「ここは……」 玉に取り込まれたハヤトが見たのは、大きな屋敷だった。どうやらその中庭の部分にいるようだ。フローラ婆のそれによく似ていたが、細部が違って見える。 「どうやら、結界の中みたいね。あの屋敷のモンスターの時と一緒よ」 マヤが辺りを見回しながら言う。 ロックがつぶやく。 「だとすればこれは、アンバーが作った世界だとでも言うのか」 「来たか」 返答が、屋根の上から聞こえてきた。 屋根に立つアンバー・メイリッジが、苛ついた表情で彼らを見下ろしていた。 ロックが猛る。 「アンバー! きさま、一体どういうつもりだ!」 アンバーは応えず、ハヤトを見る。 「ハヤトが、蒼き“波動”を使ったのだな。それにしても早すぎるが」 「フローラさんから、力の使い方を教わったんです。アンバーさん、俺たちは聖域に行かなきゃならないんです。秋の精霊と契約させてください」 「まったく、よけいなことを……ハヤトよ、唐突な提案になるが……どうか旅をここでやめてはくれないか」 「い、いきなり何を……?」 「ソルテスは、私が倒す」 アンバーの目は本気だった。 「私は神器を用いて力を得た。だから『蒼きつるぎ』の力を、これ以上使わないでくれ。このままでは、同じことの繰り返しに……」 「答えろ、アンバー!」 言い終わる前に、ロックが抜刀してアンバーに襲いかかった。 しかし、彼女は人差し指と中指の間でそれをつかみ、手首をひねらせた。 直後、ロックの体が、上空へと吹き飛ばされる。 「なにっ!?」 「……これ以上、私にその顔を見せるな」 アンバーは飛び跳ねて彼の頭をつかみ、投げ飛ばした。 彼の体ははるか先の障壁の壁にぶつかり、地面へと落ちた。 全員が戦闘体勢に入る。 シェリルが一歩前に出た。 「あね様! あなたは一体、何を抱え込んでいるというのです! みんなで……みんなで協力すれば、解決できることではないのですか!?」 「説明してどうにかなる問題ではない」 「でも! 私はもう、恋人同士だったあに様とあね様が戦うのは……見たくありません!」 アンバーはそれを聞いて、表情を変えた。 彼女は、シェリルよりも悲しげに言った。 「……頼むからそれ以上、何も言わないでくれ」 「い、嫌です……! 私はもう耐えられません。あね様、どうか里に戻ってきてください」 「やめろ……! それ以上言えば殺す……!」 「私も、忍術はてんでダメだったけど、また里に戻ります。それであね様に教わって、あに様にしかられて……!」 「やめろおおおっ!」 アンバーは叫び声を上げながらシェリルに襲いかかる。 ハヤトは判断よく飛び出すと、瞬時に「蒼きつるぎ」を呼び出し、シェリルを守るようにしてアンバーの攻撃を受け止めた。 「アンバーさん……! あなたの言っていることはよくわからないけど……俺は、俺たちは、進んで行かなきゃならない! 俺は、ソルテスに会わなきゃならないんだっ! その邪魔をするというのなら……あなたを倒す!」 「力の差は、この間見せてやったはずだ! お前には何もできはしない」 「だったら……」 ハヤトは、目をかっと開いた。 「今から覆すッ!」 ◆ ハヤトは剣を振り切って、アンバーを弾き飛ばす。アンバーは一回転して着地したが、すでにハヤトが迫ってきていた。 ハヤトは勢いをつけて剣をなぐ。アンバーはしゃがみ込んでそれをかわしながら彼の脚をつかみ、彼を上空へと投げ飛ばす。 彼女はすでに忍術を使うため、もう片方の手で“波動”を練っている。 「『氷遁・氷柱針(つららばり)』!」 鋭い氷柱が何本も精製され、ハヤトへとめがけて飛ぶ。 しかし彼は、宙を蹴って横っ飛びし、それをよけた。ほぼ同時に「翼」をはやしたマヤが彼をキャッチして遠目に着地した。 アンバーは舌打ちした。 「おんばあから『空踏(そらふ)み』を習ったか。だが、それで勝てると思っているのなら、勘違いもいいところだぞ」 空踏み。空中に極小の「ウォール」を精製し、宙を蹴る技である。 夏の遺跡でジョバンニが見せた、空を歩く技と同様の技術を、ハヤトはわずか数歩だけではあるものの修得していた。 「あんたこそ、よそ見はよくないぜ!」 ロバートが背後から矢を発射する。 アンバーはそれを見ることすらせず体をずらし、回避した。 だが、ロバートはそれを見て笑った。 