IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
18.「聖域の塔 運命の始まり」その3

「ちっ、よけやがったか。スピードはまあまあだな」

 砂煙を払って、ミハイルが言った。
 その胸ぐらを、ビンスが掴む。ロバートにやられた腕はすでに復活している。

「おい、肉ダンゴ! なんてことをしてくれたんだっ! どうして勇者をここに連れて来た!」
「……お前、誰だっけ?」

 ビンスは怒りを露わにして舌打ちすると、彼を解放した。

「低脳が……。全く、ふざけている。こんなバカみたいなタイミングで、ロバートが『ブレイク』だと……」

 砂煙が散る。そこにはロバートが立っていた。
 彼の傷は、ほとんどが消えていた。

「同感だ。だが神様も捨てたもんじゃねえ」
「僕のかわいいドールたち! そいつらを蹴散らせ!」

 ビンスはドールを六体ほど召還し、彼に向かわせる。
 対して、ロバートは手を広げた。

「不思議なもんだな……やるべきことがわかる。こいつは、俺たちが前に進んで行くための力。俺が進むということは、ハヤト君が進むということだ。こいつは……」

 彼の手元に“魔力”が集中し、握った手と手の間に、淡い緑色に輝く光が現れた。光は矢を象った。

「君のための『矢』だ!」

 ロバートが右手を開くと、“魔力”の矢が発射される。
 矢はドールの元まで一瞬にして向かうと、その場ではじけて複数の矢に分裂した。

 矢はどかどかどか、と激しい音を立てながらドールを次々と串刺しにし、地面へと張り付けた。さらに飛行中の数本が分岐し、一本はシェリルを拘束していた障壁へと刺さり、彼女を解放した。残りは、ビンスとミハイルの方へ向かう。

「ちっ!」

 ビンスは横にそれてそれをかわしたが、矢はさらに分裂して彼の右腕に突き刺さった。矢は立て続けに分裂し、次々と彼を襲う。

「ぐあああっ!」

 ミハイルは避けもせず、それを腹に受けた。

「チイ……」

 矢が分裂し、全身に突きささる。ミハイルは身を守るようにしてそれを受け止めたが、衝撃で壁にぶち当たりながら通路の先に吹き飛ばされていった。

「す、すげえ、なんだあこりゃ。とんでもねえな、『ブレイク』能力ってのは」

 能力を使った本人であるロバートは、口をあんぐりとあけた。
 ハヤトがロバートに問う。

「ロバートさんたちはビンスと……大丈夫ですか?」
「あ、ああ! ありがとよハヤト君。どうやら『ブレイク』したおかげで助かった。ミランダたちには会ったかい?」
「いえ……。俺たちはさっきのごつい奴と戦っていました。あいつもかなりの強さです」
「そうか、じゃあ急がなきゃな。ビンス! ハヤト君の『蒼きつるぎ』の能力をはやく返しやがれ! そうしたらその『矢』から解放してやるぜ」

 ビンスは「矢」の攻撃を受けながらも、笑う。

「言ったろ……僕は奪った訳じゃない……! ハヤトのためを思って封印したんだ……ま……それでも取り戻したいなら、ソルテスちゃんのところまで急ぐことだね……! ミランダは今頃、どうなってるかな? たぶん彼女……死ぬよ。グランが行ったからね……」

 四人は、顔を見合わせる。

 ほぼ同時に、マヤが走り出した。

「待て、マヤ!」

 ハヤトが追いかける。シェリルもそれに続く。
 ロバートはビンスに、静かに言った。

「しばらく、それを食らってやがれ。じきに姉御を連れてくるからよ」

 ビンスはそれを聞いて、狂ったように笑った。
 ロバートは不気味に感じつつも、ハヤトたちの後を追った。

 ビンスは、彼が去ったあとも、笑っていた。
 いつまで続くかもわからない攻撃を受けながら、笑っていた。

「ははは……『ブレイク』人数は、これで最低でも五人……『レッド・ゼロ』への駒は、間違いなく揃った。これでようやく、始められるんだ……ははは……!」



 鎧をまとったミランダは、思わず声を上げた。

「なっ……!」

 自分の槍が、すでに燃え尽きて持ち手以外がなくなっていた。
 すぐ目の前に、グランが立っていた。

「なるほど、やはり貴様はブレイク能力者。そして能力は『“魔力”そのものの否定』ということになるようだ」

 ミランダは、バックステップして距離をとる。同時に「鎧」の力が限界時間に達し、消滅した。
 わけがわからない。
 なぜ、今の一瞬で槍が燃えた? 攻撃は確かに当たったはずだ。
 そして、どうして今のやりとりだけで、自分の能力が理解できたのだ。

