IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
2.「金髪少女と蒼きつるぎ」その1

 ひたひたと何か冷たいものが当たる感覚で、隼人は目を覚ました。
 目に飛び込んできたのは、草だった。露が自分の頭に垂れていたらしい。彼ははっとして上体を起こした。

 草木が並び、ざわざわと風に揺らされていた。かすかに太陽光が漏れて、地面を照らしている。
 森だ。
 でも、どうして?

 隼人はさっきまでのことを思い返す。
 確か空き地で、唯に似た女の子に……。
 あれは誰だったのだろう。なぜ自分はこんなところにいるのだろう。そして、唯はどこにいったのだろう。
 探さなければ。
 隼人は足を踏み出した。

 その時。横の草むらの先から、水のはねる音が聞こえた。
 隼人は一瞬びくりとしたが、おそるおそる草むらをのぞき込んだ。

 小さな池が見えた。誰かが池の中に立っている。
 隼人はそれをまじまじと見た。

「……っ!」

 隼人は思わず、大声を出しそうになった。
 金髪の少女が裸で水を浴びている。後ろを向いているので誰なのかはわからない。水に浸かった腰のくびれたラインが下半身に向け広くなり、もう少しでお尻まで見えてしまいそうだ。

 ふと、少女がこちらを向いた。

「あっ!?」

 今度は隼人は大声をあげてしまった。
 水浴びをしていた少女の顔が、森野真矢そっくりだったからだ。

「誰!?」

 少女が驚いたように胸を隠し、青い瞳をこちらに向けた。隼人はどうするべきか迷う前に、さきほど完全に見えてしまった乳房にどきどきしてしまい、なにもできずにいた。

「誰かいるの!」

 少女は池を出て、布を体に巻きながら近づいてくる。
 やばい。事情はどうあれ、のぞきをしてしまったのだ。すぐに逃げるべきだと隼人は決心した。

 しかしそこで、隼人は妙なものを見た。
 少女の手の辺りが、蒸気が出るようにしてうすく光っている。

「出てこないっていうなら……」

 少女はこちらに手を向けた。光が、ばちばちと音を立て、さらに強さを増していく。

「こうするまでよ!」

 少女が叫ぶと、手の光から金色の火花が散り、轟音とともに隼人のいる草むら周辺の木に飛んだ。電撃のようなものを受けた木がばきばきと崩れ、こちらに倒れてくる。隼人はとっさに前へと前のめりになってとんだ。

 ごろごろと転がって倒れ込むと、太陽の光が差し込んできた。
 ぎゅむ。
 妙な感触が手に広がった。柔らかい、それでいて……。
 隼人は目を開いた。

「……ん?」

 隼人は少女に覆い被さる格好になっていた。そしてその手は、彼女の胸を鷲掴みにしていた。

 沈黙。隼人は顔をこわばらせて言った。

「ど、どうも……」
「きゃああああああっ!」

 悲鳴と共に少女に蹴り飛ばされ、隼人は尻餅をつく。

「変態! 痴漢! なんなのよ、あんた!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、誤解なんだ!」

 少女は涙をにじませながら、地面においてあった何かを拾った。
 隼人はそれを見て、ぞっとした。

「ここまでやっておいて、なにが誤解なのよ! 斬り刻んでやる!」

 少女が手に取ったのは、西洋風の剣であった。

「お、おい、待てよ! なんだよソレ!」
「問答無用!」

 少女は剣を鞘ばしらせた。
 太陽に照らされ、刀身がぎらりと輝く。
 隼人はかつて祖父の家で見た、日本刀のことを思い出した。
 間違いない、あれは真剣だ。

「やめろって、おい! そんなもん人に向けていいと思ってんのかよ!」
「うるさい!」

 少女は剣を袈裟がけに振るった。
 隼人はすんでのところでそれをかわす。
 とにかく逃げなければ。隼人は背を向けて走り出した。



「待て、この変態!」

 森野真矢似の少女に追いかけられながら、隼人は森を進む。
 さっきからなにがなんだか、訳がわからない。
 ひょっとして夢だろうか。だとしたらなんて悪い夢なのだろう。……いやでも、剣を向けられるまでは……。

「待ちなさい!」

 少女の声が思考を遮った。同時に、さっきと同じばちばちという音が聞こえてくる。
 次の瞬間、隼人の走る先にある木々に火花が走り、倒れてきた。隼人は思わずそこでストップしてしまう。振り向くと少女が剣を構えていた。

