彼女に渡した。 「それがね……本当に、本当に本当に、嬉しかったの。今まで、そんなこと、してもらったことがなかったから。もちろんお母さんたちに優しくしてもらったことだって、嬉しかった。私には、本物がいないから……。でも、それ以上に、あなたの気持ちが、嬉しかったの」 「やめろ! やめてくれ!」 ハヤトはたまらず耳を塞いだ。 折笠唯は、それでも続ける。 「だからね……その時から、私の目的、もう、変わっちゃったんだ。勇者の『ゼロ』を育てて、自分たちの世界を取り戻すなんてこと、忘れちゃったの。私は、恋に落ちてしまったの。あなたと、二人だけの世界を作ること。それが私の、本当の目的なの」 まごうこと無き、愛の告白であった。 ハヤトは、うつむいた。 「たったそれだけのために……お前はふたつの世界を犠牲にしたって言うのか……」 「たったそれだけ? 聞き捨てならないよ、お兄ちゃん。女の子にとっては、自分の命よりも大切な問題なんだから。世界なんて、もうどうでもよかったの。こうしてあなたと、二人でここにいることができて、私は本当に幸せ」 彼は、顔を上げて大声を出した。 ハヤト・スナップではなく、折笠隼人として。 「馬鹿野郎ッ! たったそれだけなんだよ! 例えどんな理由であれ、世界を犠牲にしていい道理なんて、どこにもないんだ! どうしてお前には、それがわからなかったんだ! どうして、ここに来るまで、それを打ち明けられなかったんだ! その問題は全部、こうなる前に解決できたはずなんだ!」 唯は、涙目で彼を見る。 「朴念仁。お兄ちゃんはやっぱり、何もわかってない」 「ああ、そうだよ。俺はお前の兄貴だからな」 「血は繋がってないんだよ。だから好きって言えるんだ」 「もう、聞きたくねえ」 「だったら――」 唯は「紅きやいば」を勇者の兄に向けた。 「わかってくれるまで、あなたを壊す。壊して壊して、私を理解してくれるお兄ちゃんに作りかえる」 隼人も「蒼きつるぎ」を魔王の妹に向ける。 「やってみろ。それでも俺は兄として、本気でお前を叱るし、何度でも止めてやる。だから反省しろ、唯!」 ◆ 二人が剣を付き合わせたところで、「時止め」が解除される。 隼人がたたき壊した城壁の残骸が、そこかしこに散らばった。 「邪魔」 唯はその一言だけで、それらの存在をすべて「破壊」した。 隼人が床を踏み切って攻撃に出た。 「『蒼きつるぎ』ッ! このバカな妹を止めるまで、最後まで付き合ってくれ!」 「『ゼロ』に意志はないよ、お兄ちゃん。『これ』は、単なる思念の集まり。だからそんな風に言ったからって、強くなることはないの」 二人の周囲数キロが、波を起こすようにして猛烈な勢いで爆発を始める。 互いの「完全無詠唱」による魔法がぶつかり合い、相殺しあっているのである。 「使い方は簡単よ。従わせればいい。『紅き』――」 唯の持つ「ゼロ」が剣の形であることをやめ、“魔力”の塊となって縦方向に伸び始める。 「『槍』!」 隼人はすんでのところでその突きをかわしたが、「鎧」の肩部分が弾け飛んだ。「紅き槍」は既に、姿を変えている。 「『斧』!」 「スポット」の空間が、大きく縦に割れる。 隼人は宙を飛んで避けた。 「はい、逃げても無駄。『鞭』!」 数百本に枝分かれした「紅き鞭」が、「グローボ」と隼人の足を掴む。 「その見苦しい『球』を破壊!」 「グローボ」は全て鞭に縛り上げられ、割れるようにして消え去ってゆく。隼人の体は地へと叩き付けられた。 唯は、攻撃の手を緩めない。 「『ナイフ』」 「紅きナイフ」が次々と飛び、隼人の体に突き刺さってゆく。隼人は大声を上げながらも立ち上がり、地に剣を突き立てて姿を消す。 唯は、兄を嘲笑した。 「パクりはダメだよお兄ちゃん。『時止め』のシステムを破壊」 目の前に、「つるぎ」を振りかぶっている隼人が現れる。 隼人は、やはりと思った。 