IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
15.「冬山に想う」その2

 朝。
 ミランダが起きてくるとロバートは伸びをして、立ち上がった。

「ちょっと眠るわ。メシの支度を頼む。俺の分は適当にとっておいてくれ」
「なくなってなきゃいいがね」
「このパーティが功労者にそんな仕打ちをするような連中じゃないことを願っているよ」

 苦笑しつつも、ロバートはさっきまでミランダが眠っていた場所へと歩いて行った。
 ミランダはそれを確認すると、干した肉の塊のようなものを袋から取り出し、ナイフで器用に削りだした。

「おはようございます」

 次に起きてきたのはシェリルであった。

「おう」
「て、手伝います」

 彼女はミランダの隣に腰掛け、同じ作業を始める。
 しかし、どうにもうまくいかない。ミランダはそれを見てちょっと笑った。

「へったくそ。あんた、意外にぶきっちょなんだね」
「す、すみません」

 赤面するシェリルに、ミランダはにっこりと笑った。

「別に、恥ずかしがるこたあないの。これからできるようになりゃいいんだよ。見てな」
「はい」

 ミランダはシェリルにわかりやすいよう、肉の塊を削いでゆく。
 シェリルは、思わずそれに見とれた。

「んーで、ここまで切ったらナイフの持ち方を変えて……って、聞いてるか?」
「ひゃ!?」

 シェリルはびくりとする。
 ミランダはしょうがないな、といった風に肩をすくめる。

「やる気がないんじゃしょうがないね」
「そ、そういうことじゃないんです!」

 シェリルは必死に弁明し、肉を削ぎ始める。
 少しばかりはましになった。ミランダは頷いてから作業に戻り、ふと言った。

「こないだの戦いの時さ……アタシ、偉そうなこと言ったよね。悪かったね、あんたらの事情もしらないでさ」
「そんな事ありません。私は……」

 シェリルは、回想する。

 姉と慕うアンバーが自分の敵となったとき、彼女は、身動きがとれなくなった。
 戦うのか? それとも、説得するのか?
 説得するにしても、相手が話を聞いてくれる状態であるのか?
 だからと言って、戦うのか?

 彼女がとれる選択肢はいくつもあった。
 だが、それが堂々巡りして、結局、立ち止まってしまった。

 そこに、飛び込んできたのがミランダの言葉である。

『躊躇している時間は無駄なんだ。ぶっ飛ばせ。今できる全力でぶつかれ。じゃねえと、前になんか進めねえんだよッ!』

 極限の精神状態の中、彼女は自分にこう言い放った。
 その通りだと思った。自分はどうしようと迷う中で、いつしか選択することを放棄してしまっていたように思えた。

 選択しない。今までずっと、そうしてきた気がした。
 忍術の才能がないとフローラのおんばあに言われた時、春の都へ奉公に出ろと言われた時、「蒼きつるぎ」の勇者の案内をしろと言われた時……。

 与えられたことを、ただただこなそうとしていた。
 だからこそ、一番動くべき時に、何もできなかった。

 今回も、ただ「動け」と言う言葉を与えられただけなのかもしれない。
 しかし……。

 シェリルは思った。
 あの時は、自分の意志で、死ぬ覚悟をしたように思う。
 姉を止めようと考えたと思う。

 それが少しだけ、嬉しかった。

 秋の里を出る際、ロックが言ったことを彼女は忘れない。

「すまないシェリル、私はお前の事を誤解していたかもしれぬ」
「あに様」
「お前には、強く固い意志があった。あれだけの戦力差がありながら……アンバーの奴に向かって行った。やつのことはもう、拙者は忘れることにする。それがあいつの願いだそうだからな。シェリル、お前はお前の考えで歩いていくといい。……それと、たまには戻ってこい。次は忍術でも教えよう」
「は、はいっ!」

 シェリルは肉を削ぎながら考える。

 今は、あね様のことは忘れよう。
 この、太陽のような女性に、もう少しついていきたい。そばにいれば、強くなれる気がするから。
 あね様を取り戻すだけの強い意志と実力が持てるまで、こうしていたい……。

「おっ、結構飲み込み早いじゃん」

 削ぎ終わった肉を見て、ミランダが言った。

「ええ。わたしは今、前に進んでいますから」

 シェリルはほほえみを返した。



 二日目の行軍が始まった。昨日とは異なり空は少し曇っていて、気温も低い。
 ハヤトの体調は未だに優れない様子で、今日はシェリルの後ろに乗っている。昨晩使った障壁をハヤトの周囲に作り、彼の回復を少しでも早める算段だ。

