「それで、首尾はどうだったかな。ハヤト・スナップ君」 ルドルフ・ザイドが、謁見の間で笑顔を見せた。 ハヤトが一歩前に出る。 「……色々とありましたけど、なんとか四精霊からの契約を得ることができました」 ルドルフは頷いた。 「君ならやり遂げると思っていたよ。コリンもシェリルも、よく無事に戻ってきた。ご苦労だったね」 「ありがとうございます」 二人は同時に言った。とくにコリンは、この旅で数回見せたかどうかの笑顔を彼に向けている。 「聖域には、明日経つのかい」 「はい。うかうかしていられませんから」 「ならば、今日は部屋を用意しよう。ゆっくり休んでいってくれ。コリンとシェリルは、悪いけど春の精霊様の仕事を頼むよ」 返事を聞いたルドルフは、勇者一行の顔を見た。 全員が、かつてここに来た時よりも強く成長したように感じられた。 ルドルフは、満足げにそれを眺めたあと、部屋に戻っていった。 「ああ、やっぱりここはいいね」 大通りに出たミランダが伸びをする。 気持ちのいい風が吹いていた。 ロバートは心地よさそうに、風を手に乗せている。 「確かに、オータムとここ以外は人が住めるような環境じゃなかったからな。ついこの間まで極寒の中にいたってのに、なんだか変な感じだよな。ハヤト君みたいに風邪を引いちまいそうだ」 「そうなったら、ロバートはここに置いていくの。どっちにしろ役に立たないの」 「ルー、『ブレイク』して強くなったからって調子に乗るなよ。未来を見るだかなんだか知らないが、この分だと次は俺の番なんだからな」 「どうだろうね。ロバートが力を手にしたって、どうせしょぼい能力に決まってるよ。料理が上手になるとか、人をからかわないとか、アタシの肩を揉んでくれるとか」 「それはただのお前の願望だろ!」 談笑する一行をよそに、ハヤトは大通りをぼおっと眺めていた。 「ザイド・アトランティック」号の戦いを経てここにたどり着いたのは、一体何ヶ月前だったろうか。 あの時に破壊された港は、もうすっかり元通りになっていた。 「戻ってきたわね」 マヤがぼそりと言った。 「ああ。なんだか、いまいち実感がわかないな」 それくらい、熾烈な旅だった。 どの場所でも、命をかけた死闘を経験した。 楽しいだけではない、正直言って、辛く厳しい旅だった。 それでも、ここまで戻ってきたのだ。 そして。 「ねえ、みんなでまた飲まないかい」 「いいですね。ハヤト君、今度こそお酒飲んでよね」 「ルーも飲むの!」 「お前はちょっとだけだぞ。すぐ寝ちまうんだから」 「ロバートだってこの間またブリッジして頭打って気絶したの! ルーにそんな事言う資格ないの!」 ハヤトは、これまで旅してきた仲間たちを、不安げに見ていた。 それに、ロバートが気が付いた。 「どうした、ハヤト君?」 「い、いえ。あの……俺、確かに話しましたよね?」 ハヤトはあの雪山の頂上で、自分が別世界から来た人間であることと、ソルテスと呼ばれる少女が自分の妹とそっくりであることを話した。 だからこそ、異様だった。 反応が変わらなさすぎる。 ミランダが鼻で笑う。 「なんだいハヤト、あんたまだ気にしてたのかい? 確かにあんたがソルテスの兄貴かもしれないって話はびっくりしたけどさ、あんたはそれ以前に『蒼きつるぎ』の勇者なんだぜ。別世界がうんたらってのはよくわからないけど、勇者様なら、それくらいでなけりゃあね」 ロバートがハヤトの肩をくむ。 「それにハヤト君。きみはきみだろ。それとも、俺たちが話を聞いて、いきなり態度を変えるとでも思ったのかい? だとしたら見くびられたもんだ」 ハヤトは、それを聞いてはっとした。 ルーがハヤトの足にくっつく。 「そうなの! ルーはハヤトと一緒に行くって決めたの! 関係ないの」 最後にマヤが、彼に向かってほほえみ、手を差し出した。 「そうよ。どうしてもっと早く言ってくれなかったの? もしソルテスが妹さんなら、心配に決まってるし、どうにかして会いたいに決まってるわよね。……私も、それは一緒だから。だから、行きましょう」 ハヤトは思わず、つうと涙をこぼした。 全員が驚く。 「えっ!? どうしてそこで泣くの!?」 「どこかいたいの?」 「ち、違うよ……なんだか急に……」 嬉しかった。 知らない世界で。これまで、阻害されていたような。 