確かに、唯と自分の能力は同じものだ。 だが、先ほどまでに比べて、その力の差が、どんどん開いている。 本気か、そうでないかなどというレベルでは、ない。 「くっ……!」 「次はその『鎧』だッ! 『銃』!」 唯は「紅き銃」の引き金を引く。 弾丸は「鎧」を突き破り、隼人の体へと届いた。 「ぐああッ!」 「邪魔なんだよ! 私のお兄ちゃんにこんなものを着せやがって! ミランダ! てめえは後で生き返らせて、もう一回殺すからな!」 銃弾が次々と「鎧」をはがしてゆく。 隼人は「グラスプライン」の布で障壁を張った。 唯はそれを見て、いらついた様子で「銃」を大きな「鋏」に変えた。 「私の世界にいたコリンは、もっといい子だった!」 すぱん、とあっけなくまっぷたつにされた布の先に、隼人はいなかった。 唯はため息をついて、「紅き弓矢」を上空に放つ。 「知覚できなくても、いるってことがわかっていたら無駄じゃん! グランお兄ちゃんの方は、もっとうまくそれを使ってたよ」 矢に貫かれた隼人が、再び倒れる。 隼人は確信した。 「やっぱり、そういうことなのか……!」 「そう。そういうことだよ、お兄ちゃん」 唯は再び、「レッド・ゼロ」を「紅きやいば」へと戻し、右手に掴む。 「時間切れ――。お兄ちゃんの分の『レッド・ゼロ』が、覚醒したの」 左手には、全く同型の剣が握られていた。 ◆ 隼人は、絶望のふちに立たされた。 間に合わなかった――。 対して唯は、優しくほほえむ。 「お兄ちゃん、ひょっとして責任感じてる? そんなことないよ。だって、すごく頑張ったもの。もしかしたら、まっとうに行けば間に合っていたのかもしれない」 そう、二人の戦いが始まって、まだ十五分も経っていない。 タイムリミットまでは、一時間以上あった。 それでも、唯の二本目の「レッド・ゼロ」は、確かに覚醒していた。 「ズルだとか、そういうことじゃないの。単に、私たちが戦ったことで、色んな常識が壊れて、覚醒が早まっただけ。それだけなの。運よ。サイコロを振って七が出たとか、スライムを倒しただけなのにエンディングが始まったとか。そういう類のインチキじみた結果ではあるけれど。運なのよ」 ともあれ、二本目の「紅きやいば」は、完成した。 地鳴りが起こり、スポットが揺れ始める。 「じゃあ、始めるね。二つの世界の破壊と、私とあなたの世界の、創造を」 「やめろ、唯っ!」 「くどいよ。もう泣き落としも脅しも通用しない。このゲームは、私の勝ち。お兄ちゃんはそこで倒れてて。お兄ちゃん周辺の重力法則を破壊。五千倍くらいでどうかな」 隼人は「スポット」の地べたにずんと押しつけられた。 「鎧」がはがれるどころか、彼は自分の骨がものすごい勢いで折られてゆく音を聞いた。 動けない。 唯はそれを確認すると、二本の「紅きやいば」を、天に掲げた。 「長かった……。ここに来るまで、本当に長かった。でも、全部終わり。やっと報われるんだ。ここまで努力してきて、本当に良かった。『紅きやいば』……いや、『レッド・ゼロ』に命じる。二つの世界を、『破壊』せよ」 「レッド・ゼロ」が輝き出し、光の筋が立ち上った。併せて「スポット」の揺れが増す。 その場に押しつぶされながら、隼人は思った。 負けた。 完全に、負けた。 唯が、妹が、世界を破壊する。それも二つ。 彼女の言葉通りにことが進めば、自分が死ぬことは恐らくない。 彼女と二人の世界とやらが、待っている。 それはそれで、悪くないのかもしれない。 自分は、やるだけ、やったはずだ。 結果として彼女の力になってしまったが、きっとこうなることこそが、自分の運命だったのだ。 こんなエンディングでも、悪くない……。 『悪くない、訳ないよ!』 だけど。だけれど。もう、ここまで来てしまった。「世界の破壊」は、始まってしまったのだ。 『だったら、それこそ……「蒼きつるぎ」の出番じゃないの!?』 