「ひるむな! 今こそかつての屈辱をはらす時! 一匹残らず殲滅せよ!」 ザイド・スプリングを守護する兵士たちとモンスターたちとの戦いが始まる。 大混乱に陥る街の中を、コリンは走っていた。 彼女にはモンスターも、兵士たちも、街で騒ぐ人々も見えていなかった。 「どうして……!」 彼女はかすれた声で言った。 「どうして、あなたたちが!」 コリンは中庭で、確かに見た。 ドラゴンを駆り、精霊の御神木を引き抜く、あの男を。 「持ってきたぞ」 レッド・ドラゴンに乗るグラン・グリーンが、宙を旋回するドラゴン一行の元へと到着した。 レジーナは身を乗り出し、御神木を確認する。 「さすが、仕事がお速いですわね」 「レジーナ……こんなにモンスターを召還する必要はなかったんじゃないのか?」 グランが静かに言うと、レジーナは蔑むようにして彼を見返す。 「あら? ずいぶんお優しいのねえ、グラン君は。そんなくだらない質問、答えたくもありませんわ。そんな、くだらない質問!」 「……まあいい。おいビンス、勇者どもはいそうか」 グランが視線を移す。別のドラゴンに乗るビンス・マクブライトが、“魔力”の球のようなものを見ていた。 「君の予測通り、どうやら来ているみたいだねえ。さっき、少しばかり『ゼロ』のゆらぎを確認したよ」 「勇者の『ゼロ』の段階は。あとそのうち何人が『ブレイク』したかわかるか」 「おいおいおいおい。僕は万能コンピュータじゃないんだぜ、勘弁しておくれよグラン君」 「さっさと答えろ」 「あくまで予測だけれど、『ゼロ』は少なくとも第五段階以上。『ブレイク』した人数まではわからないけれど……」 ビンスは、グランの背後に向けびしっと指をさした。 「少なくとも、ひとり」 グランが振り向くと、そこには金色の翼を生やしたマヤ・グリーンがいた。 二人の、目が合った。 「兄さんッ!!」 マヤが叫ぶ。彼女の胸の鼓動が高鳴る。 久しぶりに見た兄は、信じられないほど変わっていなかった。 思わず、涙さえ出てきそうだった。 しかしグランは、少しばかり彼女を見てから、再びビンスに話しかけた。 「ビンス、この女の『ブレイク』はすでにレジーナが目視で観測している。問題は他の連中だ」 マヤの表情が一瞬にして絶望に染まる。 「この女」? なんだ? この反応の薄さは。 「に、兄さん! 私よ、マヤよ。ずっと、ずっと待ってたのに。どうして戻ってきてくれなかったの。どうして、こんなことをするの!?」 マヤはがなりたてるように言うと、グランは再び彼女を見た。 敵を見る訳でもなく、かと言ってきょうだいを見る訳でもなく。 彼の瞳は、興味なさげだった。 「どけよ」 「に、にいさ……」 マヤが言い終わる前に、突如として彼女の翼が燃えだした。 コントロールを失いそうになるが、彼女は必死に宙でもがく。 そして、すがるように言う。 「どうして、兄さん!! あなたを追って、ここまで旅してきたのに! 何か、何か言ってよ!」 グランはただ、バランスをなんとか保ちながら飛び続けるマヤを見ている。 そして、言った。 「お前など、知らん」 「えっ……?」 マヤの表情が一瞬にして凍り付き、翼が消滅する。 彼女はそのまま、街へと落ちていった。 「……何ですの、今の」 レジーナが不思議そうに言う。 だが、グランからの返答はなかった。 「レジーナ、聖域に戻るぞ。ソルテスに連絡をとっておけ。ビンス、後はお前に任せる。しっかりと印をつけてから戻ってこい。奴らの戦力分析も忘れるな。レベルは違っても奴らは『ブレイク』能力者だ」 「ええっ、ちょっと!? グラン君、厳しすぎないかい? なんだい、このリブレとの落差は!」 「うるせえ。てめーは生きていられるだけありがたいと思え。ただでさえミハイルとリブレのバカの子守で忙しいんだ。もう助けねえからな」 「おいおいおいおい! グラン君!」 二匹のドラゴンが、聖域への方へと飛んで行った。 ビンス・マクブライトはそれを見送った後、にやりと口角を上げた。 「ま、一人でやっていいって言うのなら、好きにさせてもらおうかな。