ハヤトたちの飛空挺は、魔王の城へと着陸した。 もっとも、見た目には飛空挺の方が遙かに大きかったはずなのだが、封印の施された障壁の先にあった空間には緑色の芝が広がっており、そこはもう「平原」と呼称してしまっても差し支えないような場所ですらあった。 だが、そんなことも吹き飛ぶほどの出来事が、一行に起こっていた。 「うう……」 デッキの上に座って、一人の男がぐずぐずと泣いていた。 彼らはその男が目の前に現れるのを、全く知覚できなかった。 だからこそ反応が遅れたのは事実だったが、それ以上に反応しがたい光景だと、誰もが思った。 「ううっ……死んじゃった……。リブレが、死んじゃった」 そんな風に震えた声で言ったのは、他でもない、ビンス・マクブライトであった。 「ハヤトに殺された。ハヤトに殺されたんだ。レジーナも。レジーナも殺されてしまったんだ。僕は……僕はもう、どうしたらいいのか、わからない……。仲間がいなくなってしまって、僕は……」 そこまで話したところで、ミランダが躊躇なく、彼の頭に槍を突き立てた。 「さすがに、白々しすぎんだろうが。驚きを通り越して、呆れかえっちまったよ」 「だよね」 彼の体はそのままデッキに倒れたが、背後から声が聞こえてきた。 全員が振り返ると、手すりに座るビンスがいた。満面の笑みで、自分の死体を見ていた。 「ようこそ、みなさん。性懲りもせず、また僕だ。そんな顔しないでくれよ、僕だって楽しくてやってるわけじゃないんだから」 「俺はもう、お前と話すのは飽きたよ。だから、これで最後だ」 ハヤトが真顔で言う。 ビンスはそんな彼の真っ青な髪を見て、ため息をついた。 「おお、ハヤト。君がそうやってたいそうかっこよく『ゼロ』の力を完全に覚醒させて、世界同士をまたいで来てしまったものから、僕はグランのやつにこっぴどく怒られて、ここまで来るはめになったんだぜ」 「てめーはもう、しゃべんなッ!」 再度、ミランダが攻撃。胸を貫かれたビンスと言う名の「ドール」は活動を停止したが、今度は上方から声が聞こえた。 「ま、でも同感だ。これで最後。これが正真正銘、最後だよ。これは戦いですらない。ただの時間つぶしだ。二つの世界がぶっ壊れるまでのね。『ゼロ』のことはその後でも遅くない。だから今は……死ねよ」 瞬間、飛空挺が大きく揺れた。 宙に浮く彼の背後に大きな岩が落ちてきて、飛空挺に激突したのだ。 「下品な攻撃だなあ、さすがミハイルだ。でも確かに、これが一番だよね。このまま、死ねよ」 「全員、飛び降りろッ!」 アンバーの叫びと共に、全員がデッキから飛び出す。 数秒後には、同様の岩数百個が降り注ぎ、飛空挺は地べたへとたたきつけられて爆散していた。 ◆ ビンスの言う通り、それは戦いとは形容しがたい状況であった。 ハヤトたちの視界を、鉛色の岩が覆い尽くしている。 四方八方から飛んでくるそれは、シェリルの張った障壁と激突して、もろくも崩れてゆく。残骸が散らばって芝を埋め尽くしてゆく。 本当に、それだけであった。知略もくそもない、ただし反撃すらも許さない、全方位からの圧倒的物量攻撃。それが魔王軍の取った戦略であった。 「卑怯だぞ、コラ! ちゃんと戦いやがれ!」 ミランダが叫ぶ。 ビンスは時折、背後から飛んでくる岩をもろに食らって体を飛散させながらも、笑っている。 「正々堂々と能力をぶつけ合って決着を、ってかい? 確かにその方が盛り上がるだろうね。でも、やるわけないだろ? 僕らは君たちを足止めすることだけに全精力を傾ける。だってこっちは時間切れが、イコール勝ちなんだぜ? タイムオーバーを狙うのが当然だろ」 「くっそ、本当にムカつく野郎だぜ! ハヤト、『つるぎ』でなんとかしてれくれよ!」 だがハヤトは、「蒼きつるぎ」を出していない。 髪の色が変わったのと同時に、雰囲気が少々大人びたようにミランダの目には映った。 「乗せられるな、ミランダさん。あいつは確実に隙を狙ってくるよ。