IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
12.「砂上の遺跡」その2

 暗い空間の中で、コリンは目をさました。
 辺りは砂だらけで、そこに半身が埋もれるようになっていた。彼女はなんとかそこから抜け出し、頭を振って砂を落とす。

「ここは……!?」

 コリンは、辺りを不思議そうに見回す。

 その時すぐ近くで、ざし、と砂を踏む音が聞こえた。
 コリンはそちらに振り返る。

 全身に包帯を巻いた人型のモンスターが四体ほど、彼女を取り囲むようにしていた。

「マミー……めんどうね」

 コリンは眉間にしわをよせ、背中にくくりつけていたナイフを取り出した。
 マミーが彼女にじりじりと近づいてゆき、その手をのばして襲いかかる。
 コリンはそれをひらりとかわすと、その腕を取って足を蹴り、マミーを叩き伏せた。そこを二体目がねらうが、彼女はその場を飛び上がって危機を脱する。そのまま空中で回転するようにして、遠心力のきいたキックを頭にぶつけた。

 華麗に着地を決めたが、その脚に包帯が絡まった。見ると、残りのニ体につながっていた。
 彼女はナイフを閃かせ、それらを切り払う。そのまま攻撃に向かおうとしたが、多勢に無勢。包帯は次々と彼女の体に絡まっていく。

 さすがのコリンも、汗をたらした。必死に包帯を切りつけている間に、マミーは獲物に近づいてゆく。

「ふせろ、コリン!」

 声に反応し、コリンはその場にしゃがむ。
 すぐ後ろに、砂だらけのハヤトが幅広の剣を構えて立っていた。

「うおおおっ!」

 ハヤトが剣を横に一閃する。マミーはひるんだだけだったが、それで十分だった。
 手足の包帯を切ったコリンが、マミーの一体の頭にナイフを突く。ハヤトがもう一体にとどめを刺し、二人は危機を脱した。



「大丈夫かい? どうやら、かなり落ちたらしいね」

 スプリングの街で購入した剣を鞘におさめたハヤトが、顔を上に向けた。天井が見えないくらい高い。ほんの少しばかりだが、かなり上方からほのかに光が差し込んでいる。ハヤトはマヤの名を呼んだが、声が返ってこない。

「まいったな。ダンジョンに入っていきなり離ればなれになっちまったよ。コリン、この場所についてはわかるかい?」

 コリンは首を横に振った。

「ここは、全く知らない。こんな罠や空間があるなんて、今まで聞いたこともない。そもそも、遺跡はほとんど一本道のはず。こんなの、ありえない」
「ありえないって言っても、実際俺たちはそこにいるんだぜ」

 コリンはあまり表情には出していないが、少しばかり声が震えている。動揺しているようだった。

「ルドルフ様と来た時も、ソルテスと来た時も、こんなことはなかった……。ここは私の知ってる遺跡じゃ、ない」

 そう言われて、ハヤトはなんとなくファロウのほこらのことを思い出した。
 あの場所も、元はただの小さな洞窟だったと、ロバートが言っていた。

「ソルテスがやったのかもしれないな。前にも似たようなことがあった」
「ソルテスが……」
「とにかく、進まないことにはなにも解決しないよ。とりあえず、精霊のいる方向まで向かおう。たしか、あっちだったよね?」
「逆。私についてきて」

 コリンは“魔力”を練って、手のひらを光らせた。その灯りを頼りに、二人は歩き始めた。
 幸い、通れそうな通路を見つけたので、二人はそちらへ向かった。

「このまま進んでみよう。ファロウの時も、それでなんとかなった」
「……どうしてさっき、私を助けたの」

 コリンは、振りかえらずに言った。

「どうしてって、モンスターにやられそうだったからだろ」
「違う、その前。あの砂の罠がもし即死するようなものだったとしたら、あなたは意味もなく死んでいた。さっきみたいな状況では、私を見捨てるべきだったと思う。あなたの判断は、すごく非合理的」
「ずいぶんキツいな。なんというか、体が勝手に動いてたんだよ。でも君があの時に俺の手を取っていれば、非合理的な判断をする必要もなかったし、無駄な戦闘も避けられた。どうして掴んでくれなかったんだ?」
「言ったばっかり。私は、あなたを信用していない」
「……別に、信用してくれなくてもいいけどな」

