IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
13.「秋の忍び里」その2

 オータムの里は、大きな長屋門に囲われていた。
 一行がバドルを降りて近づくと、門の前にいた黒装束の男たちが警戒心を露わにして腰に下げた刀の柄を取った。

「何奴だ」

 ハヤトが事情を説明しようとする前に、シェリルが地面に手をついて礼をした。

「秋の忍が一人、シェリル・クレインでございます。おんばあ様にお目にかかりたく、本日ここに馳せ参じました」

 彼女の雰囲気は、これまでと明らかに変わっていた。
 堂々としているが、同時に、ひどくおびえているようにも見えた。

 男たちはそれを見て、警戒を解いたようだった。

「春の都に奉公へ出た、クレインの娘っ子か。何用だ」
「秋の精霊様の契約です。この者たちは『蒼きつるぎ』の勇者ハヤト・スナップとその一行でございます」

 門番の二人は、それを聞いて少し戸惑った様子だった。

「『蒼きつるぎ』の勇者はあのソルテスという娘ではなかったのか?」
「訳あって、今は彼が勇者です。聖域に行くため、契約を必要としています。どうか、おんばあ様にお伝えください」
「だが、今はそれどころでは……」
「入れてあげなさいな」

 門の中から、一人の女性が現れた。シェリルは少しだけ、顔を明るくさせた。

「ディアナ」
「シェリル、久しぶり。この人たちが『蒼きつるぎ』の勇者一行なら、むしろ助けになるんじゃないの。きっとおんばあ様も、悪くは言わないよ」
「ディアナ、何かあったのですか。罠の位置も変わっているし……」

 ディアナは表情を曇らせる。

「それだけの大事ってことよ。これまでにないほどの緊急事態なの」
「どういう……ことです?」
「ご神刀が狙われているの」

 ディアナに招かれ、一行はザイド・オータムの門をくぐった。
 山に囲われた里の中は、多くの長屋で構成され、奥にはいくつかの武家屋敷が建てられている。
 ハヤトは、その光景に不思議と懐かしさを覚えた。
 まるで、時代劇に出てくる町のようだ。

 もはや考えるまでもない。ここは実在する忍者の里なのだ。

「なんだか……ふしぎなところね。初めて見るものばかりだわ」

 マヤは思い切り警戒している。

「ここは、シェリルさんの故郷なんですね」

 シェリルは頷く。表情はまだ固い。

「はい。ここの人々は自らを『忍(しのび)』と名乗り、『忍術』と呼ばれる独自の魔法の訓練を日々行っています。ここを出て外国に行く人も少なくないのですが、帰ってくる人はほとんどいません。ですから……少し閉鎖的で、私のように外に出た人間は、あまりよく思われていません」

