IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
16.「再会」その3

 ドラゴンの上に戻ったビンスは、輝く“魔力”の玉を右の手のひらに作りだし、それをじっと見つめた。

「『ゼロ』のゆらぎが六回……こいつは思っていたよりも大きいな……ハヤトの成長率は僕らの予想より多少早いようだ……興味深い」

 ぶつぶつとつぶやきつつも、左手でドラゴンに“魔力”を送り込み、ビンスは街を飛ぶ。
 人々の叫び声や怒号が波のようになって、下方から押し寄せてくる。彼はえもいわれぬ興奮を覚えた。

 確認すべき勇者の仲間は、あとふたり。
 さっき見た金髪の少女に、小さな子どもだ。

 ハヤトと一緒にいるのだろうか。ならば、「ゆらぎ」の起こった方向に進めばよい。
 だが、その場にいないとすると面倒だ。またグランに小言を言われてしまう。
 この辺で切り上げて、適当に報告しておこうか……。

 そう考えた時、ザイド城の南西にある塔の頂上に、誰かが立っているのを見つけた。
 ビンスはそれを見て、小首をかしげた。

「あの子ども……」

 そこには、ルー・アビントンが佇んでいた。
 彼女は無表情で、こちらをただ見ている。

「なんだ? こちらに攻撃もせず、このパニック状態の街を救いもせず……一体何をやっている……?」

 ルーは、すっと左手を掲げた。
 直後、空に突風が起き、ドラゴンが少しばかり南に押される。

「どうやら大物狙いのようだな。おおかた風で流して、その先に罠でも張っているのだろう。悪いけどその手には……」

 ビンスが方向転換し、風に逆らってドラゴンを進ませる。
 ルーは、それを確認すると今度は右手を掲げた。

 ビンスの進む先に、小さな“魔力”の玉のようなものが無数に現れた。

「機雷……逆をついて来たか。やはりセンスは抜けているな。では、これはどうだ」

 ビンスが指示を出すと、ドラゴンの口がかぱりと開いた。

「さあ、でっかい火球がいくぞ。どうかわす?」
「その必要はない」

 背後からの声に、ビンスは目をかっと開いて振り返った。

 すぐ後ろに、ルーが立っていた。ビンスが確認すると、さっきまで彼女がいた塔には、もう誰もいなかった。
 さすがのビンスも、動揺を隠せなかった。

「なっ……! 移動魔法を使ったのか? 呪印で封じてあるはずだが」
「答える義務は、ないわね」
「バカな……貴様、何者だ」
「その質問にも……答える義務は、ないわね。邪魔だから、このドラゴンの首、もらうわよ」

 ルーはそう言うと、雑に手刀をうった。

 ドラゴンの首が、どっと吹き飛んだ。

「貴様……まさか……!」

 ゆっくりと降下を始めるドラゴンの背の上で、ビンスが叫ぶ。
 ルーは、右目を少しばかりうすくして、にたりと笑みをうかべた。

「あなたごときの想像力じゃ、答えにはたどり着けない。用事が終わったら、とっとと帰んなさいな」
「黙れ!」

 ビンスが空中で“魔力”の衝撃波を放つと、ルーの体はどんと吹き飛ばされた。

「ちっ……あの女、どこかで……」

 ビンスの思考は、そこで途切れた。

 投げ出されたルーの体を、蒼い閃光がキャッチしたのだ。



「ルー、大丈夫か!?」

 着地しながら、ハヤトが言う。
 彼に抱き抱えられたルーは、なんだか眠たげだった。

「……ハヤト?」
「『ブレイク』したからって無茶するな! 相手は魔王軍だぞ」
「ルー、なにかしたの? ルーは寝てたの」

 首をひねるハヤトだったが、着地をねらってモンスターたちが押し寄せて来た。

「ちいっ!」

 ハヤトは「蒼きつるぎ」をひと薙ぎして、それらを消し飛ばす。

「とにかく、ルーはマヤを頼む。この先の突き当たりを右に行った民家の中だ。残りのモンスターとビンスは俺がやる」
「ハヤト、ひとりで大丈夫なの?」

 その時、轟音と共に、大きな人型のモンスターが三体ほど現れた。

「だめだ、サイクロプスが三体集まっちゃ、何人いても止められねえ!」

 おそらくこれまで一つ目の大型モンスター・サイクロプスと戦っていたであろう兵士たちが、その後方で騒いでいる。

 ハヤトは身じろぎせず、ルーを立たせると、静かに言った。

「ひとりじゃないさ」

 次の瞬間、彼の前に一人の少女が現れ、目の前で着地した。
 少女……コリンは、両手をばっと開き、顔の前で腕をクロスさせた。

「通さない」

 コリンの指先が、一瞬輝いた。
 彼女はサイクロプスに向けて指をきりきりと動かす。

 すると、周りの地面が線上にはじけてゆき、サイクロプスたちの動きが突然止まった。
 三体のモンスターは、ずずずとコリンの正面に向かってひきずられてゆき、まるで何かで縛られたかのようにして、その体を押しつけあった。

