IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
12.「砂上の遺跡」その3

『人間か』

 ハヤトたちが歩いて近づいていくと、台の方角から声がした。力強く太い、男性の声だった。

 コリンが前に出て、ひざをつく。

「夏の精霊様。スプリングのコリン・レディングでございます」

 コリンの口調や声色は、明らかにこれまでのそれと異なっていた。それだけ気を使うべき相手なのだろう。

『覚えている。ルドルフはよくやっているか』
「もちろんでございます。精霊様、本日は加護の契約をお願いできればと、こちらに参りました」

 少し間を置いて、声が返ってくる。

『こやつらは何者だ』
「……『蒼きつるぎ』の勇者一行、でございます」

 コリンは、少し言いにくそうにしていた。

『勇者……? ソルテスはどうした』
「ソルテスは、その……」
『人間であれば、以前ソルテスと契約をしたはずだ。勇者はソルテス一人だ。きさまにもわからないわけではあるまい』
「う……」

 コリンがひるんでいると、背後から声がとんだ。

「ソルテスは、魔王になりました。俺はハヤトと言います。今は俺が勇者ということになります」

 コリンは驚いて、思わず立ち上がってしまった。ハヤトは彼女に目配せする。

『ソルテスが、魔王に? どういうことだ』
「その理由を確かめるために、魔王の島へと向かう旅をしています」
『なんと愚かな……! 加護を受けた人間、それも勇者が魔王などと!』
「彼女を止めるためには、あなたの加護が必要です。どうか、お願いします」
『ありえぬ! 同時期にあれの使い手が二人も存在できるはずがない。貴様は偽物だ!』

 怒号がとんだ。
 誰もが息を飲んだが、ハヤトは黙って剣を抜いた。
 すぐに周囲が蒼い光に包まれ、「蒼きつるぎ」が姿を現す。

『おおお……』

 夏の精霊の声は、嘆いているようにも聞こえた。

『まさか、そんなことが……まさかソルテスは、既に……』

 ハヤトは蒼い瞳を見開いた。

「ソルテスの現状について、何か知っているのですか!?」

 夏の精霊は答えなかった。

『貴様らに加護を授ける』
「待ってください! まだ話は!」

 ハヤトは問いただそうとしたが、コリンにそっと止められた。
 ここで夏の精霊を怒らせてしまっては、元も子もない。ハヤトは気持ちを抑え、剣を鞘に戻した。

 一行の体の周りを、黄色い“魔力”のようなものが覆った。
 ハヤトはスプリングの時のように、再び過去のビジョンが現れることを期待したが、特になにも起こらなかった。

『加護は済んだ。次の精霊の元へと行くがいい』

 全員がほっと息をついた。
 魔王軍もいないようだし、どうやらここでの目的はすんなり達成されそうだ。

 コリンが下げていた頭を上げた。

「ありがとうございます。では、これで……」

 その時。
 ハヤトたちの背後から何かが細いものが飛び出し、台座へと向かう。
 それが先端を縛って輪にしたロープだとわかった頃には、プレートを輪っかが掴んでいた。

「やったぜ、ヒャッホー! お宝ゲットだ!」

 凄腕トレジャーハンターの笑い声が響いた。



「ジョバンニさん!」

 ハヤトを無視して、ジョバンニはロープを引っ張り、浮いていたプレートを台からひきはがし、その手に取った。

「よう、勇者さま! 悪いね、迷ったもんでつけさせてもらったぜ……っと!?」

 ジョバンニが言い終わる前に、コリンがナイフを手に取って襲いかかった。彼は攻撃を受け流した。

「いきなり何しやがる!」

 コリンは顔をひきつらせて、もう一度彼に飛びかかる。しかし、これも見事なまでにするりとよけられた。

「すぐに戻しなさい。何をしたかわかっているの……!」
「知らねえよ、ダンジョンの奥にある秘宝、そいつを手に入れるのがトレジャーハンターのだなあ!」

 彼がそこまで言ったところで、部屋全体がごごごごと揺れ出した。
 コリンが狼狽する。

「せ、精霊様! すぐにお返しします! だから……!」
『ヨリシロ……カエセ……』

 その言葉には既に、さきほどまでの知性はみじんも感じられなかった。
 部屋が揺れると共に、台のすぐ奥にある大きな岩が動き出す。
 岩の横の壁から、大きな振動を伴ってごつごつした棒が飛び出し、突き刺さる。岩はそのまま空中に浮き上がると、今度は床から同様のものが突き出し、人の形を取った。ハヤトたちの数十倍はあろうかという岩の人形は、その手で台座を掴むと、ぐいをそれを引き上げる。
 周囲の床が崩れてゆく。ハヤトたちは背を向けて逃げ出した。

