ひたひたと何か冷たいものが当たる感覚で、隼人は目を覚ました。 目に飛び込んできたのは、草だった。露が自分の頭に垂れていたらしい。彼ははっとして上体を起こした。 草木が並び、ざわざわと風に揺らされていた。かすかに太陽光が漏れて、地面を照らしている。 森だ。 でも、どうして? 隼人はさっきまでのことを思い返す。 確か空き地で、唯に似た女の子に……。 あれは誰だったのだろう。なぜ自分はこんなところにいるのだろう。そして、唯はどこにいったのだろう。 探さなければ。 隼人は足を踏み出した。 その時。横の草むらの先から、水のはねる音が聞こえた。 隼人は一瞬びくりとしたが、おそるおそる草むらをのぞき込んだ。 小さな池が見えた。誰かが池の中に立っている。 隼人はそれをまじまじと見た。 「……っ!」 隼人は思わず、大声を出しそうになった。 金髪の少女が裸で水を浴びている。後ろを向いているので誰なのかはわからない。水に浸かった腰のくびれたラインが下半身に向け広くなり、もう少しでお尻まで見えてしまいそうだ。 ふと、少女がこちらを向いた。 「あっ!?」 今度は隼人は大声をあげてしまった。 水浴びをしていた少女の顔が、森野真矢そっくりだったからだ。 「誰!?」 少女が驚いたように胸を隠し、青い瞳をこちらに向けた。隼人はどうするべきか迷う前に、さきほど完全に見えてしまった乳房にどきどきしてしまい、なにもできずにいた。 「誰かいるの!」 少女は池を出て、布を体に巻きながら近づいてくる。 やばい。事情はどうあれ、のぞきをしてしまったのだ。すぐに逃げるべきだと隼人は決心した。 しかしそこで、隼人は妙なものを見た。 少女の手の辺りが、蒸気が出るようにしてうすく光っている。 「出てこないっていうなら……」 少女はこちらに手を向けた。光が、ばちばちと音を立て、さらに強さを増していく。 「こうするまでよ!」 少女が叫ぶと、手の光から金色の火花が散り、轟音とともに隼人のいる草むら周辺の木に飛んだ。電撃のようなものを受けた木がばきばきと崩れ、こちらに倒れてくる。隼人はとっさに前へと前のめりになってとんだ。 ごろごろと転がって倒れ込むと、太陽の光が差し込んできた。 ぎゅむ。 妙な感触が手に広がった。柔らかい、それでいて……。 隼人は目を開いた。 「……ん?」 隼人は少女に覆い被さる格好になっていた。そしてその手は、彼女の胸を鷲掴みにしていた。 沈黙。隼人は顔をこわばらせて言った。 「ど、どうも……」 「きゃああああああっ!」 悲鳴と共に少女に蹴り飛ばされ、隼人は尻餅をつく。 「変態! 痴漢! なんなのよ、あんた!」 「ちょ、ちょっと待ってくれ、誤解なんだ!」 少女は涙をにじませながら、地面においてあった何かを拾った。 隼人はそれを見て、ぞっとした。 「ここまでやっておいて、なにが誤解なのよ! 斬り刻んでやる!」 少女が手に取ったのは、西洋風の剣であった。 「お、おい、待てよ! なんだよソレ!」 「問答無用!」 少女は剣を鞘ばしらせた。 太陽に照らされ、刀身がぎらりと輝く。 隼人はかつて祖父の家で見た、日本刀のことを思い出した。 間違いない、あれは真剣だ。 「やめろって、おい! そんなもん人に向けていいと思ってんのかよ!」 「うるさい!」 少女は剣を袈裟がけに振るった。 隼人はすんでのところでそれをかわす。 とにかく逃げなければ。隼人は背を向けて走り出した。 ◆ 「待て、この変態!」 森野真矢似の少女に追いかけられながら、隼人は森を進む。 さっきからなにがなんだか、訳がわからない。 ひょっとして夢だろうか。だとしたらなんて悪い夢なのだろう。……いやでも、剣を向けられるまでは……。 「待ちなさい!」 少女の声が思考を遮った。同時に、さっきと同じばちばちという音が聞こえてくる。 次の瞬間、隼人の走る先にある木々に火花が走り、倒れてきた。隼人は思わずそこでストップしてしまう。