IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
18.「聖域の塔 運命の始まり」その4

 おかしい。

 ロバートがそう感じたのは、能力を手に入れて初めてのことだった。
 周囲の時間が止まったかのようにして、彼は超スピードで脳をフル回転させ始めた。

 不思議なことにこの「矢」の力は、相手に攻撃が当たったことを実際に感じることができる。
 普段弓矢を使っていても「手応え」のようなものを覚えることはあるが、この「矢」の能力は、実感として当たったかどうかがわかるのである。現に先ほどのビンスや魔王軍の新手に当たった「矢」は、現在も彼らに刺さりっぱなしなのが、ここにいてもわかる。
 そしてこの現在の相手、グランに最初に攻撃がヒットした時も、それを感じた。

 だが。

 ハヤトの攻撃に合わせて撃った今の「矢」は、当たっていない。
 あれだけの密度で放ったにも関わらず、だ。

 煙で見えないが、奴は最後の攻撃を、かわしたのだ。

 すぐにシェリルが言っていたことが脳裏に浮かんだ。

『魔王軍は、移動魔法を自由に使えると言いますから』

 そうだ。移動魔法は魔王軍がベルスタを襲撃した日から使えなくなったが、魔王軍だけは違う。
 奴は移動した。

 なぜだ?

 もちろん攻撃をよけるためだろうが、それならば、とっくに反撃が来ているはずだ。やすやすと使っていないところを見ると、“魔力”の消費が激しいことは間違いない。おいそれとは使わないはずなのだ。

 何か、目的がある。
 そして彼は、ある考えに至った。


 この部屋に来た時、グランは何をしていた?



 そうだ。自分が、もっとも恐れていたこと――。



「ミランダッ!!」


 ロバートは彼女の方を見る。
 グランが、ミランダの背後に立っているのが見えた。
 彼は、一振りの長剣を手にしている。


 奴はミランダの能力を、知っているのだ!



 ミランダが気づいた時には、グランの持つ長剣が、すぐ目前まで迫ってきていた。
 とっさにかわそうとしたが、体に痛みが走って動けない。まだ、さっきの傷が完治していない。

 避けられない――。

「少しばかり遅かったな」

 グランは彼女に向けて、長剣を突いた。

 ミランダは思わず目を閉じたが、その瞬間、体をどんと押された。


「が、はっ………!」


 乾いた声と共に、ぽとりと、血が垂れた。


 ロバートの胸に、長剣が突き刺さっていた。



「えっ……」

 起きあがったミランダが、思わず言った。
 これまで想像したこともない光景が、目の前に広がっていた。

 ロバートの体に、剣が突き刺さって――。
 体から、血がどろどろと垂れている。
 彼の胸を貫いた刀身には、べっとりとその血が付着していた。

「ちっ……お前じゃねえ。いったいどうやって今の一瞬で移動して来やがった」

 グランは面倒そうに言うと、剣を引き抜いて彼を蹴りとばした。
 体がら血が吹き出て、ロバートは力なく倒れた。

「えっ、なんだよ、これ……」

 ミランダは、声を震わせた。
 グランはもう一度剣を彼女へと向けたが、すぐに電撃を散らしながらマヤが現れ、それを阻んだ。

「シェリルさん、すぐに回復を!」

 マヤは「翼」を生やし、つばぜり合いをしている状態のまま、グランを宙に連れて行った。

 シェリルは、倒れたロバートにすぐさま回復魔法をかける。
 ミランダはそこでようやくはっとして、その体にかけよって叫んだ。

「ロバート! ロバートしっかりしろ!」

 だがシェリルは、回復をやめた。

「おいシェリル、何やってんだ! 続けろ!」

 シェリルの顔は蒼白していた。

「どういうこと……? “魔力”を、感じません。心臓を貫かれていても、“魔力”が全て放出されるまでは時間がかかるのに……。も、もう……ロバートさんは……」

 ロバートの胸部から、血がどろどろとあふれ出てくる。
 ミランダは必死に、それを止めようと試みる。
 彼の体はぴくりともしない。

「バカ言ってんじゃないよ! いいから続けろ! おいロバート、ふざけんな! ふざけんじゃねえぞっ! 起きろ、起きろおっ!!」

「無駄だ」

 空中でマヤとつばぜり合いを続けていたグランは、ふっと姿を消した。

「この剣は、ソルテスの『ゼロ』を使って何ヶ月もかけて構築したものだ。刺さったら最後、一瞬で生命力を抜き尽くす。一撃必殺って奴だな。まあ、一人分で使い物にならなくなるが。さあどうする、勇者」