 最後のほうのせりふは、聞き取れないほど声が小さかった。
 だからこそ、シェリルはこんな態度でいるのだろう。

 忍術、と聞いてロバートがあごに手をつけた。

「さっきの眼帯の奴が使った不思議な魔法が、『忍術』ってやつか。あの野郎は、あんたの兄さんなのかい?」

 シェリルは、あたふたしながら答えた。

「あ、あの術は、火遁といってその、魔法とは違くって……あ、あに様と、ちっ、血のつながりはありません。でも、小さな頃から、よ、よくしてくれていて……その」

 前を歩くディアナがぷっと笑う。

「相変わらずだね、シェリル。あに様と会ったの? 何もなくてよかったね。あの人は今、とんでもなく必死だよ。相手が、相手だから……ね」

 シェリルが、深刻そうに振り向いた。

「ま、まさか……」
「詳しくは、中で聞くといいよ」

 ディアナぐいと親指を立てた先には、巨大な忍者屋敷がたたずんでいた。



「あらあら、まあまあ」

 広々とした畳の部屋に招かれた一行を出迎えたのは、一人の優しそうな老婆だった。ほかの忍たちのような黒装束は着ておらず、赤い和服を身にまとっている。

 シェリルはその場に正座し、静かに礼をする。

「ご無沙汰しております、おんばあ様」
「お顔を上げなさいな、シェリル。久しぶりなのですから、あなたの成長した顔をよく見せてちょうだいな」

 「おんばあ様」と呼ばれた老婆は、座布団に腰掛けた。シェリルは緊張した面もちで、言われた通りにした。
 老婆は笑顔になり、後ろに腰掛けるハヤトたちを見た。

「あなたたちが『蒼きつるぎ』の勇者ご一行……ですか」

 ハヤトはその場に正座して、シェリルと同じように頭を下げる。

「ハヤト・スナップと申します」
「まあ、流儀をご存じのようで。わたしはここ、秋の里長をつとめています、フローラ・ベルといいます」

 どうして、忍者なのに英語名ばっかりなのだ。
 いい加減ハヤトは突っ込みたかったが、それがこの世界での忍者というものなのだろう。

 シェリルとハヤトは、これまでの出来事について簡単にフローラに説明した。

「つまりは、聖域に行くために秋の精霊様の契約を……ということですね」
「はい」
「ではハヤトさん、まずあなたの『蒼きつるぎ』を見せてちょうだい」

 ハヤトはそう来ると思っていましたとばかりに立ち上がり、背中から剣を抜く。
 気持ちを集中させると、すぐさま剣は「蒼きつるぎ」に変化した。
 ハヤトはこれまでの旅路を経て、ようやくこれだけはマスターしていた。

「どうでしょう」

 ハヤトがたずねる。フローラは、何かを確認するかのように、彼の体じゅうを見回し、剣を納めるように告げた。

「ソルテスと同じ蒼き“波動”……。かなり未熟だけれど、不思議なものね。どうやら間違いなさそうだ」

 「だったら」と契約をせかそうとするハヤトに向けて、フローラは小さく手で制した。

「間違いはないけれど……今、秋の精霊様とあなた方をお会いさせることは、できません」
「な、なぜですか?」
「貴様が知る必要はない」

 後ろから、声がした。
 見ると、先ほどの眼帯をつけた男だった。
 シェリルが立ち上がった。

「あに様!」
「おんばあ様、なぜこのような国外の者らを里に入れたのですか。神器を狙っているのかもしれぬのですよ」
「落ち着きなさい、ロック。シェリルが連れてきた客人なのですよ」
「こやつは忍術の才能なくして、奉公に出された女です!」

「――おだまりや」

 突如として、フローラの声色が変わった。その場にいる全員がぞくりとするような、小さいが心に突き刺さるような声だった。

「その代わりシェリルには、外国忍術『まほう』の才能があった。だからこそ春に奉公に出した。これを貴様が口を挟めるような問題だと思うか」

 眼帯の男・ロックもこれにはひるんだようで、その場に膝をついて座った。

「……失礼をば。ご報告です。里山のふもとに安置されていた、鏡の神器が奪われました。賊と交戦した者らによると、今回も勾玉の時と同一人物のようです。……秋の精霊を宿す、最後の神器であるご神刀があるここに来るのも、時間の問題かと思われます」

 フローラは大きく息をついた。

「やはり……あの子なのかい」

 ロックは、何も答えない。だが、フローラはそれだけで察したようだった。

「ロックや、無理はせずともよい。おまえに責任はない。だから休みなさい」
「見張りの数と罠を増やします。きゃつは必ず、拙者が始末します」

 ロックは即答した。
 それまで黙っていたシェリルが、口を開く。

「神器を狙っているのは……あね様、なのですね」
「シェリル、おまえは知らずともよい……早く、去るのだ」
「で、でも! あに様とあね様は……!」

 シェリルが言い掛けたその時、屋敷が大きな爆発音とともに振動した。



「な、なんだっ!?」

 ロバートが叫ぶ。同時に、部屋の襖を開けて一人の忍が現れた。

「おんばあ様! 奴が現れました!」
「そうかい、きたかい」
「場所はどこだ! すぐに案内しろ!」

 ロックが目の色を変えて走ってゆく。シェリルがあたふたしている。

「そんな……おんばあ様! あね様とあに様が、戦うというのですか!」
「シェリルや、さっきはおまえさんをかばったがね、これについては里の問題なんだよ」

 シェリルは大きく首をふった。

「私、いやです……いやです、そんなの!」
「シェリル!」

 シェリルは振り返って駆けだしていった。コリンがそれを追いかける。
 ハヤトは立ち上がってフローラに言った。

「フローラさん……。事情はよくわかりませんが、秋の精霊との契約には、障害があるということですね。だったら、俺もロックさんを手伝いに行きます」
「好きにしなさい。……もっともハヤトさん、あなたにできることはないと思うがね」

