IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 3 [Hero & Devil]
20.「強襲、現実世界」その2

 一方、リブレとハヤトの戦いは膠着状態にあった。

「おい」

 リブレが苛ついた様子で、強く握った剣をハヤトに向けた。

「どうして『つるぎ』を出さない」

 ハヤトは剣を構えてはいるが、それは自分の“魔力”で精製した「剛刃」であった。「蒼きつるぎ」ではない。
 何も答えないのを見て、リブレは彼の名を叫びながら、再度姿を消す。

 ハヤトはなんとか反応し、リブレの剣をパリーした。
 高い金属音と共に、「豪刃」の刃が少しだけこぼれた。

「ナメてんじゃあねえぞッ!」

 間髪入れず、蹴りの追撃が入る。ハヤトは飛び上がってそれをかわし、「空踏み」で距離を詰めて攻撃に打って出る。

「おらあッ!」

 二人の剣がぶつかりあった。ハヤトはさらに踏み込み、リブレに迫った。


「蒼きつるぎ」が、出ない。


 それが彼の現状であった。

 理由はわからない。
 もしかしたらどこかで、自分の力をセーブしてしまっているのかもしれない。
 ビンスに春の都でかけられた魔法がまだ解けていないのかもしれない。
 どちらにせよ、出ない。
 目の前にいるのは、自分たちの世界をめちゃくちゃにしようとしている奴らの一味だ。
 仲間も殺された。
 それでも、出ない。
 ここまで来て、力が出せないだなんて。

「くっそおおおッ!」

 ハヤトの剣が空を斬ると同時に、リブレの拳が彼の頬を捉えた。

「ハヤト……君さあ、もしかしてここまで来て、『蒼きつるぎ』が出せない、だなんて言うんじゃないだろうね」

 尻餅をついたところに、今度はハヤトの顔にリブレの蹴りが命中する。

「あれを出したお前を倒さなきゃ!」

 蹴り。

「何も!」

 再び、蹴り。

「意味がないんだよおッ!」

 三度蹴られ、ハヤトの体はマンションの貯水タンクへと打ち付けられた。

「ぐっ……」
「せっかくのこの興奮が、消えちゃいそうじゃないか。君を倒したくてようやく物にした『セカンドブレイク』の力が、無駄になってしまうじゃないか。どうしてくれるんだよ!」

 リブレはハヤトの元に歩いてゆき、彼をいたぶるように蹴りつけ続ける。

 その時ハヤトは、なんとなく思った。思ってしまった。


 かわいそうだ。


 リブレ・ラーソン。この男は最後までソルテスたちの計画に反対していた。納得していたようにも見えたが、半ば脅迫に近い形で彼はソルテスによる、人間性を破壊する「ブレイク」を受けた。

「おい、ハヤトォ! なんとか言えよ!」

 ハヤトは、蹴られつつも思った。
 きっと、この気持ちのせいで、「つるぎ」は出ないのだ。


 この男を、なんとかしてやりたい。
 ソルテス……ユイを、なんとかしてやりたい。


「どうにか、できねえもんかな……」

 ハヤトは、リブレの足を受け止めた。
 リブレは即座に剣での攻撃に切り替えたが、その前にハヤトに投げ飛ばされた。

「お前ら全員を、どうにかしてやれねえもんかな……」

 ぼろぼろになった上着を破りながら、ハヤトは立ち上がった。

 リブレの目つきが変わる。

「なんだよ、それ? なんだよ、その発言。僕らを哀れんでるのか?」
「お前らが本当にどうにもならなくなって、世界を破壊するって選択をしちまったのはわかる。状況が同じだったら、俺だってそうしたかもしれない。でもさ……やっぱりそれは、違うと思う。その選択は違うんだよ、リブレ」
「違わないさ! 僕らは僕らの世界のために、今こうしているんだ! それともお前は、これ以外の答えを用意できるって言うのか! どんな気持ちで僕らがこの選択をしたのか、わかってんのかよッ!!」
「やっぱり、そうか。少なくともお前は、悔いてるんだな」

 リブレは一瞬はっとしたが、すぐに頭を抱えて首を振った。

「ハ、ハヤト……。それ以上何も言うな。僕はお前を殺せさえすれば、それでいいんだ!」
「俺にだって、答えなんてわからねーよ……。何もかもメチャクチャすぎる。誰に怒りをぶつけりゃいいのかすら、よくわからねえ。でも、お前らを止める。俺にだって、護りたいものがあるから!」