助けられてはいても、一人っきりで戦ってきたような、そんな気持ちが少しばかりあった。 でも、彼らはもう、自分を受け入れてくれる仲間なのだ。 ハヤトはただ、それが嬉しかった。 ◆ 「勇者ハヤト・スナップは、君の目にはどう映ったかな、シェリル?」 中庭への通り道を歩く途中、ルドルフがふと言った。 シェリルは先頭を歩く彼を見る。 「ぱっと見は少し頼りない感じもしますけれど、お強い方です。『蒼きつるぎ』ももちろんですけれど、それ以上に、心が強い方だと思います。彼をサポートする仲間の方々も、ミランダさんを始め、腕利きの方ばかりです」 「ほう、ずいぶんと肩を持つようになったね。最初はあれだけコリンと疑ってかかっていたというのに」 「はい。その考えは、間違いでした」 ルドルフは目をぱちくりさせて振り返った。 シェリルは、彼をまっすぐに見つめている。 一体、なにがあったっていうんだ? 「意見を尊重しよう。ではコリン、君はどうだ」 コリンは視線をはずした。 「……ハヤトに関しては、シェリルの言う通りだと思います」 「では他のメンバーは、どうなんだ?」 コリンはひとテンポおいてから、言った。 「マヤは生真面目すぎるきらいがありますが、ハヤトのサポート役としてだけでなく、単独戦力としても魔王軍に対抗できます。ルーはガキですが、ま、魔法の……天才だと思います。ロバートは、ぜんぜんダメですが、チームのムードメーカーです。ミ、ミランダは……魔法を無効にできる力があり、あのパーティで最も重要な戦力です」 ルドルフも、シェリルも立ち止まった。 コリンも、自分で言っていながらちょっぴり意外そうにしていた。 「……ソルテス様と戦うに、値すると思うか?」 「は、はい。それにハヤトは、ソルテスの兄だと自称しています」 「聞いたことがない話だ。本当なのか?」 コリンは、下を向いたまま、小さく言う。 「私は、本当だと思います。ハ、ハヤトは、うそをつくような人間じゃありません、から」 ルドルフはその様子に、思わず笑ってしまった。 どうやら、あの連中は本物のようだ。 「わかった。では私も、君たちを信頼しているように、彼らを心から信用することにしよう。改めて、聖域への案内を頼む。彼らを導いてくれ」 「はい」 ルドルフは中庭の方へと歩いてゆく。 シェリルが、コリンを呼び止める。 「コリン。みなさんの名前、きちんと覚えていたんですね」 「あ、あいつらには言わないで」 「どうしてですか?」 「だ、だって調子に乗るもの。とくに、ミランダが……」 頭にハテナマークを浮かべたシェリルだったが、彼女はやがてほほえんだ。 「聖域も、みんなで行きましょうね」 「……ええ」 コリンも、つられて少しだけ笑った。 だがその時、遠くからルドルフの叫び声が聞こえた。 ◆ あわてて地下通路を飛び出したシェリルとコリンは、思わず声を上げた。 「ルドルフ様!」 出口付近で、ルドルフが倒れている。彼女たちは彼の元へと駆け込んだ。 ルドルフは腹を赤く染めていた。 シェリルはそれを見るや否や、即座に回復魔法をかけ始める。 「一体どうなされたのです!?」 「は、春の精霊様が……、い、いそげ」 シェリルにルドルフを任せたコリンは、走ってゲートを飛び越え、春の精霊樹のある中庭に入る。 そして、その光景に唖然とした。 「あ……! ああっ……!?」 「それじゃ、ザイド王国一周ツアー無事終了を祝って!」 「ミランダ、その言い方だと旅行みたいだぞ」 「あーもう、いちいちみみっちいやつだねえ。ロバート、だったらあんたがやんな」 「えー、この春の都という、ある意味俺たちパーティの心が通い合った故郷というか、そういう場所に戻って来られたということはだな、大きく意義のある」 「かんぱーい!!」 「まだ言い終わってねえだろ!?」 あの時と同じ酒場で、勇者一行はグラスを打ち付けあった。 マヤとミランダが、瞬時に一杯を開ける。 そして二人同時に言った。 「うまいっ!」 ハヤトはそれを見て、この二人は相性が悪いようで、その実すごく気が合うのではないかと改めて感じた。 マヤがその視線に気が付いた。 「ハヤト君、飲んでる?」 「あ、ああ」 ハヤトはちびちびではあるものの、酒を嗜んでいた。 ザイド王国での旅、その中でもオータムで過ごした忍び里では、夕食と一緒に酒が当然のように出されていた。 