ビンスがこのまま見ているだけだと思うかい? だから油断しないでくれ。この攻撃はむしろ、それだけ魔王軍が俺たちの力を恐れているという証明だ」 ビンスは確かに「ミランダは僕が殺す」と言った。ハヤトはこの言葉に関してだけは信じていた。 ビンスはにこりとして、また体を岩に吹き飛ばされ、飛散した。だが、そのすぐ上方に、やはり彼がいた。 「いい読みだね。でもこのまま君たちが動かないというのなら、それでゲームセットだ。君たちの世界は消え去り、全てが終わる。僕はそれを見ているだけでも割と楽しい。このままつまらない雑談をしながら最後の戦いを終わらせるというのなら、僕はそれでも構わない」 嘘だと、ハヤトは思った。 この言葉はむしろ、ビンスが自分たちを動かそうと言っているのではないかとすら、彼は思った。 ハヤトは小さく言った。 「全員、このままでいてくれ」 しばらく、防戦が続いた。 そのまま二時間ほど経ったところで、ビンスは大笑いを始めた。 「ねえ、ねえ。ねえねえ! 本当に動かないつもりなのかい。世界の危機を救うためにここまで来たんだろ? そのまま終わるつもりなの!? それってあんまりじゃないか? 最後の戦いにしちゃあ、あんまりなんじゃないのかい!」 返答は返ってこない。勇者一行は円陣を組むようにして向かい合って、何かを話している。 ビンスがぴくりと動こうとしたが、グランの言葉が脳裏をよぎった。 「勇者ハヤトが『あちら側』から戻って来られたと言うのなら、それはつまり、あの男が俺たちの予測を遙かに上回るほど強くなったということになる。もちろん旧・魔王の支援あっての事なのだろうが、油断するな。もはや格上だ。確実に時間切れを狙え。奴らが深読みして一秒でも稼ぐことができれば、お前の働きはハヤトを育成したこと以上の功績となる」 気に入らない戦略だった。 本当は、ハヤトを、ミランダを。勇者一行を皆殺しにしてやりたいと、ビンスは思っていた。 だが、彼はそれを態度には出さない。 彼の一番の目的は「ゼロ」を手に入れることにある。魔王との交渉があっさりと決裂した今、世界を破壊し、元の世界に戻った後にいかにしてソルテスの「ゼロ」を奪うか、そして自分より強い「ブレイク」能力者、つまりは魔王軍、もっと言ってしまえばグラン・グリーンをどう倒すかの方がはるかに重要であった。 だからこそ、彼はこの「時間稼ぎ」という、因縁の敵対勢力との決戦に全くもってふさわしくない戦略を享受している。 しかし、「人間性」を破壊され、欲望を全て解放した彼は考える。 気に入らない。 悔しいことだが、グランの言っていることは事実である。 この時間稼ぎこそが、一番の勝ち筋でる。 だが、その判断力を鈍らせたくなるほど、彼はそれが気に入らなかった。 そのまま三時間が経った。動きはない。 「……本当に思い通りにいかないよな、人生って。だから抗うんだろうけれど、さ」 四時間が経ち、彼が似合わない言葉を吐いたところで、ハヤトたちが動く訳でもなかった。 それが気に入らなかった。 侮辱だと感じた。 そして今の彼には、そういった類の行為が許容できるほどの器の大きさもなかった。 五時間、六時間と経ったところで、ビンスが動いた。 ◆ 「レジーナ。死体のレジーナ。城の地下でソルテスに無理矢理“魔力”だけ抽出されている、かわいそうだけれど黙っていれば美人のレジーナ。お前の“魔力”を貸せ」 命令形で言ってはいるが、これはレジーナが従う訳ではなく、ビンスが既に死亡した彼女から一方的に“魔力”を奪っているだけである。 彼は「自分」を数十体、円を作るようにして目の前に並べた。中央に、彼の切り札でもあるドール「ベス」を召還した。 「ベス……。ごめんね、また、少しだけ手を借りるよ。“魔力”の抽出には、女性の方が向いているからね……この間は、あんな奴に君をさわらせてしまって、ごめんね」 彼は本当に申し訳なさそうに言って、彼女の乳房に触れた。 瞬間、数十体のビンスの周囲に、リブレの持っていた剣が無数に浮かんだ。 