「す、すごい……」 マヤが思わずつぶやいた。 剣を振り切ったハヤトが、爆発で起こった煙から飛び出して着地すると、空に放り出されていたアンバーが力なく、地面にどしゃりと倒れた。 ハヤトも、驚きを隠せなかった。 たった一週間の修行だけで、これほど変わるとは。 確かに言霊を込めることで、今までにないくらい、攻撃がうまく決まった感じがした。 「すごいな、今のがハヤト君の新しい技か。まさか一発で倒しちまうなんてな」 「さすがルーの未来のお婿さんなの!」 ロバートとルーが歩いてきた。 「みんな大丈夫だったみたいですね」 「ああ、ミランダがちょっとばかりやられたみたいだが、すぐに戻って来るだろ」 五人は倒れるアンバーを取り囲んだ。 「アンバーさん。神器を渡してください」 アンバーは、その場に大の字になって言った。 「いいや……ダメだな」 「どうして!」 「わからないのか……? ハヤト、今のお前の技は確かに強力なものだった。だが、私の分身を殺せないくらいでは、ソルテスに勝てる訳がない」 「分身……?」 その時、屋敷の壁が爆発し、二人の人影が現れた。 片方は先ほどアンバーにやられたはずロックだった。必死に忍刀を振るっている。 それをパリーしながら戦っていたのは、アンバーその人であった。 彼女の周りには、小さな勾玉、装飾の施された鉛色の鏡が浮かんでおり、腰には精霊のご神刀が下げられていた。 マヤが驚きの声を上げる。 「そんな! じゃあ今まで戦っていたのは……」 全員が、囲っていたアンバーを見る。 アンバーの「分身」だったものは、跡形もなく消えていた。 本物のアンバーとロックは、またしても超スピードで戦いを繰り広げていた。 しかし、今回は多少、ロックが劣性だった。 「ちいっ……!」 「時間稼ぎは終わった。お前は用済みだ」 アンバーが精霊のご神刀を抜くと、“魔力”の衝撃が起こり、ロックは吹き飛ばされた。 アンバーはその場で立ち止まり、ハヤトを見据えて言った。 「本番はここからだ、『蒼きつるぎ』の勇者! 私はもう、お前をこれ以上進ませないッ!」 勾玉と鏡が、アンバーの体へと吸収される。同時に、紅い色のオーラが彼女の体を包み込み、胸の部分に輝くひびが入った。 「あ、あれは……!?」 ハヤトとマヤが反応する。 見覚えがある。 「ザイド・アトランティック」号の一件で、マヤが見せたものと同じだ。 アンバーはご神刀を逆手に持ちかえると、雄叫びと共に、それを自分の胸に突き刺した。 「『ブレイク』ッ!」 アンバーの「亀裂」が、はじけとんだ。 ◆ その場にいる全員が、目をみはった。 さっきまで屋敷だった世界が、大きく開けている。 やはり秋の忍び里に酷似したもので、長屋や武家屋敷、遠目には山も見える。 そしてご神刀を突き刺したアンバーは、明らかに先ほどまでと様子が変わっていた。 黒ずくめだった衣装は、髪の色と同じ、紫色の屈強な鎧のようなものに変化し、束ねられていた髪は不自然なほど伸び、彼女の力を誇示するかのように、ゆらゆらと揺れていた。 そしてその瞳は、真っ赤に染まっていた。 アンバーはそれを確認すると、手をぐっと握った。 「成功だ……。これで私は、魔王と戦える。だがその前に……」 アンバーは、両腰に下がる刀を同時に抜いた。短剣ではなく、先ほどのご神刀に近い、長い太刀である。 「聞き分けの悪いお前らを、全員立てなくする必要がありそうだ」 ハヤトたちは武器を構えた。 “魔力”を練りながら、マヤが言う。 「ハヤト君、あれは……」 「ああ……。原理はわからないが、マヤの『翼』の力と同じだ!」 