力の差が、ありすぎる。 『約束したじゃない! 戻ってくるって!』 ごめん、もう約束は叶えられそうもない。 『ここで諦めたら、全部無駄になるのよ! 全員がやってきたことが、なかったことになってしまう! 命を捨てたみんなの思いを無駄にするなんてこと、私は許さない! 私の好きな君は……こんな苦境、いつだって、何度だって、全部。必死な顔をして破壊してきたわ! だからいつもみたいに立ち上がってよ、ハヤト君! また、笑顔を見せてよ!』 隼人の体に、光の亀裂が入った。 そうだった。 苦境……確かに、そうだ。今だって、そうだ。 苦しい気持ちに苛まれ、逃げたくなり、現実から逃避したくなる。 それでも、ここに来てから、自分は何度でもあがいていた。 この異世界に来る前までは、そんなことはなかった。 だが、この世界で、この旅で。自分は知った。 この世界には、どんな苦境に陥ってもわけが分からないほど、熱く生きる人間たちがいることを。 それは、なぜか? その中に、隠れた自分の力を引き出す何かがあるからだ。 その時の胸の高鳴りこそが「生きる」ということだからだ。 苦境に挑むことこそが「生きる」ということだからだ。 「だから……」 隼人は、ぐちゃぐちゃになったはずの右腕を、地に付ける。 「二人きりのぬるい世界なんて、あっちゃいけない」 左腕を付けたところで、唯が気づく。 「重力、一万倍」 どちゃ、と、もはや人間から発するべきでない音が聞こえた。 それでも隼人は、原型のなくなった手をつく。 「苦境に挑んで、例え失敗しても。その中に、自分を構成する何かが埋まっている。それを見つけられるから……生きるのはおもしろいんだ。それだけは、何があっても否定できない! 破壊できない真実だ!」 隼人は、片膝をつく。 光の筋が、輝きを増す。 「唯……お前のやっていることは、単に嫌な世界から逃げているだけだ。その先に、お前が望むものなんて、何もない!」 「黙って……黙ってよ! 耳障りだよ! そんな説教、今更しないで!」 「確かに説教なのかもしれない。でも、俺にはその役目がある」 そうして、勇者は立ち上がった。 「だから!」 勇者の右手に、「蒼きつるぎ」が握られる。 「鎧」が、彼の体に再び装着される。 その「瞳」には、未来を見据える文字盤が浮かんだ。 そして、彼の背中から、蒼い稲妻のような翼が二本生えた。 「やっぱり俺は、お前を止めるッ! お前がそんな風に閉じこもっていくのは、もう見たくないんだよおおおッ!!」 隼人の体に「蒼きつるぎ」が突き刺さると、彼の体が勢いよく輝きだした。 唯は、それを見て唇を震わせた。 「あ、ありえない……! そんな……! そんなの……!」 隼人の手に握られていたのは、二本の「蒼きつるぎ」だった。 「唯。戻ってこい。もうやめよう、こんなこと。世界に出よう。この薄暗い場所から、外に出よう」 「嫌だっ……! いやだああああああッ!」 唯の体から、紅い“魔力”が放出される。二本の「紅きやいば」が、狂ったように輝きだす。 呼応するように、ふたつの「蒼きつるぎ」が、輝いていく。 隼人の目に、もう迷いはない。 彼は走った。妹の元に。 妹の名を、呼ぶために。 「『帰ってこい、唯』!」 「『嫌だあああああ』ッ!」 二つの言霊の衝撃は、「スポット」中を駆けめぐった。 “魔力”の渦に、紅と蒼の“魔力”が突っ込まれ、回転を始める。 空間が、回転を始める。 隼人は、二本の剣を振り抜きながら、もう一度言った。 「『帰ってこいッ、折笠唯』!」 蒼き光の勢いが増し、“魔力”の渦はとうとうその姿を消し去っていく。 世界に、「スポット」にひびが入る。 唯の体にも、同様の亀裂が入った。 「嫌だ、嫌だ、嫌だあああッ!」 そして。 魔王・折笠唯の「レッド・ゼロ」からなる二本の大剣「紅きやいば」は、粉々になって「スポット」の床へと散らばった。 |