レジーナの「リミットレス・サーベル」である。 瞳を紅色に染めたビンスは、その剣をちらりと見る。 「リブレの剣ってのがどうにも気に食わないが、彼女はどういうわけか、あいつを好いていたのだろうね。昔から僕にはそんな風に見えた。まあ、死んだ奴のことなんてどうでもいいけれど、この力は有効活用させてもらうよ。ミランダには魔法が効かないそうだからね」 ビンスは「ベス」をしまい、「サーベル」をハヤトたちのいる障壁へと向けた。 「しょうがないからこの、くそくだらない我慢勝負には負けてやるよ。ただし君たちを殺すのは僕だ。『リミットレス・サーベル』!」 数千本の剣が、言霊に合わせて飛び、障壁を針のむしろにした。 ざくざくざくざくと、飛んでくる岩よりも遙かに効果的に、「サーベル」は障壁に突き刺さり、一瞬にしてそれを崩壊させた。 「岩に押しつぶされて死ね。もしくは出てこい。そして死ね!」 ビンスは高笑いしたが、現れたのは四人の女性だった。 アンバー、シェリル、コリン、ミランダ。 岩が飛んだが、彼女たちはそれぞれの力でそれを弾き飛ばし、再び障壁を張った。 ビンスはそれを見て、怒りを覚えた。 「なんだ……? なんだよ、それは……どうしてそれだけしかいない……。ハヤトはどこに行った!?」 ミランダが、笑う。 にたりと、いじわるに。ようやく言いたかった台詞を放つ。 「引っかかったな、クソ野郎。お前はまんまとだまされた。ハヤトたちはもう、城の方へ向かっている。とっくに着いてるんじゃねえの」 「なんだと……いつそんな暇が……」 「はっきり言おう。アタシにもわからねえ! 多分ここにいる誰も、理解してねえ! でもお前は六時間も待った! 待ってしまった! それだけが事実だよ!」 「ハヤトが『全員、このままでいてくれ』と私たちに指示した瞬間だ」 アンバーがあっさりと言った。 「私とシェリルの二人で、ここにいる全員に幻術をかけた。一瞬だけな。だが一瞬で十分だった」 「そんな、まさか! 多人数に同時に幻術をかけるなんて――」 言いかけて、ビンスははっとした。 「そういうことだ、ビンス。お前はお前の常識で物事を計ってしまった。『多人数に同時に幻術をかけることはできない』という常識をもって、この戦略を進めてしまっていた。そうだ。私たちはお前たちの過去を全て見た」 「この、裏切り者があっ! 見たというなら、どうしてそんな矛盾した行動を取る!」 「そうかもしれん。だが私には義務がある。お前たちを止める義務がな」 「ミハイルッ! やれッ!」 返答するかのように、岩石攻撃が止まる。 彼の背後数キロ先に、ぬっと巨大な何かが現れた。 魔王軍のミハイル・テツナーであった。 だが、聖域の塔で見た彼とは、そのサイズが異なっていた。 遠目に見える城よりも、遙かに巨大に見えた。 「なっ! なんだよありゃあ!」 ミランダとは対照的に、アンバーは冷静である。 「巨人化……ミハイルの『ブレイク』能力だ。もっとも、私が知っているものよりもずっと強力だが。奴が岩を投げ込んでいたわけか」 「おい、ビンス」 ミハイルは地鳴りを伴った声で言った。 「勇者はどうすんだ、お前。逃げられたんだろ」 「関係ないね。まずはこいつらを、ミランダを殺す! 手伝えよ。もうあの時とは状況が違う。自由に殺したっていいんだぜ!」 「なんだ、そうなのか? なら悪くねえ」 ミハイルは道端の石ころを捨てるようにして、巨大な岩をぽいと放り投げた。 アンバーはそれを少しばかり悲しげに見ている。 「ビンスはともかく、ミハイルはもはや、原型のかけらもないほどに性格が変わってしまっているな。もっと冷静な判断のできる男だったはずだが」 「言ってろよ。お前等は全員殺すぞ。もう躊躇しない。ハヤトはそれから追えばいい」 ビンスは「リミットレス・サーベル」を数千、数万本を使って巨大な剣を作った。 「ミハイル、使え! こいつで一発だ! 逃げ切ることなんてできやしない!」 