IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 3 [Hero & Devil]
20.「強襲、現実世界」その3

 リブレは、その場に仰向けになって倒れた。
 彼の「グローボ」と、体を包んでいた紅い“魔力”が完全に消え、口から大量の血が溢れた。

 ハヤトは、息を荒くしてその場に膝をついた。
 真矢が、そこに駆け寄る。

「お、折笠! 大丈夫?」
「真矢……お前、どうして」
「よ、よくわからないの。でも、何かが聞こえて……『蒼きつるぎ』が使えないハヤト君を守らなきゃって思ったら、私の中から、力みたいなものが……わ、私、さっきから何言ってるの……?」
「別世界の記憶が……流れ込んだんだろうね……」

 リブレの声が聞こえた。ハヤトはがばりと起きあがると、近くに倒れる彼を無理矢理引き起こした。

「リブレ、教えろ! どうしてたった二人で、俺のところに来た! 俺を殺すなら……魔王軍全員で来るとか、もっと確実な方法があっただろう!」

 リブレの表情は、心なしか穏やかに見えた。

「自信家だね……。でも、その通りだ」
「時間稼ぎよ」

 すう、と、ルーを伴って魔王リノが近くに降り立った。

「ハヤトとマヤなの!」
「ル、ルー!? ルーなのか! じゃあそっちのあんたが魔王……?」
「時間がないから察してちょうだい。……話を戻すわ。この男はソルテスが揃えたふたつの『レッド・ゼロ』が完全に覚醒するまでの時間を、稼ぎたかったのよ。要は鉄砲玉ってわけ。そうでしょう?」
「やあ、魔王……。ビンスは死んだのかい……。もっとも、壊れたあいつは、くそやろうだったけれど、ね。確かに酔っぱらうと、あんな感じだったけど……まさかあれが素だったなんてね」

 リノは、リブレの前に立った。

「あなた、正気に戻ったの?」
「そんな訳、ないだろう……。僕は、あの時ソルテスに『壊して』もらったんだ。みんなあの時『壊れた』んだよ。ばかばかしい……」

 ハヤトは、そんな風には思わなかった。
 今ここに倒れているのはまさしく、「魔王」ではなく「勇者」ソルテスの仲間だったリブレ・ラーソンであると、そう思った。

「リブレ、教えてくれないか。時間稼ぎって、何のことなんだ」

 リブレは、ぼおっと空を眺めながら、たどたどしく、ゆっくりと言った。

「まあ、もう、いいか……。僕たちは確かに、失敗した……。本当はあの塔で、君の『レッド・ゼロ』が発動して、そこで全部が終わるはず、だったんだ。でも、そこの魔王が、せっかくここまで育てた君を、連れ去っていった……。計画は、むちゃくちゃさ……。だけど、グランは、その状況も、予測していたらしい……。君の『レッド・ゼロ』の核を、すでに抜き取っていたんだ……」

 ハヤトは、自分の「ゼロ」、「蒼きつるぎ」から紅い部分が全て消え去っていたことを思い返した。

「だからさ……僕らの目的は、もう達成されたんだよ……。君っていう媒介がいないから、時間はかかる、らしいんだけどさ……。ふたつの『レッド・ゼロ』を使った世界の破壊は、もう、始まってるんだ。だから、ふたつの世界が、混じり合い始めているんだ、よ」
「だから、その為の時間を稼ぐために……!」
「もちろん、僕は、君を倒したかったけれどね……。『壊れる』前の僕は、そりゃ……もう、ダサかった……。だから、みんなの先陣を切って戦える……頼ってもらえる、戦士に……」

 リブレの口から、血がこぼれる。
 ハヤトは、彼の名を呼びながら、「蒼きつるぎ」を呼び出す。

「やめろって……ようやく、死ねるんだ……放っておいてくれよ……」
「でも……でも!」

 リノが彼の肩をつかむ。

「やめなさい。『セカンドブレイク』……二度目の上限破壊をした人間は、もう体の構造が違う。『ゼロ』での治療はできないわ」
「ハヤト……忠告するよ、その甘さは絶対に、命取りになる……。あいつらは、みんなは全員『壊れて』いる。本当に止めたいならさあ……躊躇するなよ。僕の仲間は、誰ひとり、躊躇しない、よ」

「その通り!」

 全員が声の方へと振り返った。

「ビンスッ!?」

 体を二つに割ったビンス・マクブライトが笑っていた。



「リブレ君、なーに全部ネタバレしちゃってるの。やっぱり君は、初対面の印象通りのクソバカ野郎だね」
「てめえっ!」

 ハヤトがその体を、一刀両断する。だがビンスは、笑いながら四つに分かれた体をふわふわと浮かせた。

「無駄だって。僕は不死身なの。それにハヤト、急いだ方がいいんじゃない。さっきそのバカが言ってただろ? 世界の崩壊が始まってるって」
「そんなもの、絶対に止めてやる!」
「言うは易く、行うは難し。今の君にぴったりの言葉だね。よし、ネタバレついでに教えてあげよう。気付いていたかな、この世界とあちらの世界は、時間の流れが違う。こちらの方が、遥かに早いんだぜ。つまりは、ここにいればいるだけ君は不利になっちゃうわけ。世界崩壊まで……この世界では、あと二時間半ってところかな。あっちでは一日くらいあるだろうけれど」
「だったら、すぐにでも戻ってやる。リノ! あちらの世界に戻るには、どうすればいい」
「呼び捨てにしないで。すでに迎えを呼んでるわ。……もっとも、とっくに予定時間をすぎているけれどね」

