IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 3 [Hero & Devil]
20.「強襲、現実世界」その1

 その光景は、異様でしかなかった。
 ドラゴンが飛んでいる。しかし……そのすぐ下には、マンションがある。日本家屋がある。車が走っている。鋼鉄製の橋が架かっている。
 自分の世界に、あのドラゴンが飛んでいる。
 ハヤトはその不可思議な景色を、驚きの表情で眺めていた。

「どういうことだ!?」

 魔王・リノがため息をつく。

「本当に、ルール違反にも程があるわ。世界を越えて攻め込んでくるなんて……。でもハヤト、もしあれにソルテスが乗っていなかったとしたら、相当まずいわよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないっ! もしあいつらが少しでも暴れたら……それだけでこの世界がめちゃくちゃになっちまう!」

 ハヤトは“魔力”を足に集中させると、窓を踏み切って大きくジャンプする。リノもそれに続く。

「待ちなさい。まだあなたには知らなきゃならないことが残っているわ」
「あれをどうにかするのが先だっ!」
「まったく……つくづく対応者ね、あなたは」

 二人は止まっている車の上に着地し、もう一度飛んだ。


 ドラゴンから高いマンションの屋上に、一人の男が降りたった。

「へえ……ソルテスやお前が言っていた通り、不思議な世界だな。これだけの人間がいるのに、“魔力”を全く感じないなんて」

 リブレ・ラーソンが剣を抜く。
 続いて降りてきた、ビンス・マクブライトが笑った。

「でも、この世界はこの世界で面白いよ。独自の情報技術が発達しているんだ。中でもコンピュータという装置を使ったインターネットと呼ばれる情報伝達技術は、“魔力”のそれを遙かに凌駕しているとも言えるね。何度か使ってみたけど、物質の構造からして違っていた。この世界の在り方は、どこか内向的で実に興味深い」
「難しい話はやめてくれないか。お前はそうやって、他人にわからないことを敢えて話して喜ぶ悪い癖がある。言っとくがね、僕はお前のことなんて大嫌いだし、ハヤトと戦えさえすればそれでいいんだ。だからさっさと奴を探してくれ」
「ああ、わかってるさ。……ここまで大げさに登場したんだ。正義感が強くてまっすぐな彼のことだから、バカみたいに必死な顔をして、出てきてくれると思うよ。……そらね」

 ビンスの言葉に合わせるようにして、マンションの屋上に向かって二つの人影が現れ、着地した。

「魔王軍ッ! やっぱりお前らか!」
「ハヤト、もう少し考えて行動しなさい。物陰から様子を見るとか、手段はもっとあったはずよ」

 ハヤトを諭すリノを見て、ビンスが目を細める。
 リブレはにやりと笑って、剣を構えた。

「そうだよハヤト、また僕たちだ。僕たちを止めないと、君のこの世界が大変なことになるぞ。君のお友達もたくさんいるんだろう? 殺して回るのもいいかもしれないな」
「させるかよ、そんなこと……!」
「待ちなさい」

 “魔力”を練り始めたハヤトを、リノが制止する。

「にせ魔王軍のお二人さん。ソルテスがいないってことは、あなたたちは『時間稼ぎ』ってことになるのかしら。『レッド・ゼロ』のかけらを、あの塔で手に入れたのね」

 ビンスが“魔力”を練る。

「その語り口! やはり魔王か。お前は『どっち』だ?」
「どっちもこっちもないのよ。魔王は魔王。あなたたちに縦横に斬られた敗軍の将ってわけ」

 ビンスは『ドール』を召還した。

「本当にここに来てよかった。リブレ、君はハヤトとやりたい、そうだよね?」

 リブレは既に紅いガラスのようなものを掴んでいた。

「行くぞ、ハヤトォォッ!」
「バカで助かるよ、本当に。じゃあ、魔王の相手は僕ってことで!」

 二人が駆け出す。
 ハヤトとリノは身構えた。

「ハヤト、詳しくは後で説明するけど、とにかく急いでッ!」
「当たり前だッ! ロバートさんの敵を討たせてもらうぞ、魔王軍ッ!」



 リブレが地を蹴ると、その姿が消えた。
 ハヤトは首を右方向に向け、その場にしゃがみこんだ。空気が裂ける音だけが聞こえる。
 剣を振り切ったリブレがそこにはいた。

「さすがはハヤト。もはや僕の動きが見えているらしいね」
「お前等に鍛えられたからな。“魔力”がだだ漏れなんだよ、お前の攻撃は」
「だからこそ速い。それが僕の力だ。僕が“魔力”を込めれば込めるほど、君は追いつけなくなる。さあ早く『蒼きつるぎ』を出せ。次はこんなもんじゃないぜ」

 リブレの姿が、再び消える。
 ハヤトは少しばかり躊躇した。
 『レッド・ゼロ』。世界を破壊するという現象を、自分はあの塔で引き起こしてしまった。
 同じことが、起こりえないだろうか。

