IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
18.「聖域の塔 運命の始まり」その2

 炎に包まれたミランダは地面に倒れ込み、声を上げてその場に転がった。

「ぐああああッ!」
「ミランダ!」

 コリンがかけより、バッグに入っていた外套で彼女をはたいた。
 ミランダはがなりたてるように叫んだ。

「戦闘中だ! 奴の追撃に備えろッ!」
「で、でもっ!」

 しかし当のグランは、腕を組んだままそれを見ている。
 彼は後ろを向いて言った。

「別にいいよ。その炎、どうやっても消えねえから。そいつが死ぬまで消火作業、がんばれ」

 コリンはその後ろ姿をにらみつつも、必死に外套で彼女の体についた火を消そうと試みる。
 だが、彼の言う通り、炎は消える気配すら見せない。風が当たっているはずなのだが、それに影響されてゆらめいたりしないのである。
 消すどころか、外套に炎が燃え移ってしまい、コリンはそれを投げ捨てた。

 普通の魔法ではない。

 ミランダは体を焼かれる苦しみに耐えながら、地面を叩いた。
 奴の魔法が出る瞬間を逃したのか。
 それとも、時限装置がある罠のような魔法だったのか。
 どちらにせよ、してやられてしまった。
 こうなってしまっては、もう能力を使わなければ命が危ない。

 幸い、グランは今、後ろを向いている。
 「どうやっても消えねえ」炎とやらの力を信じて、油断しているのだ。

 今だ。今しかない。 
 今できる、全ての力を込めて攻撃するしかない。

 ミランダは痛みをこらえながら、足に力を込める。
 体が光り、「白銀の鎧」が炎を吹き飛ばしながら彼女の体に装着される。
 ほぼ同時に、地面を蹴って猛烈な勢いで突進した。

「おおおおおおッ!」

 一瞬にして距離が詰まる。

 ミランダの槍が、グランの背中を捉えた。



「ぐっ……」

 ロバートは、折れた弓を地面に突き立てながらなんとか立ち上がった。
 その顔は腫れに腫れ、もはや元の顔がわからないような状態になっていた。
 息は荒く、地面には彼の血しぶきが滴っていた。

「おいおいロバート、もう息切れかい? そんな体たらくでよくもまあ、ミランダを助けるだなんて大見得切ったもんだね」

 彼の目の前には、大笑いしながら彼を見るビンスがいた。すぐ隣にはドレスを着た「ドール」が控えている。その腕には、ロバートの血液が大量に付着していた。

「へっ……助けるどころか嫌われっぱなしのお前に言われたくねえ、よ」

 ロバートは途切れ途切れに言った。

「ロバートさん、逃げてっ!」

 すぐ近くに、シェリルが立っている。周囲には半透明の障壁が展開され、彼女を閉じこめていた。
 ビンスはそれを聞いて、表情を変えずに言った。

「巨乳のお姉さん。僕もね、そこが見たいんだよ。傭兵時代から正義漢気取りのこの男がさあ、仲間を見捨てて、しっぽを巻いて情けなく逃げるところ。なあロバート。きみ、状況分かってる? このままだと、間違いなく死ぬんだぜ? それとも『ブレイク』の加護を受けていない奴が、僕に勝てるとでも思ってる? だから早く逃げよう。逃げちまおう。そんな安っぽいプライドなんて捨てちまおう」
「黙れ……よ」

 ロバートは、腰にくくり付けていた直刃の短剣を抜いた。

「ビンス……お前は、うちの姉御が絶対に許さねえってさ。だから、俺もだ。俺もお前を許さない。世界の危機がどうだとか、『蒼きつるぎ』がどうだとか、そんなのはどうだっていい。お前は俺たちをだましたんだ。だから、ぶっ飛ばす。それだけだ!」

 ビンスは黙ったまま、人差し指をくいとたてた。
 「ドール」が彼の元へと移動し、容赦なく殴り始めた。

「痛い? 逃げないと、続くよ」

 しかしロバートは、それを食らいながらもビンスの元へと走る。

 ロバートには、わかっていた。
 パーティが分断された状態で魔王軍と出会ってしまった以上、彼らの狙いははっきりとしている。

 彼らは確実にここで、自分たちを殺そうとしている。

 これまで彼らはなぜか、ハヤトを始めとした自分たち勇者一行に対し、戦力を分散させ、あえて手を抜いて戦いを挑んできていたようだった。
 きっと彼らには何か目的があったのだ。

 それが一体どういった事柄なのかはわからないが、おそらくは、その目的を達しつつあるのであろう。だからこそ、彼らは容赦なく自分たちを殺しに来ている。

 ビンスは逃げろ逃げろと言っているが、おそらく逃げ切ることはできない。進んだ先に障壁や罠が張られている可能性が高い。ビンスはそういうことに抜け目のないというか、むしろそういう部分に力を注ぐ男だ。

 この戦いは、もはや詰んでいるのかもしれない。

 それでも、できることはある。
 混濁した意識の中で、ロバートはそう考えていた。

 自分の体が、ダメージで動かなくなりつつある。

 それでも。

『簡単に、諦めるんじゃねえ!』

 従姉妹の言葉が、彼を動かしていた。

「おらああああっ!」

 ロバートは「ドール」を押しのけながら、ビンスの元へと向かう。彼はそれを見ても微動だにしない。

 それもそのはず、彼の周りには強力な「障壁」が取り囲んでいる。
 剣を突き立てたロバートだったが、その“魔力”の壁が無情にもそれをまっぷたつに折った。

 ビンスはにこりと笑う。

「ワンパターンだね。僕の障壁は何度も何度も見せたはずだけど。もう逃げる気力すら失っちゃったのかい?」
「諦めねえ……俺は絶対に諦めねえぞっ!」
「そんな思考停止の根性論で僕に挑もうなんて、本当に笑えないなあ」

