太陽が燦々と輝く青空の下、砂漠の中を進む数人の集団がいた。 集団は全員がだぼついたフード付きの外套を着込んでおり、人間の丈ほどもある鳥のような生き物に乗って、延々と続く黄金色の道を北上していた。 その中の一人が、鳥に揺られながらぷるぷると震えだした。首が何度かだるそうに垂れたあと、やがてフードに手が当てられた。 「だー! あっちー! もうやってらんないよっ!」 フードをとったミランダが、空に向かって叫んだ。顔じゅうに玉汗がついており、自慢の銀髪もくしゃくしゃに濡れている。 声に驚いたのか、鳥のような生き物たちは歩きを止めた。 「ミランダ、暑いのはみんな同じだ。そんなことをしても、いたずらに体力を消耗させるだけだぞ」 後ろのロバートがフードをめくった。彼もかなり疲れた様子だった。隣のハヤトも、同じようにして顔を見せた。 「でも……ミランダさんの気持ちもわかります。ホントに、どこまで続いてるんだ、この砂漠は……」 ハヤトは、延々と続く砂漠を見やる。 むせかえるような暑さだった。地平線のむこうがぼけやけている。この砂漠の終わりは、ないのではないかとすら思えた。 パーティ一行は、ザイド・スプリングの都を離れ、ここ、ザイド・サマーに足を運んでいた。 ハヤトは、最初「サマー」と聞いて、海と砂浜を連想した。なんて楽しそうな場所なんだろう、とすら思った。 だが、現実はそう甘くはなかった。 「ご一行は、ここでギブアップ? 別にいいよ、私たちはスプリングに戻るから」 先頭を進んでいた人物が、こちらに戻ってきて冷たく言った。ミランダはその人物をにらみつけた。 「おい、クソチビ。口の利き方には注意するこったね」 「クソチビ」はフードを取った。 桃色のくせっ毛が現れる。小柄な少女・コリンは、ミランダと同じような目つきを彼女に向けていた。 「それは、こっちのせりふ。もし仮に私たちの気が変わってあなたたちを見捨てたら、死ぬのはそっちのほう」 「コ、コリン。こんなところでけんかはやめてください」 大柄なシェリルが、あわてて仲裁した。 ふたりは、ザイドの王・ルドルフの命を受け、このザイド王国の旅の案内人となった。 だが、都を発つ際、コリンはハヤトに向かって言った。 「あなたが本当に勇者なのだとしても、私はあなたを心から信用していない。私たちはあくまで、ルドルフ様の命令に従うだけ。それだけは、忘れないで」 このひとことがきっかけになり、ミランダとコリンによる戦争が始まった。 「クソチビ。あんたはハヤトの『蒼きつるぎ』を見てないからそんなことが言えるんだよ」 「この間見た。ルドルフ様は信じたみたいだけど、私は信じてない。だってその人、一回出すのをためらったもの」 「それは、威力が強すぎるからなんだよ! ハヤトはベルスタでドラゴンを斬ったんだよ。だからそうならないよう、相手を思いやった結果なんだ!」 「すべて都合よく解釈すれば、そうなるね」 「なんだと、この!」 ロバートはミランダを、シェリルはコリンをそれぞれ止めた。 「あのコリンって子、どうしてあんなに突っかかるのかしら……」 マヤがつぶやいた。 ハヤトにも、理由はわからなかった。 だが、彼女たちが案内役に任命された事実は覆らない。そしてこの砂漠の中で協力しないことには、生き残ることはできない。 結局、このまま進むしかないのである。 「コリンに、ミランダさん。あまり大声を出すとバドルがびっくりしてしまいます。この子たちが転んでもして歩けなくなったら、大変なんですよ」 シェリルが大きな鳥のような生き物……バドルのくちばしに手をやった。 この国の移動手段には、馬ではなくこのバドルが利用されるそうだ。ハヤトは一瞬だけ、やり込んだRPGのキャラクターを思い出したが、このバドルにはどうもかわいげがない。 コリンは落ち着いたのか、バドルのえさを取り出して食べさせた。 