ロバートが矢をつがえた。 「あんなの、どうせこけおどしだ! 『オーラアロー』!」 アンバーは“魔力”の矢を、剣で軽々と弾く。 彼女は上を見る。すでに無数のエッジが向かってきていた。 「『インフィニティ・エッジ』なの!」 どかどかどか、と激しい音を立てながらルーの「エッジ」が落ちる。 だが、その全てを受けたアンバーには傷一つついていなかった。 彼女は、ロバートとルーをにらみつけた。 「どけ」 瞬間、“魔力”の衝撃波が起こる。ロバートとルーの二人が、はじき飛ばされるようにして屋敷の壁にたたきつけられた。 「マヤ、二人で行くぞ!」 「ええっ! 『ライトニングブースト』!」 マヤとハヤトが地を蹴った。目標への到達が速かったのはマヤである。 「はあああっ!」 マヤは思い切り「紫電」をたたきつける。 アンバーは刀でそれを軽々と受け止めた。 「私の分身と互角以下では、『相応の力』とは呼べぬ」 アンバーは雑に腕をないだ。 それだけで、マヤは猛烈な勢いで上空に飛ばされていった。 その隙をめがけ、ハヤトが「蒼きつるぎ」で攻撃に出る。 「おおおおっ!『蒼刃破斬』!」 アンバーは、もう片方の刀でそれを受けた。 “魔力”の火花が散ると同時に周囲の空間がじわりとゆがみ、地面がはじけた。 それでも、アンバーはまだその場から一歩たりとも動いていない。 「くそっ! 『障壁』か!?」 「ハヤト……残念だが私は、まだそれすらも使っていないぞ」 「なっ……!」 「そうだ。これが、今のお前と魔王軍の使っている力の差だ! お前には、勝てる要素が何一つないッ!」 アンバーが、ようやく動く。 彼女はハヤトの剣をはじくと、一歩踏み込んで強烈な突きを胸に打つ。 「吹き飛べッ!」 ハヤトの鎧は一瞬にして剥がれ、彼の体はきりもみ回転しながら屋敷の方向へと飛ばされた。 ◆ ハヤトを吹き飛ばしたアンバーは、刀を納めようとしたが、はっとして飛んできたクナイを弾いた。 弾かれたクナイは、そのまま消滅してしまった。 「これが、お前の狙いだったというのか」 ロックが、苦しげに肩を掴んで歩いてきた。 アンバーは無表情で答えた。 「お前が知る必要はない」 「その力で、あのソルテスという女と戦うのだな」 「黙れ、関係ないことだ」 「関係は、ある」 ロックは、折れてしまった忍刀をアンバーへと向ける。 彼は、変貌した彼女の姿を見て、少し悲しそうに言った。 「お前はなぜ、拙者に何も話してくれなかったのだ……。里を襲うなどという形でなければ、力になれた可能性もあった」 「これはもはや、そんな生ぬるい話ではないのだ。もう私に顔を見せるなと、言ったはずだ」 「いいや。拙者はお前を連れ戻し、また……」 「言うな。お前の言葉は、私には届かぬ」 「ならば、届かせてみせる……アンバー、拙者に全て話せ。そして楽になれ。あの頃のように」 アンバーは、髪を少しばかり逆立てた。 「あの頃……あの頃とは、いつのことだ……!」 「お前がまだ旅に出る前……お前が私に寄り添い、私もそうした……あの頃に」 アンバーはそれを聞くや否や表情を変え、かっと目を開いた。 「偽物……!」 「なんだ、何を言っている……?」 「偽物なのだ。どれもこれも……! まったく不愉快だ……! 不愉快でならないっ!」 アンバーは地面を蹴り、刀を空中で振り“魔力”を精製する。 「散れ!『風遁・豪螺旋(ごうらせん)』!」 アンバーが刀を一回転するように振ると、強大な風が起こり、風は竜巻となった。 竜巻はどんどん範囲を広げ、周囲の全てを拒絶し始めた。 ロックはそれが近づいてくるのを、ただ見ているしかなかった。 