IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
12.「砂上の遺跡」その4

 ハヤトは空中に投げ出された。
 体は無事だ。どうやら「蒼きつるぎ」が相殺したらしい。
 だが、手足がうまく動かない。

「ハヤト君!」

 遥か下方で、それを見ていたマヤが、駆けだした。
 彼を助けるべき時が来た。
 今こそ、彼のための力を!

 マヤの背中から、二本の棒が飛び出した。
 棒は回りながら開いてゆき、柔らかな金色の翼へと変わる。
 彼女はその場を飛び上がり、空中のハヤトをキャッチした。

「大丈夫?」
「マヤか……助かった」

 ハヤトは言いながら、もう一つの意味で助かったと感じていた。

 あのタイミングで攻撃が来てくれて、よかった。
 もしあのまま力を消費し続けていたら……。

 考えている間にも、巨人の胸が光る。
 マヤはその場を切り返し、光線をかわす。

「広いといっても天井があるから、自由に飛べないわね……。ハヤト君、どうすればいい?」

 ハヤトは返答に迷った。
 さっきの攻撃を繰り返しても、障壁を貫き切れないことには……。

「おい、二人とも」

 ハヤトとマヤは、思わず空中でびくりとした。
 すぐ横に、ジョバンニが立っていた。
 もちろん、空中である。だが彼は微動だにせず、腕を組んでその場にたたずんでいた。

「ジョバンニさん!?」
「驚いたぜ、まさかこんなことになっちまうなんてなあ。悪かった」
「それより、どうしてそんな風に飛んでるんですか!?」

 言われて、ジョバンニは笑った。

「はっはっは。細かいことは気にすんな! それより、この騒ぎの責任を取りてぇ。だがあのごっつい障壁を“魔力”でぶっこわすのは、ちょっとばかし効率が悪い。……おれに考えがあるんだが、一緒にやってくれないか?」

 もはや選択の余地などなかった。
 二人が頷くと、ジョバンニは帽子のつばをもってぐいと下げた。

「さすが、話が早いな。じゃあ、おれが前衛だ。あの魔法光線はなんとかするから、ついてきてくれ!」
「ジョ、ジョバンニさん! あの光線の“魔力”はけた違いなんですよ!」
「男は度胸だ!」
「そ、そういう問題じゃないですよっ!」

 ハヤトが言い終わる前に、ジョバンニが足を前方に踏み出す。
 彼の足はしっかりと空中をふみしめ、なんと宙を走り出した。

 その不思議な光景に、思わずぽかんと見とれるハヤトとマヤだったが、今はそんなことをしている場合ではない。マヤは翼をはためかせ、その後を追った。

 巨人の胸がちかちかと光りだす。

「ジョバンニさん、来ますよ!」
「よけいなことは考えるな!」

 “魔力”の光線が発射される。
 ジョバンニは、そのタイミングに合わせ、右手を前に突きだした。

「破れるものならやってみろい! 『ジョバンニ・シールド』!」

 ジョバンニの手から、大きな六角形の「ウォール」のようなものが飛び出した。光線が爆発したが、彼の名を冠した盾はそのまま残った。

「なっ……!」

 とりあえず名前のセンスは置いておいて、背後で見ていたハヤトは驚愕した。
 ルーとマヤの二人で作った「ウォール」でさえ、はじくのがやっとだったと言うのに、彼のそれはびくともしていない。

「魔法の次は物理攻撃が来る! 二人とも、左だ!」

 二人が左方を見ると、巨人の右手が迫って来ていた。
 ジョバンニは叫んだ。

「しゃらくせえっ! 『ジョバンニ・エクスプロージョン』!」

 ジョバンニが腕をなぐと、きらきらと周囲が輝くと共に、爆発を起こした。
 巨人の右腕が二の腕あたりまで崩壊し、ぼろぼろと地面に落ちていく。

「どうやら手足には障壁がないらしいな! 今がチャンスだ、一気に行くぞ!」

 三人は胸元へと一直線に進む。
 ジョバンニが走りながら、両手を突き出す。

「いいか、おれが今から障壁に穴を開ける! 『蒼きつるぎ』でそいつのコアを突け! そして念じろ、さっきまでの、俺が来る前の光景を!」
「ど、どういうことですか!?」
「説明してる暇はねえっ! やるぞ!」

 ジョバンニは巨人の胸を覆う障壁に手を当てた。

「いっくぜええ! 『ジョバンニ・ニュートライズ』ッ!」

 さっきよりも小さい、六角形型の「ウォール」が彼の手のひらに現れた。大きさが安定せず、大小を繰り返す。
 ジョバンニは苦しげにうなった。

「ぐうっ……! なんつう障壁だ!」

 しかし。彼は笑った。

「だが! この状況! こういう逆境でこそ燃えるのが……男ってもんだぜっ!」

 六角形の「ウォール」が、大きく展開され、障壁に穴が作られた。

「今だ、やれ!」

 マヤとハヤトは、黄色く輝くコアに向けて飛ぶ。

「ハヤト君、頼むわよ!」

 マヤは、手を離してハヤトをその場に落とす。

 ハヤトが、落ちながら切っ先を前方に向けた。
 剣の輝きが増し、“魔力”がほとばしる。

「貫けええっ!」

 「蒼きつるぎ」は、ついに巨人のコアをとらえた。

 ハヤトはすぐに、先ほどジョバンニに言われたように念じた。
 さっきまでの景色。この部屋に来た時の、あの光景。

 辺りが蒼い光に包まれだし、巨人の体じゅうに亀裂が入る。
 ジョバンニは目を閉じてハヤトに向けて手をかざし、何かを叫んだ。
 輝きが増し、とうとう巨人は体全体から砕け散った。

