IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
14.「オータムの決闘」その2

「ここは……」

 玉に取り込まれたハヤトが見たのは、大きな屋敷だった。どうやらその中庭の部分にいるようだ。フローラ婆のそれによく似ていたが、細部が違って見える。

「どうやら、結界の中みたいね。あの屋敷のモンスターの時と一緒よ」

 マヤが辺りを見回しながら言う。
 ロックがつぶやく。

「だとすればこれは、アンバーが作った世界だとでも言うのか」
「来たか」

 返答が、屋根の上から聞こえてきた。

 屋根に立つアンバー・メイリッジが、苛ついた表情で彼らを見下ろしていた。
 ロックが猛る。

「アンバー! きさま、一体どういうつもりだ!」

 アンバーは応えず、ハヤトを見る。

「ハヤトが、蒼き“波動”を使ったのだな。それにしても早すぎるが」
「フローラさんから、力の使い方を教わったんです。アンバーさん、俺たちは聖域に行かなきゃならないんです。秋の精霊と契約させてください」
「まったく、よけいなことを……ハヤトよ、唐突な提案になるが……どうか旅をここでやめてはくれないか」
「い、いきなり何を……?」
「ソルテスは、私が倒す」

 アンバーの目は本気だった。

「私は神器を用いて力を得た。だから『蒼きつるぎ』の力を、これ以上使わないでくれ。このままでは、同じことの繰り返しに……」

「答えろ、アンバー!」

 言い終わる前に、ロックが抜刀してアンバーに襲いかかった。
 しかし、彼女は人差し指と中指の間でそれをつかみ、手首をひねらせた。

 直後、ロックの体が、上空へと吹き飛ばされる。

「なにっ!?」
「……これ以上、私にその顔を見せるな」

 アンバーは飛び跳ねて彼の頭をつかみ、投げ飛ばした。
 彼の体ははるか先の障壁の壁にぶつかり、地面へと落ちた。

 全員が戦闘体勢に入る。

 シェリルが一歩前に出た。

「あね様! あなたは一体、何を抱え込んでいるというのです! みんなで……みんなで協力すれば、解決できることではないのですか!?」
「説明してどうにかなる問題ではない」
「でも! 私はもう、恋人同士だったあに様とあね様が戦うのは……見たくありません!」

 アンバーはそれを聞いて、表情を変えた。
 彼女は、シェリルよりも悲しげに言った。

「……頼むからそれ以上、何も言わないでくれ」
「い、嫌です……! 私はもう耐えられません。あね様、どうか里に戻ってきてください」
「やめろ……! それ以上言えば殺す……!」
「私も、忍術はてんでダメだったけど、また里に戻ります。それであね様に教わって、あに様にしかられて……!」
「やめろおおおっ!」

 アンバーは叫び声を上げながらシェリルに襲いかかる。
 ハヤトは判断よく飛び出すと、瞬時に「蒼きつるぎ」を呼び出し、シェリルを守るようにしてアンバーの攻撃を受け止めた。

「アンバーさん……! あなたの言っていることはよくわからないけど……俺は、俺たちは、進んで行かなきゃならない! 俺は、ソルテスに会わなきゃならないんだっ! その邪魔をするというのなら……あなたを倒す!」
「力の差は、この間見せてやったはずだ! お前には何もできはしない」
「だったら……」

 ハヤトは、目をかっと開いた。

「今から覆すッ!」



 ハヤトは剣を振り切って、アンバーを弾き飛ばす。アンバーは一回転して着地したが、すでにハヤトが迫ってきていた。

 ハヤトは勢いをつけて剣をなぐ。アンバーはしゃがみ込んでそれをかわしながら彼の脚をつかみ、彼を上空へと投げ飛ばす。
 彼女はすでに忍術を使うため、もう片方の手で“波動”を練っている。

「『氷遁・氷柱針(つららばり)』!」

 鋭い氷柱が何本も精製され、ハヤトへとめがけて飛ぶ。
 しかし彼は、宙を蹴って横っ飛びし、それをよけた。ほぼ同時に「翼」をはやしたマヤが彼をキャッチして遠目に着地した。

 アンバーは舌打ちした。

「おんばあから『空踏(そらふ)み』を習ったか。だが、それで勝てると思っているのなら、勘違いもいいところだぞ」

 空踏み。空中に極小の「ウォール」を精製し、宙を蹴る技である。
 夏の遺跡でジョバンニが見せた、空を歩く技と同様の技術を、ハヤトはわずか数歩だけではあるものの修得していた。