 それを聞いてパーティ一行が立ち上がる。
 口火を切ったのはミランダだった。

「っだーもう! 難しい話はいいんだよ! とにかくそいつをぶっちめりゃあいいんだろ! 行くよみんな!」

 全員が返事をし、走ってゆく。
 フローラはただ腕を組んで、その様子を見ていた。


 ロックは手下の忍者に連れられて、屋敷を駆ける。外に煙が見える。どうやら爆発したのは庭のようだ。

「奴はどっちに行った!」
「わかりません、ですがこの屋敷のなか」

 手下の言葉をそこまで聞いたところで、ロックは直刃の忍刀を抜き、手下を地面に叩きつけた。
 直後、ロックに向かって鉄の針が無数に飛んできた。彼は刀を素早く振り回し、それらをすべて弾く。

 ロックは天窓に足をかけ、針の飛んできた方向に鉄の板、手裏剣を投擲する。同時に足に力を込め、大きく跳躍して中庭へ飛んだ。

 松の木の陰に誰かがいる。ロックは手裏剣を投げ続けながら腰を低くし、そちらへ走る。
 ロックは大きく息を吸い込んだ。

「『火遁・猛炎弾(もうえんだん)』!」

 ロックの口から炎の弾が飛ぶ。それに気づいた相手は、二本の剣を抜いて叫んだ。

「『火遁・双炎牙(そうえんが)』」

 炎と炎がぶつかり合い、突風が起こった。
 それでもひるまず、ロックは刀を向けて相手に向けてふるった。

 金属がぶつかりあう音が、その場に響く。

「……なぜだ」

 距離を取り、ロックが言った。

「なぜお前が神器を狙うのだ。答えろ、アンバーッ!」

 双剣を構えるアンバー・メイリッジが、鋭いまなざしで彼を見据えていた。



 アンバーは何も言わず、ロックをじろりと見つめた。
 ロックは苛ついた様子で、もう一度言った。

「アンバー、話せ。一体、何があったのだ」

 アンバーは返答せず、彼の姿をただ見ていた。
 うつろげに、幻か何かを見ているかのように、ただ見ていた。

「アンバーっ!」

 ロックが叫ぶ。アンバーはようやく、ぎりと、奥歯をかんでから口を開いた。

「どけ……!」

 二人の姿が消える。同時に、空中で二人の斬撃が重なり合う。

「『火遁』……」

 ロックが至近距離で術に入るのを見て、アンバーは彼を蹴りとばす。
 だがロックは、空中を踏み、再び彼女の目の前にとんだ。

「『獅子炎牙(ししえんが)』!」 

 ロックの掌から、獅子を象った炎が現れる。アンバーはそれを双剣で受け止め、小さく言った。

「『凍れ』」

 獅子が、一瞬にして氷像となった。ロックはすぐに刀で追撃したが、アンバーの姿はそこにはなく、空を切る形になる。

「ちっ!」

 ロックはそのまま空中で翻り、背後に手裏剣を投げる。アンバーはそれを剣で弾き飛ばし、ロックの額に手をつけた。

「『風遁・羅刹陣(らせつじん)』!」

 爆発的な“魔力”の風が起こり、ロックの体が、きりもみ回転しながら竹薮に吹き飛ばされていった。着地したアンバーは、そのまま屋敷へと走り出そうとしたが、すぐに足を止めた。

「進ませるわけにはいかん」

 飛ばされたはずのロックが、そこに立っていた。アンバーは双剣をないで、彼に襲いかかる。
 その場を飛び跳ねたロックは、空を踏み、斬撃を浴びせる。アンバーはそれを片方の剣でパリーし、もう片方で突く。

 刀と剣の応酬が続く。やがてアンバーがロックの刀に足をかけ、体を跳ねさせた。
 二人は空中を駆けながら、武器を打ち合わせ続けた。

「あに様、あね様! おやめください!」

 中庭に出たシェリルが叫ぶ。しかし、二人は戦いをやめない。
 続けて勇者一行も現れた。

「なぜ戦うのです! どうして……どうしてあなたたちが!」

 ロバートが、驚いた様子で宙をにらむ。

「なんなんだよ、あいつら……! 二人ともバケモンだ。それに、あの女は……」

 ハヤトも、思わず言った。

「西や……いや、アンバーさん!?」

 空中で戦うアンバーが、その声に反応した。
 一瞬の硬直。ロックはそれを見逃さなかった。

「『風遁・羅刹陣』!」

 アンバーが、ものすごい勢いで地上に叩きつけられた。
 控えていた数人の忍たちが、それを取り囲む。

 だが、アンバーは“魔力”を大きく展開して衝撃波を起こし、全員を吹き飛ばした。
 ハヤトとアンバーの目が合う。

「やっぱり……!」

 間違いない。アンバー・メイリッジ。ザイドに向かう途中で魔王軍と交戦した際に現れた、ハヤトの師である西山楓そっくりの女。
 彼女が使っていた技は、ロックのそれとほとんど同じだった。
 彼女もまた、ここの人間だったのだ。