長のフローラ婆によると“魔力”の回復を促進するとのことで、ハヤトは半ば強制的にこれを飲むことになった。 その甲斐もあってか、現在彼はなんとか酒を楽しめるようになった。 「うまいな、ここの酒」 「そうね。ベルスタほどじゃないけど、ザイドじゃ一番でしょうね。オータムのお酒はヘンな味だったし」 ハヤトは嬉しかった。 前回ここで醜態を晒したことを考えると、とてつもない進歩だ。 旅中にも機を見て色々な酒にトライしたことも功を奏しているのだろう。 みんなと、楽しく同じ時間が過ごせている。 「ロバート、お肉おかわりするの」 「あっバカ、同じつまみばっかり食べるんじゃねえよ! 順番考えろ!」 「ルーはこどもだから、ちょっとなにを言っているのかよくわからないの」 「そういう時だけ都合良く子供になるな!」 「なに言ってるのロバート? ルーはもともとこどもなの。こども相手に本気になって恥ずかしくないの?」 「あああああ! もうこいつときたら!」 ロバートが頭をかきむしるのを見て、全員が大笑いする。 いつまでもこうであったらいいのに。 彼らがそう思った直後に、事件は起きた。 ◆ 一人の男が、倒れるようにして酒場に入ってきた。 「おい、どうしたんだあんちゃん」 店主が近づくと、男は息を荒くして叫んだ。 「に、逃げろ!!」 「なんだ、酒の飲み過ぎか? 水でも飲むか」 「違うんだ! みんな今すぐ逃げろ! じゃないと……!」 男が言い終わる前に、ずしり、と地鳴りが起こった。酒場の人間たちがどよめく。 ハヤトとマヤは、顔を見合わせた。 二人にとって、覚えのある感覚だった。 それも、悪い意味で。 「やばいんだ……。ドラゴンが……! ドラゴンが空を飛んでるんだよッ!」 ハヤトたちは飛び出すようにして席を立ち、店の外へと出た。 「こ、これは……!?」 街を歩く人間が、全員空を見上げていた。 それに倣うと、夕焼け空にいくつかの輝きが見えた。 ハヤトは思わず声を上げた。 三体の飛龍が、円を描くようにして空を飛んでいたのだ。 「あ、ありゃあ、マジにドラゴンなのか……?」 ロバートがつばをのみ、多少どもりながら言う。 無理もないことだった。ドラゴンはかつて堅守を誇っていた城塞都市ベルスタでも、特A級の危険モンスターとして警戒されていた。彼自身も、ここまで近くで見るのは初めての経験であった。 だが、ドラゴンたちは空を延々と飛び続けるだけで、何をするという訳でもない。 驚いて状況を見守っていただけの人々がそれぞれ、何か行動を起こさなければと思い始めた頃、再びさっきと同じ地鳴りが街中に響いた。 「なんだっ!?」 「し、城の方だ!」 人々の視線がザイド城へと映る。 そして、彼らは見た。 巨大な赤いドラゴンが、城の外壁を突き破って出てくるところを。 ◆ 街は一瞬にしてパニック状態に陥った。 人々は騒ぎ、少しでもドラゴンたちから離れようと逃げ出してゆく。 ハヤトは、その中の何人かに肩をぶつけられたが、視線をドラゴンから外さなかった。 「あ、あれは……!」 ドラゴンが、何かを足で掴んでいる。 ピンク色の花がついた、樹木だった。 ロバートが声を上げる。 「お、おいあれって! 精霊のご神木じゃないのか!?」 「だれか乗ってるの!」 マヤも同じ方向を見ている。彼女の顔は、みるみるうちにゆがんでいく。 「あ、ああ……!」 ドラゴンの頭上に、一人の人間が乗っていた。 魔術師風の赤いコートを羽織った、金髪の男だった。 マヤが叫ぶ。 「兄さんっ!」 ミランダが反応した。 「なんだって!? じゃああいつが……!」 「グラン・グリーン……つまり魔王軍だっ! あいつら、ここに攻め込んで来やがったんだっ!」 マヤはその場から駆けると、すぐさま「翼」を生やして離陸体制に入る。 「お、おいマヤっ! 落ち着け! 一人で行くのは危険だ!」 ハヤトの制止も届かない。 マヤはドラゴンの元へと一直線に飛び立って行った。 「くそっ! 一体どうすれば……」 その時、再び地鳴りが起こった。 しかし、今回はそれまでのものとは比べものにならないほど大きく、振動も伴っていた。 空を飛ぶドラゴンの一体の上に、一人の女が乗っている。 彼女は体を包み込むようにして“魔力”を練っている。 「さあ……踊りなさい。『サモン・モンスター』!」 魔王軍のレジーナ・アバネイルの発声と共に、街中に無数のモンスターたちが現れた。 |