IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
14.「オータムの決闘」その3

「す、すごい……」

 マヤが思わずつぶやいた。
 剣を振り切ったハヤトが、爆発で起こった煙から飛び出して着地すると、空に放り出されていたアンバーが力なく、地面にどしゃりと倒れた。

 ハヤトも、驚きを隠せなかった。
 たった一週間の修行だけで、これほど変わるとは。
 確かに言霊を込めることで、今までにないくらい、攻撃がうまく決まった感じがした。

「すごいな、今のがハヤト君の新しい技か。まさか一発で倒しちまうなんてな」
「さすがルーの未来のお婿さんなの!」

 ロバートとルーが歩いてきた。

「みんな大丈夫だったみたいですね」
「ああ、ミランダがちょっとばかりやられたみたいだが、すぐに戻って来るだろ」

 五人は倒れるアンバーを取り囲んだ。

「アンバーさん。神器を渡してください」

 アンバーは、その場に大の字になって言った。

「いいや……ダメだな」
「どうして!」
「わからないのか……? ハヤト、今のお前の技は確かに強力なものだった。だが、私の分身を殺せないくらいでは、ソルテスに勝てる訳がない」
「分身……?」

 その時、屋敷の壁が爆発し、二人の人影が現れた。

 片方は先ほどアンバーにやられたはずロックだった。必死に忍刀を振るっている。
 それをパリーしながら戦っていたのは、アンバーその人であった。

 彼女の周りには、小さな勾玉、装飾の施された鉛色の鏡が浮かんでおり、腰には精霊のご神刀が下げられていた。

 マヤが驚きの声を上げる。

「そんな! じゃあ今まで戦っていたのは……」

 全員が、囲っていたアンバーを見る。
 アンバーの「分身」だったものは、跡形もなく消えていた。

 本物のアンバーとロックは、またしても超スピードで戦いを繰り広げていた。
 しかし、今回は多少、ロックが劣性だった。

「ちいっ……!」
「時間稼ぎは終わった。お前は用済みだ」

 アンバーが精霊のご神刀を抜くと、“魔力”の衝撃が起こり、ロックは吹き飛ばされた。
 アンバーはその場で立ち止まり、ハヤトを見据えて言った。

「本番はここからだ、『蒼きつるぎ』の勇者! 私はもう、お前をこれ以上進ませないッ!」

 勾玉と鏡が、アンバーの体へと吸収される。同時に、紅い色のオーラが彼女の体を包み込み、胸の部分に輝くひびが入った。

「あ、あれは……!?」

 ハヤトとマヤが反応する。
 見覚えがある。
 「ザイド・アトランティック」号の一件で、マヤが見せたものと同じだ。

 アンバーはご神刀を逆手に持ちかえると、雄叫びと共に、それを自分の胸に突き刺した。

「『ブレイク』ッ!」

 アンバーの「亀裂」が、はじけとんだ。



 その場にいる全員が、目をみはった。
 さっきまで屋敷だった世界が、大きく開けている。
 やはり秋の忍び里に酷似したもので、長屋や武家屋敷、遠目には山も見える。

 そしてご神刀を突き刺したアンバーは、明らかに先ほどまでと様子が変わっていた。

 黒ずくめだった衣装は、髪の色と同じ、紫色の屈強な鎧のようなものに変化し、束ねられていた髪は不自然なほど伸び、彼女の力を誇示するかのように、ゆらゆらと揺れていた。
 そしてその瞳は、真っ赤に染まっていた。
 アンバーはそれを確認すると、手をぐっと握った。

「成功だ……。これで私は、魔王と戦える。だがその前に……」

 アンバーは、両腰に下がる刀を同時に抜いた。短剣ではなく、先ほどのご神刀に近い、長い太刀である。

「聞き分けの悪いお前らを、全員立てなくする必要がありそうだ」

 ハヤトたちは武器を構えた。
 “魔力”を練りながら、マヤが言う。

「ハヤト君、あれは……」
「ああ……。原理はわからないが、マヤの『翼』の力と同じだ!」

 ロバートが矢をつがえた。

「あんなの、どうせこけおどしだ! 『オーラアロー』!」

 アンバーは“魔力”の矢を、剣で軽々と弾く。
 彼女は上を見る。すでに無数のエッジが向かってきていた。

「『インフィニティ・エッジ』なの!」

 どかどかどか、と激しい音を立てながらルーの「エッジ」が落ちる。
 だが、その全てを受けたアンバーには傷一つついていなかった。
 彼女は、ロバートとルーをにらみつけた。

