数千本の剣とグリフォンに追われながら、マヤたちはとにかく逃げる。 逃げるしかなかった。 マヤは少々辛そうにしている。 時折口から火球を吐いてくるグリフォンはともかくとして、剣が速い。 「こっちはほぼトップスピードなのに……振り切れないっていうの」 「マヤ、まだ行けるかい!?」 「行けますけれど……このままじゃジリ貧!」 「ちっくしょお! こうなりゃ攻勢に打って出よう! 剣が相手じゃ『鎧』は使えない。シェリル、できるだけ強い障壁、頼むよ! コリンは攻撃に!」 ミランダは手に持っていた鎖を離して槍を取り出す。コリンはその鎖を操作し、器用に体へと巻き付ける。シェリルはその周辺に障壁を張った。 マヤは「紫電」を構えて言った。 「三数えで切り返します! いち、にの!」 マヤの体が真横に傾くと、翼の輝きは右方向に向かって弧を描いた。それを無数の剣とグリフォンの火球が追った。曲がったぶん、直進して向かってくる剣との距離が縮む。 「行きます! 『シャイニングブースト』ッ!」 言霊が彼女の意志を具現化する。金色の翼はもはや、流動する雷のような“魔力”の塊へと姿を変えていた。 どん、と打ち出されたマヤたちは、瞬時に剣の群れと対峙した。 「気張れよ、お前ら! ハヤトが来るまで、諦めるんじゃねえッ! あのクソ女の鼻をあかしてやろうぜ!」 「おおっ!」 意外にも、一番元気よく返事したのはシェリルだった。 彼女には、わかっていたのである。 だからどうしてか、へんに強気、というかハイになってしまった。 ならざるを得なかった。 このままでは、全員が死ぬ。 剣の群れを突き進むマヤは、必死に「紫電」をふるいながらも、出来る限り剣の少ないコースを見つけようと必死だ。 ミランダはもちろん、いつものように雄叫びを上げて、槍を振り回して剣を打ち落とす。そのスピードはもはや、かつて見たハヤト・スナップの必殺技と同じくらいにまで高まっていると見えた。 コリンは性格とは裏腹にというか、性格通りと言うべきか、みんなを護っている。ミランダは攻撃しろと言ったが、無視している。「グラスプライン」を大きな布のように編み上げて、上部からの攻撃を防いでいる。 私には、一体なにができているのだろう。 シェリルは、そう思った。 右肩に、剣がかすった。それだけでも痛い。痛くてしょうがない。確認している暇はないが、腕がとれてしまっていても、おかしくはない。それくらい強烈なスピードである。 全員が飛び交う剣と、必死に戦っている。 だが、どうしてそうなっているのか。明白である。 シェリル・クレインの張った「強力な結界」が、全くと言っていいほど機能していないのである。 シェリルは自覚していた。 「ブレイク」能力を得ていない自分は、この戦いの役に立っていない。むしろ足を引っ張っている。引っ張り続けている。 この一週間、大変だった。「世界同盟」が組織されて、ルドルフ王からザイド王国の協力者としての勅命を受けて、ロバートの死と、ハヤトの行方を巡って何度も何度も対立するマヤとミランダの二人を諫めて。特にマヤの狼狽ぶりは尋常ではなく、この決戦という日を迎えて、ようやく静かさを取り戻したというか、単に泣き疲れたというか。そんな具合であった。その時点ではたぶん、自分はある程度必要とされるべき人間であったのだろうと、彼女は自負していた。 しかしこと戦闘においては、レベルが違う。 「ブレイク」という不思議な力のおかげで、仲間たちも、そしておそらくは敵も皆、異常なほどの力を持っている。春の都で「天才」などともてはやされた自分が空気以下の存在に感じられるほどに、レベルが違う。 とても悔しかったが、事実である。 彼女は確かに、以前よりも精神的に強くなりはじめている。だが、敵の攻撃はそれを超えて遙かに強い。 シェリルは情けなくも薄い障子の如く破けていく自分の障壁を見ながら、考えた。 ここでミランダ・ルージュならどうする。 もちろん、自分の目の前で槍を振るっているのは、他でもないミランダ・ルージュその人である。 劣勢でも必死に。たとえ勝ち目が薄くても、笑いながら。美しく戦う、慕情を以て尊敬すべき戦士である。 