IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
16.「再会」その2

「ひるむな! 今こそかつての屈辱をはらす時! 一匹残らず殲滅せよ!」

 ザイド・スプリングを守護する兵士たちとモンスターたちとの戦いが始まる。
 大混乱に陥る街の中を、コリンは走っていた。

 彼女にはモンスターも、兵士たちも、街で騒ぐ人々も見えていなかった。

「どうして……!」

 彼女はかすれた声で言った。

「どうして、あなたたちが!」

 コリンは中庭で、確かに見た。
 ドラゴンを駆り、精霊の御神木を引き抜く、あの男を。


「持ってきたぞ」

 レッド・ドラゴンに乗るグラン・グリーンが、宙を旋回するドラゴン一行の元へと到着した。

 レジーナは身を乗り出し、御神木を確認する。

「さすが、仕事がお速いですわね」
「レジーナ……こんなにモンスターを召還する必要はなかったんじゃないのか?」

 グランが静かに言うと、レジーナは蔑むようにして彼を見返す。

「あら? ずいぶんお優しいのねえ、グラン君は。そんなくだらない質問、答えたくもありませんわ。そんな、くだらない質問!」
「……まあいい。おいビンス、勇者どもはいそうか」

 グランが視線を移す。別のドラゴンに乗るビンス・マクブライトが、“魔力”の球のようなものを見ていた。

「君の予測通り、どうやら来ているみたいだねえ。さっき、少しばかり『ゼロ』のゆらぎを確認したよ」
「勇者の『ゼロ』の段階は。あとそのうち何人が『ブレイク』したかわかるか」
「おいおいおいおい。僕は万能コンピュータじゃないんだぜ、勘弁しておくれよグラン君」
「さっさと答えろ」
「あくまで予測だけれど、『ゼロ』は少なくとも第五段階以上。『ブレイク』した人数まではわからないけれど……」

 ビンスは、グランの背後に向けびしっと指をさした。

「少なくとも、ひとり」

 グランが振り向くと、そこには金色の翼を生やしたマヤ・グリーンがいた。

 二人の、目が合った。

「兄さんッ!!」

 マヤが叫ぶ。彼女の胸の鼓動が高鳴る。
 久しぶりに見た兄は、信じられないほど変わっていなかった。
 思わず、涙さえ出てきそうだった。

 しかしグランは、少しばかり彼女を見てから、再びビンスに話しかけた。

「ビンス、この女の『ブレイク』はすでにレジーナが目視で観測している。問題は他の連中だ」

 マヤの表情が一瞬にして絶望に染まる。

 「この女」? なんだ? この反応の薄さは。

「に、兄さん! 私よ、マヤよ。ずっと、ずっと待ってたのに。どうして戻ってきてくれなかったの。どうして、こんなことをするの!?」

 マヤはがなりたてるように言うと、グランは再び彼女を見た。
 敵を見る訳でもなく、かと言ってきょうだいを見る訳でもなく。
 彼の瞳は、興味なさげだった。

「どけよ」
「に、にいさ……」

 マヤが言い終わる前に、突如として彼女の翼が燃えだした。

 コントロールを失いそうになるが、彼女は必死に宙でもがく。
 そして、すがるように言う。

「どうして、兄さん!! あなたを追って、ここまで旅してきたのに! 何か、何か言ってよ!」

 グランはただ、バランスをなんとか保ちながら飛び続けるマヤを見ている。
 そして、言った。


「お前など、知らん」
「えっ……?」


 マヤの表情が一瞬にして凍り付き、翼が消滅する。
 彼女はそのまま、街へと落ちていった。

「……何ですの、今の」

 レジーナが不思議そうに言う。
 だが、グランからの返答はなかった。

「レジーナ、聖域に戻るぞ。ソルテスに連絡をとっておけ。ビンス、後はお前に任せる。しっかりと印をつけてから戻ってこい。奴らの戦力分析も忘れるな。レベルは違っても奴らは『ブレイク』能力者だ」
「ええっ、ちょっと!? グラン君、厳しすぎないかい? なんだい、このリブレとの落差は!」
「うるせえ。てめーは生きていられるだけありがたいと思え。ただでさえミハイルとリブレのバカの子守で忙しいんだ。もう助けねえからな」
「おいおいおいおい! グラン君!」