「あんたこそ、よそ見はよくないぜ!」

 ロバートが背後から矢を発射する。
 アンバーはそれを見ることすらせず体をずらし、回避した。
 だが、ロバートはそれを見て笑った。

「『グローエッジ』なの」

 ブーメラン状の魔法の刃が、すでにアンバーの移動地点に向けて向かっていた。アンバーは空を踏み、体をひらめかせる。
 だが、ルーの「グローエッジ」はその場で形を変え、方向転換しながら三つに分かれ、三方向から再び彼女を襲った。

 アンバーはけだるげに“波動”を練った。

「『火遁・陽炎(かげろう)』」

 「グローエッジ」がアンバーの体を通過する。
 アンバーは着地すると、息をついた。

「貴様ら、それで強くなったつもりか? ハヤト以外の連中に用はない。『火遁・幻影陣(げんえいじん)』」

 アンバーの姿が三つに分身した。
 ルーが驚きの声を上げる。

「『グローエッジ』のまねなの!」
「真似をしたのは君のほうだ。付け焼き刃の忍術もどきで、私に勝てると思うな……!」

 ルーとロバートに向け、一人が走っていく。
 もう一人のアンバーは、シェリルに向かって歩いていく。

「私の元から消えないというのなら、お前は私が消す」
「あ、あね様……」

 コリンがシェリルを守るように道をふさいだ。

「ふざけないで。この旅には、シェリルの力が必要なの。あなたに勝手なことはさせない」
「へっ……」

 彼女に続き、神妙な面もちのミランダが槍を構えて現れた。

「……クソピンク、たまにはいいこと言うじゃねえか」
「あなた、この間から様子がおかしいけれど。頼むから足を引っ張らないでね」
「言ってろよ……」

 二人はアンバーと対峙する。

 分身したアンバーの最後の一人は、ハヤトとマヤに向かって言った。

「戦うというのなら、私はお前を殺すぞ、ハヤト」
「上等だっ!」

 ハヤトは剣を正眼に構える。
 こうして、三人のアンバーと勇者一行の戦いが始まった。



 ロバートは、アンバーに向けて矢を次々と放つ。
 だが、徒労に終わった。彼女は「火遁・陽炎」でそれを全てすり抜けた。

「くそっ、らちがあかねえ。ルー、こうなりゃあれを使おう」

 横で「グローエッジ」を作っていたルーは、不満げに言った。

「まだ戦いは始まったばかりなの。早いの」
「いいや、こういう時は消耗戦にしちゃいけない。それに、俺の推測が正しければ……」

 いいながら、ロバートは“魔力”を両手で練った。
 バシッ、と空気がはじけ、彼の手に強力な“魔力”の塊が現れた。

「これ一発で決められると思うぞ」
「……ロバートのくせにちょっと男らしいの」
「ミランダみたいなこと言うんじゃねえよ。来るぞ!」

 アンバーが駆けてくる。
 ロバートはルーの背中に手をつけた。

「『アッパーチャージ』!」

 瞬間、ルーの耳がぴんと上方へ立ち、彼女の周りを強力な“魔力”が覆った。
 ルーは両腕を開き、きらきらと輝く“魔力”を重ね合わせながら魔法を展開してゆく。

「最初っから奥の手なの! 『インフィニティエッジ』!」

 ルーの体中から無数の「エッジ」が飛ぶ。
 風の刃はいくつかの編隊を作るようにして、アンバーへと向かっていく。彼女は「空踏み」でエッジの編隊をひとつ、ふたつとかわしたが、すぐに別の編隊が迫ってくる。
 アンバーは舌打ちして、体を翻す。
 ロバートはそれを見て、にやりとしながら矢をつがえる。

「やっぱりな。だったら、こいつだ」

 ロバートは“魔力”を練り、矢を手に取った。
 矢が、青白いオーラに包まれた。
 ロバートは慎重に矢を弓につがえ、「エッジ」をかわし続けるアンバーに狙いを定めた。

「『オーラアロー』!」

 “魔力”を纏った矢が、アンバーの腿に当たった。
 彼女は空中から落ち、エッジの荒波に飲まれた。

 ロバートは、それを確認してからがくりと上体を地面に向け、膝に手をついた。

「ふう、一発でこの消費か。俺の技はまだまだ未完成だな」

 ルーは大喜びしてロバートの脚を掴んだ。

「でもすごいの! あの強いお姉さんを二人で倒したの!」
「ルー、そう簡単には行かねえよ。最初に戦った時に比べて、明らかにスピードが遅かったし、あの『陽炎』を魔法に対して使わなかったろう? あの『幻影陣』って技は、たぶん能力の低い分身を作るんだ。おそらくハヤト君たちと戦っているのが本物だ」
「そ、そうだったの……」