「ロバートさん!」

 ものすごい形相をして、ハヤトがミランダたちの元へとやってきた。

「シェリルさん、回復は!?」
「今、あるだけの力でやっています……でも……」
「そんなっ!」

 ロバートの顔を見やる。
 生気がない。それどころか、顔も真っ青になっており、もう死んでから何時間も経ったのではとすら思えた。

 ハヤトの顔は絶望にひきつった。

 あっては、ならないことだ。

「剣よ、『蒼きつるぎ』よ! 出ろ、出てくれ! 今ならきっと、こんなダメージ『破壊』できるんだ! 出やがれちくしょうっ!」

 グランはそんな彼を見つつも、背を向けて言った。

「ターゲットは変わっちまったが、終わったぞ。ソルテス」
「ありがとう、グラン」


 部屋の中央に、紅い髪の魔王が現れた。


「ソルテス!」

 コリンが攻撃を試みたが、ソルテスは指をちょい、と持ち上げた。それだけで、コリンの体は壁へと叩きつけられていった。
 ハヤトは、立ち上がって声を上げた。

「ユイっ! 『蒼きつるぎ』の力を、返してくれッ! 今ならまだ間に合うかもしれないんだっ!」

 ソルテスは目を細め、ふうと息を吐いた。

「まだわからないの、勇者。『冒険』はもう、終わったの。勇者と魔王は、殺し合うんだよ。私たちの未来は、殺し合いしかないって、言ったよね。それと……『つるぎ』の力が戻ったところで、その男は生き返らない。その男は、私たちが殺した」

 ハヤトの目元から、涙がこぼれる。

「なんなんだよ……ワケがわかんねえよ! どうしてこんなことをする必要があるんだっ! 答えろ、ユイッ!」
「――失った全てを、取り戻すため。憎むなら憎め。私はソルテス。魔王、ソルテスだ……。ここでお前ら全員を、殺す」

 ソルテスは手を上方へ掲げ、「紅きやいば」を呼び出す。
 彼女の瞳が紅く輝き、体全体へと広がる。

 同時に、彼女を囲むようにして、何人かの男女が現れた。

「なあ、まだ俺は誰も殺してねえぞ」

 巨漢、ミハイル・テツナーが腕を組む。

「あなた、何も理解してませんのね。これだから野蛮人は」

 ウェーブのかかった長髪の魔術師、レジーナ・アバネイルが薄く笑う。

「会いたかったぜハヤト。君をブッ殺すのを、ずっと楽しみにしていた。この傷を見ながら、毎日心待ちにしていたよ」

 緑髪の剣士、リブレ・ラーソンが頬に刻まれた傷をそっと撫でる。

「ロバートは死んだようだね。残念だ、僕が殺せなくて。さあハヤト、最後のカードを切るなら早くしなよ」

 傷だらけのビンス・マクブライトがほほえむ。

「俺たちは」

 最後にグラン・グリーンが先頭に立った。

「俺たち魔王軍は、世界を破壊する。そして全てを、取り戻す! ハヤト、お前たちにはそのための礎になってもらう!」

「てめえら……」

 ハヤトの中で、ぷつん、と何かがはじけた。


「てめえらああああああっ!!」


 彼の体に、輝く亀裂が走る。
 ソルテスは、それを見てにやりと笑った。

「よくも! よくもロバートさんを! お前らだけは、絶対に許さねえ! お前らがそのつもりなら……殺してやる。一人残らず殺してやるぞ!」

「ハヤト君!」
「ハヤトさん!」
「ハヤトっ!」

 仲間の声は、もはや彼には届かない。
 ハヤトの体に刻まれた亀裂から、紅い“魔力”が吹き出した。

 ビンスがそれを見て口角を上げた。

「殻が、破れたねえ」

 ハヤトは悲鳴に近い叫び声を上げながら、体中からこみ上げる力を全て解放する。

 彼の体を突き破るようにして、紅い大剣が姿を現した。
 ハヤトは、それを両手に取って、大きく振りかぶった。

「ソルテエエエエスッ!」

「来るぞ! 全員、タイミングを逃すなよ!」

 グランが指示を出すと、魔王軍一行は、手を広げて“魔力”を展開する。

「来い、『レッド・ゼロ』。俺たちの世界を破壊した悪魔よ!」
「おおおおおおおおッ!!」

 ハヤトが剣を振り切ろうとした、その時であった。

「――全く、つまらない展開ね。全部予定調和じゃない」

 一人の少女が、彼の目の前に立った。

 マヤが、声を上げた。

「ルーちゃん!?」

 ビンスが目を見開いた。

「来た……!」

 ルーは、意地悪げににやけながらハヤトに抱きつき、魔王軍に向かって言った。

「悪いけどこの子、しばらく預かるから。ここからは予想のできないゲームになるわよ。せいぜい楽しんで、にせ魔王軍のみなさん」

 グランがその声を聞いて、血相を変えた。

「貴様……まさか!?」
「おおおおおおおおおッ!!」

 ハヤトの叫びと共に紅い輝きが、部屋を包んでゆく。
 十字を象った“魔力”の塊が、広がっていった。

 針のようにして真上に突きだした塊の上部が、塔の頂上に浮いていた宝玉を破壊する。

 そして、そびえ立つ塔が、割られるようにして切り裂かれた。
 部屋全体がぐらりと揺れたところで、ハヤトの意識は失われた。


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