IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 3 [Hero & Devil]
23.「史上最大の兄妹喧嘩」その1

 ハヤトは、魔王の城を見下ろした。
 なんてことはない、ベルスタやザイドで見たものと同じような、ふつうの城だと感じた。

 だが、ここに来るために、どれだけの人間を。
 どれだけの事柄を、犠牲にしてきたのだろう。

 それを思うと、とてもではないが正面から入る気にはなれなかった。
 彼は怒りを込めて、「蒼きつるぎ」をその手に呼び出した。

「出てきやがれ……」

 彼が城をにらみつけると、それに呼応するかのように蒼い「グローボ」が周囲を旋回する。
 ハヤトは、腕に力を込めて「つるぎ」を巨大化させた。

 思えば、最初に彼女を見た時も、こうしたような気がするとハヤトは思った。
 当時は、ただ確かめるために必死だった。現状を理解することだけに、必死だった。
 だが、今は違う。今の彼は、全てを知っている。
 その上で、初めてドラゴンを斬った、あの時と同じことをするのである。 

 ハヤトは天を貫くほどに伸ばした「つるぎ」を振りかぶった。

「出て、きやがれッ!」

 縦に、一撃。

 魔王の城と下方の海面が、ケーキのようにすっぱりと割れた。
 ハヤトはもう一度、今度は剣を左上に掲げて構えた。

「うおおおおッ!」

 雲を断ち切りながら、剣を振るう。
 空気を裂きながら、剣を振り下ろす。

 何度も、振るう。
 彼は狂ったように、城を斬り続けた。

「はあ、はあ……」

 城が、がらがらと崩壊する。

 空中に、強く輝く扉だけが残された。
 彼はそこに降り立った。

 黒い金属製の扉だった。
 ハヤトはすぐに思い立った。

 異世界同士をつなぐ「スポット」の扉だ。
 全ての悲劇は、ここで始まったのだ。

 彼は扉に手をかけた。
 だが、扉はびくともしない。
 思い切り力を込めて引いたが、動く気配すらしないのである。
 どこかで覚えのある感覚だった。
 確か自分はあの時、扉を開けられただろうか?

 いや、開くことはできなかった。
 そもそも、その扉を開けずにいたことが、彼の「冒険」の始まりだった。
 奇妙な偶然の一致だが、いま取るべき行動は、その時と同じだった。

「おい、ソルテス。いるか」

 返事はない。

「『入っていいか』だなんて、もう言わねえ」

 ハヤトは「つるぎ」を扉に突き立てた。

「開けろッ!」

 ぐいと「つるぎ」を捻ると、扉は音を立てて吹き飛んだ。
 彼は「スポット」へとその足を踏み入れた。

 異様なほど広い空間だった。
 無数の青白い“魔力”の渦のようなものが、視界に入る。
 いくつあるのか。大きさはどのくらいか。離れているのか、はたまた近いのか。
 見ているだけではよくわからない。平衡感覚を失いそうな場所だった。

 すぐ先には、一人の少女が佇んでいた。

「……お兄ちゃん……」

 紅い“魔力”に包まれた魔王・ソルテスが、ハヤトを見つめていた。



 勇者と魔王が、とうとう対面した。
 お互い言葉が出てこなかったが、しばらくして勇者が口火を切った。

「ソルテス。お前は間違っている。だから、止めに来た」

 「ソルテス」。
 そう呼ばれて、魔王は少しだけ、寂しげにした。

「お兄ちゃん、グランたちは。みんなは」

 勇者は目を伏せとても言いにくそうにしていたが、やがて彼女を見た。

「全員、死んだよ。勇者の仲間も、魔王軍も。みんな死んだ。俺とお前以外、もう残っていない」
「……本当に?」
「ああ。だが、戦いはまだ終わっていない。世界が崩壊するまであと何時間あるのか知らねえけど……お前が、魔王が残っている。それと、勇者もな」
「お兄ちゃん」