『カエセ……!』

 人形が台座を胸に突き刺すと、その部分が黄色く輝いた。
 岩石の巨人が、彼らの前に立ちふさがった。

「う、うおおっ! なんだよこれ!?」

 声を上げたジョバンニだけではない。誰もがその巨体にひるんだ。
 コリンは必死に精霊に向かって叫ぶ。

「精霊様! どうかお静まりを!」

 だが、声は届いていない。胸の部分が大きく輝くと、その周辺に“魔力”の塊のようなものが射出された。床が一瞬にしてはじけ飛ぶ。
 コリンはその場に膝をついた。

「精霊様が暴走を始めてしまった……こうなってしまっては、依り代を戻しても無駄だ……精霊様が、ザイドを破壊してしまう」
「だったら……」

 ハヤトとマヤが、同時に剣を抜く。
 ルーはその間に入って、フードを取った。
 ミランダは槍を背中から取り出し、構えた。
 ロバートは既に矢をつがえている。

「俺たちが、精霊様を止める!」

 コリンは声を荒げた。

「できるわけ、ないっ! 精霊様は本来、大陸を統べていた魔神を分割して、封印したもの。人間に勝てる相手じゃない!」

「コリン」

 ハヤトが、目を閉じて言った。
 蒼い“魔力”が、彼の周囲から放出されていく。

「俺たちは大陸だけじゃなく、世界までめちゃくちゃにしようっていう魔王と戦おうとしているんだ。だから、このくらい止めてみせなきゃ……」

 勇者は、岩の巨人を見据える。
 その手には、「蒼きつるぎ」が握られていた。

「ソルテスに笑われるぜっ!」



「全員、援護してくれ!」

 ハヤトは地を蹴り、飛び出した。仲間たちも同時に走り出す。
 巨人の胸が光る。
 ミランダが舌打ちした。

「さっきのが来るよ!」
「任せて! ルーちゃん!」
「はいなの!」

 マヤとルーが“魔力”を練る。

「『ウォール』っ!」

 巨人の放った光線が射出されるのと同時に、空中に“魔力”の壁が構築される。
 二人の作った「ウォール」はあっけなく破壊されたが、光線の方向が変わり、天井で爆発した。

「今のを食らったら一発でおだぶつなの!」
「だったら、一撃で決めればいい!」

 ハヤトは一直線に駆けていく。後ろにロバート、ミランダがつく。

「ハヤト君、足しになるかわからんが、君とミランダに『チャージ』をかける。ミランダは援護しろ!」
「へっ、後ろから指示とは偉くなったもんだね、ロバート!」
「うるさい!」

 ロバートは両手に“魔力”を込め、二人の背中を叩く。
 ハヤト、ミランダの両者はぐんとスピードアップした。

「よし、このまま行くぞ!」
「ハヤト、上っ!」

 ハヤトが見上げると、巨大な岩の手が、こちらに落下してきていた。

「うわああっ!?」

 ミランダはハヤトを突き飛ばすようにして、横っ飛びする。岩の拳は地面にたたきつけられると、床を吹き飛ばしながらバラバラになった。
 ミランダは指をはじいた。

「バカめ! 自爆しやがった!」

 だが、巨人が腕を上げると、ばらけた部品が飛んでいき、拳が再生された。

「そっ、そんなのありかい!?」
「サンキュー、ミランダさん!」

 ミランダはしばし硬直していたが、すでにハヤトが走り出しているのを見て、後に続く。

 ハヤトは、巨人の足下付近までたどり着く。

 決める。一発だ。

 ハヤトは脚に力を込め、大きく跳躍した。
 ぐんぐんと巨人の中心に向かっていくが、その胸がまたしても光るのが見えた。
 ハヤトはとっさに、「蒼きつるぎ」の刀身を盾代わりにして上方に向けたが、“魔力”の光線は途中で跳ね返っていった。
 きっとルーたちの「ウォール」だ。

 ぼんやり光る、巨人の胸が近づいてくる。
 ハヤトは「蒼きつるぎ」を振りかぶった。

「いくぞおおおおおっ!」

 ハヤトは、巨人の胸部めがけて「蒼きつるぎ」を叩きつけた。

 だが、その寸前の部分で、剣が止まった。
 “魔力”の火花が散る。

「障壁かっ!?」

 よく見ると、ビンスが使っていた“魔力”の障壁が、斬撃を阻んでいた。ハヤトは力任せに「つるぎ」をおしやったが、火花が散るばかりで、進んで行かない。
 こんなことは初めてだ。それだけ、この巨人の持つ“魔力”が強いということなのだろうか。

 だったら……! と、ハヤトは叫んだ。

「この障壁を、『破壊』するっ!」

 刀身が輝きを増した。
 同時に、少しずつ剣が先に進み出す。
 もう少しだ。だが進みが遅い。

 そうだ、「蒼きつるぎ」の本質が「破壊」だと言うのなら。
 この巨人ごと破壊できはしないだろうか?
 考える時間も惜しいハヤトは、そのまま口を開く。

「この巨人を!」

 だが、その時。
 これまでにない悪寒が、彼を襲った。

 嫌な予感がする。何かまずいことでもあるのだろうか。
 だが、ここで倒しておかなければ。

「『破壊』……!」

 言葉は、そこで止まった。
 「蒼きつるぎ」の柄の先端についている紅い飾りが、強く輝き出した。同時に、彼の体に、押しつぶされそうなほどの衝撃がのしかかった。

「ぐあああっ!」

 この衝撃には、覚えがある。というよりも、記憶に新しい。
 「ザイド・アトランティック」号を持ち上げようとした時のものと同じだ。
 ハヤトは、そこで出会った謎の女・アンバーの言葉を思い出した。

『やはりこの規模の破壊を行使するには……“魔力”が足りないか』

 つまりは、対象が大きすぎたのだ。
 この攻撃は失敗だ。

 ハヤトは、だんだんと自分の力が抜けていくことに気が付いた。
 まるで、剣に自分の生命力を吸われているようだ。
 もはや自力で、攻撃をおさえつけることさえできない。

 まずい。このままでは!

 彼が恐怖にかられ始めたその時、巨人の胸が光り、爆発が起こった。


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