 傾斜の激しい坂を、バドルたちが登っていく。さすがに消耗しているように見るが、時折ミランダの喝が入ると、彼らは元気を取り戻す。

「シェリル、障壁を出しっぱなしで大丈夫?」

 すぐ前を進む、コリンが声をかけた。
 シェリルはこの寒さにも関わらず少し汗をにじませていたが、笑顔でこたえた。

「大丈夫、です。それにハヤトさんがよくなる方が優先ですから」
「わかってんじゃないのさ」

 ミランダが笑顔を向けると、シェリルは若干顔を紅潮させた。

「あんたが頑張る分、ハヤトが楽になるんだろ。こいつはあんたにしかできないんだ。せいぜい根性見せてくれよな、シェリル」
「はいっ!」

 シェリルの表情は幸福に満ちていた。
 コリンは首をかしげる。

 どういうことだ。

「コリンちゃん、こっから先は完全に凍りついちまってるみたいだ。このコースのままで大丈夫か、見てくれないか」

 ロバートの声がその思考を遮る。
 コリンはバドルを降りて、少し先まで走って地面の雪を触った。

 コリンはザイド・ウィンターではないが雪国の出身である。
 こう言った状況には慣れており、その判断も的確であった。

 しばらく状況を見てから、コリンが戻ってきた。

「問題なさそう。でも何時間かしたら吹雪くかもしれない。いざという時のために、シェリルの障壁は一度解いてもらって“魔力”に余裕をもってもらうべきだと思う」

 ロバートは不安げに目を細めた。

「そうか……。君が言うなら、そうした方がよさそうだ」
「大丈夫です。このまま行きましょう」

 しかし、シェリルが言った。
 マヤが心配そうに彼女を見る。

「でも、シェリルさん。あなたは少し無理をしすぎだと思います。コリンちゃんの言うとおりにしたほうが」
「大丈夫、です。ハヤトさんが治る方が、優先です」

 シェリルは、はっきりと即答した。
 コリンは、意外そうにする。

「シェリル」
「コリン。私、なんとかしてみますから。このまま進みましょう。もう半分は過ぎたはずでしょう」

 そう語る彼女の瞳は力強かった。
 コリンは、思わず頷いてしまった。

「う、うん。じゃあ……そうして」
「へえ、珍しいねえ。デコッパチが折れたよ」
「おいミランダ。コリンちゃんにへんなあだ名をつけるのはそろそろやめろよ」
「でも『でこっぱち』はコリンのチャームポイントなの」

 ルーのひとことに、コリンが振り向く。
 彼女はまたもや、驚いたような表情をしていた。

「チャーム、ポイント……」
「そうなの。バドルのみんなもそう言ってるの。コリンは『でこっぱち』なの」

 バドルたちが例によって、ぎゃあぎゃあ鳴く。
 マヤが眉をしかめた。

「ルーも、そういうことを言うのはやめなさい。全く、ミランダさんの影響を悪い方向に受けちゃってるんだから」
「それはどういう意味だいマヤ?」
「言ったままです! ハヤト君がこんな状態なんですから、少しは緊張感もって下さい!」
「おお、怖」

 結局、シェリルの障壁を維持したまま先を進むことになった。
 しばらくして、少しばかり吹雪き始めた。

 コリンは、眼前に吹き込む雪を見ながら思った。


 彼女は、春の都でザイド王・ルドルフから勇者の道案内を頼まれた。かつてソルテスとザイドを旅をしたこともあるので、その実績を買われてのことである。

 正直、めんどうだと思った。
 彼女にとって勇者はソルテス一人であり、英雄もまた、ソルテス一人であった。
 ルドルフ王も恩義のある大切な存在だが、彼女にとって一番はソルテスであった。

 だからこそ、「勇者」ハヤトは偽物であると、コリンは心の中ではっきりと決めていた。

 こんな無駄な旅、早く終わればいい。
 そう思った。

 だるくて仕方がなかった。
 すぐにでも帰って、春の都でシェリルとの仕事を再開したい、そう思っていた。

 だが、彼女はこの旅で、たくさんの変化を目にした。

 夏の遺跡、秋の里での、異常な戦い。
 あのアンバーという女のことはよくわからないが、ハヤトたちが少なくとも特別な存在であることは理解せざるを得なかった。

 そして、シェリルの変化。
 さっきみたいに、強く自己主張できる子ではなかった。
 出身の秋の里で、彼女は何かを手にしたのだろう。自分は大して貢献できなかったが、それについては純粋によかったと思う。