「消えろ」

 コリンが、腕を開く。
 サイクロプスたちの体に、無数の筋が浮かんだかと思うと、一瞬にしてバラバラに散った。

 ルーが思わず騒ぐ。

「すっ、すごいの! コリンも、『ぶれいく』したの!」

 コリンは、少しだけ頷いた。

「魔法は嫌いだけど、これは気に入った。これがあれば、守れるから……」
「コリン、行こう。ビンスをその能力で捕まえられれば、情報が聞き出せるかもしれない。もうこれ以上、あいつらの好き勝手にはさせない!」

 二人は走っていった。
 ルーはそれを見送ったあと、首をひねった。

「ルー、どうして空を飛んでたんだろう?」



「やあ」

 周囲に民家もない、町の外れ。
 腕を組むビンスが、まるで待合わせをしていた友人の到着を迎えるかのように、静かに言った。
 先ほどドラゴンが落ちたはずだが、とくに被害を受けた様子はない。
 ドラゴンの死体も、なぜか見当たらなかった。

「ビンス……!」

 ハヤトは迷うことなく剣を抜く。
 ビンスはおおげさに拍手をした。

「おおハヤト、ハヤト。すっかり勇者さまの顔つきだねえ。元気そうで何よりだ。せっかちさんは治ったのかい?」

 ハヤトは挑発に乗らず、コリンに目配せする。彼女はビンスをにらみつつも、小さく頷く。
 ビンスはそれを見てぱっと笑顔になった。

「かわいい子だね。そのお嬢さんを紹介してくれない」

 か、と言い終わるまでの一瞬の間に、ハヤトが剣の届く間合いまで踏み込む。

 ビンスは特に対応することもなく、彼の周囲を取り巻く障壁が斬撃を防いだ。

「やっぱり、せっかちさんは治っていないらしい」

 ね、と言い切る前に、ハヤトが宙を蹴って上空に飛ぶ。
 後ろにいたコリンが、指をきりきりと動かす。
 地面が弾け、ビンスに彼女の能力が襲いかかったが、彼が手を広げると彼の両横に二体の「ドール」が現れた。
 「ドール」の服に幾筋もの傷がつくのを見て、ビンスは背後にステップする。
 「ドール」二体は、彼がいた場所へと押しつけられ、はちきれるようにしてバラバラに切り刻まれた。

「なるほど、見えない“魔力”の糸、と言ったところか。なかなかいい『ブレイク』能力だね」

 コリンの表情が険しくなる。

 たった一回の攻撃で、力を見抜かれてしまった。

「そうなると……『ブレイク』は三、四回ということになるね。ハヤト、体に何か異変は? 『蒼きつるぎ』は大丈夫かい?」
「よけいなお世話だっ!」

 ハヤトがビンスの背後から襲いかかる。
 ビンスの障壁が、剣をはじく。

「でもハヤト、どうしてさっきから『蒼きつるぎ』を出さないんだい? 早くしろって。チャンスを逃しちゃうんじゃないのかい?」

 ハヤトは、攻めあぐねていた。

 アンバーが話したように、魔王軍と「蒼きつるぎ」には、何か隠された大きな関わりがあるのは間違いない。
 ビンスの口振りが、ただただ不気味だった。だからこそ、ドラゴンが見えた際にもすぐには「蒼きつるぎ」が出せなかった。

 町の方から大きな爆発音が聞こえる。
 戦いは優勢だが、まだ被害が出続けているらしい。

 ハヤトがそれに反応している隙を突き、ビンスは「ドール」を二体召還して彼の腕をつかませた。

「ハヤト。手を抜いていると、死ぬことになるよ。もちろん君も。そしてあの金髪のお嬢ちゃんも、ミランダも、ロバートも。そこのかわいい子も。ルドルフ・ザイドも。ザイド・スプリングに住む人すべてが、死ぬことになるよ」
「ハヤトッ!」