 二人が砂を踏む音が、通路に響く。
 ハヤトは、しばらく間を置いて言った。

「自分のことを……そんな風に言うなよ。見捨てていい人間なんていない。どうして君はそう、つっかかるんだ」
「私は、ソルテスを信じているから。あなたが勇者だなんて言われても、簡単には信じられない。ルドルフ様がなんと言おうと、それだけは変わらない。ソルテスがベルスタを襲撃しただなんて話も、あなたたちが作った嘘だと思ってる」
「そうか……。できれば俺も、そうであってほしい」

 コリンは少しいらついた様子で振り返った。

「意味が分からない。あなたは、彼女を倒すんでしょ」
「倒すつもりでいなきゃならないのは事実だ。ソルテスがベルスタを襲ったのも、この目で見たからな。……あいつは、この世界で何かよくないことをしようとしている。だから、やめさせなきゃならない。そして……連れて帰らきゃ」
「連れて、帰る……?」
「ああ。故郷にね」

 コリンは少々、驚いた様子だった。ハヤトは続ける。

「ベルスタでは、ソルテスは散々な言われ方をしていた。まあ、当然だろうけど……でも、このザイドだと、ルドルフさんも、君も。あいつを信じてくれている。それは、俺にとって希望なんだ」
「どういうことなの」

 二人の目が合う。ハヤトは、その目をしっかりと見て言った。

「悪いが、はっきりとは言えない。でも俺は……魔王を倒して、ソルテスも救いたいと思っている」

 コリンはそこで、ため息をついた。

「よくわからないけれど……その考えは、甘いと思う」
「そう言われてもいい。俺は俺のやりたいように続けるさ」

 桃色の瞳が、揺れた。
 彼女は、ぼそりと言った。

「でも……少しだけ、ソルテスに似ている」
「えっ、なんだって?」
「なんでもない。急ぎましょう」

 コリンはきびすを返した。



 しばらく地下の廊下を進むと、だんだんと辺りが明るくなり、ついには本来の通路に戻ることができた。

 ハヤトがマヤらの名前を呼ぶと、少し先から声が戻ってきた。ハヤトとコリンは、小走りでそちらへと向かった。

 少し開けた場所に、マヤたちの姿があった。

「ハヤト君! 大丈夫だった?」

 マヤが笑顔を向ける。ミランダとルーに飛びかかられながらも、ハヤトは頷く。

「問題ないよ。どうやら、このダンジョンはコリンが以前来た時と変わっているらしい。元はあんな罠もなかったそうだ」

 ミランダの顔つきがかわった。

「だとすると、ファロウの時と一緒だね。まーた魔王軍のしわざってわけかい」
「……かもしれない。いるならいるで、戦うまでさ。コリン、頼めるね」
「ええ。この辺りは、変わっていないみたいだから問題ないと思う。でも、さっきみたいな見えない罠が増えているかもしれないから、そこだけは注意して歩いて、ハヤト」

 コリンは何事もなかったように歩いていったが、ハヤトたちは少しだけ面食らった。ミランダが腕を組む。

「けっ、なんだいあいつ。突然ハヤトを名前で呼びやがって。なにかあったのかい?」

 ハヤトは少しほほえんで歩きだす。

「なんにもないよ。さあ行こう」

 彼がそんな顔で言うので、女性陣は少し不満げだった。ロバートはその様子を見ていて、ちょっとだけ笑いそうになった。


 それから一時間程度、モンスターと戦闘しながら通路を進んだパーティは、開けた部屋に到着した。
 先ほどまでの通路とは明らかに異なっており、異様なほど広かった。壁が劣化している様子はなく、床もこぎれいだ。
 何より彼らを驚かせたのが、室内だというのに吹きこんで来る風だった。

「コリン、この風はなんなんだ?」

 コリンが振り返る。

「精霊様の“魔力”の影響。ここが精霊の間。そして……」

 彼女は、部屋の奥を指さす。
 ごつごつとした大きな丸い岩が見えた。その手前に小さな石でできた台のようなものが設置されている。台の上には、拳大ほどの大きさの、三角形のプレートがふわふわと浮かんでいた。

「あれが、夏の精霊様」

 ロバートが、こめかみに手を付けて台を見る。

「あの、ふわふわ浮かんでいる奴が、か?」
「違う。その先の岩。あのプレートは精霊様の依り代。あれに触ったら、生きて帰れない。話は私がするから、あなたたちは質問された時だけ答えて。精霊様の機嫌を損ねると、最悪死ぬ」

 最後の言葉は、全員の心を引き締めた。


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