IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
17.「ザイドの聖域」その2

 塔には大きな木製の門がついていた。

「これではっきりとした。ファロウのほこらをあんな風にいじったのは、やっぱり魔王だったんだね」

 ミランダが言いながら、塔を見上げる。
 夏の遺跡で戦った巨人よりも遙かに大きい。どこまで続いているのか、下からではよくわからない。

「で、ハヤト? どうするんだい? 妹さん、話が通じるようには見えなかったけど」

 ハヤトはしばらく黙っていたが、咳払いをして言った。

「……行くしか、ないな」
「待て、ハヤト君」

 ロバートが口を挟む。

「これは誰がどう考えても罠だ。あいつらはどうして、わざわざ俺たちに姿を見せた? 罠にはめるために決まってる」
「でも、これまでもずっと、そうだったわ」

 マヤが言った。
 まだ表情は暗いままだが、なんとか冷静さを取り戻したようだった。

「アンバーさんも言ってたでしょ。魔王軍には、きっと明確な目的があるのよ。……でも、だからってここで留まっていたら、何も始まらない。私たちは登るしかないのよ」

「そうね」とコリン。

「ソルテスたちが何を考えてるかなんて、もうわからないし、知りたくもない。でも、今ならこの戦いに決着をつけることができるかもしれないし、どちらにせよ私は、あの精霊のご神木を取り戻さなきゃ都に戻れない。あなたたちが行かないと言っても、私は行く。ねえ、シェリル」

 シェリルも決意を固めた表情で頷いた。

 ハヤトはそれを見て言った。

「話は決まった。俺もユイ……ソルテスがここにいるっていうのがわかっただけでも、進む価値があると思う。あいつさえ止めることができれば、この馬鹿げた戦いにもけりがつけられる。――行こう、みんな」

 全員が門に向かって歩き出す。
 ロバートが天を仰ぎつつも、つぶやいた。

「ま、それもそうだな。こんな話、今さらだったぜ」

 門が開き、ハヤトたちは塔の中へと入った。


 最初に見えたのは、赤い絨毯が地面に敷き詰められた部屋だった。
 開けた空間の先に、装飾の施された手すり付きの階段がついており、ドアが見える。
 部屋に照明になるものは見あたらないが、奇妙なほど明るかった。

「さしずめ、エントランスってところか」
「ここ、ヘンなの。さっきの塔と明らかに“魔力”の雰囲気が変わってるの」

 ルーの言葉に、ミランダがあたりをきょろきょろ見渡す。

「確かに……なんだか、さっき見た塔の幅より、部屋のほうが広い気がするね」
「“魔力”で作られた空間のようです」

 シェリルは“魔力”の珠を作りながら、周囲を伺っている。

「障壁に近い方法で、この塔の内部を作っているのでしょうか……何にせよ、けた外れの“魔力”がないとこんなことはできません」

 それは、ソルテスの力がいかに強大であるのかを物語っていた。

「こんなの、もう慣れっこだ。進もう」

 ハヤトの言葉に従い、全員が階段を登る。

「さて、一階攻略、と」

 ミランダが扉に手をつく。

「いちいち数えるのか、ミランダ? 少しは緊張感持てよ」
「うるさいね。アタシはこういうの、結構好きなんだよ。次に何が待ってるのか、ドキドキしないかい?」
「仮にその扉が即死級の罠だったらどうするんだ」
「死ぬ前にぶっこわす」
「お前にダンジョンを楽しむ資格はない」

 軽口を叩きながらも、ミランダは扉を開いた。


 先ほどの、エントランスが広がっていた。



「……どういうことだ?」

 改めてエントランスの中央に戻ってきたロバートが、つぶやく。
 ハヤトが一人で階段を登り、再度扉を開く。
 すると、塔の入り口の扉が同時に開き、中央部にいた一行の背後をみる形になった。

 エントランスの先には、自分の後ろ姿が、重ねた鏡のように無限に見えた。
 奇妙な光景だった。

 入り口と出口が繋がっている。

「こ、これさ……一回戻った方がいいんじゃねえ?」

 ミランダが空笑いしながら、ハヤトが閉じた入り口のドアを開く。

 エントランスの階段上部に繋がっていた。

「戻る道もなし、か……シェリルさん、何かわかりませんか?」

 シェリルは“魔力”の珠を難しげな顔で見ている。

「おそらく、障壁を使って空間を固定した上で、ねじ曲げているのだとは思いますが……はっきり言って完全には理解しかねます。魔法のエキスパートが百人以上集まっても、実行不可能な現象ですから……一体、どうやってこんなものを……」
「あの、魔王が持っていた紅い『蒼きつるぎ』……『紅きやいば』って言ってたっけか? 要するに、ハヤト君の力と同質のものなんだろうな。なあ、ハヤト君……」