 ビンスは体を付けて再生させると、再び笑う。

「そりゃそうさ」

 彼が指を弾く。
 すると、空が一瞬にして暗くなった。

「な、なんだッ!?」

 なにかが空を覆い隠し、うごめいている。

 その全てが、ビンスの「ドール」であった。

「なるほど。こちらが本当の時間稼ぎだったってわけね」
「そういうこと。僕らが攻めて来たのは、あくまで時間稼ぎの時間稼ぎ。『パーフェクト・ドール』たちがこの世界を覆い尽くし、君たちの道をふさぐためのね。全部で、二億六千万体。『セカンドブレイク』した僕でも、この数を揃えるにはちょっと時間がかかったよ」

 ビンスの体が、縦に割れてゆく。

「リブレ。君はよーくがんばったって、グランとソルテスには伝えておくからさ。どうかそのまま死んでくれ。君は邪魔だ」

 リブレはもう、彼の顔すら見なかった。
 ハヤトの瞳が輝く。

「それが……それが命を張った仲間にかける言葉なのかよッ!」
「うるさいなあ。どっちにしろ、もう間に合わないからさ。最後までそこで吠えてろよ、ハヤト。ロバートは殺し損ねたからね、ミランダは僕が殺すよ。それじゃ」

 そう言い残して、彼の体は完全に裂けて消滅した。

「どこまでも食えない男。自分の体すらお人形として使っていたのね……でも、やっぱりバカ。あの男は見誤った。ハヤト、あのお人形ちゃんたちを、破壊しちゃいなさいな」
「わかってる。でも、この数……間に合うのか」
「覚醒した『ゼロ』が持つ破壊の力をなめないでちょうだい。今のあなたになら、できるはずよ。信じなさい、自分の力を」
「俺の、力……」

 ハヤトは、真矢を見る。

「真矢……なんつーか、その、いろいろ、説明したいところなんだけどさ」
「行くんでしょ。さっきから訳のわからないことばっかりなのに、なんとなくわかるの。あんたは私たちのために、たくさん傷ついて……それでも、行こうとしているんでしょう」
「……ああ」
「戻って、来るのよね? これで、いなくなるとか、お別れだとか。そんなこと、ないわよね?」

 真矢の問いかけに、ハヤトは答えられない。
 ここにまた戻って来られる保証なんて、ありはしない。
 それでも、行かなければならない。
 だから、何も言えなかった。

「戻ってくるの」

 だがそこで、ルーが言った。

「ハヤトは、強い強い勇者様だから、きっと全部解決して、ここに戻ってくるの。そして、わたしとの結婚の約束を果たしてくれるの」
「けっ……結婚……!?」
「お、おい、ちょっと待て! いつお前と約束したんだよ!?」

 ルーは、焦るハヤトを見てにこりと笑った。

「やっといつものハヤトに戻ったの。確かにハヤトは不安そうにしていることが多いし、抜けているところもあるけど、けっきょく最後は『おれに任せろ』って顔で、全部やり切っちゃうの。だから、今回も一緒だと思うの」
「ルー……」

 ハヤトは、改めて真矢の方を向いた。

「俺、戻ってくるよ、絶対に。だから待っててくれ。戻ったらさ……また、勝負の続き、しようぜ」
「……ええ!」

 ハヤトは、天を見上げた。

「魔王さんよ、とりあえず、穴を空ければいいんだよな」
「ええ。青春もいいけれど、早くした方がいいわね」
「俺にだって、色々あるんだよ」

 暗くなった空に「蒼きつるぎ」を向ける。

「いっくぞおおおおッ! 『蒼きつるぎ』よ!」



 ハヤトの“魔力”が一気に高まると共に、彼の周囲に、蒼い「カルチャーレ・グローボ」がいくつか浮かんだ。
 同時に、異世界で戦った時に使っていた藍色の皮鎧が装着された。

「リブレ。この技、もらっていくからな!」

 リブレは、何も答えない。
 彼は既に、動いていない。
 それでもハヤトは、言っておきたかった。

 球を踏みしめると、ハヤトは一挙に加速して空へと向かっていった。

「うおおおおおッ!」

 ハヤトが剣を振ると、「蒼きつるぎ」から同色の光線が飛んでゆく。
「グローボ」がそれを跳ね返し、加速させてゆく。
 彼はビンスが作り上げた「ドール」の層を、間近でにらみつけた。