「さ、さあね」
「隠す必要はもうない。お前の能力は後々面倒になりそうだ。最初に殺すのはお前にしよう。『レッド・ゼロ』の礎になってもらうぞ」

 グランはローブを投げ捨てる。
 動きやすそうな黒い衣装が現れ、ローブは空中に消えた。

 ミランダは即座に「鎧」を装着する。
 だが、瞬時にしてグランは彼女の首を掴み、壁へと押しつけた。

「ぐっ!」
「ミランダッ!」

 コリンが「糸」を発動させ、鎖が地面から現れる。先ほどよりも力を込めたようで、その太さは倍以上になっている。

「グラン、やめて!」

 コリンの鎖がグランの体じゅうに巻き付く。だが、グランはそれをものともしない。

「焦るんじゃねえよ。こいつが死んだら次はお前なんだからな」

 ミランダは必死に抵抗するが、グランの手はふりほどけそうになかった。
 グラン・グリーンは魔術の使い手ではなかったのか。
 「鎧」の力が及ばないところを見ると、“魔力”を介しているわけではないらしい。
 彼の能力の全容が、全く理解できない。

「強すぎる……ね」
「ほう、この状況で口が利けるか」
「おめーらは……強くなりすぎたんだろうな……。でも、その強さに誇りがなかった。だから、世界をぶっこわすとか、そういうバカな戯れ言でしか自分を保てなくなっちまったんだ」

 グランは無表情だったが、それを聞いて力を強めた。
 壁にヒビが入り、ミランダは苦しそうに声を上げる。
 しかし、彼女はそれでも、続けた。

「全く同情するぜ……! そんなご大層な名目を掲げなきゃ、行動ひとつ起こせねえ……。強さってのはな、もっと誇り高くて、自由なモンなんだ。確かに世界を壊すってのも、ひとつの強さの到達点なのかもしれねえ……。でもよ、それじゃ、何も残らねえし、残せねえ。おまけに他人に迷惑までかけやがる。それでてめーらは満足するのかよ……」
「おい、女」

 グランの瞳が、どんどん冷めていく。

「それ以上ほざいたら、殺し方を変えるぞ」

 ミランダは、歯を見せて笑った。
 息もほとんどできない状態でありながら、笑ってみせた。

「ははは……! はははは……!」
「笑うな」
「これが、笑わずにいられるかってんだ。お前らには誇りがねえ。そして満足に向かってねえ……! 魔王軍は大馬鹿野郎の集まりだ」
「黙れ……!」

 グランはミランダの首を掴んだまま投げ捨てた。
 尻餅をついたミランダは、その場でまた笑った。グランは、彼女の元に歩いてゆく。もはやミランダに動ける力は残されていない。

「女、俺たちが満足に向かっていないと言ったな。そして誇りがないと」

 グランは、まっすぐな視線をミランダに投げかける。ミランダは力なく膝をつきながら、彼をにらんだ。

「ああ」
「俺たちが言っていることが戯れ言だと、そう言ったな」
「……ああ」
「本当に、そう思うのか……。なぜお前たちが仲間を失うほどの苦労もなく、ここまで来られたのか、考えたことはなかったのか? なぜお前たちはいつも、最後の最後で命をつないだ? なぜ魔王軍は、お前等に追撃を加えなかった? お前たちは本当に、強くなったことでここにたどり着いたのか?」
「……? 何を言ってやがる」
「死にゆくお前に、一つだけ教えてやる。俺たちは誇りを持ち、共通した目的のもとで今、お前たちをここまで導いた。俺たちの目的を果たすためにだ」
「なにっ……?」

 グランはミランダのあごを蹴り上げた。上空にとばされた彼女の上方には、すでにグランがいた。

「お前らは、俺たち魔王軍のために、今ここにいるのだ!」

 グランはミランダを殴り、地面に叩きつける。「鎧」を装着して魔法に備えたミランダだったが、打撃攻撃に対して「鎧」はほとんど無力である。彼女は血を吐いた。

「そして、今ここでお前が死ぬことが、俺たちの誇りであり目的だ!」

 マウント状態を取り、グランは見えないほどのスピードで拳を連打してミランダを殴り続ける。コリンが必死にくい止めようと試みるが、もはや彼女の能力はグランに対し完全に無力であった。

「さあ、あと何秒で死ぬだろうな。いかにも喧嘩が好きそうなお前らしい最期だとは思わんか?」

 攻撃を受けながら、ミランダは改めて思った。

 この男には付け入る隙がない。あまりにも強すぎる。
 状況をひっくり返せるだけのカードは全て切った。それでも、全く届きすらしなかった。

 さすがに、終わったかもしれない。だが、戦って死ぬのなら本望だろうか。
 ハヤトのやつに、何にもできなかった。大好きだったのに……というかか、大好きだったから、何もできなかったのだろうか。
 仲間たち……特にコリンとは、これからなんとなくわかりあえるような気がしていたのに。
 そしてなにより、ロバート。あいつに何と言えばいいんだ。

 自分が世界で最強じゃないまま、終わるだなんて。

 まだ、まだ死ねない……!