 ハヤトの瞳が蒼く輝き出す。
 それを見て、リブレは紅く輝くガラスの破片のようなものを取り出して握りつぶした。彼の右目が、紅く染まってゆく。

「そうだよ! それだ! 最初からそれを出してりゃ、よかったんだ!」
「反論の余地もねえ。もう迷わない。お前たちを全員倒して、ユイ……いいや、ソルテスの奴を止める! それが俺の答えだ!」

「蒼きつるぎ」が姿を現した。



 久しぶりに見た「つるぎ」は、紅く染まっていた部分がきれいに消えていた。

「なぜだ……?」
「考えてる場合、かなあ!?」

 どこからともなくリブレの声が聞こえる。
 スピードがさらに上がっている。その姿はハヤトでも追いきれない。

「死ねッ!」

 リブレが超スピードの突きを放つ。
 だが、ハヤトはそれを流れるように避けた。
 リブレは大して気にもせず、もう一度姿を消す。

「運が良かったね! だが、どうやら今のは見えてないらしい。『セカンドブレイク』のスピードには、ついてこられていないと見た。次はどうかな!」

 だが、何度リブレが攻撃しても、ハヤトはそれらを全て防いでみせた。

「確かに見えねえ。でも、なんとなくわかるんだ。『ゼロ』の力って奴かな」
「面白い。そうでなくちゃ、命まで削った意味がない」

 リブレはその場に止まると、空いた手に“魔力”を込めた。
 サッカーボールほどの光球がふわり、ふわりと次々に現れ、彼の周囲に十数個が浮かんだ。

「こいつが僕の切り札『カルチャーレ・グローボ』。逃れる術は、もうないぜ」

 再びリブレが地を蹴ると、いくつもの光の球がハヤトに向かった。

 ハヤトは即座に判断する。これに近づくのはまずい。
 彼は背を向けて走り出し、手すりを飛び越えて空中に出た。

「そんなことをしても無駄だ!」

 リブレもそれに続く。
 彼は光の球の一つに足を付けると、強く蹴って屋上を飛び出した。
 直後、別の球が再び、その足につく。リブレはそれを踏み、さらに加速。目にも止まらぬスピードでハヤトを追った。

「加速に加速を加え続ける! 『グローボ』の力を使った僕は、もはや光よりも速いッ!」

 落ちながら、リブレと「カルチャーレ・グローボ」はハヤトを取り囲んだ。

 ハヤトは剣を何度か振るったが、当たる気配すらない。それどころか、光の球が彼の顔めがけて打ち付けられた。

「ぐっ!」
「無駄だよ、無駄無駄。どんなに威力が強くたって、当たらなきゃ何の意味もないよねえ!」

 リブレは右目をぎらりと輝かせる。その表情は狂ったようにいきいきとしていた。

「来たぞ……! ようやく屈辱を返せる時が来たんだッ! 食らえ、『コンフィーネ・ヴェローチェ』ッ!」

 ハヤトの背中に、光の球が次々と直撃する。体がぐんと落ちる力を失い、宙を漂った。今度は上下左右から「グローボ」が一斉に襲いかかる。

「死ね、死ね死ねッ! 死ねよハヤトッ!」

 おそらくその光の球を蹴って宙を飛び回っているであろうリブレの声が響き、同時に斬撃が飛ぶ。
 ハヤトの体に、一瞬にして無数の刀傷が刻まれた。

「うああああッ!」
「まだだ! まだこんなものじゃ、僕の屈辱は晴らせないッ! そのまま死んだ後も、この技を食らい続けろおおおッ!」

 リブレは容赦なく攻撃を続ける。

 だが彼は、そんな中で少しばかり疑問を抱いていた。


 これだけの攻撃を食らっていながら、なぜ死なない?


 リブレの「コンフィーネ・ヴェローチェ」は、本来は行動補佐寄りの能力である「カルチャーレ・グローボ」を、自分の加速と攻撃の双方に使用することで隙を極限まで消した、超攻撃的必殺技である。
 リブレは、「ハヤトにこの奥の手を食らわせている」という目の前の現実に歓喜しながらも、考えていた。

 なぜ死なない?