振り向くと少女が剣を構えていた。 「観念しなさい」 「だから、話を聞いてくれって!」 少女が剣を突く。隼人は体をずらしてそれをよける。 剣道の竹刀とはわけが違う。体で受けたら大けがするだろう。 「ちっ! ちょこまかと!」 「やめろって!」 隼人は必死で少女の剣をかわす。 だが、どうにも不思議だった。 なぜだか、太刀筋に見覚えがある。小手、面からの、フェイントを入れた引き胴。 そうだ、森野真矢。彼女にそっくりだ。 「森野、もしかして森野真矢なのか!?」 少女は一瞬手を止めた。 「モリノ? どうして私のマヤって名前を知ってるのか知らないけれど、混乱させようったって無駄よ」 マヤは剣を正眼に構えた。 どうやら人違いらしい。だが、このマヤと森野真矢の顔と、太刀筋が同じなのは確かだ。 隼人は、なぜか少し笑みを浮かべた。 「だったら、やりようもあるってもんだ」 「せやっ!」 マヤが間合いを詰める。 隼人はそれを見た瞬間に判断する。胴があく。 隼人は突進し、マヤの開いた腹に向かってタックルをかました。マヤは意表をつかれて倒れ込んだ。 マヤが手放した剣が、ざしと音をたてて地面に突き刺さった。 「くっ……す、好きにしなさいよ」 またしても押し倒された格好になったマヤは、悔しそうに横を向いた。隼人はすぐに立ち上がって手を広げた。 「な、なにもしねーよ! まったく、いきなりこんなもんで襲いかかってきやがって」 隼人は剣を引き抜いた。結構重い。やっぱり本物だ。物騒なので、マヤの手に届かない方向に投げ捨てた。 マヤはそれを見て、意外そうにした。 「変態の痴漢なのに、襲いかかってこないの?」 「だからー、それは誤解だって……」 その時、草むらからがさがさと音がした。二人はそちらを向いた。 熊のような、毛むくじゃらの化け物がそこに立っていた。 「な……」 隼人は言葉を失った。熊? 似ているが、違う。何よりも熊よりも大きく、腕が鳥の翼のようになっている。化け物は敵意をむき出しにして、真っ赤に輝く瞳をこちらに向けている。 「オウルベア……どうしてこんなところに!?」 マヤが驚いた様子で言った。 「な、なんなんだよ、こいつ。ちょっとふつうじゃないぞ!」 「確かに変ね。こんなところにモンスターが出るなんて」 「モンスター? な、なんだよモンスターって」 「気をつけて、来るわよ!」 オウルベアは大きなうなり声をあげて、こちらに突進してくる。 隼人は恐怖とパニックで身動きすら取れない。 眼前まで迫ったところで、オウルベアの顔面に火花が走った。 マヤがまた電撃を放ったのだ。 「なにやってるのよ、逃げるわよ! 二人で勝てる相手じゃないっ!」 オウルベアがひるんでいるすきに、マヤは隼人の手を取り、駆けだした。 「なあ、おい、説明してくれ! 一体ここはどこなんだ! 一体なにが起こってるんだ!?」 走りながら隼人が叫ぶ。すぐ横を走るマヤは不思議そうに彼を見る。 「あんたこそなんなの? さっきからちょっとおかしいわよ」 「おかしくもなるよ! 真矢が金髪で、電気を撃って、剣で襲いかかってきて、果てにはモンスターだって!? どうしちまったんだよ俺の頭!?」 マヤの頭にハテナマークが浮かぶ。しかし彼女はすぐにかぶりをふった。 「落ち着きなさい。とにかく、こうなったからには協力しましょう。剣もなくなっちゃったし、逃げることしかできないけど……オウルベアの足は遅いから、なんとかなるはずよ」 「ほんとかよ?」 「大丈夫よ」 その時、すぐ先の草むらが揺れた。 オウルベアだ。 マヤの表情が変わった。 「……囲まれたりしなきゃ、の話だけど。右に曲がって!」 二人はオウルベアを左手に見ながら右に曲がる。 がさ。また草むらがゆれる。嫌な予感がした。 またしてもオウルベアだ。 「嘘でしょ!?」 マヤが足を止めて叫ぶ。 二人はオウルベア三匹に囲まれてしまった。 |