IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
13.「秋の忍び里」その1

 炎に包まれた森の中で、黒い服を着た男が倒れている。
 傍らには、同様の服を着た一人の女性が寄り添うようにして座り、肩をふるわせていた。

「泣くな……俺は後悔などしていない」

 男が言った。その声は優しかった。
 女は、いやいやをするように首をふる。
 頬を涙が伝った。

「嫌だ……あなたがどう思おうと、私はこんなの、嫌だ……」
「おまえに、涙など似合わない」

 女は、すがるように言った。

「だったら、立ち上がってよ……また、抱きしめてよ……」
「すまない。もう、できそうにない。これが、俺たちの運命だったのだ」
「こんなのって、ない……」

 森の炎が、どんどん強さを増す。
 男は苦しそうにうめく。
 女は男の手を取り、強くつかんだ。

「早く、行け。おまえだけでも生き延びるのだ」
「行けるわけ、ないでしょ……私も、このまま一緒に……」
「馬鹿者……! おまえにはやらねばならぬことがあるのだろう……! 行け。行って、俺たちの分まで生きてくれ」
「私、何を信じればいいのか、もう、わからないの」

 男はせきをしながら、手に力を込めた。
 その口から、どす黒い血が吹き出す。
 女が、それを見て表情を変えた。

「何を……!?」
「ならば、生きていてくれればよい……。おまえが、生きてさえいてくれれば、私は」

 男の手から光があふれ、女を包み込む。

「生きよ。さらばだ……」
「ロック! ロックッ!」

 ロックとよばれた男は、笑みを浮かべた。
 女は、最後まで彼の名前を呼び続けた。



 ザイド・サマーを南下した先にある山岳地帯、ザイド・オータム。
 夕日の差し込む山の中腹で、ハヤトたちはキャンプを作っていた。

「よし」

 ハヤトは真剣なまなざしで、自分の目の前に置かれたスクロールに右手を当てた。黄色い落ち葉ががさりと音をたてる。
 彼が意識を集中すると、スクロールがうすい光に包まれ始め、やがて彼の手にそれが移った。
 すぐ横で見ていたマヤとルーが、感心した様子で口を開く。
 ハヤトはそのまま、手を前方に掲げた。

「てやっ!」

 手のひらから「ウォール」のようなものが少しだけ出たが、すぐに消えた。ハヤトは肩をがっくりと落とした。

「……だめか」
「何言ってるの」とマヤ。
「“魔力”の錬成をこの数日で修得した時点で、十分凄い才能だわ。ふつうは何ヶ月もかけてここまで来るのよ」
「だったら、ルーはどうなるんだよ。まだチビっ子だぜ」
「よくわからないけど、ルーは『とつぜんへんい』だっておばあちゃんが言ってたの」
「ちぇっ。上には上がいるってことか」

 ハヤトは先日の戦いでジョバンニという男が魔法を使うところを見てからと言うもの、暇を見てやっていた程度だった魔法の練習を毎晩行うようになった。
 ハヤトは痛感していた。
 「蒼きつるぎ」の力は確かに強大で、力そのものについても、最初の頃よりはまともに使えるようになり始めている。

 だが、決してこの力は万能ではない。
 現に精霊の巨人のもつ障壁など、とうとう通用しない相手も出てきてしまったし、破壊の力を無理に使おうとすれば、先日のように窮地に陥ることもありうる。
 何より、自分が戦うべき相手である魔王軍は、かつての勇者パーティでもある。つまりは、ソルテスの「蒼きつるぎ」の力を間近で見ているのだ。
 今後、「蒼きつるぎ」の力が効かない相手が出てきてもおかしくはない。
 だからこそ、自分の地力を高めておかなければ。
 ジョバンニさんのように、一人でもウォールを作ったり、障壁を破壊したりできるようになれば、みんなをもっと確実に護れる。

 ハヤトはもう一度、スクロールに手を置く。

「あのー……」

 その時、横から小さな声が聞こえてきた。
 見ると、長身のシェリルが少し離れたところでしゃがんでいた。

「どうしたんですか、シェリルさん」
「あ、あの、その……」

 シェリルは、ハヤトの反応にもじもじしだし、何かを言おうとしているのだが、聞き取れない。
 代わりにマヤが聞いた。

「なんですか?」
「そ、そろそろ、出発するそうです。荷物をまとめるようにと、コリンが言っています」

 言うと、シェリルはそそくさと逃げていった。
 ハヤトは頭をかく。
 彼女は出会ってからというもの、ずっとこんな調子だ。

「シェリル、ちゃんと言えたの?」

 コリンはバドルにえさをやっていた。
 シェリルは頷く。

「あの、こういうことはコリンが言ってください。私は……」

 コリンは彼女の顔を見上げ、ひと指し指で彼女の額を突いた。

「シェリル。あなたは知らない男に対してビビりすぎ」
「だ、だって……!」
「だってもあさってもない。それに、ハヤトはそんなに悪い奴じゃない。しっかり話しなさい」

 シェリルは意外そうに彼女を見る。

「コリンこそ、あの人をあれだけ疑っていたのに、ずいぶん態度が変わりましたね」

 コリンが硬直する。

「それは……その、悪い奴じゃないってわかったから」
「ひょっとして、コリン……」

 コリンは、はっとして首をふる。

「ち、違う。そういうのじゃない。いい奴だとは思うけど! 勘違いしないで!」
「……彼の『蒼きつるぎ』を間近で見たから、信用する気になったのですね。いいなあ。私は結局、まだスプリングで見たのが最後ですから」

