ルーは、いらついていた。 「翼」を生やしたマヤが、空を飛び回る。少しずつ力の使い方を理解してきたのか、前よりもスピードがあがっているような気がする。 「鎧」をまとったミランダが、ハヤトを守りつつ精霊に攻撃する。魔法の干渉を受けなくなったこともあってか、以前よりも大胆に攻めている印象だ。 ルーは思った。 なんで、自分だけ。 どうして、自分にだけハヤトを守る力がないのか。 ルーは祖母の言葉を思い出していた。 「“魔力”の強い人に会ったら、絶対に一緒に付いていくのよ」 「強いって、どのくらいの強さなの?」と聞き返すと、祖母は怪しげににやりとした。 「あんたのその耳に、ビビっとくるくらいかな。たぶん一度しかないと思うから、チャンスを逃さないで。そして、その子とずっと一緒にいるの。たとえ役に立たなくてもいい。一緒にいれば、それだけでいい」 おばあちゃん、それは違うと思うの。 ルーは思った。 強大すぎる敵と戦わなければならないハヤトには、サポートすべき人物が必要だ。 それが自分でないという事実は、気づかぬところで彼女の自尊心を深く傷つけていた。 あの屋敷でビビっと来た青年についていく。 はじめは、祖母の言ったことに従っていただけだったのかもしれない。 しかしルーは、それだけのためにこの旅に同行しているわけではないのではないか、と、いつの間にか感じるようになっていた。 マヤでもなく、ミランダでもなく、自分が。 自分が、彼の隣で、一番頼りになる仲間でいたい。 ルーは走り出した。 “魔力”を練る。祖母から訓練を受けていたことや、彼女自身の資質もあって、そのスピードはもはや常人離れしている。 「『インフィニティ・エッジ』」 無数の「エッジ」が彼女の間を取り巻く。ルーが手をかざすと、それらは一直線に精霊へと向かっていった。 だが。 気づいた精霊が腕をひと薙ぎすると、「エッジ」たちは次々に消滅してしまった。 ルーは歯ぎしりする。 どうして。 考えているうちに、三度ハヤトに向けて精霊の魔法が放たれる。 「ハヤト!」 ルーは思わず彼のもとへと飛び出した。 直後、ミランダが現れ、またしてもハヤトの窮地を救った。 ハヤトは驚いた様子で、ルーの体を受け止めて言った。 「何やってんだ、危ないだろ!」 心配、されている。 こんな状態のハヤトにさえ、だ。 「もう、もうこんなの、嫌なの」 ルーの瞳から涙が溢れる。 「こんなんじゃ、ハヤトをお婿さんにできない。ルーは、ハヤトと一緒に戦って、二人で戦果をあげて、そのうち二人で恋に落ちて……」 「ル、ルー……?」 「おばあちゃんのことなんて、関係ないの! だってルーはもう、ハヤトのことが大好きだから! ルーだって、役に立ちたいんだっ!」 ルーの体に、光の亀裂が入る。 彼女はそれを見ると、ハヤトに向けて手をさしのべた。 「来て、ハヤト! ルーに、力をちょうだい!」 二人の手がふれあうと、「蒼きつるぎ」が現れ、ルーに突き刺さった。 ◆ 戦いは終始有利に進んではいたが、冬の精霊は読みが鋭く、主力のハヤトが本調子でないこともあって決め手を欠いた状態であった。 好機を作っては逃し、という状況を繰り返すことはマヤとミランダの攻撃陣、ロバート、コリン、シェリルのサポート陣双方の疲弊を生み、戦況は少しずつ精霊側に傾き始めていた。 「ち、ちくしょう……。いいところでタイミングをずらして来やがる。悔しいがホンモノの戦士だぜ、この精霊さんはよ」 ミランダが毒づいた。すでに「鎧」が解除されてしまっている。マヤも疲れ切った様子で膝をついている。 『あなたたちは、確かに強いかもしれない。でもその程度じゃ、聖地に行く資格はない。特に勇者はダメダメね』 「そんなことないの」 そこに、ひとりの少女が腕組みして現れた。 「ルー……?」 「ハヤトは、最強の勇者様なの!」 隣には少し困惑した様子でハヤトが立っている。 先程までよりも、顔色がだいぶよくなったように見える。 冬の精霊は目を鋭くさせて少し笑った。 『ふーん。