「どけ」

 瞬間、“魔力”の衝撃波が起こる。ロバートとルーの二人が、はじき飛ばされるようにして屋敷の壁にたたきつけられた。

「マヤ、二人で行くぞ!」
「ええっ! 『ライトニングブースト』!」

 マヤとハヤトが地を蹴った。目標への到達が速かったのはマヤである。

「はあああっ!」

 マヤは思い切り「紫電」をたたきつける。
 アンバーは刀でそれを軽々と受け止めた。

「私の分身と互角以下では、『相応の力』とは呼べぬ」

 アンバーは雑に腕をないだ。
 それだけで、マヤは猛烈な勢いで上空に飛ばされていった。

 その隙をめがけ、ハヤトが「蒼きつるぎ」で攻撃に出る。

「おおおおっ!『蒼刃破斬』!」

 アンバーは、もう片方の刀でそれを受けた。

 “魔力”の火花が散ると同時に周囲の空間がじわりとゆがみ、地面がはじけた。
 それでも、アンバーはまだその場から一歩たりとも動いていない。

「くそっ! 『障壁』か!?」
「ハヤト……残念だが私は、まだそれすらも使っていないぞ」
「なっ……!」
「そうだ。これが、今のお前と魔王軍の使っている力の差だ! お前には、勝てる要素が何一つないッ!」

 アンバーが、ようやく動く。
 彼女はハヤトの剣をはじくと、一歩踏み込んで強烈な突きを胸に打つ。

「吹き飛べッ!」

 ハヤトの鎧は一瞬にして剥がれ、彼の体はきりもみ回転しながら屋敷の方向へと飛ばされた。



 ハヤトを吹き飛ばしたアンバーは、刀を納めようとしたが、はっとして飛んできたクナイを弾いた。
 弾かれたクナイは、そのまま消滅してしまった。

「これが、お前の狙いだったというのか」

 ロックが、苦しげに肩を掴んで歩いてきた。
 アンバーは無表情で答えた。

「お前が知る必要はない」
「その力で、あのソルテスという女と戦うのだな」
「黙れ、関係ないことだ」
「関係は、ある」

 ロックは、折れてしまった忍刀をアンバーへと向ける。
 彼は、変貌した彼女の姿を見て、少し悲しそうに言った。

「お前はなぜ、拙者に何も話してくれなかったのだ……。里を襲うなどという形でなければ、力になれた可能性もあった」
「これはもはや、そんな生ぬるい話ではないのだ。もう私に顔を見せるなと、言ったはずだ」
「いいや。拙者はお前を連れ戻し、また……」
「言うな。お前の言葉は、私には届かぬ」
「ならば、届かせてみせる……アンバー、拙者に全て話せ。そして楽になれ。あの頃のように」