だが残念ながら、今相談している時間はない。 シェリルが答えを求めたのは、自分の内に秘められた「ミランダ」という理想であった。 彼女だったら、ここできっと何かやってくれるに違いない。 「諦めなかったら、何かが変わるかもしれない」と言った彼女なら、何か手を打つはずなのだ。 それを考えろ。 今、自分がもっともしなければならないこと――。 「そうだ。簡単な、ことだった」 剣戟が飛び交う中、シェリルはぼそりと言った。ミランダが気づいた時には、彼女は「ウォール」の床から身を投げ出していた。 「シェリルッ!?」 コリンとミランダが同時に叫んだ。 彼女は空を舞いながら思った。 これが、正しい選択。 私はこの戦いについてきてはいけなかった。 ひょっとしたら自分も、ロバートのように土壇場で「ブレイク」能力が得られるだなんて幻想を、持つべきではなかった。 「これで一人分は軽くなる。マヤさんの力で、あの城までたどり着ける可能性が少しは増える」 このまま落ちれば死ぬだろう。 だが、ミランダの役に立たないよりは、よっぽどましだった。 きっと「ミランダ」なら、そうしただろう。 「これでよかったの」 重力に引かれて、体が世界の中心に向かってゆく。 思っていた以上のスピードだ。 これだけの重さのモノが、マヤにのしかかっていたのだ。 それは大きな障害が減ったことを意味する。 「みんな、後は頼みます。これが今できる、最善の選択」 「私は、そうは思わんよ」 懐かしい声が聞こえた。 体に、強い衝撃。何かに受け止められた。 音が聞こえた。息づかい。そして、“魔力”の層を踏む音。 「空踏み」だ。 「お前はやはり、どうしようもなく、シェリル・クレインなのだな……」 「あね様……!」 空を走りながら、少し寂しげな顔を浮かべるアンバー・メイリッジが、そこにはいた。 ◆ 「アンバー……」 小舟に乗るレジーナは、その視線に捉えた。 アンバー・メイリッジ。 かつての仲間、裏切り者を。 「あね様、どうして」 抱かれながら、シェリルは言った。 あの時、ザイド・オータムで。秋の里で。 確かにこの人は、自分のことはもう忘れよと、そう言ったはずだ。 アンバーは彼女の目を見て、言葉を返した。 「状況が、少しばかり変わった。私はハヤトの助けにならなければならない。これもそのひとつだ」 シェリルにはなんだか、彼女の雰囲気が少々柔らかくなったように感じられた。 「シェリル。命は投げ出すものではない。お前はあの戦いを生き残ったのだ。最後まで戦え。……もっとも、矛盾しているようだが、今のお前の行動を咎める気にはならんがね……勇気ある行動だった。それでこそ、秋の忍だ」 「あね様……!」 天国にいるかのような心地だった。 さっきまで死を覚悟していたはずのシェリルは、とたんに笑顔になっていた。 「アンバーッ!」 レジーナの声と共に、何体かのグリフォンが二人を取り囲む。 「またじゃましに来たの、裏切り者。やはりあの船で殺しておくべきでしたわ。よくもまあぬけぬけと、私たちの前に出て来られたものね。まあ、なぜか生き残ったあなたが空回りするのは、見ていて楽しかったけれど」 グリフォンが火を吐いたが、アンバーは空を踏み、それらを器用にかわした。 「お前たちのことは、はっきり言って同情する」 「あら、もしかして全部知ったんですの? でも、それだったらこちらに加わるのが筋でなくて。あなただってこの世界に、ざんざん悩まされたでしょうに」 「確かに、そうかもしれん。私もこの異世界に困惑し、遠回りしてしまった。……だが今は、お前たちの目的に賛同しようとは思わん。あの時と一緒だ。確かにここは嫌悪するべき世界なのかもしれない。地獄かもしれない。だが」 アンバーは、シェリルを上空に投げ飛ばすと、双剣を抜いた。 空を四度か五度蹴って、彼女は宙を踊った。 シェリルを再度受け止めた頃には、グリフォンたちの翼がもがれ、落ちていった。 「私はこの世界を受け入れる。ここには、ここに生きている人たちがいるから……。お前たちのやっていることは、かつての魔王となにも変わらん。