IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 3 [Hero & Devil]
21.「戦いへの前奏曲」その1

「リブレが、死んだよ」

 魔王軍の拠点である、青白い空間の中。
 魔王の城の、最上階。
 「スポット」のドアを開け、アジトへと戻ったビンスが、開口一番言った。
 部屋には、グラン・グリーンしかいなかった。
 彼はすぐさまビンスにかけよってその胸ぐらを掴んだ。その手はふるえていた。

「なぜだ! お前がいながら、どうして! なぜそんなことになった!」
「痛いよ、やめてくれ。僕だってすごく傷ついているんだ。聖域でハヤトの手助けしたのはやはり、魔王だった。そして……ハヤトの『ゼロ』も完全に覚醒してしまったようだ。彼の力は、リブレの加速を簡単に捉えていたよ。僕は『パーフェクトドール』であの世界を覆うのだけで、精一杯だった。リブレはそんな僕を庇って……」
「リブレは……リブレは、どちらにやられたんだ……」
「ハヤトだよ。あいつの『ゼロ』で、体を貫かれた」

 グランは彼を解放すると、床に膝をつき、両腕を打ち付けた。

「くっそおおおッ! 読みが甘かった……! 無理をしてでも俺が行くべきだったんだ……。リブレ、すまん……」

 ビンスは珍しく狼狽する彼を、生ゴミを見るかのようにして眺めつつ、着崩れたローブの襟を直した。

「グラン、君のせいじゃない。あちらに送るのは二人が限界だし、君とレジーナがここを離れたら、現状の指揮は誰がやるんだい? それに、能力的に見ても、リブレ以外の人選は有り得なかった。……彼は立派に戦ったよ。全員で帰れなくなったのは確かに残念だけど、僕たちは一度、失敗したんだ。こうなってしまったのは仕方のないことだよ。僕たちは彼の遺志を継げばいい。そうだろ?」

 グランはしばらく床を見ていたが、やがて立ち上がった。

「……それで、お前は、しっかりと奴らの隔離を成功させて来たんだな」
「もちろん。リブレが時間を稼いでくれたおかげで、二億五千万体、出し尽くして来たよ。世界同士の空が本格的に繋がり始めたとしても、もうハヤトが二十時間……想定時間内にこちらの世界に来られることはない」
「わかった。よくやった。これで俺たちの勝ちだ」

 部屋に、レジーナ・アバネイルが入ってきた。

「グラン。メルトナとタウラの飛空戦艦、さらに四百程度が来ましたわ。それとラングウィッツも合流したみたい」
「どういうことだ。タウラにもラングウィッツにも、戦艦を作るほどの技術はないはずだ」
「わかりませんの。でも事実ですわ。それとベルスタからも飛空戦艦が出たとの情報も……。この数ヶ月で、彼らの技術が一挙に進化したということ。……誰かが、裏で手を引いているのかもしれませんわね」
「ありえない話ではない。魔王が生きているのなら奴の手先の仕業かもしれんな」
「どちらにせよ、さっきと同等、もしくはそれ以上の攻撃を食らったら、障壁がゆらぐくらいはするかもしれませんわ。どうにかしたほうがいいと思いますけれど」

「だったら、私が行くよ」

 そこに現れたのは、紅い髪の少女。体じゅうから同色の稲妻のようなものがちらちらとほとばしっている。
 グランが即座に首を振る。

「ダメだ。お前は『レッド・ゼロ』の覚醒に集中しろ。どう見てもそれは、コントロールできていないぞ」
「力を押さえつけるだけじゃ、ふたつの『レッド・ゼロ』は覚醒しない。もっともっと、ここを拒絶しなきゃならない。その為には格好の相手だと思う」
「ダメだ。ここでやれ」
「リブレが、死んだんでしょう? だったら、弔わなきゃ。リブレを弔わなきゃだよ、グラン」

 レジーナの顔がひきつった。

「リブレが……! ソルテス。私もご一緒しましてよ」
「レジーナ! 感情に流されるんじゃない!」
「感情に流されているのはあなたの方ですわ、グラン。覚醒まで、まだ多少の時間がかかるのでしょう。それだったら、邪魔者は速やかに排除すべきですわ。あの中に蒼の勇者一行の生き残りがいるかもしれませんし」
「もはや、奴らには何もできん。前にも話したが“魔力”を否定できるミランダという女以外は脅威にすらならん。『セカンドブレイク』の片鱗が見えない限りは、このままの状態を維持すればいい」
「それってつまり、その女がここの障壁を破壊しに来るとしたら、まずいってことじゃないんですの?」

