IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
14.「オータムの決闘」その1

 オータムの里の朝。
 それまで布団で眠りこけていたハヤトは、突如として上体を起きあがらせた。
 彼はその場を転がるようにして布団を脱出する。
 直後、布団に何本かのクナイが突き刺さった。

「……あっぶね」

 ハヤトが息をついたのもつかの間、彼の脚にロープのようなものが絡まり、彼の体は天井に宙づりにされた。

「うおあっ!?」
「あらあら、油断しちゃだめよ。今のをよけても、まだ仕掛けがあったのに」

 笑顔のフローラが襖を開けて出てきた。
 ハヤトは逆さまのまま、頭をかいた。

「……あの、フローラさん。これって何の意味があるんですか」
「自覚がないのかもしれないけれど……ハヤト、あなたは危機判断が遅いのよ。一体どんな環境で育ってきたのかしら?」

 ズバズバと言われ、さすがのハヤトも傷ついた。しかし事実なのだろう。モンスターなどいないあの世界で生きてきたのだ、当然そういった危機認識能力は低い。

「ともかく、それをほどいたら外に出なさい。昨日と同じところよ」

 ハヤトはすぐにナイフで縄を切り、中庭へと出る。

 すでにロバートとマヤ、ルーの三人が、輪を作るようにして“魔力”を錬っていた。
 彼らを指導していたディアナが声をかける。

「おはよう、ハヤトさん。今日も、おんばあ様とマンツーマン?」
「ええ、そうみたいです」

 ディアナはにやりと笑う。

「色男」
「そ、そういう事ではないと思いますけど」
「おんばあが直々にけいこをつけるなんて、里でも滅多にないことよ。きついことばっかり言ってるけど、それだけあなたに期待しているってことなのかもね」

 “魔力”を練るロバートが手をふるわせはじめた。

「ディアナさん、話に夢中になるのもいいんですけど、ちょっと、長くないすか。そろそろキツいんですけど」
「あっ、ゴメンゴメン。じゃあマヤちゃんとルーちゃんは休憩。ロバートくんは五分追加」
「なんでそうなるんすか!?」

 ハヤトはその様子に笑いつつも、視線をうつす。
 ミランダがひとり、必死の形相でぶんぶん槍を振っていた。
 ロバートがキツそうな表情を浮かべながら言った。

「ハヤト君、ミランダの奴は放っておけ。あいつは“魔力”とかが嫌いだし、時々ああなるんだ。今は何を言っても無駄だ」

 ディアナが彼の額にでこぴんを食らわせた。

「ここでは“波動”って呼ぶのよ、ロバートくん。間違えたからまた五分追加ね」
「な、なんでだよっ!? 俺はマヤちゃんやルーみたいに“魔力”の絶対量がそう多くないんだぜ!? 死ぬって! 死んじまう!」
「ばかねえ、だからやるのよ」

 ハヤトはディアナに礼をして、屋敷の外へと向かう。



 何本かのイチョウが立つ小高い丘の上で、フローラが待っていた。

「来たね。さあ、今日もやってもらうよ」
「はい」

 ハヤトは、木に手をついて“魔力”を錬りだした。


 一行の修行が始まって一週間が経った。
 ハヤトは、フローラの手ほどきで“魔力”の扱いを一から学び、ほかのメンバーは現在の力をのばすための訓練をディアナから受けている。

「さあ“波動”を体に纏わせるのよ」

 ハヤトは目を閉じて“魔力”、彼女の言う“波動”を体の周囲に持って行く。
 体全体が、“魔力”に包まれるようになった。

「そう。ようやくできたわね。初歩的なものだけれど、それが『結界』。外国では『障壁』だとか、形を変えたものを『うぉーる』とも呼ぶわね。忍はこれができて初めて、戦いの場に立つことができるの。戦闘中は無意識にでも維持できるようになさい」