「わかってる。このバドルなしでザイド・サマーの砂漠を越えようだなんてバカがいたら、顔を見てみたい」 「おいピンク頭。もしかしてそれはアタシのことかい? 確かに一回はこの鳥がキモすぎて拒否したけどな、知らなかったんだからしょうがないだろ!」 「誰もそんなこと言ってない。でも、そんな顔のような気がする」 新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしたその時、少し先から男の声がした。 全員が、顔を見合わせ、声のする方向へと走った。 一人の男が、砂に倒れ込んでいた。 「助けてくれえ……バドルなしでこの砂漠をこえるのは、やっぱり無理だった……」 バカが、いた。 ◆ 男は水を力一杯飲んで、ぶはあと息をはいた。 「ああ、生き返った! 助かったぜ」 水筒をシェリルに返した男は、腕で口を拭った。 男はつばの長い帽子をかぶり、茶色い皮の服を着ていた。この砂漠を渡るには、いささか軽装すぎるように見える。 ハヤトがおそるおそる聞く。 「もしかして、この辺りの方ですか?」 「ザイド・サマーに人は住めない。たぶん、別の国の人」 後ろのコリンにつっこまれた。 男は立ち上がって大仰に手を広げると、被っていた帽子の長いつばを掴んだ。 「おうともよ! おれはラングウィッツからやってきたジョバンニ・ロストフ。凄腕のトレジャーハンターだ」 反応に困る面々。 あれだけの醜態をさらしておきながら「凄腕」を自称するその男は、自信に満ちた表情で彼らを見る。その瞳はきらきらと輝き、まっすぐにこちらを向いている。 思わず突っ込むのを躊躇するくらい、いい顔をしていた。 「凄腕の人は、バドルなしでこんなところまで来ない。あなたは、ただのバカ」 コリンが言う。しかし、ジョバンニはふふんと笑った。 「そうさ。確かにバカかもしれねえ。でもよ、バドルなしでこの砂漠を越えた奴はこれまで一人もいねえそうじゃねえか。だったらよ、男なら当然チャレンジするだろ。なあ?」 ジョバンニはロバートに同意を求めたが、彼は首を横に振った。 「悪いが、そう思うのはバカだけだ」 「なんだと。男はバカでいいんだよ!」 「バカでもなんでもいいけどさ……あんた、そのまま帰れるのかい?」 ミランダがやれやれと肩をすくめる。ジョバンニはしばし、彼女を見つめてから、叫んだ。 「なっ! なんて美人だ! マドモアゼル、お名前は?」 「質問を質問で返すんじゃないよ! アタシたちは急いでるんだ」 「なんだ、もしかして君たちも、この先にある遺跡を目指しているのか?」 「だから、質問を質問で返すなってんだ!」 とうとうミランダの拳が飛ぶ。 でも、その場にいる全員がちょっぴり、スカっとした。 「要するに、あんたらは噂の『蒼きつるぎ』の勇者ご一行ってわけか。こいつはまた、とんでもないパーティに救われちまったもんだなあ」 頬を腫れさせたジョバンニが、バドルに揺られながら言った。 結局、一行は彼を見捨てる訳にもいかず、それまでルーの乗っていたバドルを彼に貸すことにした。 ハヤトと一緒にバドルにまたがるルーは、ご満悦の様子である。 「ジョバンニ、おもしろいの」 「よくわかってるねえ、お嬢ちゃん。将来はいい嫁さんになるぜ」 「ルーはハヤトをお婿さんにするの」 「おおっ、なんという大胆発言! 勇者様も、隅に置けないねぇ」 「おい!」 耐えきれないといった風に、ミランダが大声を出した。 「あんた、何か勘違いしてないか。確かにアタシたちはバドルを貸した。でもあんたの向かう方向は、アタシらと逆のはずだよ。さっさとスプリングに戻んな」 「そう言わないでくれよ。遺跡に向かうんだろ? おれも、そこを目指してこんな砂漠くんだりまで来たんだ。一緒に行かせてくれよ」 「いいのかい、クソチビ。