「観念しなさい」
「だから、話を聞いてくれって!」

 少女が剣を突く。隼人は体をずらしてそれをよける。
 剣道の竹刀とはわけが違う。体で受けたら大けがするだろう。

「ちっ! ちょこまかと!」
「やめろって!」

 隼人は必死で少女の剣をかわす。
 だが、どうにも不思議だった。
 なぜだか、太刀筋に見覚えがある。小手、面からの、フェイントを入れた引き胴。

 そうだ、森野真矢。彼女にそっくりだ。

「森野、もしかして森野真矢なのか!?」

 少女は一瞬手を止めた。

「モリノ? どうして私のマヤって名前を知ってるのか知らないけれど、混乱させようったって無駄よ」

 マヤは剣を正眼に構えた。
 どうやら人違いらしい。だが、このマヤと森野真矢の顔と、太刀筋が同じなのは確かだ。
 隼人は、なぜか少し笑みを浮かべた。

「だったら、やりようもあるってもんだ」
「せやっ!」

 マヤが間合いを詰める。
 隼人はそれを見た瞬間に判断する。胴があく。

 隼人は突進し、マヤの開いた腹に向かってタックルをかました。マヤは意表をつかれて倒れ込んだ。
 マヤが手放した剣が、ざしと音をたてて地面に突き刺さった。

「くっ……す、好きにしなさいよ」

 またしても押し倒された格好になったマヤは、悔しそうに横を向いた。隼人はすぐに立ち上がって手を広げた。

「な、なにもしねーよ! まったく、いきなりこんなもんで襲いかかってきやがって」

 隼人は剣を引き抜いた。結構重い。やっぱり本物だ。物騒なので、マヤの手に届かない方向に投げ捨てた。
 マヤはそれを見て、意外そうにした。

「変態の痴漢なのに、襲いかかってこないの?」
「だからー、それは誤解だって……」

 その時、草むらからがさがさと音がした。二人はそちらを向いた。

 熊のような、毛むくじゃらの化け物がそこに立っていた。

「な……」

 隼人は言葉を失った。熊? 似ているが、違う。何よりも熊よりも大きく、腕が鳥の翼のようになっている。化け物は敵意をむき出しにして、真っ赤に輝く瞳をこちらに向けている。

「オウルベア……どうしてこんなところに!?」

 マヤが驚いた様子で言った。

「な、なんなんだよ、こいつ。ちょっとふつうじゃないぞ!」
「確かに変ね。こんなところにモンスターが出るなんて」
「モンスター? な、なんだよモンスターって」
「気をつけて、来るわよ!」

 オウルベアは大きなうなり声をあげて、こちらに突進してくる。
 隼人は恐怖とパニックで身動きすら取れない。
 眼前まで迫ったところで、オウルベアの顔面に火花が走った。
 マヤがまた電撃を放ったのだ。

「なにやってるのよ、逃げるわよ! 二人で勝てる相手じゃないっ!」

 オウルベアがひるんでいるすきに、マヤは隼人の手を取り、駆けだした。


「なあ、おい、説明してくれ! 一体ここはどこなんだ! 一体なにが起こってるんだ!?」

 走りながら隼人が叫ぶ。すぐ横を走るマヤは不思議そうに彼を見る。

「あんたこそなんなの? さっきからちょっとおかしいわよ」
「おかしくもなるよ! 真矢が金髪で、電気を撃って、剣で襲いかかってきて、果てにはモンスターだって!? どうしちまったんだよ俺の頭!?」

 マヤの頭にハテナマークが浮かぶ。しかし彼女はすぐにかぶりをふった。

「落ち着きなさい。とにかく、こうなったからには協力しましょう。剣もなくなっちゃったし、逃げることしかできないけど……オウルベアの足は遅いから、なんとかなるはずよ」
「ほんとかよ?」
「大丈夫よ」

 その時、すぐ先の草むらが揺れた。
 オウルベアだ。
 マヤの表情が変わった。

「……囲まれたりしなきゃ、の話だけど。右に曲がって!」

 二人はオウルベアを左手に見ながら右に曲がる。
 がさ。また草むらがゆれる。嫌な予感がした。
 またしてもオウルベアだ。

「嘘でしょ!?」

 マヤが足を止めて叫ぶ。
 二人はオウルベア三匹に囲まれてしまった。

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