 目から鱗が落ちる思いだった。
 マヤらはこれを圧縮したものを魔法「ウォール」としてピンチの際にのみ生成することで、“魔力”のロスを抑えながら防御に活用しているそうだ。この「障壁」はベルスタで戦った魔王軍のビンスが使っていたそれである。
 マヤから簡単な説明を受けてはいたが、正直、自分の“魔力”程度ではどうにもならないと思っていた。
 これが最初からできていれば、どんなに楽だったろう。

「次はそのまま、蒼き“波動”を流しなさい」

 ハヤトは頷いて、集中する。
 彼の体から、蒼い“魔力”が溢れる。
 しかしハヤトはそこで悪寒を覚え、すぐにそれをやめた。
 フローラは息をつく。

「ふむ、やはりまだ併用は難しい……か。やはり蒼き“波動”は通常の“波動”とは異なる力のようだ。いいかいハヤト。“波動”はあんたの生命力を引き出し、錬成することで生まれる。対して蒼き“波動”はそれを吸収することで生まれているようだ。どういう原理かはわからないけれど……これをうまく使い分けることが、あんたの今後の戦いを大きく左右するだろうよ。さて、そろそろ本格的に実感できる頃だろう。結界なしで、蒼き“波動”だけを出しなさい。そうね、あの剣を出してみて」

 ハヤトは剣を抜いて、「蒼きつるぎ」を呼び出す。
 フローラは、彼に聞いた。

「……どう?」
「……なるほど」

 ハヤトは思った。
 “魔力”の技術を得たからこそ、わかったことがある。

 これはなんと、燃費の悪い力なのだ。
 “魔力”が無尽蔵に減り続けている。
 今まで、こんなものをふり回していたのか。

「今まで、こんなものをふり回していたのか……」

 フローラが心を読んだかのごとく言ったので、ハヤトはびっくりした。彼女はいたずらっぽく笑う。

「そう、思ったろう?」
「はい」
「でもね、それは勘違いよ。これは少し練り方というか、気の持ち方を変えればいいの」

 フローラは“魔力”についてのいくらかの指示をした。ハヤトがそれを実行すると、簡単に“魔力”の減りが大きく減少した。

「これを意識しているだけで、あなたの力は今までよりワンランク以上上がったことになるわ」
「ほ、ほんとですか? こんなに簡単なことで?」
「あなたが“波動”について知らなさすぎただけとも言えるわね。この蒼き“波動”の力は強大よ。まず“波動”の絶対量がけた違い……つまり、威力がとても強い。この剣をぶつけて無事でいられる人間や魔物は少ないだろう。現にソルテスちゃんは最初にここに来た時、私たちが倒すのに苦労していた魔王の手下を簡単にやっつけてしまったからね」
「ソルテスも、ここで修行したんですか?」
「そうねえ、もっと高等な術を数日で覚えていったね」
「す、数日……」

 ハヤトはがくりと肩を落とした。

 確かにユイは、学校にはあまり行っていなかったものの勉強はきちんとしていて、成績もよかったようだった。
 魔法も、同じようなものなのだろうか。

「でもね、ハヤト。ソルテスちゃんは、最初から魔法のエキスパートだったわ。成長スピードだけで言えば、あなたの方が早いかもしれない」
「エキスパートだった……?」

 だとすれば、彼女はどこで魔法の知識を身につけたのだろう。
 ふとした疑問は、フローラの声にかきけされた。

「さあ、おそらくそろそろ、あんたの出番が来るよ。今日中に最低限のレベルには仕上げなきゃね。錬成の続き、はじめ」



「まったく、信じられん……」

 ロックは木の枝を飛び移りながら、思わずつぶやいた。
 すぐ後ろについて枝を飛ぶシェリルが反応した。

「あに様、神器のことでしょうか」

 ロックはシェリルをひとにらみしてから、前を向いた。

「お前もよく知っているだろう。先祖代々伝わるあの神器を守ることが、我ら秋の忍の勤めなのだ。それをどうして、おんばあ様はああも易々と……」
「……相手が、あね様だったからではないでしょうか」
「黙れ、奴は今や裏切り者なのだぞ」