「『グローエッジ』なの」 ブーメラン状の魔法の刃が、すでにアンバーの移動地点に向けて向かっていた。アンバーは空を踏み、体をひらめかせる。 だが、ルーの「グローエッジ」はその場で形を変え、方向転換しながら三つに分かれ、三方向から再び彼女を襲った。 アンバーはけだるげに“波動”を練った。 「『火遁・陽炎(かげろう)』」 「グローエッジ」がアンバーの体を通過する。 アンバーは着地すると、息をついた。 「貴様ら、それで強くなったつもりか? ハヤト以外の連中に用はない。『火遁・幻影陣(げんえいじん)』」 アンバーの姿が三つに分身した。 ルーが驚きの声を上げる。 「『グローエッジ』のまねなの!」 「真似をしたのは君のほうだ。付け焼き刃の忍術もどきで、私に勝てると思うな……!」 ルーとロバートに向け、一人が走っていく。 もう一人のアンバーは、シェリルに向かって歩いていく。 「私の元から消えないというのなら、お前は私が消す」 「あ、あね様……」 コリンがシェリルを守るように道をふさいだ。 「ふざけないで。この旅には、シェリルの力が必要なの。あなたに勝手なことはさせない」 「へっ……」 彼女に続き、神妙な面もちのミランダが槍を構えて現れた。 「……クソピンク、たまにはいいこと言うじゃねえか」 「あなた、この間から様子がおかしいけれど。頼むから足を引っ張らないでね」 「言ってろよ……」 二人はアンバーと対峙する。 分身したアンバーの最後の一人は、ハヤトとマヤに向かって言った。 「戦うというのなら、私はお前を殺すぞ、ハヤト」 「上等だっ!」 ハヤトは剣を正眼に構える。 こうして、三人のアンバーと勇者一行の戦いが始まった。 ◆ ロバートは、アンバーに向けて矢を次々と放つ。 だが、徒労に終わった。彼女は「火遁・陽炎」でそれを全てすり抜けた。 「くそっ、らちがあかねえ。ルー、こうなりゃあれを使おう」 横で「グローエッジ」を作っていたルーは、不満げに言った。 「まだ戦いは始まったばかりなの。早いの」 「いいや、こういう時は消耗戦にしちゃいけない。それに、俺の推測が正しければ……」 いいながら、ロバートは“魔力”を両手で練った。 バシッ、と空気がはじけ、彼の手に強力な“魔力”の塊が現れた。 「これ一発で決められると思うぞ」 「……ロバートのくせにちょっと男らしいの」 「ミランダみたいなこと言うんじゃねえよ。来るぞ!」 アンバーが駆けてくる。 ロバートはルーの背中に手をつけた。 「『アッパーチャージ』!」 瞬間、ルーの耳がぴんと上方へ立ち、彼女の周りを強力な“魔力”が覆った。 ルーは両腕を開き、きらきらと輝く“魔力”を重ね合わせながら魔法を展開してゆく。 「最初っから奥の手なの! 『インフィニティエッジ』!」 ルーの体中から無数の「エッジ」が飛ぶ。 風の刃はいくつかの編隊を作るようにして、アンバーへと向かっていく。彼女は「空踏み」でエッジの編隊をひとつ、ふたつとかわしたが、すぐに別の編隊が迫ってくる。 アンバーは舌打ちして、体を翻す。 ロバートはそれを見て、にやりとしながら矢をつがえる。 「やっぱりな。だったら、こいつだ」 ロバートは“魔力”を練り、矢を手に取った。 矢が、青白いオーラに包まれた。 ロバートは慎重に矢を弓につがえ、「エッジ」をかわし続けるアンバーに狙いを定めた。 「『オーラアロー』!」 “魔力”を纏った矢が、アンバーの腿に当たった。 彼女は空中から落ち、エッジの荒波に飲まれた。 ロバートは、それを確認してからがくりと上体を地面に向け、膝に手をついた。 「ふう、一発でこの消費か。俺の技はまだまだ未完成だな」 ルーは大喜びしてロバートの脚を掴んだ。 「でもすごいの! あの強いお姉さんを二人で倒したの!」 「ルー、そう簡単には行かねえよ。最初に戦った時に比べて、明らかにスピードが遅かったし、あの『陽炎』を魔法に対して使わなかったろう? あの『幻影陣』って技は、たぶん能力の低い分身を作るんだ。おそらくハヤト君たちと戦っているのが本物だ」 「そ、そうだったの……」 だが、ロバートは手をぐっと握った。 「でも、勝ちは勝ちだ。しごかれた甲斐があったってもんだ。俺たちもこれで、ようやくハヤト君の役に立てるんじゃないか?」 