IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
14.「オータムの決闘」その5

 森の中の河原沿いで、一人の男が昼寝をしていた。
 男は全身黒装束で、左目に眼帯をつけている。
 近くから、草をかすめる音が聞こえる。誰かが近づいてくる。それでも彼は、寝転がっている。

 ひゅんと、彼の元に何かが飛んでくる。
 忍たちが使うクナイだ。
 男は目を閉じたまま、眼前でそれをはしと掴んだ。

 続けて別方向から同様の攻撃があったが、男は掴んだクナイでそれを弾く。

「はあっ!」

 すぐ後ろから、刀を持った一人の女が飛び出してきた。
 男はようやく右目を開くと、その場を転がって斬撃をよける。

 女はころころと転がる男に向けて剣を振るが、当たらない。女はきっと目を鋭くさせて、“波動”を練った。

「『火遁・豪炎牙(ごうえんが)』!」

 炎に包まれた刀が、男に突き刺さった。
 女は顔をぱっと明るくさせた。

「やった!」
「お前にはそう見えるのか」

 すぐ後ろから、男の声が聞こえた。女が驚いて自分の斬ったものをみると、それはただの木だった。
 女は悔しそうに刀を納めた。

「ちぇっ、まただめだったか」
「ちぇっ、じゃない。術まで使いおって。俺を殺す気か」
「でも、そうでもしないとあなたには勝てないわ」
「そういう問題ではない。それに人を斬っておいて喜ぶな」

 女は、口をとがらせた。

「あのくらいじゃどうせ死なないくせに。あなたに一太刀浴びせられるのはまだ先になりそうね」
「いいや、そろそろだな。今日は正直危なかった。お前がもう一手、奥の手を持っていたらやられていたろうな。術の際、体を持て余しているように感じた。今度からは二刀を使うといい。そうだな、短い剣がいいだろう。それだけで、もう俺のところまで届くだろう」

 男が頭をかいて言うと、女はうれしそうに言った。

「本当?」
「ああ」
「約束は、まだ有効でしょ?」
「約束?」
「もう。あなたに一太刀加えることができたら、一緒になるって言ってくれたじゃない」

 男は、はははと笑う。

「そうだったな。その約束はもうやめよう」
「えっ……。ど、どうして?」
「これ以上続けたら、本当に殺されかねん。今日で終わりだ」

 男は困惑する女を、抱きしめた。

「お前を愛している、アンバー。一緒になろう」
「ロック……!」

 女、アンバーは涙ぐんで男、ロックを見た。
 二人はしばらく、抱きあった。


「あね様ーっ、あに様ーっ!」

 そこに、一人の少女が走って現れた。
 二人はそれを聞いてぱっと離れた。
 少女は、不思議そうに彼らを見る。

「こんなところにいらっしゃったのですね。今日も修行ですか?」

 ロックはせきをして言った。

「ま、まあそんなところだ。シェリル、もう今日の修行は終わったのか?」

 シェリルは大きく返事をした。

「はい! おんばあ様に火遁術をみっつ、雷遁術をふたつほど習いました」
「ほう……。まだ修行を始めて一年にも満たないというのに……。やはりお前には天分があるようだ。こいつはうかうかしていられんな。よしアンバー、今日は三人で模擬戦闘をやろう」
「は、はい」
「あね様、どうかされましたか?」

 アンバーは少しばかりぶすっとして、シェリルの頭をわしわしとなでた。

「シェリル……貸しにしておく」
「貸し? 貸しってなんですか?」
「お前が大人になったら説明してやる! ロック、始めましょう」



 それからしばらく、月日が流れたころ。
 幸せな生活を送っていた彼らの元に、一つの災厄が舞い込んだ。





「侵入者だと?」

 フローラの屋敷で、ロックが言った。目の前には傷だらけの忍が手をついている。

「はい。おそらく人間ではありません。春の都を襲ったという、魔王率いる魔族軍団と思われます。奴らは我々の理外の術を使います。すでに神器のうちの剣が奪取されました」
「なんてこと……! 神器が狙われているというの。いったい何のために……」

 驚くアンバーの肩を叩いたのは、里長のフローラ婆である。

「魔族……。かつて蒼き勇者に封印された者たちだね。神器を解放してザイドの魔神でも復活させようってところだろう」
「春の都は新たな蒼き勇者である少女と、その仲間によって救済されたという話もあります。彼女たちの到着まで、持ちこたえるしかありません」

 ロックが畳を叩いた。

「他者に頼れというのか!? 何のために我ら秋の忍がいると思っている! 俺とアンバーの二人でどうにかしてみせる。いけるな、アンバー」
「ええ」
「お待ちなさいな」

 フローラが二人を制止した。

「忍頭を勤めるあんたたち二人に行かれたら、誰がここを守るというの。剣が奪取された以上、ここにある鏡だけは死守しなければならないよ。アンバーは第四、五班を率いて玉のある社に。ロックは第一、三班とここを守りな。いざとなったら私も出る」
「御意」