 魔王の口調は、奇妙なほど明るかった。

「お兄ちゃん、もう遅いの。教えてあげるよ。あと二時間。私の『レッド・ゼロ』が覚醒するまで、あと二時間残っている。けれど、もう世界同士がぶつかりあうのは避けられない。もうとっくに、世界は重なり合い始めている。あなたには見えないかもしれないけれど、二つの世界は崩壊をはじめているの。たぶん、ここ以外はもうほとんどなくなっていると思う」
「それでも!」

 勇者は「蒼きつるぎ」を構えた。

「それでも俺は、お前を止める! それが兄としての役目だから! 俺は間違っていることを、間違っていると……お前に当然のことを言いに来たんだ!」

 魔王はそれを聞いて、ほんの少しだけ、口角を上げた。

「……話し合いじゃ、もうどうにもならないみたいだね」

 彼女は「紅きやいば」を呼び出した。

「やろうよ。兄妹喧嘩」
「もうこれはただの喧嘩なんかじゃねえ。お前が最初に言ったことだろう。これからやるのは、世界をかけた殺し合いだッ!」

 勇者ハヤトが、剣を振りかぶって地を蹴る。
 魔王ソルテスはその一撃を、剣で受け止めた。

「行くぞ、ソルテスッ!」
「あっはっはっはっはっは! 来なよお兄ちゃんッ! 言っとくけど、私は強いよ!」
「そんなのはもう、関係ねえんだ! 俺はお前を止める、ただそれだけなんだよッ!」

 ハヤトが叫んだ瞬間、彼の足下から大量の「グローボ」が浮かびあがった。
 彼はその一つに足をかけ、瞬時に消え去って加速を始める。
 ぎゅん、と「グローボ」が四方八方に展開される。

「リブレの『カルチャーレ・グローボ』。お兄ちゃん、正気? その技が私に通用すると思ってるの? バカみたい」

 言いながらもソルテスは左手を外に向ける。
 一瞬にしてドラゴン数十体が、その場に現れた。
 が、やはり次の瞬間には全て細切れになっていた。

 ソルテスは少しばかり、顔をこわばらせた。

「……速いね」
「おせえッ!」

 高い金属音。
 ハヤトはソルテスの背後を狙ったが、彼女はそれを読んで、自分の背中に「やいば」を向けていた。

 刹那の間を置いて、衝撃波が起こる。
 二人の耳の奥に、どんという腹に響く音がつっこまれる。

「今度は私の番!」

 ソルテスが剣をなぐと、ハヤトの体が弾かれる。
 着地点に合わせ、ソルテスは“魔力”を練った。

「『レッド・インパクト』!」

 巨大な紅い“魔力”の玉がその手から発射される。
 ハヤトは即座に判断する。
 判断せざるを得ない。

 “魔力”が、けた違いに高い。
 これが直撃すれば、例え今の状態でも一撃で死ぬ。

 ハヤトは背後に配していた「グローボ」を踏み、ソルテスの魔法を避ける。
 だが、ソルテスは既にそちらに手を向けていた。

「『ロート・シュルテン』!」

 紅いレーザーが照射される。
 ハヤトは歯をぎりとかんで、空中を「空踏み」で切り返した。
 その際に、体勢を崩した。
 ソルテスはその隙を逃さない。

「『エリュトロン・エクディキス』ッ!」

 三又に別れた“魔力”の玉が弾き出され、回転しながら収縮し、ハヤトの背に向かう。

 ハヤトは思った。
 “魔力”を練る暇すらない。
 避けきれない――。

『まだだ!』

 その時、頭の中に声が聞こえた。うんざりするほど聞き慣れた声だった。

『諦めんな、ハヤト! アタシの力を使えッ!』
「ミランダさん!?」

 ハヤトがそう言った時には、ソルテスの魔法が彼に直撃し、爆発を起こした。
 ソルテスはそれを見て大笑いした。

「あっはっはっはっはっは! お兄ちゃん、もう! 弱すぎるよ! まだ二百段階くらい強い魔法があったのにい!」
「そうか。じゃあ全部やってみろよ。受け止めてやるから」