「ルーは最初から役に立ってるの。ロバートはきょう、やっとこのパーティに入ることを許されるくらいはましになったの」 「……だんだんミランダに似てきたな、お前。さあ、ほかのやつらを助けにいこう」 ともあれ、二人は拳を打ちつけあった。 ◆ ミランダとコリンは、悲痛な表情で膝をつくシェリルを守りながらアンバーの分身と戦う。 「オラァッ!」 ミランダが突きを連射するが、アンバーはそれ以上の速さでその場を動きまわり、彼女を翻弄した。 時折、ナイフを持ったコリンが死角をついて攻撃するも、それすら読まれている様子だった。 コリンは苛ついた様子で舌打ちした。 「やみくもに攻撃しないで。邪魔なだけ」 「うるせえぞ、チビ……! あんたは黙ってアタシにあわせてればいいんだよッ!」 ミランダは踏みこんでさらに攻撃を続けようとするが、アンバーはその一瞬の隙をつき、懐に入る。 「『雷遁・槍(やり)』」 アンバーの掌底打ちと共に、ばしんと“魔力”がはじけ、ミランダの体じゅうに電撃が走る。彼女は体をはねさせ、その場に倒れ込んだが、なんとかこらえ、顔を上げた。 「おおおっ!」 ミランダは必死にアンバーにつかみかかるが、アンバーは表情を変えずに“魔力”を練る。 「『雷遁・剣(つるぎ)』」 さらに強力な電撃がミランダを襲う。体からぶすぶすと煙をあげながら、ミランダは地面に倒れた。 だが、その手はなおアンバーを掴んだままだった。そこをコリンが狙う。 アンバーは瞬時にミランダの手を弾いて短剣を手に取り、コリンのナイフを受け止める。 「君たち二人は、術を使えないのか。それでよく私に挑もうと思ったものだな」 「私、そういうのは嫌いなの。魔法はシェリルに全部任せてる。……だから、私にはあの子が必要なの」 近くで顔を伏せていたシェリルが、はっとする。 「クソピンク……あんた案外、悪い奴じゃないのかもな」 意識を取り戻したミランダが、アンバーの両肩を腕でホールドした。 アンバーは術を使おうとするが、ミランダはさらに強い力で彼女を拘束する。 そして、叫んだ。 「おい、デカブツ女!」 シェリルが思わずきょとんとする。 「で、デカブツ……」 「そうだよ。そのでかい乳と尻を明らかに持て余している、残念なあんただ。お前がこいつをやれ」 シェリルは後ずさりする。 「わ、私は……」 「ホントにうざってえ奴だな。今の状況、見てみろよ。あんたのあに様とやらは、この女にぶっとばされたぞ。悔しくないのかよ」 「う……」 「なんとか言いやがれ、たかが男相手におびえやがって、ほんとに気に食わねえ。アタシは女だぞ。だからはっきりしゃべれ。こいつを取り戻したいんだろ? だったら、お前がやるんだよ! ぶっとばして、お前は間違ってるって、わからせてやれ! じゃねえと、何にも戻ってきやしねえぞッ!」 シェリルは明らかに混乱している。 さすがに、アンバーもそれ以上は待たなかった。ミランダの体に再び電撃が走る。 彼女はミランダの額に手を当てた。 「『風遁・羅刹陣』」 ミランダの体が忍者屋敷に向けて吹っ飛んでゆく。 コリンが、その一瞬の硬直を再び狙い、ナイフを投げる。 アンバーは空踏みでそれをよけたが、上空から大量の「エッジ」が降ってきた。 アンバーの分身は煙になって姿を消した。 「やったの、二連勝!」 「大丈夫か!?」 ご満悦のルーが、ロバートと共にその場にやってきた。 コリンが息をつく。 「シェリル。あんまり同調したくないけど……あの女の言うとおり、だと思う。今は戦わなきゃ、何も戻ってこない」 シェリルはせっぱ詰まった表情で、ミランダが吹き飛ばされた屋敷へと走っていった。コリンもそれに続く。 ◆ ハヤトは、「蒼きつるぎ」を地面に突き刺してマヤに言った。 「……あれをやる。しばらく頼めるか?」 マヤは黙って頷くと、一振りの日本刀を取り出した。 三人目のアンバーは目を鋭くさせる。 「『紫電(しでん)』か……」 修行の際、日課の素振りをしていたマヤを見て、フローラは開口一番言った。 「嬢ちゃん。あなたは向いてないね」 マヤはすぐに反論しようとしたが、フローラはそれを手で制した。 「剣術の話じゃないよ。その剣……そのものがさ」 マヤは、愛用の両刃の剣を見て言った。 「どういうことですか?」 