 ロバートが言い掛けて、やめた。
 そう、ハヤトは今「蒼きつるぎ」を使うことができない。
 きっと、「つるぎ」があればこの障壁を破壊してしまって済むのだろうが……。
 そう思うと、ハヤトは悔しかった。

 やはり、この塔は罠だったのだろうか。

「よくわかんねえけど、“魔力”とか障壁がどうたら、って話なら、アタシが『鎧』を使ってみようか?」
「待てミランダ、監視されている可能性もある。あの力はまだ見せるべきじゃない。できる限りいろんなことを試してみよう。そこから活路が開くかもしれない」

 ロバートの提案に従い、一行はしばらく、その場を歩いたり、延々とループする階段を登り続けた。
 だが、解決策は見えてこない。

「だめだね。やっぱり同じ部屋を行き来してるだけだよ。ああもう、まどろっこしい」

 手すりにつけた傷を見て、ミランダがため息をついた。

「んー」

 そのとき、ルーが耳をぴくぴくさせながらうなった。

「ルー、何かわかるのか?」
「なんだか、もう少しでわかりそうなの。みんなで、ここをもうしばらく歩いてみるといいと思うの」
「おいルー、アタシたちゃさっきからそれを何度も続けてどうにもならないから、いまこうやって悩んでるんだろ」

 ルーはその返答とばかりに、「瞳」の力を発動させた。
 彼女の能力は、未来を予見することができる。ただし、たった数秒だけの話だが。
 ルーは文様の刻まれた瞳で、階段を見つめた。

「やっぱり、歩くべきだと思うの。まず、ミランダとコリンが並ぶの」

「なんで!?」
「やだ」

 二人とも即答したので喧嘩が始まりそうになったが、ハヤトが必死に彼女たちを押さえた。

「まあ、二人とも。ルーはこういう分野に関してはこのパーティで一番勘が鋭いし、能力もあります。……俺たちには時間がないんです。やれることをやってみませんか」
「ちっ、そんな目で言うなよな」
「……ハヤトが言うなら、仕方ない」

 ぶつくさいいながらも、二人は並び、階段を登っていく。

「ついてこいよ、デコッパチ」
「私はハヤトの指示に従ってるだけだから」
「ったく、口の減らない奴だね!」
「それはあなたのほう」
「んだと!? お前なあ、いい加減に」

 言い合いする二人がドアをくぐると、そのまま戻ってこなかった。



 ミランダ、コリンの両者が出口から消えたことを確認したハヤトが、声を上げる。

「……もしかして、うまく行ったのか?」
「そうみたい、ですね。何が原因なのか、わかりませんけど」
「“魔力”の相性なの」

 ルーが言う。

「ミランダは“魔力”が薄いけど火、コリンは水なの。相性、最悪なの」
「要するに、相性の悪い二人だったらこの障壁を突破できるってことなのか?」

 ロバートの問いかけにルーは首をふった。

「そういうことじゃないの。今いる七人を相性別に分けると、そうなるの。ロバートとルーは、木と風で、相性はまあまあなの。でも最高ではないの。ロバートの場合はシェリルの土と相性抜群なの。だから次は二人なの」
「ルー、説明がよくわからねえぞ」
「相殺、ですね」

 シェリルが言うと、ルーは今度は頷いた。

「そうなの。ぶつけあうか、いっしょにして、しょーへきを元に戻すの」
「……つまり、それぞれの人間が持つ生まれつきの属性をかけ合わせて、障壁の歪みを矯正するわけですね。なるほど、それだったらつじつまが合いますね」
「シェリルはよくわかってるの!」

 二人は頷きあっていたが、ハヤトたちにはさっぱりだった。

「でも、それだと一人ここに残ることにならないか?」
「心配ないの。ルーは風と相性のいい火と相性の悪い土を両方出せるの。二人とも光のハヤトとマヤが行ったあとで、ルーは一人で行くの」
「……大丈夫か? もしかして魔王軍の罠じゃないのか?」
「その話は、さっきしたばっかりなの。『俺たちは、進むしかない』って、ハヤトがかっこよく言ったばっかりなの」