「よし」 ミハイルの投「岩」が終わったところで、勇者一行は障壁を消し、その場から散る。 ビンスはそれを見て大爆笑した。 「おいおいお前ら、お前ら! バカじゃねーのかッ!? 逃げても無駄なんだよォ! 『パーフェクトドール』と『リミットレス・サーベル』! 何度も見てるでしょうに! どう考えてもそりゃ悪手だろうが! まあいいか、死ねよ!」 ビンスが手を振り上げたその時。 「死ね、死ねって、いい加減うるせえ」 「蒼きつるぎ」が、彼の頭をかっさばいた。 ◆ 「へ……は……?」 ビンスは、状況を飲み込めなかった。 彼の「パーフェクトドール」は、多人数の自分自身を創る力である。だから彼は、自分の頭が吹き飛ばされるのを、いろいろな角度から見ていたことになる。 そしてその瞬間にも、自分が、次々と蒼い閃光に襲われるのを、見た。体験しながら。殺されながら。 「お前が攻撃方法を変えてくれてよかった。これで、先に進める可能性ができた。六時間、待ったかいがあったよ」 ハヤトは「カルチャーレ・グローボ」に乗って加速しながら、ビンスを突く。斬る。はね飛ばす。次々に、殺し続ける。 殺されながら、ビンスはだんだんと理解する。 「全部……ブラフだったってわけかい」 「悪いな、こっちもおおよそ勇者らしくねえ、そして決戦らしくねえ戦法だったと思う。でも、おあいこだろ?」 言いつつも、彼は数十人いるビンスに動く隙を与えず、一秒足らずで殺しきった。 「ねえハヤト。そこまでは百歩譲って、いいとしよう。でもさ、そういうのって、一切無駄だって、前に言わなかったっけ?」 ビンスが次々と現れる。空から降ってくる。地面から這い出る。光の中から生まれる。 「僕はもう、人間じゃないんだ。人形なんだよ。だから殺しても死なないし、苦痛さえない」 そう言うまでに、ビンスは四十回ほど死んだ。 だがハヤトは続ける。 「知ってるさ。でも俺はお前を殺し続ける。絶対に諦めない」 「そりゃまた、かっこいいな。かっこいいけど、この状況だと最高にバカな台詞だな」 ビンスは殺されながらも、「リミットレス・サーベル」を空中に構築する。 「でも、これを撃ったらさあ、他の仲間、やばくない? どう考えても死ぬだろ?」 「かもな。でも、やらせやしねえよ!」 「ミハイル、合わせろッ! たたきつけるだけでいいっ! 後は僕が動かす!」 剣の束を持つ巨人が動く。空は既に、剣で埋め尽くされている。たった一人の技によって、夜がやってくる。 「『リミットレス・サーベル』ッ!」 発動の瞬間のことであった。 芝が、一斉に蒼く染まった。 相対するように、蒼い剣が地面に立っていたのである。 剣は次々と地を離れてゆく。 空中で、剣と剣が次々にぶつかり合う。ミハイルの剣も、動きを止める。鋼と鋼の激突音だけで、怒号のような音の波が起こった。 ビンスは舌打ちする。 「『ゼロ』……! リブレの時の『球』と同じように、僕の技も取り込んだのか? 本当に面白いな。早くじっくりと研究したいね」 「悪いが、それはねえ」 ハヤトに殺され続けるビンスの一人に、淡い蒼色の矢が突き刺さった。 ビンスは驚愕の声を上げた。 「なっ……これは!?」 「見りゃ、わかんだろ」 言ったのはミランダであった。 瞳が、ハヤトと同じように蒼く輝いていた。 彼女が広げた両手には、同色の“魔力”が輝きを放っている。 「アタシの『セカンドブレイク』って奴だろ。いや、この場合はあいつ……ロバートの、かな」 「まさか……君ごときが、『セカンドブレイク』したって言うのか……?」 「テメーはいつでも、上から目線だよな。今更だけどよ、アタシは魔法っての、大嫌いなんだ。だからこんなのを使うのは、これが最初で最後だろうな。ああもう、どのお前に話しかけりゃいいのか、よくわからねえ。めんどくせえから、もう、いいだろ。ビンス、もうあんたは死なないそうだから、あえてこう言わせてもらうよ。『そのまま生き続けろ』」 ミランダが矢を放つ。 