 シェリルは自分の掌に浮かぶ“魔力”の玉を見ながら、悲しげに言う。

「そんな言い方、しないでください……。あに様とあね様が戦う姿なんて、私はもう見たくありません」
「だったら、ついてくるんじゃない。里を出たお前には、もう何も関係のない話だ」

 シェリルはうつむいたが、そのまま言った。

「そうかもしれません。でも今の私なら、魔法であに様の手伝いができます。あね様の“波動”は、私がなんとしても見つけだしてみせます」

 ロックは応えない。

 あれから秋の忍たちは、アンバーの行方を追って山中を駆けて回っていた。「才能がない」とロックに叱咤されたシェリルも、移動忍術だけはなんとか使うことができるため、単独行動をとる彼に勝手について行く形で探索を行っていた。

 アンバーほどの忍ならば、罠を抜けてこのザイド・オータムを出ることは容易いだろう。
 それでも彼らが何周もこの地帯を駆けていることには理由があった。

「お頭」

 別の忍が彼のすぐ近くの枝に現れた。

「どうだ、首尾は」
「ダメです、やはり見つかりません。しかし山に変化はありませんから、間違いなく、奴はまだこのオータムの中にいます」

 シェリルはつばを飲む。
 秋の精霊を宿す神器である刀、鏡、勾玉。このみっつが外に持ち出されると、加護がなくなり山が朽ち果て、里は滅びると言われている。これこそが忍たちが神器を守る理由である。

 しかし、だからこそ忍たちは混乱していた。
 アンバーは、ここを抜け出さずに一体何をしようというのだろうか。

「とにかく、警備を続けろ。四班には西部地区に行くように伝えてくれ」

 ロックが指示を入れたその時、シェリルの玉が少しばかり光った。

「あね様の“波動”……! 見つけました!」

 シェリルが飛び出してそちらへと向かう。ロックもそれに続く。



「それで……見つけたのが、この妙な玉ってわけかい」

 フローラは、自分の目の前にあるものを見やった。

 人ひとりくらいの大きさの、青い玉。質感はつやつやしており、さわると冷たく固かった。中を見ることはできない。
 シェリルは自分の掌の玉とそれを見比べる。どうやらこれがレーダーのような役割をしているようだ。

「あね様の“波動”は、この中から出ています。まず間違いなく、あね様はこの中にいます。しかし……」

 そこで、ロックが手下の忍から刀を借りて玉に斬りかかると、“魔力”の火花が散り、根本から折れてしまった。

「見ての通り、外からの攻撃を弾きます。忍術でも同じ結果でした」

 フローラは「ふむ」といって、玉に手をつけた。

「どうやら強力な結界のようだ。神器の力を使ったんだろうね」
「おんばあ、なんとか破壊できませんか」

 フローラは首をふる。

「神器がみっつ集まっちゃ、さすがにどうにもならんね……ただし」

 フローラは後ろのほうでそれをのぞいていたハヤトに目を向けた。

「ハヤトの蒼き“波動”なら、できるかもしれない。来なさい」

 ハヤトは頷いて、玉へと近づいてゆく。
 ロックはその姿を、訝しげに見ていた。

「ハヤト、蒼き“波動”を玉に流してごらん。やり方はもう教えたはずだ。これができたら、あんたを認め、秋の精霊との契約を許そう」
「わかりました」

 ハヤトは玉に手を付いて、“魔力”を解放する。じきに、彼の瞳が蒼く光り出す。仲間たちは、それを固唾を飲んで見守っている。

 彼の手が玉の中へ、ずんと入った。

「えっ!?」

 ハヤトの体が、みるみるうちに玉へと吸い込まれていく。

「ハ、ハヤト君!」

 思わずマヤが駆けて手をとる。その手をルー、ロバート、コリン、ミランダが順に取っていく。

「ちっ!」
「あに様!」

 ロックが飛び出し、ミランダの手を掴んだ。最後に、シェリルが彼の手を取り、全員が玉の中へと姿を消した。

 ディアナを始めとした忍たちが騒然とする中、フローラだけがそれを遠い目で見ていた。


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