 自分の想定ならば、最初の数秒で、ハヤトは細切れになって死んでいるはずであった。彼の背に「グローボ」を叩きつけた時点で、勝利は確定していたはずだった。

 だが、目の前の彼は、まだ苦しみにもがいている。
 苦しんでいるのだ。生きているから。

「なんで……だよ! どうして! ……くそ!」

 たまらず、リブレは「グローボ」の一つをハヤトの腹に押しつけ、遠くへと飛ばした。

 リブレは息を荒げながら、下方に見える横長の建物へと叩きつけられるハヤトを見ていた。

 先ほどの攻撃の限界時間は、約十秒ほど。それでも相手を殺しきるには十分すぎる時間であった。
 決定的な攻撃も、何度も加えている。数えただけでも確実に数十回は、自分の剣は相手の心臓も貫いている。

「……ちっ! 死なないなら、死ぬまで! 何度でも食らわせてやればいいんだ! そうだ、その方が楽しいじゃないか!」

 不安をかき消すように首を振ったリブレは、「グローボ」に足をつけ、ハヤトの方へと飛んだ。



「つう……」

 ハヤトは、なんとか起きあがった。
 あまりにも見慣れた風景に、違和感を覚えた。いくつも並ぶ茶色い机に、同色の床。そして深緑の板。自分が飛ばされてきた壁は完全に吹き飛んで半壊しているが、それでもよく知る場所だと、一瞬でわかった。

「さっきの一発で、学校まで飛ばされたってのかよ……」
「そうか、ここは『ガッコウ』って言うのか」

 光の球「グローボ」を伴って、リブレが倒れた教壇の上に姿を現した。

「ギルドみたいなものかな? 面白いねえ、知らないものばっかりだ。でも全部、僕たちがぶっ壊すし、この世界の人間は全員ぶち殺すよ」
「そんなこと、絶対にさせるかよ……!」

 言いながら再び蒼い“魔力”を噴出させるハヤトの体を、リブレはじっくりと見た。

 自分がつけた傷が、すでに消えている。

 リブレは汗を垂らした。
 だが彼は、目を閉じてその不安を消した。

「そうだ……僕はもう、恐れることを知らないはずだ。ソルテスの力で、勇気溢れる最強の剣士になったはずなんだ」

 だがその時、背後から低い金切り声のようなものが響いた。
 リブレが振り返ると、空を飛んでいたドラゴンの数体が、空中でその体を分解させて消えていった。

「なにっ!?」

 彼は、即座にはっとしてハヤトを見る。
 ハヤトはその様子を遠めに見てつぶやいた。

「やっぱり、全部は無理だったか」
「貴様っ……! 建物から落ちる時に剣を振ったのは、僕を狙ったんじゃなくて……!」
「あんなのに飛ばれてちゃ困るんだよ」
「僕がお前を殺すために全力を出していた時、君はそんなことを……そんなくだらないことを考えていたのかッ……! なめやがって……なめやがってええええッ!」

 リブレの右目が紅く輝く。「グローボ」がハヤトを一斉に取り囲んだ。
 ハヤトはそれらをかわそうと試みたが、「グローボ」の攻撃に死角はない。すぐに先ほどと同じように、彼は宙に浮かされた。