何をたくらんでいるのか知らないけれど、さっきまでとは様子が違うわね。せいぜい楽しませてちょうだい』 対して、ルーは満面の笑みで応えた。 「あなたには楽しんでいる暇もあげないの。ハヤト、行こう!」 ハヤトは、ちょっと心配しつつも頷く。 確かにさっき、「ブレイク」の力がルーに働いたのを見た。 だがマヤの時も、ミランダの時も。 翼に鎧。大きな変化があった。 だが、ルーには何も見られない。普段の彼女のままである。 心配をよそに、ルーが駆け出す。ハヤトもそれに続く。 『大見得切っておいて、作戦もないの? しょうがない子ね』 「確かにノープランなの」 「えっ!?」 ハヤトが口を開ける。だが、ルーの表情は自信に満ちていた。 「でも、絶対に一撃も食らわないと思うの。ハヤト! ルーの指示に従ってほしいの」 「だ、大丈夫か?」 ルーはにやりとする。 「プランは、これから見えてくるの」 精霊が魔法を放とうと、“魔力”を練る。 ルーはそれを見た刹那、叫んだ。 「右によけて! そしたらすぐに左!」 精霊が驚いた顔をしながら、魔法を数発放つ。 ルーとハヤトは、まるでそのコースがあらかじめ定められていたかのようにして、見事にかわした。 「ジャンプ!」 二人が宙を飛ぶ。さっきまでいた場所が、一瞬にして凍結する。 精霊は目の色を変えた。 『攻撃が全て読まれているというの!? だったら、これで!』 精霊はこれまでよりも多量の“魔力”を練り、自分の頭上に大きな氷の槍を造る。 その衝撃に、シェリルの顔が青ざめる。 「なんて“魔力”……! あんな攻撃を食らったら、ひとたまりもありません!」 「鎧」を装着したミランダがそれを聞いて駆け出す。 「ハヤト、ルー! こっちだ! アタシの後ろに来い!」 だが、ルーは彼女を一瞥すると、無表情で言い放った。 「ご遠慮するの」 「何言ってんだ!? ヤバいんだぞ!」 ルーは、かっと目を開く。 「ハヤトは、わたしが守るの。それにもう、全部『見』えているの」 ミランダは見た。 ルーの瞳に、複雑な円形の紋様が刻まれているのを。 『「アイス・フラックス・フラワー」ッ!』 精霊が言霊を込めると、槍が展開し、巨大な氷の花が開いた。 ルーは、静かに言った。 「ハヤト。あの魔法を避ける必要はないの。『蒼きつるぎ』でぶった斬るの」 「ルー、そうしたい所だが『つるぎ』はさっきから出ないんだ! 横に飛んで避けよう!」 ルーは首を振った。 「そんなことをする必要はないの。『つるぎ』はちゃんと出るの。あと、あの花は出てすぐ四つに分裂するの。その瞬間、あのおねーさんが無防備になるの。そこを狙って」 「ルー……?」 「ルーを、『わたし』を信じてほしいの」 その言葉には、これまでの彼女にはなかった力強さが感じられた。 ハヤトはどうするか一瞬迷ったが、剣を抜いた。 不思議だった。どうしてか、その言葉がすんなりと信頼できたのである。 『ナメてんじゃあないわよ! いっけええええっ!』 精霊が魔法を放つ。 ルーはその中心に、迷いなく走り込む。 瞳の紋様がほのかに輝き、瞳孔が開く。 そこには、四つに分裂する氷の花が映っていた。 「今なの、ハヤト!」 「おおおおッ! 剣よ!」 蒼き閃光が、精霊に飛び込んでいった。 ◆ 「わー!」 ルーが目の前の光景にはしゃぐ。 ミランダが外套のフードを取った。 「……すっげえ」 青い空。 春の都。 夏の砂漠。 秋の忍び里。 そして、それに取り囲まれるようにしている、白い霧。 ザイド大陸の全景が見渡せた。 一行は、冬山の頂上へとたどり着いた。 ロバートが口笛をならす。 「寒さも吹っ飛ぶ光景だな」 「……俺たち、ここを全部旅して来たんですね。ほんとに、ほんとにすごいや」 ハヤトは、感慨深そうに言った。 ミランダがそれを聞いて彼に抱きつく。 「んーハヤト! どうやら完全に復活したみたいだねえ! 心配したんだよ」 マヤが彼女の肩に手をかけた。 「ちょっとミランダさん。