 アンバーは、髪を少しばかり逆立てた。

「あの頃……あの頃とは、いつのことだ……!」
「お前がまだ旅に出る前……お前が私に寄り添い、私もそうした……あの頃に」

 アンバーはそれを聞くや否や表情を変え、かっと目を開いた。

「偽物……!」
「なんだ、何を言っている……?」
「偽物なのだ。どれもこれも……! まったく不愉快だ……! 不愉快でならないっ!」

 アンバーは地面を蹴り、刀を空中で振り“魔力”を精製する。

「散れ!『風遁・豪螺旋(ごうらせん)』!」

 アンバーが刀を一回転するように振ると、強大な風が起こり、風は竜巻となった。

 竜巻はどんどん範囲を広げ、周囲の全てを拒絶し始めた。
 ロックはそれが近づいてくるのを、ただ見ているしかなかった。

 だがその時。彼の目の前に、人が現れた。
 竜巻を、蒼き“波動”が受け止めた。
 ロックは思わず声をあげた。

「勇者、ハヤト……!」
「偽物って……ロックさんは、ここにいるじゃないか!」

 ハヤトはもはやぼろぼろだったが、「蒼きつるぎ」を竜巻に向ける。
 アンバーが叫ぶ。

「お前も本当に聞き分けが悪い奴だ。力の差は歴然。それ以上抵抗すれば、殺さざるを得なくなるぞ!」
「こんなところで死んでたまるか! 俺は、ユイに会うんだっ!」

 アンバーは、ハヤトの名前を叫んだ。
 竜巻は、里全体を包み込んだ。



 全壊した屋敷の瓦礫が、ぐらりと動いた。

「めちゃくちゃだな……」

 その中から現れたミランダがつぶやいた。どうやら、シェリルが「ウォール」を精製して、彼女を瓦礫の被害から守ったようだった。

「だ、だいじょうぶですか?」
「フン、礼だけは言っておくよ。助かった。……だが、どうしてあの時、あいつに攻撃しなかった。アタシは言ったはずだ。戦わなきゃ、何も戻ってこないってな。見てみろ、あの女の変貌ぶりを」

 ミランダがあごをしゃくる先には、アンバーが立っていた。彼女はこちらではなく、先ほど攻撃したロックとハヤトのほうを見ていた。
 シェリルはつばを飲む。

「あね様……」
「あんたのあね様とやらは、もうあんたなんか見ちゃいねえ。あいつはあいつで、やるべきことがあるんだろうよ」

 ミランダは、間を置いて言った。「でもよ」

「あんたがここで諦めなかったら、何かが変わるかもしれねえんだ。可能性は低いかもしれねえよ。でも、決してゼロじゃねえ」
「ミランダさん……」
「アタシは当然の事を言っているだけだ。だからそんな神妙そうに見てるんじゃねえ。てめーにできることをしな」

 シェリルは、うつむきつつも、ミランダが負った怪我を魔法で治す。
 そして、顔をあげた。

「あね様には……何ひとつ、勝ったことがありませんでした。で、でも……私が立ち向かうことで、あの人を少しでも、楽にできるのなら……!」

 シェリルは“魔力”を練る。
 アンバーがそれに反応してこちらを見たが、彼女はすぐに向き直った。
 シェリルはその様子に愕然とした。
 明らかに、自分に興味すら示していない。
 恐怖に支配されそうになる。
 「あに様」ロックや、勇者ハヤトの攻撃も全く通じなかった。今の彼女に自分が攻撃したところで、どうなるというのだ。

「だから、考えんじゃねえよ!」

 背後からミランダの怒号が飛ぶ。

「躊躇してる時間は無駄なんだ。ぶっ飛ばせ。今できる全力でぶつかれ。じゃねえと、前になんか進めねえんだよッ!」

 だんだんと、シェリルの中に熱い気持ちが生まれてゆく。
 彼女は、きっとアンバーを見つめた。

「私……こんなの、怖いし、やりたくもない……! でも、あなたの言うとおりかもしれない。私は、あね様を取り戻したいのっ! だから……!」

 シェリルが地面に手をつくと、地が“魔力”で盛り上がった。

「『ランドスネーク』ッ!」

 「ランドスネーク」は蛇のようにぐねぐねと曲がりながらアンバーへと向かった。
 アンバーのすぐ近くで、大きな地面の爆発が起こる。

「あね様! どうか戦いをやめてください!」

 だが、アンバーは無傷だった。やはりこちらを見てすらいない。シェリルは 何度も「あね様」と呼びながら魔法を撃ち続ける。
 しかし、アンバーは視線すらくれず、前を見ている。