 言い合いを無視して、ソルテスは部屋の扉を開いた。

「ここで話してても仕方ないよ。私は行くからね。邪魔なものを全部、断ち切ってくる」
「ソルテス、待て!」
「待たない」

 彼女はとん、とジャンプする。

 ふわりと浮かんだ彼女は、城の中央に位置するベルクフリートの頂上に立った。
 全長五百メートルほど。切り立った城壁に、ツインネのある回廊、四つの長い側塔に囲まれた居館。その姿に、かつて魔王が使っていたと思わせるような禍々しさはない。まっすぐに立った神殿を思わせるその作りには、神々しさすら感じられた。
 視界の先には一面、海が広がっている。

「ここの景色はいつ見ても綺麗。だから、目障りなのよね、あれが」

 空中に浮かぶ魔王の城を包囲するようにして、翼を広げた鳥を象る、大きな飛空戦艦が無数に飛んでいた。



 空に並ぶ艦隊の中でもひときわに目立つ、真っ赤な戦艦の瞳が、それをとらえた。

「城からひとり出てきました。ソルテスと思われます」

 冷静に言った女の視線の先には、紫を基調としたドレスをまとう女性が一人、足を組んで座っていた。その体からは同色の“魔力”が、少しばかり放出されている。

「出てきたか。さっきの攻撃が効いたかしらねえ。タウラやベルスタの猿どもに最新技術を分けてやったかいがあったわ。今回の勇者は負けたそうだけど、どうやら今回は私たちの方に分があるようね」
『誰が猿だ、アンジェリーナ!』

 アンジェリーナと呼ばれた女の目の前に設置されたパネルから声が飛んだ。いかつい男が映し出されている。

「猿を猿と言って、何が悪いのかしらねえベントナー」
「それが、傲慢だというのだ!」

 魔王の城を挟んで逆側。青い戦艦の座席に座る、ベントナー・タウラ十五世は、肘掛けを殴りつけた。

「魔王軍を侮るな。今回の『蒼きつるぎ』の勇者の中には、かつての我が軍の英雄もいた。それが、歯も立たなかったというのだ。私たちの想像以上に、奴らは強いということだ!」
『うん、そう。わかった。通信切るわね』

 おそらくわかっていないであろうアンジェリーナがパネルから姿を消したので、ベントナーは再び肘掛けを叩いた。

「あばずれが。自分ひとりで全てできると思いこんでおる」
「メルトナの女王・アンジェリーナ……噂にたがわぬクソ女だな。ま、感謝だけはしておかなけりゃだけどね」

 隣に座っていたミランダ・ルージュは、それだけ言って立ち上がった。

「お、おいミランダ君、どこへ行くつもりかね! タウラの鷹は、この安全な管制室で機を待てばよい!」
「無理言って乗せてもらったのに悪いね、王様。アタシたちからすればその『機』って奴が、今まさに来たのさ。もう一回攻撃を仕掛けるんだろ。それに合わせるよ」

 ミランダは槍を持ち、外套を羽織って部屋を後にした。
 ベントナーは頭を抱えた。

「ミランダ・ルージュ……ようやく国に戻ってきてくれたと思えば……。お前はいつだって、私の元から飛び立って行ってしまうのだな……」

 ミランダは戦艦の中に設けられたバルコニーに出た。
 彼女は息を吸い込み、声を張り上げて言った。

「野郎ども、待った甲斐があったよ! ソルテスの奴がとうとう出てきた!」
「野郎は一人もいないよ。全員女」

 冷静につっこんだのはコリン・レディングである。ミランダは槍を床についた。

「心は野郎! アタシはな、ロバートの遺志を継いだんだよ!」
「それでも生物学的には、女」
「そんなみみっちいことはどうでもいいんだよ!」
「……それで。ソルテス一人なんですか」