「ハヤト! 僕らのしたミスは思っていた以上に大きなものらしい。何をしててでも、お前をここで、絶対に! 殺しきるぞッ!」

 リブレが地を蹴り、姿を消す。
 一瞬の間の後、床に大きなヒビが入り、机や壁がその場から吹き飛んだ。

 「グローボ」を蹴り、「ブレイク」能力で加速。
 速さを上げながら、方向を調整。
 さらに加速。
 立て続けにもう一度、加速。

 もはや、こうなったリブレを目視できる人間はいない。

「『コンフィーネ・ヴェローチェ』ッ!」

 リブレの剣が、ハヤトへと迫る。
 だが、その時。
 リブレは眼前に、何かを丸みの帯びたものを見た。

 なんだ、と判断する頃には、彼の顔にそれが激突していた。

「ぐうッ!」

 教室の壁を四つほどぶち破ったところで、リブレは「グローボ」を呼び出すと、即座に切り返してハヤトの方へと向かう。

「何だ、今のは……!?」

 答えはすぐに明らかになった。
 追いかけてきたハヤトの周囲に、蒼く輝く球が浮かんでいたのである。

「グ……『グローボ』だとぉッ!?」
「おおおおッ!」

 二人の剣が、超高速で交錯する。「グローボ」がその中に介入しようとするが、蒼い球がぶつかりあい、それを妨害した。

「こ……こいつ、僕のスピードに……!」

 リブレは一度距離を置いて加速しようと試みたが、その腹に蒼い「グローボ」が激突する。

「がっ!」

 次に顔、後頭部、右腕、左腕。
 最後に背中にヒットすると、剣を振りかぶるハヤトの元に、その体が引き寄せられていく。

「う、うわああああああ!」
「『蒼きつるぎ』よ、もっと輝けっ! 『蒼刃破斬』ッ!」

 ハヤトが剣を振り切ると、蒼い剣筋がそこに残された。同時に周囲が全壊するほどの衝撃が起こり、リブレの体は空中へと吹き飛ばされていった。

 ハヤトは自分の周りに浮かぶ球を不思議そうに眺めたが、すぐにその一つに足をかけ、大きく跳躍した。



 リブレの体は、最初にいたマンションの屋上に叩きつけられた。
 ハヤトの一撃は彼の体を横一文字にえぐり、頬の傷が再び開いていた。

「ぐうっ……! ど、どうして……」
「俺にも、わからねえ」

 剣を振りながら、ハヤトがそこに降り立つ。
 残りのドラゴンが、全て消え去った。

「お前を倒したいって思った時、この球が現れた。リブレ、その傷じゃもう戦えないはずだ。……帰れよ。決着は『スポット』とやらでつけてやる。これ以上ここで暴れるんじゃねえ。続けるっていうのなら……ロバートさんのを仇を、取らせてもらう」

 リブレは剣をついて、立ち上がった。

「そうさ……僕らは帰る。帰ってみせる、僕らの世界に。だから君をここで殺さなきゃならない……例えその結果、僕が死んでしまうのだとしても」
「つくづく、救えねえ……!」
「そうだよ、どうやったって君に僕らは救えない。救いたきゃ、ここで死んでくれよ。できないだろ? できないんだろう!? だったらもう、生きるか、死ぬか! それしかないだろうよッ! ナメてんじゃねえぞ、くそガキがあッ!」

 立っているのがやっとのはずであろう男が、猛る。
 ハヤトは複雑そうな表情をしていたが、やがて『蒼きつるぎ』に“魔力”を込めた。

「そうだ、来いよ。来い、ハヤト!」
「うおおおおおッ!!」

 ハヤトが剣を振り上げた、その時だった。
 奥に見える屋上のドアが、ゆっくりと開いた。

「お、折笠……?」

 森野真矢が、きょとんとした表情で固まっていた。

「真矢!?」

 ハヤトが剣を止める。
 瞬間、リブレが姿を消した。

「ははは……ははは! はははははっ!」

 彼女は一瞬にしてリブレに拘束され、剣を胸につきつけられていた。
 リブレは足をふらつかせながらも、狂ったように笑った。
 頬から、だらだらと血が流れて地面へと垂れていた。

「君が、君が躊躇するから! 躊躇するからこうなったんだよ、ハヤト! ありがとう、『こちら側』のマヤ・グリーン!」
「やめろ、そいつは関係ない!」
「そんなわけないだろ? こいつが死ねば、マヤも死ぬ。戦力も減るし、君は絶望する。そして何より、いま君を殺すための格好の道具にできる。『ゼロ』をしまえ。体の“魔力”を全部消して、手を上げろ。少しでも練ったりしたら、この子を殺すからな。早くしろ」

 ハヤトは、言うとおりにする他なかった。
 森野真矢は、何も知らない。
 そんな、わけもわからず恐怖におびえる彼女を、見捨てる気にはならなかった。
 例え世界の存亡がかかっているのだとしても、ハヤトは、それだけはしたくなかった。

 リブレは、それを見てまた笑った。

「驚いた。本当にやったよ! この女の子のために、世界を見捨てるっていうのかい?」

 ハヤトは答えなかった。

「まあいい。これで、ようやく決着だ。本当に嬉しい。こんな結果になって、本当に嬉しいよ」

 リブレは「グローボ」を呼び出し、ハヤトを囲う。
 いくらハヤトと言えど、“魔力”を練っていない状態では「コンフィーネ・ヴェローチェ」を食らえばひとたまりもない。即死である。

「ありがとう、マヤ! マヤ・グリーン! 僕は君のおかげで、ようやく宿願を果たせるんだ! さあ! 聞かせろよハヤト、君の断末魔を!」
「マヤ……グリーン……」

 真矢は、そうつぶやいた。
 状況が全くつかめない。今の彼女には何が起こっているのか、全く理解できていない。
 ただ、光る球に囲まれながら悔しそうにこちらを見ている折笠隼人の顔を、その瞳をのぞき込んだ時。
 彼女の脳裏に、不思議なものが浮かんだ。

「ハ……」
「『コンフィーネ・ヴェ』」

 リブレの声は、そこで止まった。


 翼。


 森野真矢の体から、金色の翼が生え、リブレを空中へと弾き飛ばしたのだ。

「ハヤト君、今よッ!」
「な……なにッ!?」

 リブレの「グローボ」が襲いかかったが、ハヤトの蒼い「グローボ」が、それらを防いだ。
 ハヤトはすでに、「蒼きつるぎ」を振りかぶって飛んでいる。

「うおおおおおおおおおーーーーーーッ!」

「蒼きつるぎ」が、リブレの体を貫いた。


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