ハヤトに『ゼロ』、そしてミランダ。ここには僕の欲しいものが全部そろっているからねえ」 ◆ 体が街へと引き寄せられていくようにして、落ちていく。 以前にもこんなことがあったなと、マヤは思った。 そうだ。オータムの里にいた頃、いざという時にパニックを起こさないようにと、何度か空中で能力を解除する訓練をした。 だけれど、そんなことをする必要はなかったのかもしれない。 いざという時は今まさに、やってきている。 しかし、どうしても訓練の成果を発揮しようとは思わなかった。 体が、重い。 風がびゅうびゅうと耳に吹き込んでくる。 どんどんと地面が近づいてゆく。 やがてマヤは、目を閉じた。 「マヤーーーッ!」 その時、大声と共に空中へ飛び出したハヤトが、彼女の体を抱き留めた。 二人はそのまま民家の屋根をぶち抜いて落下した。 「大丈夫か!? 一人で無茶するなって!」 ハヤトはすぐさま体をおこし、マヤの無事を確認する。 彼女の瞳からは、涙がこぼれていた。 「ハヤト君……兄さんに、会えた……。兄さん、だった。でも……」 「マ、マヤ……?」 マヤは、民家の絨毯に伏したまま、力なく言った。 「どうしよう、ハヤト君……。兄さん、私のことなんか、知らないって……。私は一体何のために、ここまで……」 「どういう……ことだ?」 ハヤトの質問は、民家の壁を破壊して登場した人骨型のモンスターによって遮られた。 ハヤトは舌打ちし、全身に“魔力”を練る。 「マヤ! モンスターが街中に現れたんだ。一人でも多く助けたい! 今は……今は力を貸してくれっ!」 だが、マヤはすっかり戦意を失っている。 ハヤトは判断する。これは今、どうにかできる問題ではない。 モンスターを両断すると、彼はマヤの肩を掴んだ。 「動けないのなら、ここにいてくれ。後で、迎えにくるから。俺たちは、どちらにせよ君の兄さんの所まで進んでいかなきゃならない」 ハヤトの瞳が蒼く染まると共に、「蒼きつるぎ」が姿を表す。 「だからマヤ! こんなところで、折れるなッ!」 ハヤトはその場を跳躍すると、蒼い光をほのかに残して姿を消した。 マヤはそれをただ、ぼうっと見つめていることしかできなかった。 ◆ コリンは、思わず膝をついた。 春のご神木を持ったドラゴンが、はるか先の聖域の方面へと向かって消えてしまった。 「どうして、グラン……どうして、ソルテス」 その時、すぐ近くで悲鳴が聞こえた。 コリンはそちらへ向けて走る。 小さな女の子が、モンスターに囲まれていた。彼女のすぐ後ろには、一軒家がたたずんでいる。 「こ、来ないでっ!」 女の子は、必死に手を広げる。庭の中に、何か生き物がいるのが見えた。 老犬だった。 刹那、コリンは腰に括り付けられているナイフを取り出して駆ける。 きっと、彼女はこの犬を守るために、ここに残ったのだ。 全くもって、非合理的な判断だ。 さっさと逃げていれば良かったものを。 だがその姿は、過去の自分とまるまる重なった。 「そこの子! 動かないで」 コリンは言いながら、姿勢を低くしてモンスター三体に近づき、斬撃を浴びせて倒す。 剣を持った骸骨兵士が突きを放ったが、彼女はバック転して振り向きざまにナイフを投げつけ、撃破する。 幸い、そうレベルの高いモンスターではない。彼女一人でもどうにかなった。 「大丈夫?」 コリンは少女の元に近づいて行った。 なんとか、守ることができた。 だが、その歩みは途中で止まった。 右腕に痛みを覚え、コリンはそちらを見た。 ローブを羽織った骸骨兵が、そこにはいた。 体を動かそうとするも、言うことを聞かない。 どうやら金縛りの魔法を食らったらしい。 「ぐっ……! 逃げて……!」 コリンは必死にもがくが、動けない。少女も硬直してしまっているようだった。 モンスターはコリンのナイフを拾い、近づいてくる。 コリンは、声を上げて必死に抵抗する。 「うあ、ああああ……!!」 それでも、体は動かない。 モンスターは迷うことなく、少女のほうへと向かう。 「やめ……! ろ……!」 