 後ろに座っていたマヤ・グリーンが、視線を投げかけた。ミランダは頷く。

「グラン・グリーンはいない。そしてマヤ。この間も言ったけど、あいつはアタシが倒す。たとえあんたの兄貴だとしたって、もうアタシは、あいつを前にしちゃ止まれない。アタシの油断が、ロバートを殺したんだから」

 マヤは答えなかった。
 二人の間に微妙な空気が流れたのを見て、あわててシェリル・クレインが間に割って入った。

「ど、どちらにせよ! ソルテスが出てきたのなら総攻撃のチャンスですね!」
「ああ。今度の攻撃で奴らの障壁を少しでも弱められれば、アタシの能力で魔王の城へ入れるかもしれない。そこからが勝負さ」
「でも、ハヤトもルーもいない」

 沈黙。
 勇者ハヤト・スナップと、大事な仲間ルー・アビントン。ロバート・ストーンを失ったあの塔の戦いから、一週間以上経った今になっても、彼らはまだ戻って来ていない。

 それでも。彼女たちは前を向いていた。

 あの戦いを終えたあと、ザイド・スプリングに戻ってきた彼女たちを出迎えたのは、タウラ王国の飛空戦艦だった。
 タウラの王・ベントナーと魔法大国メルトナの女王・アンジェリーナは、互いの戦争を一時休戦とし、魔王の城の最後の封印宝玉を所持するラングウィッツ共和国、マヤの故郷であるベルスタ王国と共同戦線を組み、「世界同盟」として魔王軍討伐のため動き出していた。彼らは強大な潜在“魔力”を含んだ土地を持つザイド王国をその中に加えるため、やってきていたのである。
 だが、聖域と四精霊の加護を失った上、魔王軍の襲撃を受けたザイドには、もはや戦力は残されていなかった。
 そこで白羽の矢が立ったのが、かつて「タウラの鷹」と呼ばれ、メルトナの兵士たちから恐れられていた戦士ミランダ・ルージュと、行方不明となった勇者ハヤトの仲間たちであった。

 世界同盟の飛空戦艦はすぐさま、宙に浮かぶ魔王の城をその視界にとらえ、包囲網を築いた。
 メルトナの誇る飛空戦艦による一度目の攻撃は半日かけて行われたが、城に張られた強大な結界を破ることはできず、大きな戦果を上げるには至らなかった。
 だがその半日後、動きが起こった。魔王・ソルテスがその姿を表したのである。

「ハヤトとルーは、絶対に戻ってくる。アタシは、そう信じてるよ。ロバートのバカは……死んじまったけどさ……。それでも、アタシは確信している。ハヤトは生きている。絶対にここにへと駆けつけてくれるはずだよ。あんただってそう思うだろ、コリン」
「ソルテス……もう話を聞いてくれないあの子を止めるには、ハヤトが絶対に必要。だから生きてくれていないと困る。だよね、シェリル」
「私も、そう思います。ハヤトさんならきっと、戻ってきてくれる。……そうですよね、マヤさん」

 マヤは、既に「紫電」を抜いていた。

「ハヤト君が、死ぬわけないわ」



「魔大砲準備、全艦整いました」

 オペレーターの女の報告を受けたアンジェリーナは不敵に笑いながら、肘掛けに手をついた。

「いくら強固な障壁といえど、永遠に持つということはあるまい。猿どもにも合わせるように伝えよ。魔大砲、全砲門開け」

 アンジェリーナが手を挙げると、鳥を象る戦艦のくちばしが次々と開いてゆき、そこに“魔力”が収縮していく。
 かつてハヤトたちがザイドの船で見た大砲「グレイト・クルーズ」を遙かに凌ぐ“魔力”が、一点に集中していった。