 コリンが腕を外にふる。
 しかし、ビンスは動かない。

「お嬢ちゃん。ここからその能力で僕を攻撃したら、ハヤトも巻き添えを食うんじゃないのかい?」
「ぐっ……!」

 ハヤトは悟った。やはり戦いにおいては魔王軍が一枚上手だ。
 このままでは、勝つことはできない。

「……どうしてお前たちはこんなことをするんだ。お前たちは以前、ここを魔族の襲撃から守ったんじゃないのか! なのに!」

 そして、許せなかった。
 ソルテスを信じていた、ルドルフ王。
 そして、シェリル、コリン、ザイドの人々。
 きっとみんなが、彼女を信じていたはずだった。

「ああ、ハヤト。もう打つ手がないんだね。そんな打算もくそもない、ただのつまらない疑問を僕に向けてくるなんて。悲しいな」

 ビンスが残念そうに言った。
 ハヤトも奥歯を噛んだが、ビンスから返ってきた答えは意外なものだった。

「……でも、あの少女のことを教えてくれれば、少し譲歩してあげてもいい」
「少女?」
「ルーとか言ったっけな。魔族みたいな風貌の。僕がペットか? って前に質問した、あの子さ……あいつは、何者だ」

 最後の言葉には、これまで彼が見せたことがなかったほどの迫真さがあった。

「ルーは獣型モンスターの末裔だ」
「違うね、それだけじゃないはずだ。言えよ、彼女がジョーカーなんだろう? それ次第で僕も立ち回りを変えざるを得ないんだ。教えろよ。奴や君が、あの女と通じているのなら、そう言えよ」
「……? 何を言っている?」

 ハヤトが答えられずにいると、ビンスはふっと表情を失わせて、ひとふりのナイフを手にとった。

「本当に面倒だなあ。複雑で複雑で、どこがどう絡まっているのやら、わかりゃしない。本当に、面倒でならないよ」

 ビンスはナイフをハヤトに向ける。コリンが叫ぶが、ハヤトは汗をたらしてそれを見つめるしかない。
 たとえこの状況でも、「つるぎ」を出してはいけない。そんな気がしたのである。

「もういっそ、壊してしまおうか。壊して、しまおうか!」

 ビンスは、ハヤトの胸をめがけてナイフを突いた。

「ぐっ!」

 その時。ハヤトの体に悪寒が走った。



 折れたビンスのナイフが、地面へと落ちた。

「やあ、やっぱりねえ」

 ビンスが右肩を押さえながら言った。彼の右手は、二の腕から先が吹き飛んでなくなっていた。

「こ、これは!?」

 コリンが声を上げる。
 ハヤトの体から、紅色の“魔力”が吹き出していた。
 彼の体を拘束していた「ドール」は、跡形もなく消え去っていた。 
 ハヤトは、自分の体から溢れる“魔力”を見て声をあげた。

「なんだよ、これ!? 俺、こんなの出してないぞ!」
「ハヤト、いい感じじゃないか。まさかこんなに禍々しく成長しているとはねえ。印の付け甲斐もあるってものだよ」

 ビンスは素早く左腕を振り、“魔力”を練る。
 コリンが反応し、なりふりかまわず「糸」での攻撃を敢行しようとしたが、ビンスの「ドール」がそれを防いだ。

「残念。最初から待つだけ無駄だったんだよ。せいぜいそこで僕の『ドール』と遊んでいてくれ」
「ちいっ!」

 コリンを後目に、ビンスは練り込んだ“魔力”をハヤトへと向ける。

 ハヤトは抵抗しようとしたが、なぜか体が動かない。

「ハヤト。その力は危険だ。君が使うにはまだ早い。だから僕が、君のその力を封印してあげよう。『蒼きつるぎ』も使えなくなるけど、我慢してよ。僕は君のためを思ってこうするんだからね」
「なっ……どういう……!」

 ビンスは笑いながら、“魔力”を込めた手でハヤトの胸を突いた。

 ハヤトの体に衝撃が起こり、胸に魔法陣のような紋様が刻まれる。
 同時に紅い“魔力”が消え、ハヤトは膝をついた。

「ぐあっ……!」
「それでは、ここで決め台詞といこう。それを解除してほしかったら……そして、僕らのことを倒したいのなら、聖域においで。何人になるかは未定だけど、僕たちは、君を待っている」

 ビンスは羽織っていたローブをはためかせ、体を覆うようにした。
 吹き飛んだ腕が、復活していた。

「それとは別に、ルーちゃんのことを教えてくれる時は、僕一人に頼むよ。どうか、僕一人にね」

「それじゃ、また」と、またも友人と別れるかの如く言い放ったビンスは、その場から姿を消した。
 同時に、コリンと戦っていた「ドール」が消える。彼女はすぐにハヤトのほうへ駆け寄った。

「ハヤト!」

 地面に伏すハヤトは、薄れゆく意識の中で、悔しげに言った。

「あいつらの目的は、一体なんだっていうんだ……」


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