それに、ここには大事な『生徒』が来ている」 レジーナは首をひねった。 「訳がわかりませんわね」 「私の立場は、お前たちほど単純ではなかったということさ。今はあの子のために動こうかと、そう思っただけだ」 レジーナは目を閉じた。 もう話を聞く気はなさそうだった。 「あなたはいつもそうやって……自分だけが特別みたいな顔をして、私を見下すのね。パーティを抜けた時も、そうやって、ぜんぶ自分一人で決めてしまって!」 レジーナはかっと目を開くと、今度はグリフォンの数倍は大きなドラゴンを召還した。同時に「リミットレス・サーベル」がさらに分裂し、襲いかかる。 アンバーは人差し指と中指を立てて、“魔力”を練った。 「『火遁・陽炎改(かげろうかい)』」 アンバーとシェリルの姿が、その場から消え去る。「サーベル」は空を突き抜け、海へと刺さっていった。 舌打ちするレジーナだったが、すぐに背後から殺気を感じ、体をひねった。 クナイが、自分の目の前を通りすぎた。 アンバーが、その視線の先に見えた。 彼女は攻撃するでもなく、ただ、海上でシェリルを抱いていた。 まるで、自分の仕事をすべてを終えたかのようにして、彼女は立っていた。空を見据えて、立っていた。 「やれ、『隼人』」 「ッ!?」 もはやレジーナに、振り返る時間はなかった。 「『蒼刃破斬』ッ!」 蒼き勇者が、彼女の体を船ごと斬り落とした。 ◆ マヤたちは、空から見ていた。 シェリルが身を投げ出して、数十秒後のこと。 自分たちを囲んでいたグリフォン数百体が、突如として細切れになった。 しかし、それでも空は見えなかった。 タウラとメルトナの飛空戦艦よりも巨大な飛空挺が、それを覆っていたのである。 そこから、一人の男が飛び出してくるのを、三人は見た。 蒼く輝く球を伴いながら、彼はその武器に。その剣に。信じられないほど強烈な“魔力”を込めていた。 マヤ、ミランダ、コリン。 先ほどまで決死の覚悟でいた三人はその姿を見て、同じタイミングで口を開いた。 「ハヤト……!」 「ハヤト君!」 「ハヤトォォッ!」 勇者ハヤトは、輝く球を飛び交いながら加速し、遙か眼下に見えるレジーナの小舟へと向かった。 正確にはもう、「たどり着いていた」のだが。 「覚悟を――決めたようだな」 沈んでいく小舟を身ながら、アンバーが言った。 光の球に乗った勇者は、蒼く輝く瞳を彼女に向けた。 「――はい。俺はソルテスを倒します」 「沢山迷ったのだろうが、君ならきっとそう言うと思っていたよ、隼人。君はいつも、そうだからね」 「……先生……? まさか、記憶が?」 アンバーは――西山楓の記憶が流れ込んだアンバーは、今までに見せたことのなかった笑顔で言った。少々ぎこちなかったが、笑っていた。 「私は、君の先生だったのだな。そういう世界があって、そんな状況があったことを知れたのは、とてもよかった。自分がいかに、狭いところで閉じこもっていたのかよくわかったし、私が絶望と称したこの状況のことも、ある程度察しがついたからな。西山楓は、君のことを信頼し、今でも心配している。別世界の私のためにも、私は君と進もうと思う。私が何年も迷い続けたのは、もしかしたらこの時の為だったのかもしれんな」 「アンバーさん……」 その時だった。ハヤトが突然空をにらみつけ、力を全力に近い形で噴出させた。 アンバーのもとに、一人の少女が向かっていたのだ。 厳密に言えば、もう「そこにいた」のだが。 勇者ハヤトと、魔王ソルテスの剣が。 「蒼きつるぎ」と「紅きやいば」が、高い音を立ててぶつかりあった。 衝撃でどか、と海面が大きく割れ、蒼と紅、双方の“魔力”が火花となり、周囲数キロに渡って散った。 アンバーとシェリルの二人はそれを見る間もなく吹き飛ばされたが、近くを飛んでいたマヤと、コリンの「グラスプライン」によって救われた。 ハヤトは、目の前にいる魔王を見た。 自分と一緒に生きてきた妹・折笠唯である。 だが、彼女は。 この、少女は。 ハヤトは、一言だけ言った。 「――『ソルテス』」 ソルテスは、剣を握る力を少しばかり強めた。 ハヤトの背後に広がる海が、それだけで大きなしぶきを立てて猛った。 