シェリルは必死に自分を追う手裏剣をよけ続けた。アンバーはそれをただ見ている。 「あね様っ! どうか……どうかこの戦いを!」 アンバーはそれを聞いて、手裏剣をひとつ増やした。彼女の表情に、感情はない。 シェリルは「ウォール」を精製するが、複数の手裏剣がびしびしびしと命中すると、すぐに壊れてしまった。 アンバーはつまらなそうに、手裏剣をもうひとつ手のひらに作り、確実に彼女の顔にねらいを定め、投擲した。 シェリルは反応できない。 「うっ!」 そこに、小柄な少女が飛び出してかばった。 「コ、コリン!」 コリンは腹に手を押しつけて転がり、自分にも向かってくるそれをかわす。手裏剣が次々と地面に突き刺さる。 「シェリルは、私が守る」 コリンは、手裏剣の飛び交うシェリルの前に立ち、ナイフで必死にはじく。だが、三、四回ほど手裏剣を叩いただけで、ナイフの刃はボロボロになってしまった。 「ダメか……!」 「いいえ、まだよ!」 今度はマヤがやってきた。彼女も竜巻の攻撃の影響で、体のそこらじゅうに傷を作り、髪も衣服もぐしゃぐしゃだった。 それでもマヤは力を振り絞って「紫電」を振り回す。 「……不愉快極まりない光景だな」 アンバーがつぶやいた。 これだけの力の差を見せつけられて、なぜ諦めないのだろうか。 このパーティに勝ち目はもはや、ないはずだ。 アンバーは、指をはじいて現在の倍以上の手裏剣を精製する。 「終わりにさせてもらう。……さらばだ」 アンバーは、ほんの少しばかり名残惜しげに、手をかざす。 手裏剣が、彼女らの元へと向かう。 「うおおおお!」 その時。 手裏剣に向かって、人影が現れた。 手裏剣全てが、強烈な勢いでその人物に向け、命中する。 土煙が立ち上り、アンバーは勝利を確信したが、声が返ってきた。 「おい、くそ女」 ミランダの声だった。 アンバーが少しばかり驚く。 煙から出てきた彼女は、白銀の甲冑を身にまとっていた。 ほぼ全身を包んでいる鎧には傷ひとつなく、きらきらと光を反射していた。顔まで包む兜の部分から、ミランダの力強い瞳が、アンバーを見据えていた。 「おめーは……一回ぶっとばさなきゃ気がすまねえ」 アンバーの眉間にしわが寄る。 ◆ 「な、なに、あれは」 コリンが驚いた様子で言った。 そこに手裏剣が迫っていたが、目の前にハヤトが現れ、「蒼きつるぎ」でその窮地を救った。 「大丈夫か、みんな」 マヤが剣を地面につきながらも言う。 「ハヤト君、もしかしてあれは……!」 「ああ。きっとあれはミランダさんの『力』だ」 「違うよ、ハヤト」 ミランダが訂正する。 「こいつはたぶん、あんたのための力だ。アタシが大事なあんたを守るための……『鎧』だ」 ミランダは、拳をぐっと握った。 アンバーは、それをけだるそうに見ていた。 「この期に及んで……。その『力』が、どんな意味を持つのかも知らずに……」 「おい。もうやめろよ、そのもったいぶった言い方は。こいつは『蒼きつるぎ』の効力なんだろ?」 「黙れ、これで同等だと思ったら大間違いだぞ」 アンバーは手裏剣を乱射する。 ミランダはその場に構え、拳でそれらをすべて弾く。 瞬間、手に当たった手裏剣がすべて消滅したのを見て、アンバーがぴくりと反応する。 「なに……?」 ミランダは満足げに笑った。 「力があふれて止まらねえ……! いいぞ、こいつは!」 「『雷遁・槍』」 アンバーは間をおかず、手元から雷の槍を精製し投擲する。 ミランダは大声をあげながら、それをつかみとった。 「『……四十五(しじゅうご)』!」 アンバーは同様のものを次から次へとミランダへと向ける。 轟音と共に、ばちばちとはじけながら光る槍が降る。 ミランダはそれらをとらえきれず、体に数本がつき刺さる。 ハヤトたちが声をあげようとしたその時、「槍」はまたしても消滅した。 アンバーはそれを確認すると、表情を変えた。彼女は明らかな動揺を見せていた。 「まさか、ここに来て……! その能力は!」 「だから、ごたごたとうるせえんだよ」 ミランダが宙を蹴る。 スピードそのものはさきほどまでと変わっていない。アンバーはミランダの拳を軽々とかわし、刀で反撃に出る。 だが、鎧にぶつかった刀はその場で火花を起こすと、元々彼女が持っていた短剣へと姿を変えた。 アンバーは思わず叫ぶ。 「“魔力”そのものを……否定しているというのか!?」 アンバーは“魔力”を練り、大きな“魔力”の塊を造った。 「認めんぞ、そんな力! 『星遁・月塊(げっかい)』!」 「っるせええええええっ!」 ミランダの拳がアンバーの頬にぶち当たる。 瞬間、輝きが起こり、アンバーの姿が元に戻った。 ミランダの鎧も同時に剥がれ、空中に消えた。 アンバーはとっさに彼女を蹴りとばしたが、ミランダは笑っていた。 「ま……一発入れたことだしな……決めはたのむぜ、ハヤト」 「ああ」 アンバーの頭上に、「蒼きつるぎ」を上空に掲げたハヤトがいた。 今、自分が持つ力をすべて込めて。 蒼き輝きをまとうハヤトは、その剣を振りおろした。 「『蒼牙斬翔破(そうがざんしょうは)』!」 周囲の空間が大きく振動し、蒼き斬光はアンバーの胸元に炸裂した。 ◆ ハヤトとアンバーは、同時に膝をついて倒れた。 マヤたちが駆け寄る。 