 ルーはにっこりと笑う。
 ロバートはそれを見て、頷く。

「お前、こういう時は頼りになるよな」
「今更気づいても遅いの。ルーにはハヤトがいるの」
「わかってるって。よっしゃシェリルさん、そうと決まったら行こう。ミランダたちが待ってるぜ」
「は、はい」

 シェリルは若干恥ずかしがりながらも、階段を登って消えていった。

 それを確認してから、ハヤトとマヤが並ぶ。

「マヤ、大丈夫か?」
「ええ……」

 マヤは力なく言った。ハヤトは、あえてそれ以上声をかけなかった。

「ルー、待ってるからな」
「うん、二人が行ったらすぐ行くの」
「ありがとよ。お前がこのパーティにいてくれて、助かった」

 ルーは、それを聞いて真顔になった。
 が、その後きゅうに顔を赤くした。

「は、はやく行くの」

 ハヤトとマヤが姿を消したことを確認してから、ルーは、はあと息をついて、階段に足をかけた。

「さて、ここからどう出るのか、お手並み拝見ってところかしらね」

 ルーは“魔力”を展開させながら、ドアへと入っていった。



 ミランダとコリンのふたりは、石造りの通路を歩いていた。

「あーあ、どうしてこんなことになるかね、まったく」

 ミランダがけだるげに言う。コリンは無視して歩き続ける。

「ハヤトはどこ行ったんだろうなあ。おーい、みんなー!!」

 彼女の声はむなしく響いた。

 ループするエントランスのドアをくぐった二人は、気づけばこの通路に立っていた。
 一度は脱出を喜んだ二人ではあったが、二人の背後には出口がなかった。彼女らはは唐突にその場所にワープしたことになる。
 ならばと、続いてハヤトたちが現れることを期待したのだが、一時間、そして二時間ほど待ったところで、「おそらくパーティが分断された」という結論に至った。

「ルーのやつが悪いんだよ。アタシとあんたを並べて、どうしてあんな風にさ」
「私にイライラをぶつけないで。うざったい」

 とうとう、コリンが反撃に出る。

「これがソルテスたちの目的なら、奴らの思うつぼ。頼むから、黙って歩いて」
「これが黙っていられるかっての!」

 ミランダのイライラは頂点に達しつつあった。

「アタシはあんたとは違うんだよ! ハヤトといっしょにいなきゃならねえんだ! アタシはあいつと……」
「そう思うのなら、急ぐのが一番だと思う」
「あんたには、わからねえかもしれないけどなあ!」

 その時、通路の先から何者かが現れた。
 緑色の鱗をまとい、は虫類を思わせる外見だが、骨格はほぼ人間と同一。その手には剣を持ち、腕にはバックルをつけている。

 リザードマンと呼ばれているモンスターである。

 二人はそれを見るや、即座に戦闘態勢に入る。
 槍を構えたミランダがタックルをかけ、バックルを構えるリザードマンを壁に叩きつける。

 ミランダはリザードマンの右足に槍を突き刺すと、その場からステップして退いた。

 すでに、コリンが“魔力”の糸を重ね合わせ、大きな拳のようなものを作り上げていた。


「わかるよ」

 リザードマンが消え去ったことを確認したコリンは、唐突に言った。
 ミランダはきょとんとした。

「……何が?」
「あなたが、『わからねえかもしれないけど』って言ったこと。ハヤトには、手助けする人が必要。で……できれば私も……そうしたいと、思ってる……から」

 コリンはそこで、きびすを返して通路を歩いていってしまった。
 ミランダは、頭をぽりぽりかいた。

「さっきの戦闘、アタシら、何も言わずに連携したよな」
「うん。だいたいあなたの動き方は把握しているから、それに合わせただけ」
「なんつーか、アタシらってさ……いや、やっぱりいいや」
「うん、それが賢明。急ぐのが、一番だから」

 二人は通路を歩いていった。



「シェリルさん、右ッ!」

 ロバートが言いながら、矢を放つ。
 通路の中央にいたリザードマンは、それをバックルで防いだ。
 ロバートはそのすきに距離を詰め、リザードマンの盾と顔を掴んで壁に叩きつける。続いて腹を蹴りつけると同時に、距離を取った。

「今だ!」

 声に合わせ、シェリルが“魔力”を展開させる。
 衝撃波が起こり、リザードマンは壁を突き抜けて遙か下方へと落ちていった。

 ロバートはその穴をおそるおそる眺めた。
 霧の地帯の先に、春の都が見えた。おそらく、ザイド・ウィンターの中腹くらいの高さだろう。

「す、すげえ景色。いつの間にこんなところまで登ってきたんだ?」
「おそらく、“魔力”による空間転移で一気に移動させられたのだと思います。魔王軍は移動魔法を自由に使えると言いますから」
「全く、本当にめちゃくちゃな奴らだな……。とにかく、魔王軍の誰かとはち合わせないことを祈るしかないな」