 二匹のドラゴンが、聖域への方へと飛んで行った。

 ビンス・マクブライトはそれを見送った後、にやりと口角を上げた。

「ま、一人でやっていいって言うのなら、好きにさせてもらおうかな。ハヤトに『ゼロ』、そしてミランダ。ここには僕の欲しいものが全部そろっているからねえ」



 体が街へと引き寄せられていくようにして、落ちていく。
 以前にもこんなことがあったなと、マヤは思った。
 そうだ。オータムの里にいた頃、いざという時にパニックを起こさないようにと、何度か空中で能力を解除する訓練をした。

 だけれど、そんなことをする必要はなかったのかもしれない。
 いざという時は今まさに、やってきている。
 しかし、どうしても訓練の成果を発揮しようとは思わなかった。

 体が、重い。
 風がびゅうびゅうと耳に吹き込んでくる。
 どんどんと地面が近づいてゆく。

 やがてマヤは、目を閉じた。

「マヤーーーッ!」

 その時、大声と共に空中へ飛び出したハヤトが、彼女の体を抱き留めた。

 二人はそのまま民家の屋根をぶち抜いて落下した。

「大丈夫か!? 一人で無茶するなって!」

 ハヤトはすぐさま体をおこし、マヤの無事を確認する。
 彼女の瞳からは、涙がこぼれていた。

「ハヤト君……兄さんに、会えた……。兄さん、だった。でも……」
「マ、マヤ……?」

 マヤは、民家の絨毯に伏したまま、力なく言った。

「どうしよう、ハヤト君……。兄さん、私のことなんか、知らないって……。私は一体何のために、ここまで……」
「どういう……ことだ?」

 ハヤトの質問は、民家の壁を破壊して登場した人骨型のモンスターによって遮られた。
 ハヤトは舌打ちし、全身に“魔力”を練る。

「マヤ! モンスターが街中に現れたんだ。一人でも多く助けたい! 今は……今は力を貸してくれっ!」

 だが、マヤはすっかり戦意を失っている。
 ハヤトは判断する。これは今、どうにかできる問題ではない。
 モンスターを両断すると、彼はマヤの肩を掴んだ。

「動けないのなら、ここにいてくれ。後で、迎えにくるから。俺たちは、どちらにせよ君の兄さんの所まで進んでいかなきゃならない」

 ハヤトの瞳が蒼く染まると共に、「蒼きつるぎ」が姿を表す。

「だからマヤ! こんなところで、折れるなッ!」

 ハヤトはその場を跳躍すると、蒼い光をほのかに残して姿を消した。
 マヤはそれをただ、ぼうっと見つめていることしかできなかった。



 コリンは、思わず膝をついた。
 春のご神木を持ったドラゴンが、はるか先の聖域の方面へと向かって消えてしまった。

「どうして、グラン……どうして、ソルテス」

 その時、すぐ近くで悲鳴が聞こえた。
 コリンはそちらへ向けて走る。

 小さな女の子が、モンスターに囲まれていた。彼女のすぐ後ろには、一軒家がたたずんでいる。

「こ、来ないでっ!」

 女の子は、必死に手を広げる。庭の中に、何か生き物がいるのが見えた。
 老犬だった。

 刹那、コリンは腰に括り付けられているナイフを取り出して駆ける。

 きっと、彼女はこの犬を守るために、ここに残ったのだ。
 全くもって、非合理的な判断だ。
 さっさと逃げていれば良かったものを。

 だがその姿は、過去の自分とまるまる重なった。

「そこの子! 動かないで」

 コリンは言いながら、姿勢を低くしてモンスター三体に近づき、斬撃を浴びせて倒す。
 剣を持った骸骨兵士が突きを放ったが、彼女はバック転して振り向きざまにナイフを投げつけ、撃破する。
 幸い、そうレベルの高いモンスターではない。彼女一人でもどうにかなった。