 そして、認めたくはないけれど……。

「コリンちゃん、何してんだ。君が道を見てくれないと進めないんだぜ」

 またしてもロバートの声が、思考を遮断した。

 コリンは、バドルを駆りながら思った。

 ずっと望んでいたはずの、旅の終わりが近づいている。
 でも、なぜだろう。こんなに、寂しいのは。

『自分のことを……そんな風に言うなよ。見捨てていい人間なんていない』
『俺は……魔王も倒して、ソルテスも救いたいと思っている』

 どうしてだろう。夏の遺跡で聞いたハヤトの言葉が、耳を離れないのは。



「なんだい、これは」

 ミランダが声をあげる。
 頂上付近までやってきた一行が見たのは、直径十メートルくらいの丸い台座だった。紋様のようなものが刻まれている。

 コリンが前に出る。寒さのためか、鼻が真っ赤だ。

「ここが、冬の精霊を奉る場所」
「ゴール地点ってわけか」

 ハヤトがマヤに支えられ、よろよろと歩いてきた。
 シェリルの頑張りのかいもあり、彼は話せる程度には回復した。

『誰?』

 女性の声が聞こえる。コリンが反応して言った。

「冬の精霊様。コリン・レディングです。契約に参りました」
『まあ』

 嬉しそうな声と共に、台座から一人の少女が現れた。

『久しぶりじゃない、コリン。少し背が伸びた?』

 見た目はコリンと同世代くらいだが、その所作一つ一つに、大人びた雰囲気と、異様な妖艶さが見られた。

「お久しぶりです。背は思ってたよりも伸びていなくて……」
『大丈夫よ、あなたはこれからもっときれいになるわ』
「ありがとうございます」

 冬の精霊は、これまでの精霊たちに比べると非常に親しみが持てそうだったが、契約の話をコリンから聞かせられると表情を変えた。

『なあるほど。つまりあなたたちは私と契約した時点で、聖域へ行く資格を手にするというわけね。コリンのお願いだからすぐに聞いてあげたいところだけれど、私の責任は重大だわ。悪いけど戦闘を通してテストさせてもらうわよ』

 ハヤトは頷く。

「はい。元からそのつもりでここまで来ました」
『いい心がけね、新しい勇者様とやら。でも、私は甘くないからね。コリン以外は、弱かったら殺してしまうわよ』

 ミランダはそれを聞くや否や歯を見せて笑うと、外套を捨てて槍を構えた。

「いいねえ、あんた! 実にわかりやすくていい! アタシはこういう展開をずっと待ってたんだよ! さあ、とっととやろうぜ!」

 マヤは「紫電」を抜く。

「ミランダさん。力を見せるだけでいいんですよ。本気を出して、倒してしまわないで下さいね」

 ロバートが笑いながら弓を構える。

「マヤちゃん、そりゃ言うだけ無駄だ」

 ハヤトも剣を抜く。体調は悪いままのようだが、その眼には力が戻っている。

「最初から本気で行こう、みんな。コリンとシェリルさんはサポートを頼む。戦いは俺たちがやる」

 シェリルは頷いて“魔力”の錬成に入る。
 コリンもナイフを抜いた。

『さあ、かかって来なさい!』

 冬の精霊が氷で剣を生成すると、吹雪が一層強くなる。
 こうして戦いが始まった。

「『ライトニングブースト』!」
「『オーラアロー』!」
「うおおおおっ!」

 剣戟と魔法が交錯する。
 一人の少女が、それを傍観していた。

『凍りなさい』

 精霊が魔法を放つと、その周囲に一瞬にして氷の道が精製された。
 魔法はハヤトに向かって一直線に進む。不調で「蒼きつるぎ」を出すこともできていないハヤトは動きも悪く、避けられそうにない。
 ミランダはそれを見て不敵に笑う。

「待ってました!」

 ミランダの体が輝くと、一瞬にして白銀色の鎧が装着された。
 彼女がかばうようにしてハヤトの前に立つと、魔法が鎧に吸われるようにしてに消え去った。

「悪い、ミランダさん」
「いいってことよ。これはアンタのための鎧だ!」

 ミランダがそう言ったのもつかの間、精霊がいつの間にかハヤトの背後にまで迫っていた。

『甘い!』

 またしても氷の魔法が炸裂する。
 だが、ハヤトの姿はそこにはない。
 精霊もさすがに驚きを隠せない様子だった。

『今度は、上!?』

 「翼」を発動させたマヤが、ハヤトを掴んで宙を舞っていた。
 吹雪のせいでうまく飛ぶことはできなかったが、攻撃を避けるには十分だった。

「ありがとう、マヤ」
「いいのよ。ハヤト君は『蒼きつるぎ』を出すのに集中して。ここは私とミランダさんで!」
「俺も忘れないでくれよな!」

 ロバートも弓を乱射する。
 冬の精霊は舌打ちした。

 だが。それよりももっと大きな舌打ちが、別の場所から発せられた。
 勇者一行の中で、ルー・アビントンだけが何もせず、ただ不満げにそれを見ていたのであった。


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