 だが、ロバートは手をぐっと握った。

「でも、勝ちは勝ちだ。しごかれた甲斐があったってもんだ。俺たちもこれで、ようやくハヤト君の役に立てるんじゃないか?」
「ルーは最初から役に立ってるの。ロバートはきょう、やっとこのパーティに入ることを許されるくらいはましになったの」
「……だんだんミランダに似てきたな、お前。さあ、ほかのやつらを助けにいこう」

 ともあれ、二人は拳を打ちつけあった。



 ミランダとコリンは、悲痛な表情で膝をつくシェリルを守りながらアンバーの分身と戦う。

「オラァッ!」

 ミランダが突きを連射するが、アンバーはそれ以上の速さでその場を動きまわり、彼女を翻弄した。
 時折、ナイフを持ったコリンが死角をついて攻撃するも、それすら読まれている様子だった。
 コリンは苛ついた様子で舌打ちした。

「やみくもに攻撃しないで。邪魔なだけ」
「うるせえぞ、チビ……! あんたは黙ってアタシにあわせてればいいんだよッ!」

 ミランダは踏みこんでさらに攻撃を続けようとするが、アンバーはその一瞬の隙をつき、懐に入る。

「『雷遁・槍(やり)』」

 アンバーの掌底打ちと共に、ばしんと“魔力”がはじけ、ミランダの体じゅうに電撃が走る。彼女は体をはねさせ、その場に倒れ込んだが、なんとかこらえ、顔を上げた。

「おおおっ!」

 ミランダは必死にアンバーにつかみかかるが、アンバーは表情を変えずに“魔力”を練る。

「『雷遁・剣(つるぎ)』」

 さらに強力な電撃がミランダを襲う。体からぶすぶすと煙をあげながら、ミランダは地面に倒れた。
 だが、その手はなおアンバーを掴んだままだった。そこをコリンが狙う。
 アンバーは瞬時にミランダの手を弾いて短剣を手に取り、コリンのナイフを受け止める。

「君たち二人は、術を使えないのか。それでよく私に挑もうと思ったものだな」
「私、そういうのは嫌いなの。魔法はシェリルに全部任せてる。……だから、私にはあの子が必要なの」

 近くで顔を伏せていたシェリルが、はっとする。

「クソピンク……あんた案外、悪い奴じゃないのかもな」

 意識を取り戻したミランダが、アンバーの両肩を腕でホールドした。
 アンバーは術を使おうとするが、ミランダはさらに強い力で彼女を拘束する。
 そして、叫んだ。

「おい、デカブツ女!」

 シェリルが思わずきょとんとする。

「で、デカブツ……」
「そうだよ。そのでかい乳と尻を明らかに持て余している、残念なあんただ。お前がこいつをやれ」

 シェリルは後ずさりする。

「わ、私は……」
「ホントにうざってえ奴だな。今の状況、見てみろよ。あんたのあに様とやらは、この女にぶっとばされたぞ。悔しくないのかよ」
「う……」
「なんとか言いやがれ、たかが男相手におびえやがって、ほんとに気に食わねえ。アタシは女だぞ。だからはっきりしゃべれ。こいつを取り戻したいんだろ? だったら、お前がやるんだよ! ぶっとばして、お前は間違ってるって、わからせてやれ! じゃねえと、何にも戻ってきやしねえぞッ!」

 シェリルは明らかに混乱している。
 さすがに、アンバーもそれ以上は待たなかった。ミランダの体に再び電撃が走る。
 彼女はミランダの額に手を当てた。

「『風遁・羅刹陣』」

 ミランダの体が忍者屋敷に向けて吹っ飛んでゆく。
 コリンが、その一瞬の硬直を再び狙い、ナイフを投げる。

 アンバーは空踏みでそれをよけたが、上空から大量の「エッジ」が降ってきた。
 アンバーの分身は煙になって姿を消した。

「やったの、二連勝!」
「大丈夫か!?」

 ご満悦のルーが、ロバートと共にその場にやってきた。

 コリンが息をつく。

「シェリル。あんまり同調したくないけど……あの女の言うとおり、だと思う。今は戦わなきゃ、何も戻ってこない」

 シェリルはせっぱ詰まった表情で、ミランダが吹き飛ばされた屋敷へと走っていった。コリンもそれに続く。



 ハヤトは、「蒼きつるぎ」を地面に突き刺してマヤに言った。

「……あれをやる。しばらく頼めるか?」

 マヤは黙って頷くと、一振りの日本刀を取り出した。
 三人目のアンバーは目を鋭くさせる。

「『紫電(しでん)』か……」

 修行の際、日課の素振りをしていたマヤを見て、フローラは開口一番言った。

「嬢ちゃん。あなたは向いてないね」

 マヤはすぐに反論しようとしたが、フローラはそれを手で制した。

「剣術の話じゃないよ。その剣……そのものがさ」

 マヤは、愛用の両刃の剣を見て言った。

「どういうことですか?」
「踏み込みの入り方といい、振り下ろす際の体の動かし方といい、その剣とあんたの体が合っていないんだ。不思議なことだがね、あんたの剣筋は、私ら忍のそれとよく似ている」