矢はビンスに当たり、そのまま突き抜けてビンスを貫き、ビンスを捉え、ビンスを戦闘不能にし、ビンスを動かなくし、ビンスを殺し。 全てのビンスを、矢が貫いた。貫き続けた。 「そんなことしたって、僕は、増え続けるんだけどなあ!」 「それなら増えた分だけ、ぶっ殺し続ける。だからお前は、そのまま永遠に生きなよ。死にながら、生き続けろよ」 「あああああああッ! ミランダッ! ミランダァァァァッ! 君って奴は本当に本当に本当に、最高すぎるよッ! ミハイル、どうした! はやくしろ! はやく……」 ビンスたちは叫び声を上げながら、分裂した矢に次々に貫かれ、空中へと飛ばされていった。 巨人となったミハイルは、動きを止めたままだった。 彼の体の表面が、ちらちらと光を反射していた。 肩の辺りに、二人の女性が立っていた。 「『氷遁・銀鏡世界』……。伝説としてしか伝わっていなかった最高の氷遁忍術を、まさかたった二人で発動できるなんて……」 シェリルが、驚いた様子で自分の手を見ていた。 アンバーは彼女の肩を叩いた。 「シェリル。私の力は半分以上枯れきっている。つまり、ほとんどがお前の力によるものだ。お前の『ブレイク』能力は忍術の才能だったらしいな。やはりお前は、シェリル・クレインだ」 「て、てめえら……どうしてそんな……突然……強く……」 ミハイルが言い終わる前に、彼の体にヒビが入る。 アンバーは、空に打ち上げられていくビンスを眺めながら言った。 「『セカンドブレイク』。おそらくお前たちと同質の力だ。私たちもすでに、人間ではない。全員がその決意をしたのだ。お前たちは自分たちの計画とハヤトの『ゼロ』に執心するあまり、彼の仲間たちがもつ可能性について一切考えなかった。それが、敗因だ」 「ふざ……けんな。俺にはヴィクトールが……待ってんだよ……! てめーら……なんかに!」 「お前はいい奴だった。だからあえて言おう。……悪いな」 「『ヴォルテクス・ブレード』!」 電撃の翼を生やしたマヤの一撃が、巨人を一刀両断にする。 「『グラスプライン・スリット』」 彼女の作った「ウォール」に乗っていたコリンが、“魔力”の糸を大きく展開させて刃とし、その体を無数に切り刻んだ。 「『デス・ブリーズ』」 ルーの言霊と共に穏やかな風が吹き、巨人を塵として飛散させた。 ビンスは依然殺され続けながら、それを見た。 敗北。それも完全敗北を。 「違う! こんな馬鹿げた話! 僕は信じない! まだまだこれからなんだ! 続くんだよベス! 僕は死んだりしないんだ、ベスッ! だから続くんだッ! 僕は負けたわけじゃないし、決してハヤトたちが僕らより優れていたわけじゃない! ほんのちょっと狙いが狂っただけなんだ! まだやり直せるんだよ、ベス! これから『ゼロ』を手に入れて、グランを倒して、研究に尽くして! 世界を手に……」 ビンスは、殺され続けながら、言い訳を続けながら、やはり、殺され続ける。蒼き矢に射抜かれながら、殺され続ける。 「ベス」はすでに、原型を留めていなかった。 「一生、言ってろよ」 ミランダが吐き捨てるように言った。 圧倒的な勝利だった。 これまでは一矢報いる程度がやっとだった魔王軍との戦いに、こうもあっさりと勝利してしまったことは、勇者一行にとってよくない感情を植え付けた。 この勝負、このまま押し切れるかもしれない。 勝てるかもしれない。 四人を倒し、全員がそう思った。 思ってしまった。 決して油断の許されない、世界をかけた最後の戦いの中で、彼らは極度の緊張状態にありながらも、少しばかり弛緩した。 だが、彼らは思い知る。 これはもう、人間同士の戦いでないことを、思い知る。 「がっ……!」 一瞬のことだった。最初に気づいたのは、突き飛ばされたシェリルであった。 アンバー・メイリッジの胸を、背後のグラン・グリーンの腕が貫いていた。 「あねさ――!」 言葉が終わる前に、続けてシェリル・クレインの首がはね飛ばされた。 |