「この力で、世界を救えるっていうのなら! 俺に、できるっていうのなら!」

 ハヤトは「グローボ」の一つをたたっ斬る。無数に反射、増幅された蒼い光線が、空にまき散らされた。
 ハヤトはそのまま空中で、猛烈な勢いで回転を始める。

「やってやるッ! いっけぇええええ! 『蒼球斬波(そうきゅうざんは)』ッ!」

 蒼い光線が、空をまるごと包み込む。
 空を覆っていた「ドール」は、それに触れた瞬間、消滅していった。
 ハヤトは上昇を続け、次々に「ドール」を消し去っていく。

「こんなもので……こんなもので俺を止められると思うんじゃねえぞぉッ!」

 暗い空が、やぶけてゆく。
 青い空が、戻ってくる。

 その光景を、ルーは大喜びで見ていた。

「ハヤト、やっぱりすごいの!」 

 リノは興味深そうに、空に輝く光線を眺めている。

「『ゼロ』の力が、『レッド・ゼロ』なしで完全に覚醒している。こんな歪んだ世界のはざまで、こんな力が生まれるだなんて……本当に皮肉なものね」

 回転を止めたハヤトは、辺りを見回す。
 本当の空が、燦然と輝く太陽が。彼を出迎えた。

「ああ……」

 ハヤトは思った。


 なんて、なんてきれいなんだろう。


 感慨に耽っていると、彼の右方に、何かが大きなものが現れた。

「これは……!」

 何かが、空気を裂くようにして回っていた。
 ハヤトは上を見て、それが、一つの大きなプロペラだと気がついた。

 同様のプロペラが、次々と現れる。
 リノは遠目からそれを確認すると、息をついた。

「ようやく来たわね」

 無数のプロペラがついた、巨大な、巨大な船。
 飛空挺であった。

「すげぇ……」

 ハヤトは、思わず絶句する。
 その大きさが、自分の常識を遙かに越えている。
 ジャンボジェットよりも、ザイドで乗った船よりも、ドラゴンよりも。
 比べものにならないほど巨大だ。

 そこに、暗い闇が迫ってきているのを、彼は確認した。

「ビンスの『ドール』軍団!? まだ残っていたのか!」

 ハヤトがすぐさまそちらに向かおうとしたが、飛空挺から、一人の男が飛び降りたのが見えた。

「しゃらくせえッ! 『ジョバンニ・エクスプロージョン』ッ!」

 聞き覚えのある声と共に放たれた輝く拳は、残っていた「ドール」を瞬時に消し去った。
 男は、空中に着地すると、つばの長い帽子を掴んで叫んだ。

「ようハヤト! また会えたなぁ!」
「ジョ、ジョバンニさん!?」

 ジョバンニ・ロストフ。
 ハヤトたちがザイド・サマーで出会った、トレジャーハンターを自称する、奇妙な男。
 夏の精霊との戦いで凄まじい技の数々を披露し、ハヤト一行に“魔力”の可能性を見せつけたかと思うと、ひとり消えていった謎の男が、ここに現れたのである。
 だがハヤトは、思い出した。
 そうだった。この男は。

「遅いぞ、ジェイ!」

 リノの声が飛んだ。
 ジョバンニ……かつてソルテスたちとも戦った魔王の右腕・ジェイは、その声を確認するや否や、慌ててマンションの屋上まで降りて彼女にひざまずいた。

「魔王様、すんません。どうにも、数が多くてね。男ジョバンニ、ここに戻りました!」
「ずいぶんとまあ、キャラクターが変わっちゃって。あっちの世界で、よっぽど楽しんでいたみたいね」
「そ、そんなこと、ないっすよ。ちゃんと言われたとおりにやりましたって。それに人間の世界にとけ込むってのも、悪くなかったですねえ! 魔王様に頂いたジョバンニって名前も、すっかり気にいっちまいましたよ」
「……まあいいわ。ハヤトに飛空挺を貸してやりなさい。あなたはここに残って、ビンス・マクブライトのお人形ちゃんの残党から、ここを守りなさい」
「へえ、魔王様。もしかしてハヤトたちの方を応援してらっしゃるんで? えこひいきはしない主義だったんじゃ?」
「異常事態なのよ。やらなきゃ私たちも危ないの。手伝いなさい」
「はっ!」

 リノは、ルーの頭に手を置いた。

「ルー。今からもう、あなたは自由よ。好きに行動しなさい。あなたが好きな、あの子のためにやるって言うのなら、おばあちゃんは応援するわ」
「ありがとうなの、おばあちゃん!」

 ハヤトが降り立つと、ルーは彼の元へと走っていった。
 彼はルーを抱き留めてやると、リノに言った。

「魔王さんよ……その、助かったよ。でもこれも、『ゼロ』の意志って奴なのか? 『ゼロ』って一体、何なんだ?」

 魔王は、ただ、言った。

「自分が思うように行動すれば、それでいいの。それ以上のことなんて、ないのよ。……今にお人形さんたちが戻ってくる。早く行きなさい。あの飛空挺は、“魔力”でコントロールできるわ」

 ハヤトは、しばらく黙っていたが、頷いた。

「……そうするさ。真矢、またな!」

 ハヤトとルーは、ぐんと飛び上がって飛空挺へと向かった。

 彼らは、進む。最後の戦いの場へ。


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