「――『お兄ちゃん』」 彼女はようやく、そう言った。 はっきりと、言った。 「あと、十二時間。それで全部、終わりだから」 海面から、女性の上半身だけが、光に包まれながら浮かび上がった。 先ほど斬られた、レジーナの死体であった。 「今からどんなにがんばったって。もう、無駄だから。だから、来たりしないで。でないと、あなたを……殺さなきゃならないから」 レジーナの腕を掴んだソルテスは、剣を輝かせる。 ハヤトはとっさに彼女から離れた。 海が、またしても割れた。 「ソルテス!」 水しぶきを浴びるハヤトが見た時には、彼女の姿はすでに消えていた。 ◆ レジーナの残したドラゴンやグリフォンたちをあらかた一掃したハヤトは、いったん飛空挺のデッキへと戻った。 ルーが笑顔で出迎えた。 「さすがハヤトなの! しゅんさつなの」 「ああ。この間までと比べて力が上がりすぎてて、自分でもびっくりしちまうな。ルーも運転、ありがとな。こいつが墜ちちまったら元も子もない」 「このくらいお安いご用なの! 愛の共同作業なの!」 「いや……どう見ても共同作業ではないよな」 「それでも愛が残ってるの!」 「愛が生まれるような作業じゃないだろ」 「じゃあこの際、愛なんてどうでもいいの!」 「もっと自分を大切にしろ!」 言っている間に、マヤたちが遅れて到着した。 まず大笑いしたのはミランダ。だが微妙に涙目である。 「ハヤト! ハヤトだよ! やっぱり、やっぱり生きてた! アタシのハヤトが生きてたーっ!」 コリンも笑顔だったが、ハヤトに顔を見られると、すぐにぷいとそっぽを向いた。 「あなたが帰って来なかったせいで、本当に大変だった」 続いて、頬を腫らすシェリルが声をかけようとしたところで、マヤがその場を飛び出し、彼に抱きついた。 「マヤ……」 「馬鹿っ……勝手にいなくなったりして! ずっと、ずっと待ってたんだから……」 彼女はぽろぽろと涙を流した。 ハヤトは肩にそれを受けながら、抱き返してやった。 「……ごめん、説明すると長くなるんだ」 「もういなくならないって、約束して」 「……約束なら、もうしたさ」 「え……?」 ミランダがそこに割って入ろうとしたが、二人を引き離したのはアンバーだった。 「二人とも、それは終わってからにしろ。今は時間がない。隼人、世界が崩壊するまで、あとどのくらいなんだ」 時間がない、と言われてハヤトは、妹だった少女の言葉を思い出した。 「十二時間……。ソルテスは、そう言ってました」 「たった、それだけか……」 「世界が、崩壊……? どういうことだよ、ハヤト……?」 ハヤトは、困惑するミランダやマヤたちを見て“魔力”を練った。 「みんな……最後の戦いを始める前に、見てほしいものがある。魔王軍がどうしてこんなばかげたことをおっぱじめて、そして、これから何をしようとしているのか。それを知ってほしい。……マヤとコリン、シェリルさんには、少しつらい内容になるかもしれない。もし事実を知って、戦意をなくしたのなら、ついて来なくたっていい。でも、俺たちはこの戦いの意味を知る必要がある。その上で立ち向かわなきゃ、あいつらを止めることはできないだろうから」 コリンは自嘲気味にほほえんだ。 「なんとなく、わかってきてはいるよ。大丈夫」 シェリルも、頷いた。 「あね様はここにいますから。大丈夫です」 アンバーが少しばかり目を伏せた。 不安な表情を見せたのはマヤであった。 「どういう意味……?」 ハヤトは少しばかり躊躇したが、言った。 「君の兄さん……グラン・グリーンのことを俺は知った。君は事実を知らなくちゃならないと、俺は思っている。受け入れるかどうかは、君次第だ。できないのなら、それでいい。でも知るべきだ」 「そんな突き放した言い方、しないで。むしろそれがわかるのなら、私はなんだってする」 二人は小さく笑みを交わした。 「『蒼きつるぎ』よ、俺とみんなの精神法則を破壊。俺の頭に残っているあの映像を、皆に見せてくれ」 周囲が蒼く輝いた。 そして、一行は知った。 勇者ソルテスと、仲間たちの物語を。 あの悲劇を。 