ハヤトは空中に投げ出された。 体は無事だ。どうやら「蒼きつるぎ」が相殺したらしい。 だが、手足がうまく動かない。 「ハヤト君!」 遥か下方で、それを見ていたマヤが、駆けだした。 彼を助けるべき時が来た。 今こそ、彼のための力を! マヤの背中から、二本の棒が飛び出した。 棒は回りながら開いてゆき、柔らかな金色の翼へと変わる。 彼女はその場を飛び上がり、空中のハヤトをキャッチした。 「大丈夫?」 「マヤか……助かった」 ハヤトは言いながら、もう一つの意味で助かったと感じていた。 あのタイミングで攻撃が来てくれて、よかった。 もしあのまま力を消費し続けていたら……。 考えている間にも、巨人の胸が光る。 マヤはその場を切り返し、光線をかわす。 「広いといっても天井があるから、自由に飛べないわね……。ハヤト君、どうすればいい?」 ハヤトは返答に迷った。 さっきの攻撃を繰り返しても、障壁を貫き切れないことには……。 「おい、二人とも」 ハヤトとマヤは、思わず空中でびくりとした。 すぐ横に、ジョバンニが立っていた。 もちろん、空中である。だが彼は微動だにせず、腕を組んでその場にたたずんでいた。 「ジョバンニさん!?」 「驚いたぜ、まさかこんなことになっちまうなんてなあ。悪かった」 「それより、どうしてそんな風に飛んでるんですか!?」 言われて、ジョバンニは笑った。 「はっはっは。細かいことは気にすんな! それより、この騒ぎの責任を取りてぇ。だがあのごっつい障壁を“魔力”でぶっこわすのは、ちょっとばかし効率が悪い。……おれに考えがあるんだが、一緒にやってくれないか?」 もはや選択の余地などなかった。 二人が頷くと、ジョバンニは帽子のつばをもってぐいと下げた。 「さすが、話が早いな。じゃあ、おれが前衛だ。あの魔法光線はなんとかするから、ついてきてくれ!」 「ジョ、ジョバンニさん! あの光線の“魔力”はけた違いなんですよ!」 「男は度胸だ!」 「そ、そういう問題じゃないですよっ!」 ハヤトが言い終わる前に、ジョバンニが足を前方に踏み出す。 彼の足はしっかりと空中をふみしめ、なんと宙を走り出した。 その不思議な光景に、思わずぽかんと見とれるハヤトとマヤだったが、今はそんなことをしている場合ではない。マヤは翼をはためかせ、その後を追った。 巨人の胸がちかちかと光りだす。 「ジョバンニさん、来ますよ!」 「よけいなことは考えるな!」 “魔力”の光線が発射される。 ジョバンニは、そのタイミングに合わせ、右手を前に突きだした。 「破れるものならやってみろい! 『ジョバンニ・シールド』!」 ジョバンニの手から、大きな六角形の「ウォール」のようなものが飛び出した。光線が爆発したが、彼の名を冠した盾はそのまま残った。 「なっ……!」 とりあえず名前のセンスは置いておいて、背後で見ていたハヤトは驚愕した。 ルーとマヤの二人で作った「ウォール」でさえ、はじくのがやっとだったと言うのに、彼のそれはびくともしていない。 「魔法の次は物理攻撃が来る! 二人とも、左だ!」 二人が左方を見ると、巨人の右手が迫って来ていた。 ジョバンニは叫んだ。 「しゃらくせえっ! 『ジョバンニ・エクスプロージョン』!」 ジョバンニが腕をなぐと、きらきらと周囲が輝くと共に、爆発を起こした。 巨人の右腕が二の腕あたりまで崩壊し、ぼろぼろと地面に落ちていく。 「どうやら手足には障壁がないらしいな! 今がチャンスだ、一気に行くぞ!」 三人は胸元へと一直線に進む。 ジョバンニが走りながら、両手を突き出す。 「いいか、おれが今から障壁に穴を開ける! 『蒼きつるぎ』でそいつのコアを突け! そして念じろ、さっきまでの、俺が来る前の光景を!」 「ど、どういうことですか!?」 「説明してる暇はねえっ! やるぞ!」 ジョバンニは巨人の胸を覆う障壁に手を当てた。 「いっくぜええ! 『ジョバンニ・ニュートライズ』ッ!」 さっきよりも小さい、六角形型の「ウォール」が彼の手のひらに現れた。大きさが安定せず、大小を繰り返す。 ジョバンニは苦しげにうなった。 「ぐうっ……! なんつう障壁だ!」 しかし。彼は笑った。 「だが! この状況! こういう逆境でこそ燃えるのが……男ってもんだぜっ!」 六角形の「ウォール」が、大きく展開され、障壁に穴が作られた。 「今だ、やれ!」 マヤとハヤトは、黄色く輝くコアに向けて飛ぶ。 「ハヤト君、頼むわよ!」 マヤは、手を離してハヤトをその場に落とす。 ハヤトが、落ちながら切っ先を前方に向けた。 剣の輝きが増し、“魔力”がほとばしる。 「貫けええっ!」 「蒼きつるぎ」は、ついに巨人のコアをとらえた。 ハヤトはすぐに、先ほどジョバンニに言われたように念じた。 さっきまでの景色。この部屋に来た時の、あの光景。 辺りが蒼い光に包まれだし、巨人の体じゅうに亀裂が入る。 ジョバンニは目を閉じてハヤトに向けて手をかざし、何かを叫んだ。 輝きが増し、とうとう巨人は体全体から砕け散った。 コリンは口をあけて、それをぽかんと見上げていた。 ◆ 雨の中、小さな少女が泣いていた。 辺りには瓦礫の山が散乱している。 「お母さん……お父さん……」 少女はうわごとのように、同じことを言い続けていた。 目の前には、おそらく屋根だったであろう煉瓦が、ばらばらに積み重なっていた。 羽のついた人型のモンスターがそれに気づき、彼女の背後へと歩いてゆく。顔を上げて振り返った少女は、悲鳴を上げた。 だが、モンスターは次の瞬間、縦に割れるようにして消えた。 すぐ背後で、鎧を着た黒髪の少女が、剣を地面に叩きつけるようにしていた。 黒髪の少女は、悲しげに言う。 「ごめんねコリン、間に合わなかった。ごめんね……あなたたちに助けてもらった恩を、返せなかった」 それまで泣いていたコリンは、彼女に向かって走り、抱きついた。 「お父さんが……お母さんも……」 黒髪の少女は腰をおとし、彼女を抱きしめた。 「ごめん……! でも、私が全部、責任をとるから。この街とあなたは私が、絶対に守るから……!」 さっきのモンスターが数体、彼女たちの元へと飛んできた。 黒髪の少女は、コリンをぎゅっと抱いたあと、彼女を物陰に押しやった。 少女は、剣を構える。 その瞳が、少しずつ蒼い光を伴っていく。 「あなたたちだけは……絶対に!」 少女の持つ剣が、変質していく。 コリンが叫んだ。 「ソルテスっ!」 「蒼きつるぎ」を手に取ったソルテスは、地面を飛び上がってモンスターに向かっていった。 ◆ 「あれ……」 ハヤトは、自分の状況にしばらくとまどった。 剣を、なぜか壁に突き刺している。 引っこ抜いて、後ろを見る。 岩と、台座。そしてふわふわと浮くプレート。 部屋が、元に戻っていた。 「私たち、さっきまで巨人と戦ってたわよ……ね?」 マヤが隣にいた。翼は既に畳まれているようだ。 『何をしている』 夏の精霊の声が響いたので、ハヤトたちはぎょっとした。 『加護は済んだ。早く立ち去るがよい』 その声は、先ほどまでのことを、まるで認識していない様子だった。 「ふう、うまくいったな」 それを聞いて、すぐ先にいたジョバンニがその場に座って汗をぬぐった。 「ジョバンニさん、どういうことなんですか?」 「なーに。『蒼きつるぎ』の力を、ちょっと借りたんだよ。ともあれ、これで全部元通りだ。悪かったな、勇者一行」 ハヤトは、剣を鞘におさめる。仲間たちが集まってきたところで、彼は改めて聞いた。 「あなたは一体何者なんですか?」 ジョバンニはそれを聞いて高笑いした。 「最初に言ったはずだ! おれはジョバンニ! 凄腕のトレジャーハンターだ」 「い、いえ、そういうことではなくて」 ジョバンニは、立ち上がって帽子を掴み、つばで顔を隠した。 「……さっきのおれの技が、不思議に見えたか? すごいとでも、思ったか?」 ハヤトは頷いた。 空中を走る術。強力な「ウォール」と、結界破り。 そしてこの、「蒼きつるぎ」を使った謎の現象。 ジョバンニは背中を向けて歩き出した。 「だったらおまえさんは、ソルテスには勝てやしねえぞ」 「ま、待ってください! ソルテスの知り合いなんですか!?」 「……さあな。ザイド・オータムを目指せ。今のおれに言えるのはそのくらいだ。じゃあな。今回は悪かった」 「また会おう」と言い残し、ジョバンニは部屋から去っていった。 「一体なんだったのかしら、あの人?」 マヤがつぶやいた。ロバートは頭をかく。 「魔王軍……って感じでもなさそうだったけどな。だがちょっと異常だったぜ、あの技は」 「ええ、明らかに私たちの理解をこえたレベルのものだったわ。仲間になってくれれば、すごい戦力になるんだけどなあ。ねえミランダさん?」 「あ、ああ。そうだね……」 「どうしたミランダ。元気がないじゃないか。暑さでバテたか?」 「ち、ちがわい!」 談笑するパーティ一行を後目に、ハヤトは入り口付近で立っていたコリンの元へと近づいていく。 コリンは、目を伏せてから、肩をすくめる。 「見せてもらった。あなたの『蒼きつるぎ』は本物みたいね。それだけは認める」 「……君は、ソルテスを助けてくれたんだな」 ハヤトは、さっきまで夢のように見えていた光景を思い浮かべる。 あれが、過去の光景なのだとしたら。 小さなコリンを守っていた「蒼きつるぎ」の使い手は紛れもなく、ユイだった。 そして彼女は言っていた。「あなたたちに助けてもらった」と。 コリンは、何も応えなかったが、ハヤトは、その肩を両手でつかんだ。 コリンは体をはねさせた。 ハヤトは彼女に顔を近づけた。コリンの猫みたいな目が、大きく開く。 「な、なに」 「あいつを助けてくれて、ありがとう」 ハヤトは、笑顔で言った。 「やっぱり俺、あいつに会わなきゃ。君を守らないで何やってんだって、言いにいかなきゃな。だから、今後も案内を頼む」 コリンは、それを聞いてしばらくぼーっとしていたが、彼の手をはじいて後ろを向いた。 「さっきも言ったけど、あなたは、甘い」 「わかってるさ」 「でも、嫌いじゃない」 彼女のつぶやきは、誰にも聞こえなかった。 |