ハヤトは“魔力”を使いすぎたのか、憔悴しきっていた。 ミランダの力を覚醒させた際に少し回復したかと思っていたが、マヤの時と同様、一時的なものだったようだ。 シェリルがすぐに回復を試みる。 コリンは、アンバーの体を拘束しようとしたが、彼女は遠い目で空を見ていた。体には大きな傷が刻まれている。 そして、彼女は静かに言った。 「心配せずとも、今の攻撃を食らってはもう動けん。お前たちの勝ちだ」 瓦礫をかきわけて、ミランダを肩に抱いたロバートとルーが歩いてきた。三人ともぼろぼろである。 ロバートは驚いた様子でアンバーを見た。 「……あの状況から、勝ったってのか? 信じられねえ」 「そうだよ、あんたたちがのびてた間に、アタシとハヤトの二人でね」 ハヤトの治療を終えたシェリルは、アンバーにも回復魔法をかけ始めた。コリンが止めたが、シェリルは無視した。 アンバーも思わず言った。 「やめろ。治ったとたんに暴れるかもしれんぞ」 「嫌です。あね様が暴れるのも、もう嫌です」 アンバーはため息をつく。シェリルには少しばかり、先ほどまでと様子が変わっているように思えた。 「お前という奴は……変わらんな」 「アンバー!」 体中を傷だらけにしたロックが駆け寄ってきた。 アンバーは彼を見て、ほんの一瞬だけ、さみしげにほほえんだように見えた。 「アンバーさん、俺たちの力は全部見せました。これで、認めてもらえますか」 立ち上がったハヤトが改めて問う。 アンバーは地面に寝そべったままこたえた。 「過程はどうあれ、君たちは勝利し、私は負けた。持って行け」 アンバーは三つの神器を地面に置いた。 「だが、忠告しておきたいことがいくつかある。それこそが、私が君たちの旅を止めようとした理由でもある。どうか聞いて欲しい」 ハヤトは頷いた。 「ハヤト、私は君に出会った時『力を使うな』と何度も言ったな。あれは……今のソルテスのように、なって欲しくなかったからだ」 「どういうことですか」 「私の憶測に過ぎないが……彼女はおそらく、『蒼きつるぎ』による『ブレイク』を公使しすぎた」 「『ブレイク』……」 アンバーは起きあがると、マヤ、ミランダを指さした。 「『翼』と『鎧』。君たちの力は、ハヤトの『蒼きつるぎ』によって個々の能力や才能といったものの限界を『破壊』されたことによって生まれる力『ブレイク』という。かつてソルテスは、危機に陥るたびに仲間をこの力に覚醒させ、魔族との戦いを勝ち抜いていった。……どんな逆境でも、な。これが何を意味するかわかるか」 ハヤトには、すぐにわかった。 今の自分たちと全く、同じだ。 アンバーは続ける。 「私はその力に、違和感を覚えていた。彼女たちが少しでも正義をはき違えば、世界が一変してしまうほどに、強大な力だったからだ。そう思って私はあの集団を抜けた。確かに彼女たちは世界を救ったが……結果として、この世界の新たな脅威となった」 ハヤトたちはつばを飲む。 アンバーが何をいいたいのか、彼らにはわかった。 「彼女たちが魔王との決戦で何を見たのかはわからぬ。だが私は……ひょっとしたら『蒼きつるぎ』こそが、その原因ではないのかと思っている。そして、魔王を倒したあと、君たちが新たな魔王になるのではないのかと、考えている」 「ありえねえ」 ミランダがすぐに反論した。 「アタシたちが、魔王になろうだなんて考えるもんか。それにどうして、『蒼きつるぎ』が原因になるんだよ」 「『蒼きつるぎ』が時折、紅い“波動”を見せることを知っているのではないか? ハヤトの剣にも、すでに紅き力が宿っているはずだ」 ハヤトはマヤの力を覚醒させた時から、「蒼きつるぎ」の柄の先端部分に、紅いひものようなもの現れるようになったのを思い出した。すぐに、「つるぎ」を呼び出す。 「あ……」 全員が、言った。 剣の柄までが、紅くなっていた。広がっている。 アンバーはそれを少し寂しげにみる。 「力が覚醒するたび、紅き“波動”が現れるようになる。それが何を意味するかは知らんが、ソルテスの剣はだんだんと紅くなっていき、魔王との決戦の前には刀身そのものが真っ赤になることすらあった」 ハヤトは、鮮烈に思い出す。 ベルスタで見たユイの髪は、真っ赤だった。 「『蒼きつるぎ』の力は、私たち人間の理解を遙かにこえている。だから私は、ソルテスとハヤトの接触を阻止したかった。……魔王軍はおそらく、君の力を狙っている。進むというのならもう止めはせん。しかしハヤト、注意してくれ。君が考えているよりも遙かに、その力は危険なのだ」 ハヤトは、頷いた。 「わかりました。でも、それでも俺は……あいつに会いたいと思っています」 なおさら、であった。 それならばユイを、自分が止めなければ。 「……ならば約束してくれないか。どんな絶望が待っていても、それを受け止めると」 「絶望……?」 「待っているのはきっと、絶望だ。……今の私の状況のように、な」 ハヤトは、三つの神器に触れる。 “魔力”に包まれ、加護が始まる。 「だったらその絶望を、希望に変えてみせます」 アンバーは、厳しい目つきで彼を見た。 「では見ろ、私の絶望を。それでもなお同じことが言えれば、私はお前に協力しよう」 彼の視界が真っ白になった。 |