 シェリルがほほえんで言う。
 コリンは目をぱちくりさせたあと、わざとらしい咳払いをして小さく頷いた。

「……そ、そう。そういうこと」
「それで、ここからの道筋なのですが……少し、以前と罠の配置が変わっているようです。少し遠回りして、里に向かいたいと思います」

 コリンは、それを聞いて目を細めた。

「どういうこと? そんな報告、国には来ていない。緊急事態なの?」
「わかりません。でも変えてあることは確かです」
「相変わらず、あの連中は言うことを聞かないね」
「仕方ありません。彼らには元々、スプリングに治められているという認識がありませんから」
「シェリル」

 コリンは、いっそう目を鋭くさせた。

「里の連中の対応は、あなたにしかできない。機嫌を取れとは言わない。でも、穏便に済ませてほしい」

 シェリルは、少しうつむいた。

「わかって……います」



 バドルでしばらく山道を進んでいると、ハヤトは意外なものを目にした。

「これは……竹、か?」

 さっきまで針葉樹ばかりだった森の中に、竹がいくらか植わっている。風に揺れる細い葉が、なんとも言えぬ哀愁を誘う。
 コリンが頷く。

「そう。ザイド・オータムの里はこの竹薮の向こうにある。竹はこのオータムにしか生えない。ハヤトは、この辺りの出身?」
「えっ? いや、そういう訳じゃないんだけどさ」
「なら、オータムに来たことがあるの?」
「ないよ。でも、久しぶりに見た」

 コリンは無表情のまま小首をかしげたが、すぐに眉間にしわを寄せた。

「ひょっとして、からかってる?」
「ち、違うって! 俺の住んでたところにもあったんだよ」

 最後尾でその様子を見ていたミランダが、舌打ちした。

「あのクソピンク頭……アタシのハヤトにちょっかい出しやがって」
「残念だがミランダ。ハヤト君はきみの物と決まった訳じゃない。コリンちゃんにも権利がある。どうやらあの様子だと、またライバルが増えたようだな。ああ、ミランダの立ち位置はどんどん隅に追いやられていくな」

 ロバートはすぐに鉄拳に備えたが、ミランダはうつむいて、ため息をついた。

「……わかってるよ」
「どうしたミランダ? この間の砂漠の時から、なんだか変だぞ? 変なものでも食ったのか?」

 ミランダは少し思い詰めた表情で、自分の乗るバドルをかかとで蹴った。バドルは微妙にうれしそうな声で鳴いて、スピードをあげた。
 ロバートはその様子を見て、腕を組む。

 その時。彼の背後の竹薮から、がさりと音がした。
 ロバートは瞬時に弓を取り出して矢をつがえた。

「誰だ!?」

 全員が、その声に反応して振り返った。
 ほぼ同時に、竹薮から何かが飛んでくる。ロバートはバドルに降りながら、それをかわす。
 背後の木に、金属製のとがった板のようなものが刺さった。
 ロバートが矢を放つと、全身黒装束の男が竹薮から一人現れ、それをはしと掴んだ。
 シェリルがその顔に反応した。

 右目に眼帯をつけた黒髪の男は、力強い眼光をたたえた左目でロバートをにらみつけると、地を蹴って宙を舞った。
 彼は腰に手をつけ、先ほどの金属の板を再び取り出し、ロバートに投げつける。
 ロバートはその場を転がってそれをよけ、再び矢を放つ。
 矢は男に向かってゆく。

 男は空中で手を組み合わせた。

「『火遁・陽炎(かげろう)』」

 男の姿が歪み、矢をすりぬけた。

「なっ!?」

 ロバートが声をあげる。男はそのままロバートにのしかかって馬乗りになると、腰につけていた短刀を取り出して彼の首にあてがった。
 ハヤトたちは、男に向かって走る。

「やめて! やめてくださいっ、あに様!」

 シェリルの大声が響いた。
 男はそれを聞くと、ロバートを解放して彼女を見る。

「おまえか……。なぜ戻って来た」
「あ、秋の精霊様の契約に、です」
「去れ。里は今、それどころではない」

 男は、その場から消え去るようにして姿を消した。
 シェリルは、それを不安げに見つめていたが、バドルに乗った。

「行きましょう。この先がオータムの里です」


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