だがその時。彼の目の前に、人が現れた。 竜巻を、蒼き“波動”が受け止めた。 ロックは思わず声をあげた。 「勇者、ハヤト……!」 「偽物って……ロックさんは、ここにいるじゃないか!」 ハヤトはもはやぼろぼろだったが、「蒼きつるぎ」を竜巻に向ける。 アンバーが叫ぶ。 「お前も本当に聞き分けが悪い奴だ。力の差は歴然。それ以上抵抗すれば、殺さざるを得なくなるぞ!」 「こんなところで死んでたまるか! 俺は、ユイに会うんだっ!」 アンバーは、ハヤトの名前を叫んだ。 竜巻は、里全体を包み込んだ。 ◆ 全壊した屋敷の瓦礫が、ぐらりと動いた。 「めちゃくちゃだな……」 その中から現れたミランダがつぶやいた。どうやら、シェリルが「ウォール」を精製して、彼女を瓦礫の被害から守ったようだった。 「だ、だいじょうぶですか?」 「フン、礼だけは言っておくよ。助かった。……だが、どうしてあの時、あいつに攻撃しなかった。アタシは言ったはずだ。戦わなきゃ、何も戻ってこないってな。見てみろ、あの女の変貌ぶりを」 ミランダがあごをしゃくる先には、アンバーが立っていた。彼女はこちらではなく、先ほど攻撃したロックとハヤトのほうを見ていた。 シェリルはつばを飲む。 「あね様……」 「あんたのあね様とやらは、もうあんたなんか見ちゃいねえ。あいつはあいつで、やるべきことがあるんだろうよ」 ミランダは、間を置いて言った。「でもよ」 「あんたがここで諦めなかったら、何かが変わるかもしれねえんだ。可能性は低いかもしれねえよ。でも、決してゼロじゃねえ」 「ミランダさん……」 「アタシは当然の事を言っているだけだ。だからそんな神妙そうに見てるんじゃねえ。てめーにできることをしな」 シェリルは、うつむきつつも、ミランダが負った怪我を魔法で治す。 そして、顔をあげた。 「あね様には……何ひとつ、勝ったことがありませんでした。で、でも……私が立ち向かうことで、あの人を少しでも、楽にできるのなら……!」 シェリルは“魔力”を練る。 アンバーがそれに反応してこちらを見たが、彼女はすぐに向き直った。 シェリルはその様子に愕然とした。 明らかに、自分に興味すら示していない。 恐怖に支配されそうになる。 「あに様」ロックや、勇者ハヤトの攻撃も全く通じなかった。今の彼女に自分が攻撃したところで、どうなるというのだ。 「だから、考えんじゃねえよ!」 背後からミランダの怒号が飛ぶ。 「躊躇してる時間は無駄なんだ。ぶっ飛ばせ。今できる全力でぶつかれ。じゃねえと、前になんか進めねえんだよッ!」 だんだんと、シェリルの中に熱い気持ちが生まれてゆく。 彼女は、きっとアンバーを見つめた。 「私……こんなの、怖いし、やりたくもない……! でも、あなたの言うとおりかもしれない。私は、あね様を取り戻したいのっ! だから……!」 シェリルが地面に手をつくと、地が“魔力”で盛り上がった。 「『ランドスネーク』ッ!」 「ランドスネーク」は蛇のようにぐねぐねと曲がりながらアンバーへと向かった。 アンバーのすぐ近くで、大きな地面の爆発が起こる。 「あね様! どうか戦いをやめてください!」 だが、アンバーは無傷だった。やはりこちらを見てすらいない。シェリルは 何度も「あね様」と呼びながら魔法を撃ち続ける。 しかし、アンバーは視線すらくれず、前を見ている。 やがて、視線の先に積まれた瓦礫から、ハヤトが現れた。すでに息も絶え絶えと言った様子だ。 「さっきの技は、完全に直撃したはずだ。お前が立てたのは奇跡だな。それとも『蒼きつるぎ』の力か」 「負ける訳には……いかない!」 