 返事が返ってきたので、さすがのソルテスも笑うのをやめた。

 煙の中から現れたハヤトの体には、白銀色の鎧が装着されていた。

「……なによ、それ……」
「勇者の、鎧だよ。お前だってよく知ってるだろ。魔王には用意されてねえ、最強装備だ」

 ソルテスは少々不機嫌になったようだった。



 ハヤトは周囲に浮かぶ「グローボ」を剣へと変えた。

「『リミットレス・サーベル』!」

 言霊とともに、数千本の剣がソルテスの元へと向かう。
 彼女はにやりとして、剣を地に突き刺した。

「今度はレジーナ? 本当に、くだらないッ! 『クレミージ・フォリーア』!」

 紅い壁がどごん、と突きあがるようにして現れ、剣を受け止めた。
 だが、ハヤトは既にそれを飛びこえていた。

「お前を止めるためなら! 俺はなんでもやるっ!」

 再び、金属音。紅と蒼の“魔力”が火花が起こす。
 ハヤトは右手を挙げて叫んだ。

「『グラスプライン・シャッテン』ッ!」

 彼の影から“魔力”の鎖が飛び出し、ソルテスの体じゅうに巻き付く。

「ちいッ!」
『ソルテス。「あの子」の分まで、食らうがいいわ。勇者ハヤトの「グラスプライン」は、決してちぎれない』

 ソルテスはどこかで聞いたことのある声を聞いた。

「誰!?」
「俺だッ!」

 ハヤトとソルテスの背後に、ハヤトが現れた。その手には、蒼く輝く弓と矢を握っている。

『ハヤト君。最後まで、やり切れよ』

 ハヤトは、心の中で「わかっています」とつぶやいてから、弓を矢につがえて放った。

「『エナジーアロー・キュアノエイデス』!」

 鎖でがんじがらめにされ、目の前のハヤトと対峙するソルテスは、この魔法に反応できない。
 ようやく、攻撃がソルテスに直撃した。

「……あああああああああああッ!」

 だが、彼女が気合いを込めると“魔力”が解放され、黒い鎖がはちきれた。
 二人のハヤトはその衝撃で吹き飛ばされ、背後にいたほうの彼が消えた。
 ソルテスは床を踏むと消えるように移動し、ハヤトに向けて「紅きやいば」を振るう。
 ハヤトはすんでのところでそれに反応し、「グローボ」を蹴って危機を脱する。
 だが。その足を彼女はつかんだ。その手には既に“魔力”が集中している。

「『レッド・インパクト』!」

 爆発。
 ミランダの「鎧」を装備しているハヤトに直接のダメージはない。だが、衝撃は伝わっている。
 続けて、ソルテスはその頭を掴んだ。

「この鎧が! 邪魔なんだよッ!」

 ソルテスは、力の限りハヤトの体を振り回し、叩きつける。

「ぐはッ!」

 ハヤトは吐血した。ソルテスは一切躊躇せず、もう一度彼の体を引き起こし、また床にその体をぶち当てる。

 「鎧」が、少しばかりはがれた。

「はははッ! もう一丁ッ!」
『ハヤトさん! 諦めないでッ! 諦めなければ、何かが変わるかもしれない! だから……諦めないでッ!』
「当たり前だーーッ!」

 床から、岩で出来た龍が飛び出してソルテスの腕を弾いた。
 周囲の「グローボ」が、その腕に次々にぶつかってゆき、彼女の腹ががら空きになる。
 ハヤトはそこに飛び込んだ。

「うおおおおおッ!」

 だが、彼の腕の周囲で爆発が起こり、その手が止まった。ソルテスは彼を蹴りつけて、後ろへと下がった。
 ハヤトは口から流れた血をぬぐって、立ち上がる。

「『完全無詠唱』! お前だって使ってるじゃねえか、人の技!」
「グランお兄ちゃんはね、特別なの。私にいつもよくしてくれた、大事な仲間……」
「……ほかの奴らは、違うっていうのかよ……?」
「かもね」

 ハヤトの瞳が、蒼く輝く。

「確かに奴らは俺の敵だった。憎かった。でも、お前にとっては仲間だったはずだ。仲間のことをそんな風に言うのは、関心しねえな」
「お兄ちゃんは黙っててよ!」

 二人の戦いは続く。


次へ