「始まるわ。急ぎましょう」

 「翼」を開いたマヤが、自分の周囲に「ウォール」を精製する。
 続いてコリンが「糸」の能力で鎖を作り、彼女の体を縛り付ける。鎖は三本に分かれた。

「ミランダさん、あなたが先頭です」
「おう。マヤ、じゃまだったら振り落としてくれたっていいからな」
「ええ、そうします」
「いい返事だ」

 ミランダは笑いながら鎖を手に取り、マヤの「ウォール」に乗る。コリン、シェリルも続く。

「よし、頼む!」
「『ライトニングブースト』!」

 戦艦から、稲妻をまとったマヤたちが飛び出した。

「マジックワード『メルトナカノン』承認。行けます」
「よし。撃てえッ!」

 アンジェリーナの指示と同時に、くちばしの先端から勢いよく弾けるようにして、太い“魔力”の束が発射された。

「メルトナの艦隊に合わせろ! 『タウラキャノン』発射!」

 続いて、ベントナーの戦艦群からも同質のものが魔王の城に向けて照射された。周囲が“魔力”の青白い輝きであふれた。

 全方位から押し寄せる“魔力”の光線を見て、ソルテスは長いため息をついた。

「だから、嫌いなんだ……。あなたたちの運命は、もう変わらない。なにをしても無駄なの。私たちが決めた運命に、逆らわないで!」

 ソルテスの体が紅く輝き、幅広の大剣が彼女の眼前に具現化する。

「『紅きやいば』が命じる! 周辺“魔力”法則を『破壊』せよ!」

 ソルテスは剣を握り、ふわり、とその場で一度回転した。
 瞬間、城の周囲を囲う障壁が光り出し、光線を受け止め始めた。

「ソルテスが動き出しました! おそらく……」

 オペレーターが報告し終わる前に、アンジェリーナは立ち上がって叫んだ。

「構わん、このまま押し切るぞ! ありったけぶっぱなせっ! あの城を手に入れれば、タウラなど恐るるに足らん。世界は我らの物ぞ!」

 鋼鉄の鳥たちは、攻撃を続ける。

 だが城は、微動だにしない。
 前回の攻撃で少しばかり見せた、障壁のゆがみすら起こらない。
 アンジェリーナは拳を震わせた。

「なぜだ! なぜ動かん!」
「簡単なことだよ」

 アンジェリーナは、思わず後ずさった。
 自分の隣に、紅い髪の少女が立っていたのである。

「ソ、ソルテス!」
「アンジェリーナ・メルトナ。お前たちは勘違いしている。この世界の運命はもう、既に定められている。私たちに攻撃する意味は全くない」
「わけのわからぬことをっ!」

 アンジェリーナが魔法を撃とうと“魔力”を練った、その瞬間。
 彼女の腹を「紅きやいば」が貫いた。

「わからなくて、いいの」
「な……がっ……!」
「わからなくて、いいの。だから、そのまま死んでね」
「ソ、ソルテ……どうし」
「耳障りなんだよ、だまれ」

 ベントナーは、赤い飛行戦艦が爆発を起こしたのを見た。

「なんだっ!? なにがあった! 応答しろ、アンジー……」

 彼は、最後まで言えなかった。絶句した。
 遠目に見える飛空戦艦が、次々と爆発して落ちてゆく。
 百か二百か、三百か。艦隊が、消えてゆく。
 爆発が、だんだんとこちらに近づいてくる。

 小さな紅い輝きを伴って、近づいてくる。

「ま、まさか……。ここまで、力の差があるというのか」
「そうだよ、ベントナー王。でも、私は謝らない。だってあなたは、似ているだけで、けっきょくは『違う』から。ベントナー王には、全部壊してから、また会えるから、いいよね。だから、お前は壊れろ」

 ソルテスが、彼の頭をはねる。

「壊れろ、壊れろ、壊れろッ! 全部壊れてしまえッ!」

 少女は踊るように、剣を振るう。
 爆発、重なるように、また爆発。

 こうして、飛空艦隊は墜ちていった。



 海すれすれを低空飛行するマヤたちは、その光景を下方から見ていた。

「うそだろ……あの艦隊が……ベントナー王が……たった一人に……」

 ミランダは少しばかり動揺していた。ベントナー・タウラは王でありながら、勇猛果敢な戦士であり、有能な軍師でもあった。ミランダはそれをよく知っている。今回も、最後まで自分たちのバックアップをしてくれると期待していた。だからこそ、その最期のあっけなさに驚くほかなかったのである。

「ミランダさん、そろそろです。『鎧』の準備、できていますね」

 マヤの冷静な声を聞いて、ミランダは自分の頬をたたいた。
 そう。立ち止まっている時ではない。最強の敵が今、自分の拠点を離れている。今のほかに、城へと近づくチャンスはない。