 ビンスが指を弾くと、「ドール」がすぐさま彼を拘束する。

「ロバート、君は本当に頑固でどうしようもないね。どうやら死ぬしかなさそうだよ」

 彼はいいながら、「ドール」をけしかけて殴らせる。
 ロバートはその場に仰向けになって倒れた。

「はあ、はあ……」
「ロバートさん! ロバートさんっ!」

 シェリルが必死に叫ぶ。
 彼女は自分を隔離している障壁を壊そうと、必死に“魔力”を練っている。
 だが、ビンスの作る障壁は非常に強固なもので、反応すら示さない。

 ビンスはロバートの頭を蹴りつけ、腹を踏みつける。
 彼の手に“魔力”が集中する。

「じゃあ、そろそろ死んでもらおうか。じゃあね、ロバート。君といた傭兵時代は、本当に楽しかった」

 ビンスが魔法を撃とうと試みたその時。
 ロバートは出せる力全てを振り絞って起き上がり、その腕を抱き抱えるようにして掴んだ。



「……まったく、ふざけた男だ」

 部屋に轟音が響いてからしばらくして、倒れていたビンスがよろよろと立ち上がった。
 右腕部分から肩にかけてがなくなっていた。
 彼の表情は、怒りに満ちていた。

「魔法を撃つ瞬間に、障壁を展開してはね返すだなんて……お前に、そんな芸当ができたとはな」

 ビンスは対峙する相手をにらみつける。
 ロバートは、膝をつきながらも起きあがっていた。
 魔法でのダメージはほぼなかったようだった。

「ビンス、お前……俺の魔法のことをいつもバカにしてたよな……? それが、仇になったんだよ……。ハードなしごきに耐えたかいがあったぜ」

 残る手がなかったロバートは、この瞬間を狙っていた。
 彼の“魔力”もまた、秋の里での修行で何段階もレベルアップしている。
 しかし、ミランダと同様にそれを見せなかった。

 もちろん、うまくいくとは思っていなかった。自分の障壁が、ビンスの魔法に耐えられる確証などなかった。
 それでもロバートは、諦めなかった。
 その不気味さがビンスの判断を鈍らせ、彼を目の前で抹殺しようという考えに至らせたのだ。
 まさに死中に活を見いだした、ロバートのファインプレーであった。

「だが、状況は何も変わっていないぞ!」

 ビンスは片腕で「ドール」を動かし、彼を起きあがらせて空中に吊した。

「お前は僕を完全に怒らせてしまった……! もう絶対に許さない! 失われた世界の魔王や『ゼロ』のことなんてもうどうでもいい! 僕は世界以上に、お前を完全に破壊してやりたい!」
「……ビンス、一体何を言っている……?」
「ソルテスも、どうしてこんな手段を選んだのだろう。本当にくだらない! こんな奴、初っぱなに殺してしまえばよかったんだ! あのハヤトだってそうだ! どうして僕らがわざわざ、こうまでして、こいつらの旅をお膳立てしてやらなきゃならないんだっ!」

 ビンスは自分の腕を修復しながら、まくしたてた。
 すでに彼の左手には、さっきまでよりも大きな“魔力”が集まっていた。

「今度こそ死ね、ロバートッ!」
「ロバートさんっ!」

 磔にされたロバートは、思った。

 ここまでの戦力差がありながら、一矢、たったの一矢だが報いることができた。
 自分は、よくやったと思う。

 ミランダ、これでもういいんじゃないか?
 後はお前に任せて、行ってしまってもいいんじゃないか?

 かつての戦友たちの顔が浮かぶ。
 自分のミスで死なせてしまったホーク。あっちに行ったら謝ろう。
 自分なんかを庇って死んでいったデュラン。酒でも一杯おごろう。
 結局告白できないまま死に別れた、シャルロット。勇気を出して気持ちを伝えてみようか。
 みんなが、待っている。

『簡単に、諦めるんじゃねえッ!』

 ミランダ、すまん。もう無理だ。俺はやれるだけやった。
 お前を守るために、戦い切った。

『あんたは、いつもそうなんだね。ただ見ている。見て、くれている……』

 そうなんだよミランダ。結局俺には、それしかできないんだ。

 ミランダの顔が浮かんだ。

『でも、アンタはそれで、悔しくないのかい?』

 息が苦しい。
 出血が止まらない。
 涙があふれてきた。
 あふれて、止まらなかった。




 悔しい。



 ミランダのために命を捨てた?
 もう、自分は一度死んでいる?
 そんな事を言って、自分を押さえつけていたような気がする。

 悔しいさ。
 戦友に裏切られ、そして彼に何も制裁を加えられず、かと言って何も伝えられず、のたれ死に。
 大切な人も守れないで、ただ一人、消えてなくなる。

 そんなのは……。


「そんなのは、嫌だ……!」
「食らえーーーッ!」

 ビンスが攻撃を加えようとした、まさにその時だった。

 ものすごい音と共に、天井が崩れ落ちて来た。
 思わず、ロバートは上を見た。

 そこには、見たこともない屈強な男が一人。

 そして。

 勇者ハヤトとマヤが、彼の元に落ちて来た。

 ロバートがそれを目視した瞬間、彼の体に輝く亀裂が入った。
 彼はすがるように、しゃがれ声で言った。

「ハヤト君……! 俺は嫌だ! こんなところで、終わりたくねえっ!! だから……力をくれっ!」

 ハヤトは、その肩を掴む。
 ロバートの体を、「蒼きつるぎ」が貫いた。


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