 アンバーとロックは目配せして、頷きあった。


 アンバー率いる忍者軍団は、玉の安置される社にたどり着いた。

「それらしき輩は、どこにも見あたりませんね」

 アンバーのすぐ後ろに控えるシェリルが言う。

「油断するな、第二班があれだけやられた相手だ。相当の使い手だぞ」

 その時、轟音と共に後ろから仲間の忍の悲鳴が聞こえた。
 アンバーが振り返ると、一人の魔術師風の男が立っていた。
 男は忍の一人の首に手をかけると、“魔力”を練り、その頭を爆散させた。
 アンバーたちはそれを見るや弾かれるように武器を取り出し、男に向かっていく。
 男はうすら笑いを浮かべていた。

「オータムの忍か……まだ生き残っていたとはな。邪魔をするなら皆殺しだ」

 忍たちは次々と術を放つ。
 だが、男は消え去るようにして攻撃を次々によけてみせた。

 両手に剣を持つアンバーが、男の死角を取った。
 彼女は躊躇せず術に入る。

「『火遁』……!」
「角度はいいが、いささか遅いな」

 男が雑に手をなぐと、突風が起こった。
 つむじ風に切られ、彼女の体じゅうに傷が刻まれた。

「うわああああっ!」
「あね様!」

 シェリルが助けに入る。
 男は、興味なさげに彼女を見ると、“魔力”の玉を造る。

「邪魔だ」
「おのれ、賊め! 『氷遁・白銀結晶』!」

 シェリルの手元から大きな氷柱が現れ、男に向かう。
 だが、男が手を掲げると、“魔力”の玉が一瞬にして細い矢となり、それを貫き破壊した。

「なにっ!?」
「どうせ無駄だが、うざったいので覚えてから死ぬといい。格上相手に言霊は厳禁だ」

 アンバーは、なんとか起きあがる。
 だが、彼女が見たのは、すでに死体となった仲間たちと、頭から流血して倒れるシェリルであった。

「シェ、シェリル……?」

 アンバーはシェリルを抱き上げた。
 頭を何かで撃ち抜かれ、すでに彼女は息絶えていた。
 アンバーは、信じられないといった風に唇を震わせた。

「大したことないな」

 男はすでに社から「玉」を持ち出していた。
 アンバーはクナイを投げるが、当たらない。

「きさま、絶対に許さんぞ……!」
「かまわん。興味がない。さて、最後の一つは屋敷だったな」
「ま、待て!」

 男はその場から消え去った。

 アンバーは、シェリルの骸をその場に寝かせて目を閉じてやると、屋敷へと向かう。



 アンバーは走った。
 仲間が死んだ。家族のように思っていたみんなや、シェリルが死んだ。
 あの男は、あまりにも強すぎる。次元が違いすぎる。
 自分一人では勝つことはできない。