「大丈夫?」

 コリンは少女の元に近づいて行った。
 なんとか、守ることができた。

 だが、その歩みは途中で止まった。
 右腕に痛みを覚え、コリンはそちらを見た。

 ローブを羽織った骸骨兵が、そこにはいた。
 体を動かそうとするも、言うことを聞かない。
 どうやら金縛りの魔法を食らったらしい。

「ぐっ……! 逃げて……!」

 コリンは必死にもがくが、動けない。少女も硬直してしまっているようだった。

 モンスターはコリンのナイフを拾い、近づいてくる。
 コリンは、声を上げて必死に抵抗する。

「うあ、ああああ……!!」

 それでも、体は動かない。
 モンスターは迷うことなく、少女のほうへと向かう。

「やめ……! ろ……!」

 少女の顔が恐怖にひきつる。

 コリンは、念じた。
 守りたい。この子を守りたい。
 動いてくれ。動いてくれ。

 しかし、現実は応えてくれなかった。

 モンスターが、ナイフをふりかぶる。

「やめ……っ! わたしに……しろ!」

 コリンの目元から、じわじわと涙が溢れだす。

 どうして、ソルテス。
 どうして私に、こんな光景を見せるのだ。

 どうして、どうして、どうして……。


「おおおおおっ!」


 その時、蒼い閃光が、モンスターを瞬時に破壊した。


「大丈夫か!」

 モンスターを倒したハヤトは、コリンに駆け寄った。
 だが動けるようになったコリンは、彼を通り過ぎて少女を抱き抱えた。

「ごめんね、怖い思いさせて」
「う、うん……」
「私たちが守るから、ここにいなさい。その犬と一緒に」

 コリンは改めてハヤトのほうへと振り返った。

「ルドルフ様は、無事。グラン・グリーンは聖域のほうに向かった。もしかしたら、聖域にはソルテスがいるかもしれない」

 コリンの体に、輝く亀裂が入った。

「私の考えは、まだ変わっていない。でもソルテスがもし、この街を壊そうっていうのなら、私はどうしても守りたい。君と一緒に、どうしても、守りたいの」
「ああ……」

 二人は手をつなぐ。 
 コリンの体を、「蒼きつるぎ」が貫いた。



 ミランダは街中を駆けめぐり、モンスターを次々となぎ倒していた。

「ちいっ、雑魚が群れやがって……」

 ロバートが彼女の肩に手をおく。

「無理するな、ミランダ。どうやらこちらが優勢のようだ。だいぶ数も減ってきた」
「でも、わかってんだろ。まだあいつがいるんだよ」

 二人が空を見上げると、灰色のドラゴンが飛んでいた。
 ミランダは、思い切り息をすいこんで言った。

「降りて来い、クソ野郎ッ!!」

 それに反応してか、ドラゴンから一人の男が飛び降りた。
 地面へたどり着く直前に“魔力”が衝撃を吸収し、男はふわりと着地した。

「ご指名ありがとう、ミランダ。久しぶりだねえ」

 ビンス・マクブライトはにやりと笑みを浮かべて手をひろげた。
 ミランダとロバートの二人は、武器を構える。

「ビンス……。やっぱり生きていやがったか」
「当たり前じゃないか。君を置いて僕が遠くにいくはずないだろう」

 ロバートが間髪置かず矢を放ったが、ビンスの目の前で静止した。
 ビンスはうすく笑いながらそれをひょいとつまんで捨てた。

「やめろよロバート。元々は仲間だろ」
「だが、今はありがたいことに敵同士だ」
「相変わらず君たちはシンプルでいいな。だから魅力的だし……むしょうに壊したくなるんだよね」
「グダグダ言ってんじゃねえよっ!」

 ミランダが駆ける。
 ビンスは即座に地面に手をつき、ドレスを着た人形「ドール」を召還する。彼の魔術はこれを操るものである。

 ミランダとビンスの「ドール」ががちりと組み合う。

「彼女は、前に君たちと戦った時よりも九つほどレベルが高い、僕のお気に入りだ。ハヤトの『蒼きつるぎ』でも、倒すのは……」

 ビンスが言い終わる前に、ミランダはドールの体を抱きしめるようにしてへし折った。

「『蒼きつるぎ』が、なんだって?」
「……へえ。こいつは驚いた。どうやら君はぶじ『ブレイク』したらしいね」
「そういうこった。能力は秘密さ」
「別にいいさ。それがわかっただけで十分だからね。とりあえずミランダ、君はしばらくそこに寝ていてくれ」

「ミランダ!」

 ロバートが叫んだ時には、もう遅かった。
 バラバラになったはずの「ドール」の手足が、彼女の手首、足首をつかんで地面に倒した。
 ロバートがリカバリに入ろうとすると、背後から別のドールが現れ、彼を拘束した。

「くそっ!」
「ロバートは反応がだいぶ遅いな。君はまだと見た。これで用事は済んだ。また会おう」

 ビンスはその場に手をつくと、瞬時に姿を消す。
 同時に、空中に待機していたドラゴンが動き出す。どうやら空へと戻っていったようだ。

「くそっ、ナメやがって! ここでアタシらを殺さずに見逃したことを、絶対に後悔させてやるからな!」

 ミランダの叫びはむなしく響いた。


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