「あね様!」

 シェリルが騒いだが、アンバーは彼女のことを完全に無視して、ハヤトを見た。途中、空中にいたロックが攻撃を仕掛けたが、障壁のようなものが現れ、彼の体を拘束した。

「勇者ハヤト……」
「アンバーさん、一体どうして、こんな……?」
「悪いが急いでいる。君たちに構っている暇はない」

 「へん!」とミランダが槍を取り出した。

「通れるもんなら、通ってみな。アタシらは秋の精霊と契約しなきゃならないんだ。ここであんたをぶっちめてでも――」

 その時、途中でアンバーの姿が消え、背後からどごん、と何かが壊れる音が響く。
 ハヤトが振り返った時には、ミランダとシェリルのふたりが壁に叩きつけられて倒れていた。アンバーはそれを一瞥してから、彼らのほうに振り返った。

 ハヤトはぞくりとした。
 攻撃が、まったく見えなかった。

「邪魔だ。弱者に用はない」

 全員が身構えたが、アンバーはまたしても姿を消すと、ロバートを地面にたたきつけ、マヤとルーに手刀を浴びせ、コリンを蹴り飛ばす。
 ハヤトが剣を抜いた頃には、六人が戦闘不能になっていた。

「う……うおおおおっ!」

 ハヤトは叫び、「蒼きつるぎ」の力を呼び出そうと試みる。
 が、目の前に現れたアンバーが彼の手を蹴り上げ、腹に肘打を食らわせた。

「判断が遅い」

 ハヤトは、アンバーのその言葉を最後に、意識を失った。



 ハヤトを倒して屋敷へと侵入したアンバーは、迷うことなく松の廊下を駆けていき、ある部屋へとたどり着く。
 そこには、老婆が一人座っていた。

「おかえりなさい、アンバー」

 里の長・フローラは笑顔で言った。
 アンバーは、双剣を抜く。

「そこをどけ」
「あなたのためだったら、そうしてあげたいところだけれどね。どうして、こんなことをするの」
「あなたには関係ない」
「あるわよ」

 老婆は、笑顔を崩さない。

「だってあなたは、私のかわいい娘だもの」

 それを聞いて、アンバーの瞳が揺れる。彼女は続けて何かを言いかけたが、それをふり切るようにして、双剣を構えた。

「どいてくれっ、おんばあ! 私には精霊の力が必要なんだ!」

 フローラはゆっくり頷くと、一振りの刀を取り出した。
 アンバーは驚愕の表情を浮かべ、その場を後ずさりした。

 精霊のご神刀であった。

「最初からそうお言い。何をするつもりか知らんがね、あんたがこれを使って悪さをするだなんて、私は思わない。何か理由があるんだろう。だったら使いなさい。でもね、全部終わったら、きちんと返すんだよ」

 アンバーはそれを見て、明らかに動揺していた。彼女は少し息を荒げながら、悲しげに言った。

「どうして、あなたはいつもそうやって……」
「いいのよ。五年前に蒼き“波動”の大きな揺らぎが起こった時から、何かが変わったことだけは、私でもわかっているからね。それが関係しているんだろう?」

 アンバーは答えない、というよりも答えられないように見えた。彼女はやがて、ゆっくりとご神刀を拾いあげ、背を向けた。
 その表情は、もう、耐えられないといった風に、せっぱ詰まっていた。