 だが、ロックとおんばあなら。
 自分よりも強い彼らならきっと、あの憎たらしい魔族の男を倒してくれるはずだ。この恨みを晴らし、里を守ってくれるはずだ。

 だから一刻でも早く屋敷に戻り、少しでも役に立たなければ。

 そのとき、先の方角で爆発が起こった。
 いやな予感を感じ、アンバーはさらに急いだ。


「くるな、アンバー」

 里に戻ったアンバーが見たものは、炎に包まれ、煙を立てる屋敷と倒れる仲間たち、そして膝をついている傷だらけのロックであった。

 その先には、先程の男とフローラ婆が対峙していた。
 男は、感情のない声で言った。

「どいてくれ」

 フローラの体はロックと同様傷だらけだったが、彼女はなお、闘志に満ちた瞳で男をにらんでいた。

「去ね、小僧」
「諦めが悪い人だ。ではあなたは、その小僧に殺されることになる」
「黙れ、魔性の者!」
「おんばあっ!」

 アンバーが叫んだ時には、フローラ婆は“魔力”の槍にその胸を貫かれ、倒れていた。

 男は何事もなかったかのように、死体となった彼女の体を足でのけ、崩壊した屋敷の向こうへと歩いてゆく。

 それを見たアンバーは激昂し、双剣を抜く。

「きさまあああっ!」

 男が振り返った。すでに、先ほどフローラを殺した際に使った“魔力”の槍が、アンバーの元へと向かっていた。
 アンバーは、死を覚悟した。

「ぐっ!」

 だがその前に、ロックが飛び出して彼女をかばった。
 “魔力”の槍は、彼の胸を貫いた。

「ロッ……!」

 アンバーにはその様子が、スローモーションのようにして見えた。
 ロックは血を吐きながらも、アンバーを抱きしめて“波動”を練ると、その場から消えた。

 男は興味なさげにそれを見送ったあと、屋敷の残骸の中へと入っていった。


 炎に包まれた森の中で、黒い服を着た男が倒れている。
 傍らには、同様の服を着た一人の女性が寄り添うようにして座り、肩をふるわせていた。

「泣くな……俺は後悔などしていない」

 ロックが、言った。その声は優しかった。
 アンバーは、いやいやをするように首をふる。
 頬を涙が伝った。

「嫌だ……あなたがどう思おうと、私はこんなの、嫌だ……」
「おまえに、涙など似合わない」

 アンバーは、すがるように言った。

「だったら、立ち上がってよ……また、抱きしめてよ……」
「すまない。もう、できそうにない。これが、俺たちの運命だったのだ」
「こんなのって、ない……」

 森の炎が、どんどん強さを増す。
 アンバーは絶望の中で思った。これで里は終わりだ。

 ロックは苦しそうにうめく。
 アンバーは彼の手を取り、強くつかんだ。

「早く、行け。おまえだけでも生き延びるのだ」
「行けるわけ、ないでしょ……私も、このまま一緒に……」

 もはや、生きている理由などない。
 だが、ロックは息を荒げながらも、強い口調で言う。

「馬鹿者……! おまえにはやらねばならぬことがあるのだろう……!」
「私、何を信じればいいのか、もう、わからないの」

 ロックはせきをしながら、手に力を込めた。
 その口から、どす黒い血が吹き出す。
 アンバーが、それを見て表情を変えた。

「何を……!?」
「ならば、生きていてくれればよい……おまえが、生きてさえいてくれれば、私は」

 ロックの手がから光があふれ、アンバーを包み込む。

「生きよ。さらばだ……」
「ロック! ロックッ!」

 ロックは、笑みを浮かべた。
 アンバーは、最後まで彼の名前を呼び続けた。


「……じょうぶですか、だいじょうぶですか」

 アンバーが気づくと、そこはザイド・オータムの山岳地帯の入り口付近だった。
 誰かが回復魔法をかけてくれたようだった。彼女は、なんとか起きあがった。
 黒髪の少女が、彼女の肩を掴んだ。

「まだ、動かないで。傷が開くわ」
「ロック、ロックッ……!」

 アンバーは、遙か先で立ち上る煙を、ただ見ていることしかできない。
 山の植物は、すでに全て枯れていた。



 ハヤトには、何も言えなかった。
 ただ、アンバーの顔を見ることしか、できなかった。
 彼女は無表情で彼に言った。

「どういうことだ、とでも言いたそうだな」

 混乱していた。
 今見たものは、いったい何だと言うのだ。

「ど、どうしたの、ハヤト君?」

 マヤが彼の肩に手を置く。
 どうやら、自分しか見ていないらしい。

「アンバーさん、今のは……」
「真実だ。私の身に起こった、全てだ」
「で、でも……!」

 ハヤトは、振り返る。
 ロックが不思議そうに見返してくる。シェリルも、きょとんとしている。

 ハヤトには、それを形容すべき言葉が出てこない。

 どういうことなのだ。

 アンバーは表情を変えずに、彼を見る。

「言ったろう。『蒼きつるぎ』の力は私たちの理解を超えていると。はっきり言って私にも、なぜこんなことが起こっているのか検討もつかぬ。しかし……どちらにせよこの現状は悪い冗談だ。まさに絶望と呼ぶにふさわしいだろう」
「で、でも! ロックさんたちはここにいるじゃないですか」
「確かに、そうかもしれない。だが私からすれば、今見ているものは幻、または悪夢でしかない。……ハヤト、お前にも同じ事が、起きるのかもしれないのだぞ」

 ハヤトが返答しかねているうちに、空間にびしびしと亀裂が入り始めた。

「どうやら答えは出ないようだな。せいぜい悩んでくれ。それでも進むというのなら行くがいい。それこそが君の運命という奴なのかもしれんな」
「運命……」
「運命が定まった時に、また会おう」

 アンバーの作った空間が、崩壊を始める。
 ハヤトには、何も言い返せなかった。

 運命。
 それがもし、アンバーの言う悪夢、絶望といったものに向かうのだとすれば。
 それにあらがう手段は、存在するのだろうか。

「シェリル、そしてロック」

 アンバーは、静かに言った。

「アンバーという女のことはどうかもう……忘れてくれ。神器も返す。これで全て、元通りだ。私たちとお前たちは、表現するのが難しいのだが……もはやわかりあえない」
「アンバー、拙者はそうは思わない! お前が戻ってくればといつも、そう考えていた」
「拙者……ね」

 アンバーはそれを聞いてなおさら悲しげにした。

「アンバー、拙者は!」
「アンバー・メイリッジは死んだのだ。忘れてやってくれ。おそらくそれが、お前たちが知るアンバーという女が一番望むことだ」
「あね様!」

 アンバーはそれ以上、何も言わなかった。

 その後、ハヤトを始めとした八人の戦士たちは秋の忍に戻り、神器を元の位置へと戻した。
 里の忍たちは大いに喜び、ハヤトたちを英雄としてもてはやした。
 だが、忍頭たるロックと元秋の忍であるシェリル、そして勇者のハヤトに笑顔はなかった。

 アンバー・メイリッジの姿は、そこにはなかった。


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