 やがて、視線の先に積まれた瓦礫から、ハヤトが現れた。すでに息も絶え絶えと言った様子だ。

「さっきの技は、完全に直撃したはずだ。お前が立てたのは奇跡だな。それとも『蒼きつるぎ』の力か」
「負ける訳には……いかない!」

 ハヤトの剣幕に、さすがのアンバーも少々驚いた様子だった。

「いったいなにが、お前をそうさせるというのだ?」
「ユイは、兄貴の俺が止めなきゃならないんだっ!」

 ハヤトは猛然と突進し、アンバーに「蒼きつるぎ」を振るう。
 一撃を刀で受けたアンバーの体が、後方に押された。

「こいつっ……! どこにそんな力がっ!」

 アンバーは二本の刀で、確実にハヤトに傷をつけていく。
 しかし、ダメージを受けながらも、だんだんと「蒼きつるぎ」を持つハヤトの動きが速くなっていく。

 ぎぎぎぎ、がががが、と金属音が乱射する。
 火花が飛び散り、アンバーとハヤトの声が漏れる。

 アンバーは再び、突きを放つ。
 対してハヤトは間合いに踏み込み、「蒼きつるぎ」に力を込める。

 アンバーはもう片方の刀で迎撃しようとしたその時、地面に穴があき、彼女はバランスを崩した。
 アンバーは、この状況にも関わらず、思わず振り返った。

「シェリルか……!」
「『蒼刃……破斬』っ!」

 アンバーの横っ腹に向け、蒼き“波動”が炸裂した。



 ハヤトはその場に膝をついた。
 息は荒く、そこかしこに刀傷がついていた。
 おそらくは気絶するほどの痛みがあるのだろうが、もはやそれを感じる余裕すらなかった。ひょっとしたら、「蒼きつるぎ」がそうさせているのかもしれない。

「満足したか? ハヤト」

 背後にアンバーが立っていた。先ほどの攻撃での傷は、わずかなものだった。

 全力の一撃が決まったというのに、この程度だなんて。
 ハヤトにはもはや、抵抗する力が残っていなかった。

「ならば、そこでくたばれ。おまえはもう、ここから出さぬ」

 アンバーは彼の腹を蹴り飛ばした。
 視線の先には、シェリルが立っている。

「お前もだ、幻よ。過去はここで全て精算していく」
「あね様……いったい何を言っているのか、私にはわかりません!」
「理解は求めていない」

 アンバーの周囲に、“魔力”で作られた手裏剣がいくつも精製された。
 彼女は冷たい視線をシェリルに投げかけ、言った。

「死ね」

 手裏剣が向かっていく。
 シェリルはおびえつつも、必死に“魔力”を練る。


「ってえ……」

 一方、アンバーに蹴り飛ばされたハヤトは、背後の声に反応して上を見た。

「ミランダ……さん」

 彼女の顔がすぐ目の前にあった。どうやら自分の体を受け止めてくれたようだった。
 ミランダはその場にハヤトを座らせると、後ろから彼をぎゅっと抱いた。

「ハヤトよお……こんなにやられちまって……ますますいい男になっちまったな」
「ミランダさん……俺、アンバーさんには……」
「その先は、頼むから言わないでくれ」

 ミランダは、彼をさらに強く抱く。
 彼女の肩は、少しばかりふるえていた。

「悔しいよな、ハヤト……アタシたちは最強パーティのはずなのに。あんなくだらねえ『術』なんてもんに……あんな、この世の不幸を全部おっかぶってますよって顔した女に、歯が立たねえなんてよ」

 ハヤトは何も応えられない。

「アタシは春の都を出てから、ムカついてしょうがねえんだ。クソの役にも立たねえ、自分自身に。シェリルの奴に説教垂れといて、動けもしねえアタシ自身に……! もっと力があれば……! あんたを助けてやれる、力があれば……!」

 そのとき、ミランダの腕に、びしびしと青白い亀裂が入った。
 ハヤトはそれに気づき、はっとした。

「どうにか、してえんだよ……! 自分と、この現状を、ぶっ壊してやりてえ……! 力が欲しいんだよ、ハヤトッ!!」

 ミランダの体中に、亀裂が刻まれる。
 ハヤトは、その腕に触れた。

 「蒼きつるぎ」が現れ、彼女の体を貫いた。


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