それまで城のベッドで気持ちよく眠っていたミランダは、ふと目を覚ました。 オレンジ色の間接照明が部屋をぼんやり照らしている。その、すぐ下の床ではマヤが苦しそうに横たわっていた。 ミランダは思わず息をつく。 今日は酒が残っているとは言え、彼女はあまりにも寝相が悪すぎる。 からみつくマヤを抱き抱えて、なんとかルーの眠るベッドに乗せると、ミランダはテラスへと出た。 夜風が彼女の銀髪を優しくなでた。彼女は手すりにもたれかかると、酒瓶を取り出して、口につけた。 「今から飲むと明日に響くぞ」 すぐ隣から声がした。ミランダはあえて顔をそむけて、町の夜景を見下ろした。 「なんだいロバート、せっかくいい気分に浸ってたのに。雰囲気がぶちこわしだよ」 隣の部屋のテラスで、ほぼ同じ体勢をとっていたロバートが眉を上げた。 「らしくないじゃないか。君にそんな感傷深い一面があったとは驚きだ」 「……ハヤトは?」 「よく眠っているよ。俺たちが飲んでいる間にも一悶着あったみたいだしな……今回の目当ての男は、襲いに来ないんだな」 ミランダは鼻で笑った。 「時と場合によるんだよ。アタシがいつも猪突猛進していると思ったら大間違いさ」 「その言葉、タウラの傭兵宿舎でも同じ事が言えたか?」 いたずらっぽく言うロバートに、彼女は沈黙する。 「ぶん殴るよ」 「勘弁しろよ。今日はお互い、疲れてるだろ」 「まだ酒が残ってんのかい。いやに絡むじゃないか」 「もうとっくに醒めたさ。ちょっと眠れなくてな」 ミランダはようやく、彼を見た。 「ああ、確かにね。クラーケンに、魔王軍に、空飛ぶ船、そんでもって精霊だよ。アタシたちのこれまでの人生総結集しても、今日起こったことには敵わないだろうね」 「ああ……。近頃は少しばかり麻痺していたんだが、やはり俺たちは、『蒼きつるぎ』の勇者の仲間になっちまったんだな」 「なんだよ、ビビったのかい?」 「当たり前だろ。今日だって生きた心地がしなかった」 沈黙。 ミランダは、酒瓶を投げてロバートによこした。 「……その……なんだ。悪かったね、こんなことに付きあわせちまって」 「タウラの鷹と呼ばれたミランダ・ルージュに謝られるとは光栄だな」 ロバートも、酒瓶をあおった。 「その謝罪は今更なんだよ、ミランダ。俺はもう君と、ハヤト君に乗ったんだ。それでもって、見てしまった。今までに得られなかったものすごい光景を。今となってはやめたいとは思わないな」 「役立たずだった割に、楽しそうじゃないか。自己嫌悪に陥ってないだけいいけどさ」 「言ってくれるなよ。それにミランダにとうとうやってきた、本気の恋が実るかどうかも気になるしな」 ロバートは酒瓶を投げる。 ミランダはそれを受け取らず、瓶は地面へと落ちて割れた。 「変わらないよロバート。欲しい男を手に入れる。いつもと一緒だ」 ロバートはにこりとして、彼女を見る。 ミランダは眉間にしわを寄せた。 「なんだよ」 「では、そういうことにしておこうか。ミランダ、今回の獲物は大変だぜ。なにせ勇者様だからな。なんだか不思議なほど常識に疎いし、彼からは何か特殊なものを感じるんだ。マヤちゃんを始め、ライバルも強力だしな。それでも俺は、鷹の健闘と幸福を願っているよ」 「ぶっとばすよ!」 ロバートは少しだけ笑ってから部屋に戻っていった。 ミランダは手すりに突っ伏し、町のところどころに残された灯りをじっと見た。 「あんたは、いつもそうなんだね。ただ、見ている。見て、くれている……」 灯りは消えることもなく、明るくなることもなく。 ただ、道を照らし続けていた。 |