「ああ、やってくれ! シェリル、どうだい」

 シェリルは手に浮かぶ“魔力”の珠を眺めている。

「ソルテスが離れる時に、障壁がさらに強くなったようです。一体何十、いや、何百の法則で成り立っているのか……すら。ごめんなさい。私たちの常識ではもはや理解できないレベルのものです。せめてルーさんがいれば……」
「わかった。コリン、そういうことらしいよ!」
「魔法じゃ、破壊できない。わかりやすくていい」
「だな。マヤ、このまま一気に頼む!」

 マヤは右翼を上げ、左方に切り返すと、魔王の城をその頭上に捉える。

「スピードを上げて、突っ込むわ! しっかり掴まっていて」

 マヤの体から電撃がちりちりと舞い、速度がだんだん上がってゆく。
 少女たちは空を滑るようにして上昇していった。

「全速ッ! 『シャイニングブースト』ッ!」

 言霊とともに、きゅん、と小さな光の筋を残して上方に加速する。
 強烈な重圧がかかり、ミランダたちは息を止めた。
 みるみるうちに、城が近づいてゆく。
 やがてミランダが叫んだ。

「コリン!」
「『グラスプライン・キャスタディ』!」

 コリンがブレイク能力「グラスプライン」を発動。
 “魔力”で精製された桃色の糸が、しゅるしゅるとミランダの足に巻き付いた。

「やれっ!」

 合図に合わせ、コリンが腕を上げる。
 ミランダの体が、弾丸のようにはじきだされた。
 彼女は、目の前に迫った障壁を見た。
 一体何層、何百層が重ねられているのか。透明さが失われ、それが「障壁」だと視認できるほど、それは分厚かった。

「こんな障壁、アタシがぶち抜いてやるよッ!」

 ミランダは雄叫びと共に「鎧」を装着する。
 障壁に突進をかけると、周囲の障壁にひびが入り、次々に割れてゆく。

「よし、いける!」
「そうはいかなくてよ」

 声と共に、ミランダの体がぴたりと止まる。彼女は即座に「鎧」を解除し、障壁をけりつけた。

「戻せっ! 進路を変えろ!」
「『グラスプライン・スピニングホウィール』!」

 コリンの手元に巨大な糸車が設置され、回転を始める。ミランダが空中へと投げ出されたその時、さっきまでいた場所に数百本の剣が飛び、障壁へと突き刺さった。マヤはミランダを回収し、すぐさま後方へと切り返した。
 だが、ひとつの空を舞う小舟がそれを追った。

「なかなかいい判断ですわ! でも、このくらいは避けてくれないと、こちらとしても張り合いがありませんわね」

 小舟の縁に足をかけながら言ったのは、レジーナ・アバネイルであった。両手持ちの剣を握っている。
 ミランダは舌打ちした。

「モンスターを召還する女だ! 気をつけろ!」
「その通り。どうぞお気をつけて」

 レジーナは剣を船に刺すと手を広げ、“魔力”を練った。

「『サモンモンスター・レベル・フィフティファイヴ』」

 彼女の手のひらに“魔力”空間が精製され、下方向にカーヴしたくちばしと、羽毛に包まれた鋭い目が覗いた。その眼光は先を飛ぶマヤらを捉えている。

「でけえ、鷹か!?」

 翼を広げたモンスターの下半身には、四本の足と長い尾がついていた。シェリルが声を上げる。

「違う……あれはグリフォンです!」
「大当たり、ですわ」

 レジーナの手からモンスター・グリフォンが次々と召還されてゆく。それぞれが甲高い奇声を発しながら、マヤたちを追う。

「この数! 一体どれだけ出せるんだいっ!?」
「説明する義務はないけれど。その気になれば何万体だって出せますわ。ザイドを襲った時みたいな雑魚でしたら、もっと」

 言いつつ、レジーナは片手で剣を握って空へと放り投げた。
 彼女は、その剣……かつてリブレ・ラーソンが使っていたそれを少し悲しげに見てから、決意を固めた表情で紅く輝くガラス片を胸元から取り出すと、それを握りつぶした。

「あなたたちにはもう、希望すら与えない。私の『セカンドブレイク』で、このまま死になさい。『リミットレス・サーベル』!」

 空中の剣がぶん、と分身する。まるで巨大な剣山のように、数百、数千本と増えてゆく。レジーナが手を広げると、一斉にマヤたちの元へと襲いかかった。


次へ