「出しなさい、ハヤト!」

 だが、ビンスの攻撃を避けながらリノが声をかけた。

「問題ないわ! だからこそ、こいつらはここに来ている!」
「……それ以上しゃべらないでもらえるかな。リブレ、引き離すよ。頼んだからね」

 ビンスがその隙をつき、「ドール」で彼女の体を掴んで屋上から遙か遠方に飛ばした。

 ハヤトはその言葉を信じるほかなかった。でなければ、「ブレイク」能力には対抗できない。
 彼は胸のポケットから、一本のシャープペンシルを取り出した。
 “魔力”を込めると、ペンは輝き出し、一振りの剣となった。

「やるしかない……! 絶対にお前たちの好きにはさせない!」
「いいぞ! その感じだ! あの時の興奮が、悔しさがよみがえってくる! ぶっ殺してやるぞ、ハヤトッ!」



「どうしてだろう」

 同時刻。
 森野真矢は、自分の行動に疑問を感じていた。

 竜、だろうか。アニメや小説、ゲームなどに出てくる、あれだ。翼を生やした、想像上の生き物。

 折笠隼人と別れて家に向かっていた彼女は、近くのマンションでそれが飛んでいる光景を目の当たりにした。
 周囲を歩いていた人たちはパニックになって悲鳴を上げたり、携帯電話で写真を撮っていたりと反応は様々だが、誰もがその光景を異様なものとして捉え、恐怖していた。

 だが彼女は、どうしてかその非現実的な光景が一目で納得できた。
 そして、歩いていた。マンションに向かって。
 そうしなければならないような気がしたのだ。

 自分でも、なぜそんな風に感じて、今こうやってマンションの入り口に向かっているのか、理解できない。
 しかし、その行動には奇妙な確信があった。
 怖いと一瞬思ったりもしたが、それ以上に彼女は強く感じていた。
 行かなければならない。

「折笠……ハヤト」

 彼女はそうつぶやきながら、歩き続けた。



 飛ばされたリノは、空で待機しているドラゴンの一体に捕まってその背に降りた。
 ビンスも彼女のすぐ近くに着地した。

「さーて、これでようやく二人きりになれたね、魔王。ところで、君がハヤトに肩入れするのはルール違反じゃないのかな?」
「元から違反しているのはあなたたちの方なのよ。世界を飛び越えたり、『ゼロ』の保有者を自分たちの世界で育てたり、もうめちゃくちゃだわ」
「お言葉を返すようだが、めちゃくちゃにしてくれたのは他でもない、君のほうだろう。僕たちにはハヤトを教育する必要があった。この世界にはモンスターがいないらしいからね。このままで彼が『レッド・ゼロ』どころか『ゼロ』の力を持つに至る可能性すら皆無に等しかった。だから、彼をある程度の命の危機に晒してやる必要があった」
「判断としては間違っていないけど、バカね。そのままにしておけば、少なくともこの世界同士の勝負には勝てたはずよ」
「へえ、やっぱりそういうシステムなんだ? 『ゼロ』を持つ人間同士が、世界を賭けて戦う。『スポット』はそのための場所ってわけだ。なるほど。僕らが戦ったソルテスは、相当なムチャをやらかしたらしいな。君が焦る訳だ。だが、わかりやすい。それだけ『ゼロ』の力は強大ということだ」

 リノは答えない。
 ビンスはにやりと笑う。

「しかし、もうそんなことはもうどうでもいい。僕は君をずっと待っていた。この時を待っていた」
「愛の告白ならお断りよ」
「なあ、魔王。僕に『ゼロ』をくれないか? なんなら、ハヤトかソルテスが持っているものを僕に移してくれてもいい。お前にならそれができるんだろう?」
「……それで、どうしようっていうの」

 ビンスは演技じみた動作で手を広げた。希望に満ち溢れた少年のような、明日結婚する青年のような、そんな明るさで。

「決まっているじゃないか。『ゼロ』をもっと研究したいんだよ。なんなら僕の世界を作ってもいい。とにかくもっと『ゼロ』のことを知りたいんだ。こんなにも面白い研究対象は他にない」
「……あなたは、そのためにこうする道を?」
「いいや、元はグランやソルテスたちに賛同していた。でもきっと、どこかでそんな風に思っていたところがあったんだろうね。人間性を破壊された僕は、いつの間にかその為に生きるようになっていた。僕はそのためなら『ゼロ』のために動くよ。ハヤトにだって力も貸すし、なんならソルテスを暗殺してあげてもいい。彼らは世界の書き換えには邪魔だろうし、今は別のことで手がいっぱいだからね。どうだい、悪い話じゃないだろう?」