 ミランダは、必死にグランの拳を捕まえようと試みる。
 グランは涼しい顔をしながら、殴打を続けたが、ミランダの「鎧」に、小さく輝く亀裂が入ったのを見て、表情を変えた。

「ちっ、『セカンドブレイク』の片鱗が見えてやがる。戦士としての素質は一流だったというわけか。だが、もう遅い。このまま死ね!」

 グランが腕を振り上げたその時。

「『ライトニングブースト』ッ!!」

 マヤが、その手に向かって飛び込んだ。



 グランの腕を取ったマヤは、勢いのまま床へと転がった。

「兄さん!」
「またお前か……。どうやらミハイルのバカをやり過ごしたらしいな」

 彼女の手をどけたグランは宙に浮き、続けて部屋に入ってきた勇者一行を見据えた。その顔めがけ、薄い緑色に輝く「矢」が飛ぶ。

「てめえ、うちのミランダになんてことをしてくれやがったんだ!」

 ロバートは「矢」を連射する。
 グランはそれを受け止めようとしたが、矢が目の前で分裂するのを見て、すぐさま地上へと降りてかわした。

「『ブレイク』能力か……?」

 グランは走りながら飛び回り、それらを避け続ける。

 その間に、シェリルとハヤトがミランダの元へと駆け寄った。

「大丈夫ですか、ミランダさん!」

 シェリルが回復魔法をかけ始める。
 傷だらけのミランダは、弱々しく笑った。

「へっ、かっこ悪いところ見せちまったね……。でも、アタシのことよりも、あいつに集中したほうがいい。ハヤト、『蒼きつるぎ』は?」
「まだダメです。ビンスに会うことはできたんですが……」
「くっそ、ヤバいね……。注意してくれ、あいつの能力はアンバーが言ってた内容とはまるで違うみたいだよ」
「どういうことです?」
「あの男は消えない炎の魔法を使うわ」

 同じく駆け寄ってきたコリンが言った。
 ハヤトは首をかしげる。

「炎……? あいつの得意魔法は、マヤと同じ電撃だったはずだろ」
「でも、それが事実。原理はわからないけれど、一瞬にしてミランダの体を炎に包んだの」
「ああ。あいつが使っているのは火炎魔法だ。でも、使う瞬間が全く見えねえ。気づいたら燃やされてたんだ」
「どういうことだ……?」
「確かに兄さんが得意なのは電撃魔法よ。でも『ブレイク』の力で先天属性が変わったのかもしれないわ」

 紫電を手に取るマヤが“魔力”を練り、周囲に電撃を発生させた。

「どちらにせよ私は、兄さんの記憶を取り戻す!」
「よし、やろうマヤ! ミハイルたちがここにくる前に、とにかく全員でグランを戦闘不能にするんだ!」

 ハヤトは「剛刃」を発動させ、マヤとともに走っていった。

「その『矢』はお前に当たるまで飛び続けるぜ! 絶対必中だ! お前はもう、逃れられねえ!」

 ロバートはさらに「矢」を放つ。

 グランは分裂を続けながら全方向から向かってくる矢をよけきれず、何本かが右足に突き刺さった。

「ちっ!」

 突き刺さった「矢」がさらに枝分かれするようにして彼の右足全体に刺さる。
 ロバートが叫んだ。

「今だ、頼むぞみんな! きっとこの『矢』はみんなには当たらねえようになってるっ!」

 マヤが火花を散らしながら加速する。コリンは、「糸」を編み込んで大きな手を作りだし、ハヤトを投げ飛ばした。

「兄さん……目を覚まして! 『ヴォルテクス・ブレード』!」

 マヤは巨大な雷をまとった紫電を、グランに向けて振り切った。ドン、ドンと続けざまに電撃が放出され、彼を襲う。

「記憶さえ、元に戻ればっ! おおおおっ! 『剛刃破斬』!」

 立て続けにハヤトが、“魔力”で具現化した大剣を叩きつける。「蒼きつるぎ」には及ばずとも、大きな“魔力”の爆発が起こり、辺りに煙が立ちこめた。

「こいつでトドメだ! いくぜえええっ!」

 ロバートが“魔力”を込め、先ほどまでよりもより大きな「矢」を生成して放った。矢は曲線を描きながら分裂し、次々とグランの元へと飛んで行った。

「ん……!?」

 この時ロバートは、言いようもない違和感を感じた。


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