 コリンは口をあけて、それをぽかんと見上げていた。



 雨の中、小さな少女が泣いていた。
 辺りには瓦礫の山が散乱している。

「お母さん……お父さん……」

 少女はうわごとのように、同じことを言い続けていた。
 目の前には、おそらく屋根だったであろう煉瓦が、ばらばらに積み重なっていた。

 羽のついた人型のモンスターがそれに気づき、彼女の背後へと歩いてゆく。顔を上げて振り返った少女は、悲鳴を上げた。

 だが、モンスターは次の瞬間、縦に割れるようにして消えた。

 すぐ背後で、鎧を着た黒髪の少女が、剣を地面に叩きつけるようにしていた。
 黒髪の少女は、悲しげに言う。

「ごめんねコリン、間に合わなかった。ごめんね……あなたたちに助けてもらった恩を、返せなかった」

 それまで泣いていたコリンは、彼女に向かって走り、抱きついた。

「お父さんが……お母さんも……」

 黒髪の少女は腰をおとし、彼女を抱きしめた。

「ごめん……! でも、私が全部、責任をとるから。この街とあなたは私が、絶対に守るから……!」

 さっきのモンスターが数体、彼女たちの元へと飛んできた。
 黒髪の少女は、コリンをぎゅっと抱いたあと、彼女を物陰に押しやった。
 少女は、剣を構える。
 その瞳が、少しずつ蒼い光を伴っていく。

「あなたたちだけは……絶対に!」

 少女の持つ剣が、変質していく。
 コリンが叫んだ。

「ソルテスっ!」

 「蒼きつるぎ」を手に取ったソルテスは、地面を飛び上がってモンスターに向かっていった。



「あれ……」

 ハヤトは、自分の状況にしばらくとまどった。
 剣を、なぜか壁に突き刺している。

 引っこ抜いて、後ろを見る。

 岩と、台座。そしてふわふわと浮くプレート。

 部屋が、元に戻っていた。

「私たち、さっきまで巨人と戦ってたわよ……ね?」

 マヤが隣にいた。翼は既に畳まれているようだ。

『何をしている』

 夏の精霊の声が響いたので、ハヤトたちはぎょっとした。

『加護は済んだ。早く立ち去るがよい』

 その声は、先ほどまでのことを、まるで認識していない様子だった。

「ふう、うまくいったな」

 それを聞いて、すぐ先にいたジョバンニがその場に座って汗をぬぐった。

「ジョバンニさん、どういうことなんですか?」
「なーに。『蒼きつるぎ』の力を、ちょっと借りたんだよ。ともあれ、これで全部元通りだ。悪かったな、勇者一行」

 ハヤトは、剣を鞘におさめる。仲間たちが集まってきたところで、彼は改めて聞いた。

「あなたは一体何者なんですか?」

 ジョバンニはそれを聞いて高笑いした。

「最初に言ったはずだ! おれはジョバンニ! 凄腕のトレジャーハンターだ」
「い、いえ、そういうことではなくて」

 ジョバンニは、立ち上がって帽子を掴み、つばで顔を隠した。

「……さっきのおれの技が、不思議に見えたか? すごいとでも、思ったか?」

 ハヤトは頷いた。
 空中を走る術。強力な「ウォール」と、結界破り。
 そしてこの、「蒼きつるぎ」を使った謎の現象。

 ジョバンニは背中を向けて歩き出した。

「だったらおまえさんは、ソルテスには勝てやしねえぞ」
「ま、待ってください! ソルテスの知り合いなんですか!?」
「……さあな。ザイド・オータムを目指せ。今のおれに言えるのはそのくらいだ。じゃあな。今回は悪かった」

 「また会おう」と言い残し、ジョバンニは部屋から去っていった。

「一体なんだったのかしら、あの人?」

 マヤがつぶやいた。ロバートは頭をかく。

「魔王軍……って感じでもなさそうだったけどな。だがちょっと異常だったぜ、あの技は」
「ええ、明らかに私たちの理解をこえたレベルのものだったわ。仲間になってくれれば、すごい戦力になるんだけどなあ。ねえミランダさん?」
「あ、ああ。そうだね……」
「どうしたミランダ。元気がないじゃないか。暑さでバテたか?」
「ち、ちがわい!」

 談笑するパーティ一行を後目に、ハヤトは入り口付近で立っていたコリンの元へと近づいていく。
 コリンは、目を伏せてから、肩をすくめる。

「見せてもらった。あなたの『蒼きつるぎ』は本物みたいね。それだけは認める」
「……君は、ソルテスを助けてくれたんだな」

 ハヤトは、さっきまで夢のように見えていた光景を思い浮かべる。
 あれが、過去の光景なのだとしたら。
 小さなコリンを守っていた「蒼きつるぎ」の使い手は紛れもなく、ユイだった。
 そして彼女は言っていた。「あなたたちに助けてもらった」と。

 コリンは、何も応えなかったが、ハヤトは、その肩を両手でつかんだ。
 コリンは体をはねさせた。
 ハヤトは彼女に顔を近づけた。コリンの猫みたいな目が、大きく開く。

「な、なに」
「あいつを助けてくれて、ありがとう」

 ハヤトは、笑顔で言った。

「やっぱり俺、あいつに会わなきゃ。君を守らないで何やってんだって、言いにいかなきゃな。だから、今後も案内を頼む」
 コリンは、それを聞いてしばらくぼーっとしていたが、彼の手をはじいて後ろを向いた。

「さっきも言ったけど、あなたは、甘い」
「わかってるさ」

「でも、嫌いじゃない」

 彼女のつぶやきは、誰にも聞こえなかった。


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