 フローラはマヤに待っているよう伝えると、部屋に入って一振りの日本刀を持ってきた。

「こいつを使いな」
「不思議な形の剣ですね。少し反っている……?」

 言いつつも、マヤは鞘を抜く。
 波打った刃紋に、細身の刃。
 マヤは不思議と、それに懐かしさを覚えた。
 一度、踏みこんで空を斬る。
 マヤは驚いた様子で、もう一度剣を振る。

「なんだろう……体に、しっくりくる」

 彼女は気づけば、素振りに夢中になっていた。

「そいつの銘は『紫電』という。長らく使い手たる人間が現れなかったが……嬢ちゃんにあげるよ。あんた、それを振ってりゃ、蒼き“波動”の部分以外は、ハヤトに勝てるかもしれないね。そうそう、おもしろい使い方もあるんだ。たしか嬢ちゃんは、雷遁が得意だったね」

 マヤは「紫電」をアンバーに向けると、“魔力”を剣に集め始めた。

「アンバーさん……。あなたは船での戦いの時に言いましたね。『魔王軍と戦うのなら、相応の力を得ろ』と。私は、もっともっと強くなる。ハヤト君を助けるために、そして、兄に会うために……! あなたには、聞きたいことが山ほどあるっ!」

 マヤが足を踏み出す。アンバーは剣を受け止めるために双剣を重ね合わせる。
 走るマヤの足下から、ばちばちと青白い電撃がほとばしり、「紫電」の刀身が輝いた。

「『ライトニングブースト』ッ!」

 マヤの体の周囲に“魔力”の火花が散り、一気に加速する。
 アンバーはそれを見て防御を解き、クナイを投げ込んだ。
 マヤは「紫電」を振るい、クナイを弾きながらアンバーの眼前まで迫る。
 二人は剣を打ちつけあった。

「風遁の次は雷遁か。おんばあもこの短期間で、まったくよくやってくれる」
「余裕ぶってる時間なんて……与えない!」

 マヤは体を反転させると、猛烈な勢いで斬撃を振るい始めた。アンバーは両手の剣で、それを全て防御する。

 もはやハヤトには、二人の姿は目で追えない。
 だが、彼は気にせず、地面の「蒼きつるぎ」の側面に手を置いた。

 蒼き“魔力”が、彼を包み込む。

「『蒼きつるぎ』よ、力を貸せ……」

 ハヤトは目を閉じる。


「言霊を込めな」

 術の修行をしている際、フローラはそう言った。ハヤトが首をかしげていると、彼女は驚いた様子だった。

「もしかして、知らないのかい?」
「え、ええ……」
「術を使う際には、言霊を込めるのさ。仲間が術を使うところを見たことがあるかい? だったらわかるはずだ」

 そういえば、今まであまり疑問を感じてこなかったが、この世界の人々は、たいていの場合、魔法の名前を呼ぶ。

「フローラさん。でもそれって、戦う上で不利になるんじゃないですか?」
「もちろん、相手に何をするか伝える訳だからね。私ら忍は、属性まで宣言してしまうから、相手の勘がいいと、見切られてしまうだろう」

 ハヤトはますます混乱した。

 意味がない。

 フローラはその表情から察したようだった。

「意味はある。自分の“波動”に問いかけて決意を口にし、それを相手に伝達する。“波動”の極意は両者の認識にある。逆説的だが、相手にどんな術か聞かせてやったほうが、威力が上がるのさ」
「言わない場合はどうなるんですか?」
「もちろん威力は落ちるが、宣言しないで戦ったほうがいい場合もあるからね。それでも術について端的にわかるようにしてやれば、威力は増すよ。だから、言うんだ。“波動”を言霊に変え、力にしなさい」


 ハヤトは、目を開いた。
 わずかだが、激しく戦うアンバーとマヤの二人が、見えるようになった。
 新しい武器と戦闘方法を手に入れたマヤは、思いのほか善戦していた。
 だが、確実に消耗している。
 やらなければ。

 彼は剣を引き抜いた。

「いっくぞおおおおっ!」

 ハヤトの声に反応し、マヤが“魔力”を解放する。

「『ショック』!」

 アンバーは電撃をかわして空を舞ったが、そこにハヤトが狙いをつけていた。
 彼は、ありったけの力を込めて、アンバーに斬りかかった。

「『蒼刃破斬(そうじんはざん)』ッ!」

 強大な“魔力”の振動が起こり、視界がぐにゃりと曲がる。

 空間を包むほどの“魔力”の大爆発が起こった。


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