ザイド・サマーの夜。 コリンは、ひざをたてて座りながら、目の前のたき火を眺めてぼうっとしていた。 彼女以外はすでに全員が眠っており、たき木が炭化していく音と、バドルのガアガアという鳴き声が、時折聞こえてくる。 静かだ。 正直、疲れていた。 変化した精霊の遺跡といい、夏の精霊とのやりとりといい、妙な男のふざけた行動と、その後の戦いといい。 しかし、あれだけの異常な“魔力”のやりとりを見せられては、信じざるを得ない。ハヤト・スナップは紛れもなく「蒼きつるぎ」の勇者なのだろう。 何より彼の瞳が見せた蒼い輝きに、コリンは強い懐かしさを覚えた。 だがその一方で、やはりハヤト一行を心から信用することができない自分がいることも確かだった。 翼の生える不思議な女に、野蛮な女。この女の名前だけは覚えたが、気にくわないので今後も呼ばないつもりだ。そして存在感の薄い男。彼のことはどうでもいい。 一番不思議なのは……。 コリンは、視線を移す。 フードを被った、小さな少女がハヤトに寄りかかってうつらうつらしていた。 あんな子供がなぜこんな過酷な旅に同行しているのか。 確かにかなりの“魔力”の使い手だ。潜在能力だけで言えば飛び抜けているようにも感じられる。 しかし、だからと言ってこんな子に世界の運命を任せる旅をさせるというのは……。 その時、少女の瞳がぱっとひらいた。 思わず、コリンはびくりとした。 「んー……」 ルーは、不満げな声をもらし、その場を立ち上がった。 「ちょっと、きみたち」 ルーは、バドルの元へと歩いていく。バドルたちが反応して、彼女の方を向いた。 「今は夜なの。そんな話をしてないで、早く寝るの」 バドルの一羽が鳴く。するとルーは、ふうと息をはいた。 「そういう問題じゃないの。ハヤトもマヤもルーも、みんな疲れてるの。だからそんな風に言わないで、眠って欲しいの」 今度は別のバドルが鳴く。ルーは、うんうんと頷く。 「なるほどなの。確かに、考え方によってはそうかもしれないの」 コリンは、その様に硬直するしかない。 バドルと、会話している? 「ねえ、きみ……」 声をかけると、ルーは首をこちらに向けた。 「バドルと、話せるの?」 ルーは小首をかしげた。 「コリンは、話せないの?」 さも当然、と言ったふうに、ルーは言った。 コリンはちょっぴり考えたが、やがて眉をひそめた。 「ひょっとして、からかってる? ガキの考えそうなことね」 「コリンもガキなの、ミランダが言ってたの」 「わ、私はガキじゃない!」 自分よりも小さなルーに言われたからか、コリンはそれを聞くや否や、立ち上がって彼女の元へと詰め寄った。 「怒ってるの。やっぱりガキなの」 「違う。確かに背は低いかもしれないけど……! ガキはあなたのほう。あなたに言われるのは心外!」 「そういうふうにすごく怒って否定するのは、自分がそう思ってるからだっておばあちゃんが言ってたの」 コリンは、むっとしてルーをにらんだ。 「ガキ」 「コリンもなの」 「うるさい、ガキ! だったら、このバドルたちがなんて言っているのか、訳してみなさい!」 ルーは頷いたが、バドルたちががあがあと鳴いた。ルーはそれを見て、困った表情を浮かべる。 「う……」 「ほら、やって。何か言ってる」 「困ったの、バドルがさっきの会話を訳さないようにって、言ってるの」 「嘘はいっぱしね」 「違うの、ほんとにそう言ってるの」 コリンは、ほんのすこしだけにやりとした。 「やっぱり、あなたはうそつきのガキ」 さすがのルーもかちんと来たようだった。 「むっ。だったら訳してやるの」 バドルたちは懸命に鳴き叫んだが、ルーはそのバドルの一羽に指をさした。 「この子は……」 そのバドルが、羽をばたつかせて必死になった。 コリンは、やれるものならやってみろと、腕を組んで余裕の表情で頷いた。 「『シェリルさまのおしり、さいこう』って言ってたの」 「へ?」 コリンは首をひねった。 「で、この子は、『シェリルよりミランダのほうがいい、むねがおおきい』って言ってたの、それで別の子が『おまえらはわかってない、せいそなふんいきのただようマヤこそしこう』って否定したところから、喧嘩がはじまったの」 ルーは立て続けに会話を訳す。 「その子は昼間、ミランダに蹴られたらしいの。『ミランダはやばんだから』って話をしてたんだけど、別の子は『ロバートみたいなやろうにのられるよりはひゃくばいマシだ、むしろけられたい』って苦労した感じだったの」 コリンは、表情を失わせてたずねた。 「それで……私たちの話は……?」 「ルーはこの子たちと会話できるってわかってからは、ほめられっぱなしなの。今も『けもみみびしょうじょのルーさまさいこう、だからもうやめて』って言ってるの」 「じゃあ、私の話は……?」 バドルが目を血走らせて騒ぎ立てる。 だが、ルーは言った。 「コリンはずっと『ひんにゅう』ってよばれてるの」 コリンは目を閉じ、よどみない手つきで腰にくくりつけていたナイフを抜いた。 「よし、殺すわ」 「待って、待ってなの。続きがあるの」 ルーは彼女を止めた。バドルたちはそれを肯定するかのごとく、わめきたてた。 「『だがそこがいい』って、半数が言ってるの」 「フォローになってない。殺すわ」 「『さびしそうなせなかがすき』『おでこがかわいい』とも言ってたの。よくお世話してくれて、感謝してるみたいなの。今騒いでるのも、コリンが好きだって言ってるの!」 「おい、ギャーギャーうるせーぞ! さっきから寝られやしねえ。そのクソ鳥どもをなんとかしろ! ハヤトが起きちまうだろ!」 そこに、半分寝ぼけたミランダの声が飛んできた。 全員が黙る。 バドルが一言、ぎゃあと言う。 「『やっぱりミランダさま、しびれる』」 「もういい……」 コリンは、たき火の前に戻った。 彼女は、そのまま目を閉じ、自分の額をさわった。 「おでこが、かわいい……か」 今日は、疲れた。 |