 この二人も、ミランダたちと同様に一時間ほど待った時点でパーティが分断されたと判断し、通路を進んでいた。

 二人は、心なしか緊張した面もちであった。
 彼らは勇者一行で唯一「ブレイク」能力を持っていない。

 今、魔王軍に会えばどうなるのか。結果は火を見るよりも明らかだ。
 ロバートが言ったように、そうなる前に、パーティの誰かと合流せねば危険な状態なのである。

 そう考えると、言葉が出てこない。
 ひたすらに、こつこつと通路を歩く音があたりに響く。

「そ、そういえばシェリルさんってさ!」

 沈黙に耐えきれず、ロバートが奇妙なほど声を張り上げて言った。
 シェリルは驚きながらも返事をした。

「は、はい!?」
「最近、ミランダの奴によくしてくれてるよな。おかげで俺への暴力と負担が減ってるよ。どうもありがとう」
「そ、そんな……。そういえば、お二人はどういうご関係なんですか?」
「親戚だよ」

 ロバートは、ミランダと自分のことについて簡単に話した。
 二人は、ベルスタ王国・ファロウの町出身である。
 ある日、退屈な日常に我慢できなくなったミランダは、旅に出ることを決意した。ロバートはその旅に、半ば強制的に付き合わされることになった。
 たどり着いたある国で、彼らは傭兵を勤めた。ロバートは死にかけたところをミランダに救われたことにより、彼女にこれまでよりも絶大な敬意を払うようになった。
 数年経ったあと、傭兵業に飽きたミランダが、実家に帰ろうと言い出した。ロバートも賛同し、彼らは出身地へと戻った。その旅には、傭兵時代から何かと馬のあっていた魔術師がひとり、同行した。
 ファロウに戻ってからは、二人は魔王の島への扉を開く宝玉を守るほこらの見張りを始めた。
 その頃から、仲のよかったはずの魔術師とのそりが、だんだんと合わなくなっていった。

「今思えば、あの魔術師……ビンスは、最初からあのほこらのあるファロウに滞在することが目的で、俺たちに近づいて来ていたんだと思う。現に、本性を現したあいつは俺たちを殺そうとした。だから、許せないんだ。相談してくれれば、それがもし解決できない問題だったとしても、協力してやるくらいはできたかもしれないのに。ミランダはそこが許せなくて、この旅を続けているようにも見えるな。ま、もちろんハヤト君ありきだろうけど」
「ロバートさんは、ミランダさんのことをなんでもご存じなんですね。まるできょうだいみたい」

 シェリルが笑う。
 ロバートも、まんざらでもなさそうに頭をかいた。

「ま、まあね。ミランダはああ見えて、結構もろいところもあるんだ。だからそういう時、きちんと支えてやれる人がいないと、どこの誰に被害が及ぶかわかりもしねえ。その役目を、俺がやってるようなもんだね。ま、嫌な時もあるけどさ」
「そう、ですか……いいご関係ですね」

 シェリルが少しばかり思い詰めた表情をしたので、ロバートははっとして頭を下げた。

「あっ……悪い。今のは配慮に欠けた発言だった」

 シェリルはにこりとほほえむ。

「大丈夫です。私は意志を持って進むことを選びました。ミランダさんみたいに、もっと強くならなきゃ」
「……うちの姉貴分、ずいぶん慕われてるなあ」
「ええ。今度もっとあの人のことを聞かせてください」

 ロバートは笑顔を返した。

「ああ、いいぜ。無事にここから帰ったらね」

「――その話、ぜひ僕も聞きたいなあ」

 背後からの声に、二人が凍り付く。

「ロバート、相談なんて最初っから必要なかったんだよ。君に話してどうにかなる問題では、なかったんだからね」

 ビンス・マクブライトが、笑っていた。



 ハヤトとマヤの二人は、灰色の階段を登っていた。
 周囲は同色の壁に包まれており、外を見ることはできない。

「……あのエントランスを出てから、もう一時間は経つな。一体どこまで続いてるんだ、この階段は」

 ハヤトが腕で汗をぬぐう。
 返事は返ってこない。
 彼は足を止め、振り返って言った。

「マヤ。体調は大丈夫か。少し休憩しようか?」
「……大丈夫」

 マヤはハヤトに目も合わせず、暗い顔をしながらぼそりと言った。
 ハヤトは息をついた。

「ぜんぜん、そんな風には見えないぞ」
「大丈夫って言ってるじゃない……放っておいて」

 歩けど歩けど、変わらぬ景色。
 どこまで続くのだろうという不安。
 はやく仲間と合流しなければという焦り。
 いろいろな事情があるにはあったが、さすがのハヤトもこの言葉にはかちんと来たようだった。