ハヤト君はまだ病み上がりなんですから、あまりひっつかないようにしてください」 「そんなこと言って、本当は自分が一番ひっつきたいくせに」 「ん、んなっ!? そっ、そんなわけないじゃないでふか!」 「マヤ、噛んだの」 わいわい騒ぐ三人を見て、コリンがちょっぴりもじもじしていた。 シェリルがそんな彼女の様子に気づいた。 「コリン、どうしたのですか?」 「い、いや。なんでも」 「もしかして、あの輪に混ざりたいんですか?」 コリンの肩がびくんとはねる。 「ち、違うよっ!!」 シェリルはにっこりと優しく笑う。 「そうですよね。コリンは早く城に帰りたいって、何度も言ってましたもんね」 「そ、そ、そう。これでやっと帰れる。せ、せいせいする」 近くで見ていたロバートは思わず「鈍すぎる……」とつぶやいてしまった。 ハヤトは騒ぎながらも、景色を見続けていた。 なんて。 なんて、きれいなんだ。 『これで契約は済んだわ。ザイドの四精霊の名において、あなたたちに、聖域に行く資格を与えましょう』 精霊が、少し不満げに言った。右腕が完全にもげてしまっているが、“魔力”が周囲を取り巻き、少しずつ再生しているようだった。 ハヤトは頭をかいた。 「すみません。腕、斬りとばしちゃって」 『いいの。そのくらいできる人でなければ、どちらにせよ契約するつもりはなかったから。「蒼きつるぎ」、確かに見せてもらったわよ。ソルテスみたいなスマートさはないけど、筋はいいわね』 ハヤトはその名に反応する。 「ソルテスは、俺より強かったですか?」 『さあね。「蒼きつるぎ」はもともと無茶苦茶だから、どっちとも言えないわ。そんな神妙な顔してないで、さっさと聖域に行きなさい。それが目的なんでしょう?』 「は、はい」 「蒼きつるぎ」が出現する際に、ハヤトはふと考える。 妹も、ユイもこれを使っていたのだと。 「君には、謝らなければならないな」 秋の里を起つ際、忍び頭のロックが言った。 「拙者たちだけでは解決できぬ問題だったように感じる。先の非礼を詫びさせてくれ」 「いえ。そんな。どちらにせよ、俺たちはアンバーさんを引き留めることができませんでした。謝るのはこちらの方です」 「君があの時に何を見たのか……は、問わぬことにしよう。ただ、里を救ってくれてありがとう。アンバーが『忘れよ』と言ったのだ。それに従うことにするさ。では、達者でな」 罪悪感で、いっぱいだった。 自分が見たことを、彼に説明することができなかった。 ここに来てから、わからないことだらけだ。 そう思った。 つらいこともたくさんあった。 死にそうな目にも、何度もあった。 この先にも、きっと同じようなことが……いや、それ以上に辛いことがたくさん待っているのかもしれない。 それでも、ハヤトはこれを投げ出してしまおうとは、全く思わなかった。 自分の知らないところに、こんなにも綺麗な世界が広がっていて。 それを、壊そうとしている連中がいる。 その首謀者が妹であることに、最初彼は困惑していた。 なぜ、どうして。どんな理由があって。 全くもって理解できない。 だが、それ以前に。 兄として、言ってやらなければ。 「おまえは一体、何をやっているんだ」と。 彼女の考えは、会わねば理解できない。 だが、それ以前に。 人様の世界で、何やってんだ。 こんな綺麗な世界に、何をするんだ。 言ってやらなければ。 怒って、やらなければ。 自分が、行かなければ。 ハヤトの決心はもう、明確になっていた。 「ハヤト、山を降りる準備を。まずは春の都に戻って、ルドルフ様に報告してから、聖域に出発するから」 コリンが彼に言った。 ハヤトは頷いて、もう一度景色を眺めた。 一陣の風が吹いた。 一緒に飛んだ細かい雪が、風に乗って輝く。 ハヤトはそれを全身で受けてから、改めて振り返った。 「その前に、みんなに話しておきたいことがあるんだ」 ハヤトはその日、いくつかの告白をした。 強い意志を持って、前に進んでいくために。 ユイのことを、強い怒りをもってしかりつけてやるために。 |