「いずれ……」

 彼女は、姿を消した。

「おんばあ様! ご無事ですか!」

 すぐにロックが現れた。フローラは畳を見つめていた。

「何を悩んでいるのだか……」



 ハヤトたちは、フローラの屋敷でそれぞれ目をさました。
 まず彼らを襲ったのは、圧倒的な敗北感だった。

「ちっ」

 とくにミランダは機嫌悪そうに、壁にもたれていた。
 シェリルの友人、ディアナが肩をすくめた。

「強い勇者様って聞いてたけど、仕方ないわね。あんたらは忍術の心得もないみたいだし、アンバーさんとロックのあに様のふたりは、この里の忍の中でもずば抜けているもの」

 ロバートがうなった。

「あのアンバーって人は、確か元々ソルテスの仲間だったんだよな、ハヤト君」
「ええ。俺が春の都で見たビジョンの中に、確かにいました。間違いないと思います」
「だが、確かあの人は魔王軍のリブレと戦っていたし、俺たちを助けてくれたよな……。なのに、今度は俺たちの妨害をしていることになるのか? ああ、訳がわからねえ。どういうことなんだ」

 シェリルが驚いたように言った。

「み、みなさんは、あね様に、会ったことがあるのですか?」

 ハヤトは、「ザイド・アトランティック」号での一件について話した。
 シェリルは、悲しげに目を伏せた。

「そんなことが……」
「シェリルさん、アンバーさんのことについて、教えてくれませんか。あの人は、ここの出身なんですよね」

 シェリルは最初こそおどおどしていたが、やがて頷く。

「あ、あね様は元々、このオータムの忍の若頭を勤めていました。これはおんばあ様に聞いたことですが……」

 シェリルは、時折しどろもどろになりながらも、話を始めた。

 アンバー・メイリッジは身よりのない孤児だったが、里長であるフローラに拾われて里へとやってきたのだという。
 フローラが元々その才能を見抜いていたのかは定かでないが、数年も修行を積むとめきめきと頭角を現し、二十をすぎたころには、忍たちの若きリーダーとして里をモンスターから守ってきた。

「しかし六年前、あね様に転機が訪れたの。魔王を倒すために旅をする『蒼きつるぎ』の勇者に出会ったのよ」

 ハヤト相手に話すのが限界になったシェリルの代わりに、ディアナが話を引き継いで言った。
 マヤが、つぶやく。

「ソルテス……」
「そう。その際にあね様は、魔王を倒す旅をする彼女たちに協力するよう、おんばあ様から勅命を受けた。そして……旅に出たその日を最後に、戻って来なかった。それなのに……」
「今になって、突然里を襲いに来たんだよ。まったく、どうしたもんかね」

 全員が顔を上げた。
 フローラ婆が、いつの間にか部屋にいたのである。

「あの子が何をしようとしているのかは、よくわからない。だけどあの子からは、不思議と悪意を感じなかった」

 ディアナが肩をすくめる。

「だからと言って、なぜあね様にご神刀を渡してしまったのですか」
「あの子を信じているからさ。そしてご神刀も、それを拒否しなかった。今はおそらく、それでいい」

 フローラは、ハヤトをみる。

「そういう訳で、ハヤトさん。秋の精霊を宿した神器は、全てあの子の手に渡ってしまいました。せっかく契約しに来たのに、ごめんなさいね。……どうしますか?」

 ハヤトは何も言わず、フローラの元へと歩き、その場にひざをついた。

「単刀直入に聞きます。六年前のソルテスと今の俺、どちらが“魔力”が上でしたか」

 フローラは、にこりとした。

「なかなか、ものわかりがよさそうだ。……圧倒的に、あなたの方が下よ」
「あなたは、どちらにせよ最初から俺たちに契約をさせるつもりはなかった……そうですね」

 フローラは、ゆっくり頷いた。

「『蒼きつるぎ』の勇者だって言うならね、あの子から、神器を全部奪い取ってでも契約をするだろうね。少なくとも現魔王のソルテスなら、そうしただろうよ。あなたたちは今のまま魔王と戦っても、犬死にするだけよ」

 ハヤトは、その場を振り返った。
 マヤは、小さく頷く。ルーはすでに“魔力”を練って何かを作ろうとし始めていた。ロバートは腕を組んで、少しにやりとした。コリンは、少し汗をたらしつつも、彼を黙って見る。ミランダは視線を外に向けていたが、掌に拳を打ちつけた。

 ハヤトは、夏の遺跡で出会ったジョバンニという男のことを思い出していた。
 彼がここへ向かえと言っていたことの、意味がわかった。

 ハヤトは、向き直って言った。

「神器は、俺たちが取り戻します。だから……強くならなきゃならない。どうかここで、修行させてください」

 フローラはそれを聞いて、いっそう笑顔になった。


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