「おい、俺は君を心配して言ってるんだぞ。そんな言い方って、ないんじゃないのか」
「心配される筋合い、ないわ。『つるぎ』が出せないハヤト君の方が、明らかに危ないじゃない。この間だって、きゅうに風邪引いたし」
「マヤだって魔王軍のグランを見てから、ずっとおかしいぞ! 何か魔法でもかけられたんじゃないのか」

 その言葉に、マヤが顔を上げた。
 表情は怒りに満ちていた。

「そんな訳ないじゃない! 兄さんが私に、そんな事するわけない!」
「言い切れるのかよ!? あいつらは街を襲うことに、何の躊躇もなかった! かつて守ったはずの春の都を、あいつらが守った時と、同じようなやり方で! ルドルフさんや、コリンや! シェリルさんたちの信頼を裏切ったんだ!」
「――っ!」

 その時、マヤの瞳から、ぽとりと涙がこぼれた。
 ハヤトはそれを見て、我に返った。

 注意していたはずなのに、つい言ってしまった。

「あ……その……」
「……わかってる。わかっているのよ。ハヤト君だって、私と出会った日以来、ずっとユイちゃんを追いかけてるんだもんね。何にも言ってもらえないまま……ただ不安なまま、知らない世界でこんな風に旅をして……。きっとハヤト君の方が、ずっとつらいはずなのに」

 マヤはぼろぼろ涙を流した。

「私が今、そんなあなたに迷惑をかけているのは、すごくよくわかっているの……。でも、私は……ハヤト君みたいに強くないみたいなの……。耐えられないの……たとえばこのまま兄さんと戦うことになったら、どうしうようかって……不安でしょうがないの……」

 嗚咽が漏れた。
 ハヤトは階段を下りて、彼女の背中に手を置いた。

「……ごめん、言いすぎた」
「私こそ、ごめんね……。兄さんが、あんな風に……まるで私を知らないみたいに振る舞うなんて、思ってなかったの。だから、取り乱しちゃって……」

 知らない風に、振る舞う。
 ハヤトはそれを聞いて、ふと思った。
 そう言われてみると、ユイも完全にそんな感じだ。

「そうだ……その通りだ……」
「……ハヤト君?」
「ユイのやつも、そうなんだ。ここに来た時のやりとりもそうだった。俺の知るユイとほとんど別人だった。マヤ……もしかしたら君の兄さんたちは」

 気づけばマヤは、ハヤトの顔を真剣にのぞき込んでいた。
 ハヤトはテンポをおいて、言った。

「昔の記憶を、失っているんじゃないか? それか、何かしらの理由で、記憶が書き換えられているとか。それなら、あいつらの行動にも辻褄が合う気がする」

 マヤの涙が止まった。

「確かに……」
「もちろん、推測にすぎないし、理由だってはっきりしないけど、もしそうだったとしたら」
「グラン兄さんも、ユイちゃんも……そして魔王軍の人たちも、元に戻るってこと……?」

 単なる、希望的観測だった。
 もしそれが真実だったとしても、解決策が見つからなければ、何も変わりはしない。
 だがそれは、現在の二人が意地でもしがみついていたいと思えるほどの魅力的な道筋だった。

「そうだよ、あり得ない話じゃない! もしそうなら、ユイを救って、魔王を倒して! 両方実現できる!」
「そ……そうよ! そうに決まってるわ! だって兄さんが、私を忘れるはずないもの!」

 ハヤトは、手を差し出した。

「マヤ、行こう! 君の兄さんを取り戻そう!」
「ええ!」

 マヤはすっかりと元気を取り戻して、その手をとった。

 その瞬間のことだった。階段の上方で、強烈な振動と共に爆発が起こった。
 突風が吹き込み、彼らは危うく階段を転げ落ちそうになる。

「なっ……なんだ!?」

 階段を、一人の男が降りてきた。

「一体、誰を救うって?」

 赤いローブで煙を払ったグラン・グリーンが、ハヤトたちを見下ろしていた。


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