その最期を。 そして、もう一人の勇者にして魔王、ソルテスの誕生を。 記憶の共有はたった一瞬の出来事だったが、まるで数時間が経ったかのように、全員の表情が変わっていた。 「そん……な……」 シェリルが震えた声で言った。 アンバーは、彼女の肩に手を置く。 「立ち止まるな、シェリル。確かに私はお前の知るアンバー・メイリッジではなかった。だが、お前にアドバイスすることはできる。彼女のためにも、動け」 コリンも同様だった。 「やっぱり、な。おかしいと思ってた。あの人たちが、あんなことをするはず、ないもん」 「コリン」 ミランダがその頭に、肘をつける。 「あんた、そんな弱い女じゃないよな。むしろ、よりぶっとばさなきゃならねえ理由ができたよな。あの、馬鹿どもを」 「……うん」 「やろうぜ。やってやろうぜ。なあマヤ」 マヤは既に、ぼろぼろに泣いていた。 残酷でしかない事実を知って、泣いていた。 兄の最期を知って、泣いていた。 今にも嗚咽が、漏れそうだった。 その場でみっともなく、泣きじゃくりそうだった。 「う……ぐぐ……!」 しかし彼女は、歯を食いしばって、腕で涙をぐいと払い、両手を頬に打ち付けた。 それでも、涙は止まらない。 当然のことであった。 「にい……さん……」 「マヤ」 「いいの、大丈夫」 彼女はハヤトの手をとらなかった。 そして、ぼろぼろに泣きながら、嗚咽だけは漏らすまいと必死に、言った。 「私は弱いから……どうしても、こうなっちゃうけれど……。でも、このままでも、進む、から。泣きながらでも、戦うから。だから、置いていかないで。私だって……君の、仲間なんだよ……」 無理して、笑みを作るマヤ。 ハヤトは彼女に、何も言えなかった。 言うべきでないと感じた。 ハヤトは「蒼きつるぎ」を再び呼び出した。 「距離法則を破壊。ラングウィッツにあるという、封印の宝玉をここに」 彼の隣に、最後の封印の宝玉が浮かんだ。 「これを壊せば、魔王の城に入れる。この飛空挺も、元は魔王の城の一部らしい。だから勝手に、そこまで戻るだろう。きっとひどい戦いになる。これまでで一番ひどい戦いに」 「だから、なんだってんだよ!」 ミランダが胸元から、何かを取り出した。 折れた矢だった。 ロバート・ストーンの遺品であった。 「アタシたちは、コイツの死を……無駄にしちゃいけねえんだ。アタシは、行くからな。あいつらを全力で止める! 世界がどうだとか、難しい話は関係ねえ!」 「ミランダさんは、いつもそうだよな」 にやりと笑った彼女に、輝く亀裂が入った。 ルーはそれを見て息をついた。 「さすがはミランダなの。ハヤトのお嫁さん第三候補」 「おいルー。アタシが三番だってのか。まさか自分が一番だとは思っちゃいないよな?」 「絶対にわたしが一番なの」 三角耳が、ぴこぴこと動く。それが合図だったかのように、光が漏れる。 コリンは、小さく笑った。 「まったく、このパーティは自分勝手な奴ばっかりで、飽きない。だよね、シェリル」 桃色の髪を裂くように、光の筋が浮かぶ。 シェリルは、空を見上げた。 「ええ。……あね様。あね様は、あね様です。だから今は、そう呼ばせて下さい。あなたは私の、あね様です」 目尻から出たのは、涙ではなく、希望の灯りであった。 アンバーは、目を閉じる。 「異世界の姉に、異世界の教師か。だが今は、悪くない。そう思う。心のつかえが、取れたようだ」 彼女の胸に、弾けるような、新たな鼓動のような、煌めきが生まれた。 マヤは、まだ泣いている。 「ハヤト君。私、何があっても最後まで、行くからね。兄さん……グラン・グリーンを止めるまで。私は行くからね」 おそらく無理をして作ったであろう笑顔。 彼女の体は、その心と同じように、傷が無数についている。 だがそれは、暖かな陽光を伴っていた。 ハヤトは、それを確認してから、前を見据えた。 魔王の城。敵の本拠地。 自分が、叩き壊さなければならない場所。 彼は、剣を振り上げた。 「行こう。魔王の城に。最後の戦いに。こんな悲しい話はもう、おしまいにしよう」 「つるぎ」が宝玉を割ると、勇者の髪は、蒼く染まった。 |