ハヤトの剣幕に、さすがのアンバーも少々驚いた様子だった。 「いったいなにが、お前をそうさせるというのだ?」 「ユイは、兄貴の俺が止めなきゃならないんだっ!」 ハヤトは猛然と突進し、アンバーに「蒼きつるぎ」を振るう。 一撃を刀で受けたアンバーの体が、後方に押された。 「こいつっ……! どこにそんな力がっ!」 アンバーは二本の刀で、確実にハヤトに傷をつけていく。 しかし、ダメージを受けながらも、だんだんと「蒼きつるぎ」を持つハヤトの動きが速くなっていく。 ぎぎぎぎ、がががが、と金属音が乱射する。 火花が飛び散り、アンバーとハヤトの声が漏れる。 アンバーは再び、突きを放つ。 対してハヤトは間合いに踏み込み、「蒼きつるぎ」に力を込める。 アンバーはもう片方の刀で迎撃しようとしたその時、地面に穴があき、彼女はバランスを崩した。 アンバーは、この状況にも関わらず、思わず振り返った。 「シェリルか……!」 「『蒼刃……破斬』っ!」 アンバーの横っ腹に向け、蒼き“波動”が炸裂した。 ◆ ハヤトはその場に膝をついた。 息は荒く、そこかしこに刀傷がついていた。 おそらくは気絶するほどの痛みがあるのだろうが、もはやそれを感じる余裕すらなかった。ひょっとしたら、「蒼きつるぎ」がそうさせているのかもしれない。 「満足したか? ハヤト」 背後にアンバーが立っていた。先ほどの攻撃での傷は、わずかなものだった。 全力の一撃が決まったというのに、この程度だなんて。 ハヤトにはもはや、抵抗する力が残っていなかった。 「ならば、そこでくたばれ。おまえはもう、ここから出さぬ」 アンバーは彼の腹を蹴り飛ばした。 視線の先には、シェリルが立っている。 「お前もだ、幻よ。過去はここで全て精算していく」 「あね様……いったい何を言っているのか、私にはわかりません!」 「理解は求めていない」 アンバーの周囲に、“魔力”で作られた手裏剣がいくつも精製された。 彼女は冷たい視線をシェリルに投げかけ、言った。 「死ね」 手裏剣が向かっていく。 シェリルはおびえつつも、必死に“魔力”を練る。 「ってえ……」 一方、アンバーに蹴り飛ばされたハヤトは、背後の声に反応して上を見た。 「ミランダ……さん」 彼女の顔がすぐ目の前にあった。どうやら自分の体を受け止めてくれたようだった。 ミランダはその場にハヤトを座らせると、後ろから彼をぎゅっと抱いた。 「ハヤトよお……こんなにやられちまって……ますますいい男になっちまったな」 「ミランダさん……俺、アンバーさんには……」 「その先は、頼むから言わないでくれ」 ミランダは、彼をさらに強く抱く。 彼女の肩は、少しばかりふるえていた。 「悔しいよな、ハヤト……アタシたちは最強パーティのはずなのに。あんなくだらねえ『術』なんてもんに……あんな、この世の不幸を全部おっかぶってますよって顔した女に、歯が立たねえなんてよ」 ハヤトは何も応えられない。 「アタシは春の都を出てから、ムカついてしょうがねえんだ。クソの役にも立たねえ、自分自身に。シェリルの奴に説教垂れといて、動けもしねえアタシ自身に……! もっと力があれば……! あんたを助けてやれる、力があれば……!」 そのとき、ミランダの腕に、びしびしと青白い亀裂が入った。 ハヤトはそれに気づき、はっとした。 「どうにか、してえんだよ……! 自分と、この現状を、ぶっ壊してやりてえ……! 力が欲しいんだよ、ハヤトッ!!」 ミランダの体中に、亀裂が刻まれる。 ハヤトは、その腕に触れた。 「蒼きつるぎ」が現れ、彼女の体を貫いた。 |