 リノは、しばらく黙った。まるでそれを検討するかのように黙りこくった。
 ビンスはただそれを見ていたが、彼女の様子が変わったことに気がついた。

「おい、魔王。聞いているのか?」

 少女は、三角耳をぴくぴくさせて彼を見た。

「おばあちゃんが言ってるの。あなた、とってもばかだって」

 ビンスの顔付きが変わった。

「おい、獣人。お前に用はない。魔王を出せ」
「おばあちゃんは、もう話すことはないって言ってるの。ルーで十分だって、そう言ってるの」
「きさまッ!」

 ビンスが「ドール」をけしかけ、ルーに向かわせる。
 だが、ルーはそれらを手で弾いた。

「それにしても驚いたの。おばあちゃんは、ルーの中にいた」
『驚かせてごめんね、ルー』

 ルーの脳内に響くリノの声は、謝罪の気持ちに満ちていた。

『でも、あなたは私が思っていた以上に強くなった。本当だったら、「ブレイク」能力の覚醒とともに、あなたの人格はもう発現しないはずだったの。しかしあなたは、私の力をはねのけて、「ルー」という存在を確固たる一人格として作り上げた。何が理由かは知らないけれど』
「それは、ハヤトのためなの。わたしは、ハヤトのお嫁さんになりたい!」
『……認めるわ。あなたは魔王の予備人格ではない「ルー・アビントン」という、一人の魔族よ。あのバカと話すのは飽きたから、あなたに任せるわ。私の“魔力”を使いなさい』
「わかったの、おばあちゃん!」

 ルーは「ブレイク」能力を発現させる。

「出てこい魔王ッ! お前を従わせてでも、僕は『ゼロ』を手に入れるッ! エイミー、メグッ!」

 ビンスは瞳を紅く染め上げると手を地につけ「ドール」をニ体召還した。黄色いドレスの小柄な人形と、桃色の華やかな衣装をまとった大柄な人形が姿を表した。どちらも血で汚れている。

「最初にお前と戦った時とはレベルの桁が違うぞ。僕の大切な大切な、最初の『オリジナルドール』だ。一体でも、そこにいるリブレくらいは強いと思うよ」
「そんなわけないの。人形は人形なの」
「僕の『オリジナル』を、人形呼ばわりするなあッ!」

 ビンスが両腕をなぐ。「オリジナルドール」の二体は、ふっと姿を消した。
 ルーは「瞳」の文様をぐるりと回転させた。

「見えるの!」

 手を広げた彼女の元に、二体のドールが拳を打ち付ける。「障壁」と拳がぶつかりあい、衝撃が起こる。
 ビンスは高い声を出して笑いながら叫んだ。

「ジョーッ!」

 三体目の「オリジナル」が、正面から彼女に襲いかかる。
 ルーはその場をジャンプして、危機を脱する。

「はい、詰んだぁっ! ベスッ!」

 完全に少女の姿をしたビンスのオリジナルドール「ベス」が、空中に控えていた。彼女は大きな“魔力”の珠を作っている。

「はははははッ! とりあえずぶっ飛びなよ、魔王!」

 「ベス」の攻撃が、ドラゴンの背に激突する。
 “魔力”が収縮し、ドラゴンを一瞬で飲み込むほどの大きな爆発が起こった。

 ビンスは空中で、「ベス」に抱きしめられていた。
 彼はいとおしそうにその体をさすった。

「ごめんよ、ベス。また戦いにかりだしてしまって。君の力が必要だったんだ。でも、もうすぐだからね。『ゼロ』の力を手に入れて、いずれ君を蘇らせてあげるから」

「『デス・ブリーズ』」

 瞬間、「ベス」の頭がはねられた。
 ビンスは、その場に硬直する。

「なぜだ……『障壁』は中和したし、『オリジナル』三体で拘束したんだぞ……一瞬たりとも避ける隙はなかったはずだ。死ぬには至らずとも、直撃を食らったはずだ……なぜだ……」
「簡単よ」

 黒いドレスをまとった魔王・リノが彼の前で腕組みしていた。
 体の大きさや顔つきなどは先ほどまでと同じだが、三角耳はなく、瞳の色も赤から銀色に変わっていた。

「ルーに体をあげたの。あなた、魔王を相手にしている自覚、あったの? 私がズルしないとでも思ってたの? そのお人形ちゃんでできたのは、ジェイ一人を止めることだけだったでしょう? どうしてそんなこともわからなかったの?」

 ビンスは、体をぎこちなく動かして地面をみる。
 なんとか攻撃を耐えたらしいルーが、こちらを見ていた。

「おばあちゃん……おばあちゃんなの!」
「が……は……!」

 ビンスの体が、ずるり、と縦方向に裂けてゆく。

「今度はあなたが斬られる番になったわね。感想は?」
「……これで終わると、思うなよ……もうお前たちは……間に合わ」

 そこまで言ったところで、彼の体は「ベス」と共に両断され、落ちていった。


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