「踏み込みの入り方といい、振り下ろす際の体の動かし方といい、その剣とあんたの体が合っていないんだ。不思議なことだがね、あんたの剣筋は、私ら忍のそれとよく似ている」 フローラはマヤに待っているよう伝えると、部屋に入って一振りの日本刀を持ってきた。 「こいつを使いな」 「不思議な形の剣ですね。少し反っている……?」 言いつつも、マヤは鞘を抜く。 波打った刃紋に、細身の刃。 マヤは不思議と、それに懐かしさを覚えた。 一度、踏みこんで空を斬る。 マヤは驚いた様子で、もう一度剣を振る。 「なんだろう……体に、しっくりくる」 彼女は気づけば、素振りに夢中になっていた。 「そいつの銘は『紫電』という。長らく使い手たる人間が現れなかったが……嬢ちゃんにあげるよ。あんた、それを振ってりゃ、蒼き“波動”の部分以外は、ハヤトに勝てるかもしれないね。そうそう、おもしろい使い方もあるんだ。たしか嬢ちゃんは、雷遁が得意だったね」 マヤは「紫電」をアンバーに向けると、“魔力”を剣に集め始めた。 「アンバーさん……。あなたは船での戦いの時に言いましたね。『魔王軍と戦うのなら、相応の力を得ろ』と。私は、もっともっと強くなる。ハヤト君を助けるために、そして、兄に会うために……! あなたには、聞きたいことが山ほどあるっ!」 マヤが足を踏み出す。アンバーは剣を受け止めるために双剣を重ね合わせる。 走るマヤの足下から、ばちばちと青白い電撃がほとばしり、「紫電」の刀身が輝いた。 「『ライトニングブースト』ッ!」 マヤの体の周囲に“魔力”の火花が散り、一気に加速する。 アンバーはそれを見て防御を解き、クナイを投げ込んだ。 マヤは「紫電」を振るい、クナイを弾きながらアンバーの眼前まで迫る。 二人は剣を打ちつけあった。 「風遁の次は雷遁か。おんばあもこの短期間で、まったくよくやってくれる」 「余裕ぶってる時間なんて……与えない!」 マヤは体を反転させると、猛烈な勢いで斬撃を振るい始めた。アンバーは両手の剣で、それを全て防御する。 もはやハヤトには、二人の姿は目で追えない。 だが、彼は気にせず、地面の「蒼きつるぎ」の側面に手を置いた。 蒼き“魔力”が、彼を包み込む。 「『蒼きつるぎ』よ、力を貸せ……」 ハヤトは目を閉じる。 「言霊を込めな」 術の修行をしている際、フローラはそう言った。ハヤトが首をかしげていると、彼女は驚いた様子だった。 「もしかして、知らないのかい?」 「え、ええ……」 「術を使う際には、言霊を込めるのさ。仲間が術を使うところを見たことがあるかい? だったらわかるはずだ」 そういえば、今まであまり疑問を感じてこなかったが、この世界の人々は、たいていの場合、魔法の名前を呼ぶ。 「フローラさん。でもそれって、戦う上で不利になるんじゃないですか?」 「もちろん、相手に何をするか伝える訳だからね。私ら忍は、属性まで宣言してしまうから、相手の勘がいいと、見切られてしまうだろう」 ハヤトはますます混乱した。 意味がない。 フローラはその表情から察したようだった。 「意味はある。自分の“波動”に問いかけて決意を口にし、それを相手に伝達する。“波動”の極意は両者の認識にある。逆説的だが、相手にどんな術か聞かせてやったほうが、威力が上がるのさ」 「言わない場合はどうなるんですか?」 「もちろん威力は落ちるが、宣言しないで戦ったほうがいい場合もあるからね。それでも術について端的にわかるようにしてやれば、威力は増すよ。だから、言うんだ。“波動”を言霊に変え、力にしなさい」 ハヤトは、目を開いた。 わずかだが、激しく戦うアンバーとマヤの二人が、見えるようになった。 新しい武器と戦闘方法を手に入れたマヤは、思いのほか善戦していた。 だが、確実に消耗している。 やらなければ。 彼は剣を引き抜いた。 「いっくぞおおおおっ!」 ハヤトの声に反応し、マヤが“魔力”を解放する。 「『ショック』!」 アンバーは電撃をかわして空を舞ったが、そこにハヤトが狙いをつけていた。 彼は、ありったけの力を込めて、アンバーに斬りかかった。 「『蒼刃破斬(そうじんはざん)』ッ!」 強大な“魔力”の振動が起こり、視界がぐにゃりと曲がる。 空間を包むほどの“魔力”の大爆発が起こった。 |