こんなの連れて行って」 「別にいい。うるさいのが一人増えただけだし、どちらにせよ助けない」 「え、えーと、お一人にするのも危ないですし、とりあえずは大丈夫ってことです」 シェリルがあわてて付け足した。 ◆ 「ここが、精霊の遺跡……」 バドルから降りたハヤトは、目の前の光景に圧倒された。 砂漠の中に、大きな裂け目ができている。 裂け目の中からは、うす暗い“魔力”の霧のようなものが立ちこめていた。 一行は、精霊が眠るというザイド・サマーの遺跡に到着した。 「すごい“魔力”を感じるの。ちょっと怖い“魔力”なの……」 フードを深く被っているルーは“魔力”の霧を警戒しているようだ。ハヤトは彼女の頭に手を添えてやる。 確かに、禍々しい力を感じる。楽しい場所でないことは確かのようだった。 「どちらにせよ、俺たちはここを歩いていかなきゃならない。みんなで行けば、大丈夫だよ」 「おおっ、さすがは勇者様。言うことが違うね」 ハヤトは、結局ここまでついてきてしまったジョバンニに振り返った。 「ジョバンニさん、ここからは本当に危険かもしれません。もし、強いモンスターや魔王軍とはち合わせても、俺たちは責任を取れない」 ジョバンニは笑顔を作る。 「問題ねえ! 本当なら一人で来るつもりだったんだ。もう迷惑はかけねえ。助けてくれて、ありがとな。この恩は忘れないぜ」 そう言うと、彼は走って裂け目に向かって降りていった。 「あーあ、本当に行っちゃったよ」 「ハヤト君、ああ言ってるんだ。俺たちも気にせず進もう」 荷物とバドルの番をシェリルに任せ、外套をぬいだハヤトたちは霧の中へと入っていった。 遺跡の中は、明らかに人の手が入った洞窟だった。だがかなり古く、壁のところどころが劣化して崩れている。また、通路の床も砂に埋もれていた。しかし、不思議なほど明るかった。 「どうしてこんなに明るいのかしら?」 辺りを見回すマヤに、先頭を歩くコリンが振り返らずに言う。 「精霊様の“魔力”の影響。注意したほうがいいよ。ここの精霊は、スプリングみたいに甘くないから」 「コリン、君はここに来たことがあるのか?」 コリンは間を置いて頷いた。 「ルドルフ様がザイドの王となって契約する時に。……それと、ソルテスの道案内も私がした」 ハヤトは、思わず「そうか」と口にした。 そうだった。ソルテスも勇者としてザイドの聖域に行ったわけだから、当然この遺跡にも入ったことになる。 ならば、彼女が魔王になったことについてのヒントが、ここにあるのかもしれない。 「なあ、教えてくれないか。その時のソルテスは、どんなだったんだ」 コリンは歩くのをやめ、冷たいまなざしをハヤトに投げかけた。 「それを言ってどうなるの。私にメリットはあるの」 ミランダがまた声を荒げて詰め寄ろうとしたが、ロバートとルーがそれを止めた。 ハヤトは困った様子で、肩をすくめた。 「気分を悪くしたなら、謝るよ。でも君は、ソルテスに会ったことがあるんだよな。……俺は、あいつのことを、もっと知りたいんだ。敵のことを知っておきたいと思うのは、当然のことだろう?」 「敵……あなたは、彼女を倒すの?」 ハヤトは返答に困ったが、けっきょく「ああ」と頷く。 「俺は、あいつに会わなきゃならない。そのためには、倒すつもりで歩いていかなきゃならないだろう」 コリンはそれを見て、目を伏せた。 「だったら、教えない。だってソルテスは……」 その時、コリンの右足が砂にずぼりと埋まった。 「っ!?」 さすがのコリンも、これには驚いたようだった。彼女の体は、砂に飲み込まれるようにしてどんどん地面へと埋もれていく。 ハヤトは身を乗り出して彼女に手をのばす。 「コリン!」 コリンは一瞬手を動かそうとしたが、その手を取らない。彼女の体はもはや、見えなくなりつつある。 ハヤトは、その床に向けて飛び込んだ。 |