少女の顔が恐怖にひきつる。 コリンは、念じた。 守りたい。この子を守りたい。 動いてくれ。動いてくれ。 しかし、現実は応えてくれなかった。 モンスターが、ナイフをふりかぶる。 「やめ……っ! わたしに……しろ!」 コリンの目元から、じわじわと涙が溢れだす。 どうして、ソルテス。 どうして私に、こんな光景を見せるのだ。 どうして、どうして、どうして……。 「おおおおおっ!」 その時、蒼い閃光が、モンスターを瞬時に破壊した。 「大丈夫か!」 モンスターを倒したハヤトは、コリンに駆け寄った。 だが動けるようになったコリンは、彼を通り過ぎて少女を抱き抱えた。 「ごめんね、怖い思いさせて」 「う、うん……」 「私たちが守るから、ここにいなさい。その犬と一緒に」 コリンは改めてハヤトのほうへと振り返った。 「ルドルフ様は、無事。グラン・グリーンは聖域のほうに向かった。もしかしたら、聖域にはソルテスがいるかもしれない」 コリンの体に、輝く亀裂が入った。 「私の考えは、まだ変わっていない。でもソルテスがもし、この街を壊そうっていうのなら、私はどうしても守りたい。君と一緒に、どうしても、守りたいの」 「ああ……」 二人は手をつなぐ。 コリンの体を、「蒼きつるぎ」が貫いた。 ◆ ミランダは街中を駆けめぐり、モンスターを次々となぎ倒していた。 「ちいっ、雑魚が群れやがって……」 ロバートが彼女の肩に手をおく。 「無理するな、ミランダ。どうやらこちらが優勢のようだ。だいぶ数も減ってきた」 「でも、わかってんだろ。まだあいつがいるんだよ」 二人が空を見上げると、灰色のドラゴンが飛んでいた。 ミランダは、思い切り息をすいこんで言った。 「降りて来い、クソ野郎ッ!!」 それに反応してか、ドラゴンから一人の男が飛び降りた。 地面へたどり着く直前に“魔力”が衝撃を吸収し、男はふわりと着地した。 「ご指名ありがとう、ミランダ。久しぶりだねえ」 ビンス・マクブライトはにやりと笑みを浮かべて手をひろげた。 ミランダとロバートの二人は、武器を構える。 「ビンス……。やっぱり生きていやがったか」 「当たり前じゃないか。君を置いて僕が遠くにいくはずないだろう」 ロバートが間髪置かず矢を放ったが、ビンスの目の前で静止した。 ビンスはうすく笑いながらそれをひょいとつまんで捨てた。 「やめろよロバート。元々は仲間だろ」 「だが、今はありがたいことに敵同士だ」 「相変わらず君たちはシンプルでいいな。だから魅力的だし……むしょうに壊したくなるんだよね」 「グダグダ言ってんじゃねえよっ!」 ミランダが駆ける。 ビンスは即座に地面に手をつき、ドレスを着た人形「ドール」を召還する。彼の魔術はこれを操るものである。 ミランダとビンスの「ドール」ががちりと組み合う。 「彼女は、前に君たちと戦った時よりも九つほどレベルが高い、僕のお気に入りだ。ハヤトの『蒼きつるぎ』でも、倒すのは……」 ビンスが言い終わる前に、ミランダはドールの体を抱きしめるようにしてへし折った。 「『蒼きつるぎ』が、なんだって?」 「……へえ。こいつは驚いた。どうやら君はぶじ『ブレイク』したらしいね」 「そういうこった。能力は秘密さ」 「別にいいさ。それがわかっただけで十分だからね。とりあえずミランダ、君はしばらくそこに寝ていてくれ」 「ミランダ!」 ロバートが叫んだ時には、もう遅かった。 バラバラになったはずの「ドール」の手足が、彼女の手首、足首をつかんで地面に倒した。 ロバートがリカバリに入ろうとすると、背後から別のドールが現れ、彼を拘束した。 「くそっ!」 「ロバートは反応がだいぶ遅いな。君はまだと見た。これで用事は済んだ。また会おう」 ビンスはその場に手をつくと、瞬時に姿を消す。 同時に、空中に待機していたドラゴンが動き出す。どうやら空へと戻っていったようだ。 「くそっ、ナメやがって! ここでアタシらを殺さずに見逃したことを、絶対に後悔させてやるからな!」 ミランダの叫びはむなしく響いた。 |