五人は、ザイドの城下町に出た。 ベルスタとは違って道が大きく傾斜しており、ハヤトたちは夜の町を見下ろす格好になる。 道の脇には、武器屋や宿屋などがずらりと立ち並んでおり、人々がそこかしこで往来している。店の明かりが延々と連なり、光の筋を作り出していた。 「いやあ、活気があっていいねえ」 ミランダはうれしそうに辺りを見回した。 ハヤトは驚きでしばらく固まっていた。 「さっき城に行く時はどうってことなかったのに。ベルスタよりも人が多い気がする」 マヤが笑った。 「ここは世界でも有数の大都市なのよ。海を越えて、いろいろな人が集まるからね。大陸の中心地にあるベルスタとは、ちょっと雰囲気も違うわよね」 「それに繁華街だから、夜に活気付くのは当然さね」 「へえ……」 ハヤトはその光景に、不思議と懐かしさを覚えた。 まるで、修学旅行で行った観光地のようだ。 それと、もう一つ。 「なんだか、ベルスタよりもちょっと暖かいね」 「いいところに気がついたな、ハヤト君」 ロバートが指をたてた。 「ザイド・スプリングは『春の都』とも呼ばれているんだ。ベルスタだと時期によって四季が訪れるだろう? でもザイド王国のあるこの大陸は、場所によって季節が異なるのさ。要するにここはいつも『春』の気候なんだよ」 ハヤトは思わず、手を打った。 この、何かの始まりを予感させるような、さわやかで暖かい空気。 そうだ、まさに春だ。 「アタシもここに来るのは二回目だけど、やっぱりいいもんだね。居心地がよくて、住む人が増えるのもわかるよ」 「……でも、なんだろう? なんだか、不思議な感じがする」 ハヤトは、周囲を見回す。 何かが、足りない気がする。 「なにやってんだいハヤト、はやく行くよ。そこで固まってるルーも、はやくしな」 ハヤトは、自分の足下につかまってもじもじしているルーに気がついた。 「ルー、どうしたんだ?」 「ひ、ひ、ひとが、たくさんなの」 ルーはびくびくしながら辺りを伺っている。時折、通りかかった人に見られると、彼女は体をはねさせて、ハヤトの足下に隠れていた。 「心配しなくても大丈夫だよ。さっき乗っていた船だって、たくさん人が乗ってただろ?」 「ルー、あの船も人ばっかりで怖かったの。だから隠れてたの」 ハヤトは、彼女がマストの見晴らし台で眠っていたのを思い出した。 「なんだ、そうだったのか。だったらさ……」 ハヤトはしゃがみこんで、ルーに背を差し出した。 「実は俺も慣れてなくてさ。けっこうビビってるんだよ。だから二人で協力しようぜ」 「きょ、協力?」 「ああ。俺に乗って、危なさそうな人がいないかどうか見張っていてくれ。見つけたらすぐに知らせるんだぞ。その時は二人で逃げれば大丈夫だ。ほら、乗れ」 ルーはぽかんと口をあけてそれを聞いていたが、だんだんと耳がぴくぴく動くと共に笑顔になり、やがてハヤトの背中につかまった。 「さすがはルーのお婿さんなの!」 「だから、話が飛躍しすぎだって! ほら、行くぞー」 「わははは! ゆけ! わがしもべハヤト!」 「また別の方向に飛躍した!?」 二人はわいわいと騒ぎながら歩いてくる。その様子を見ていたミランダが、マヤに言った。 「ハヤトのやつ、出会った頃に比べて雰囲気が少し変わった気がしないかい?」 「うん。なんだかちょっと明るくなった気がする」 「どちらにせよあれは、ナチュラルなたらしタイプみたいだね。マヤ、今はあんたが一歩リードだろうけど、たぶんこれからもライバルが増えていくと思うよ」 マヤが、首をぐわんと曲げて赤面する。 「な、な! なんでそんな! 私はべつに!」 「言ってなよ。……アタシはそれでも、負けないからね」 ミランダは、少しほほえみつつも、挑戦的なまなざしを彼女に向けていた。二人はしばらく硬直していたが、ハヤトとルーが追いついて来たのを見て、再び歩き出した。 最後尾のロバートが肩をすくめる。 「まったく、うらやましいことで」 ◆ 冒険者たちで大いににぎわう、ザイド・スプリングの酒場。 「それじゃ、ザイド到着を祝って!」 ビールが注がれたグラスを、ミランダが掲げる。 同様のものを手にもつロバートが続くと、ハヤトたちもそれに倣った。 「か、かんぱーい」 「声が小さいよ! はい、乾杯っ!」 ミランダは豪快にグラスをあおってビールを一気に飲み干すと、満足げにテーブルをたたいた。 「ああっ、これだよこれ! 戦いのあとの酒は最高さね」 「同感だな。さあ、ハヤト君も一杯やれよ」 ロバートに勧められ、ハヤトはグラスの中を覗き込む。 アルコールのにおいがした。 酒だ。間違いなく、酒だ。 彼は迷っていた。まだ未成年なのに、飲んでいいものだろうか。 ロバートもそれに気がついたようだった。 「……どうしたんだ?」 「い、いやあ、お酒はちょっと」 「なによハヤト君、飲めないの?」 ハヤトは肩を掴まれる。隣の席で、すでにグラスを空にしたマヤがこちらをにらんでいた。 「おいマヤ!? お前、飲んでいいのかよ!?」 マヤは不思議そうに小首をかしげた。 「何言ってるの? それとも何、ハヤト君は私の酒が飲めないっていうの?」 いつ彼女の酒になったのかはわからないが、ハヤトはあわてて首をふった。 「い、いや。そういうわけじゃないけどさ」 「なによ。そんな事言いながら、さっきから口を付けようともしないじゃない。ハヤト君は要するに、私の酒が飲めないわけね! 私、本当に悲しい!」 マヤは目をすわらせて言った。 ハヤトは、彼女の変貌ぶりにたじろいだ。 ひどい絡み上戸だ。 ミランダが「こりゃ、おもしろくなってきた」という顔でふたりを見る。 「マヤ、残念だったね。ハヤトはあんたの酒は飲めないってさ」 「ミランダさんは関係ないでしょ! さあハヤト君、はやく!」 「え、えーと……」 改めて、ハヤトは思った。 自分のいる世界とは、違うのだと。 でも、だからと言って、お酒を飲んでしまうのはどうなのだろう。 「ル、ルー……」 ハヤトは、思わず隣のルーに助けを求める。 だが彼女は、すでに料理の入った皿を全て真っ白にし、うとうとしていた。 「ルー、おなかいっぱいで眠いの……」 「お、おい。この状況で眠らないでくれよ。さっき協力しあうって約束したじゃないか」 「ハヤト、ごめんなの……ルーはもう力になれそうにないの……あとはハヤトの力で、未来をきりひらいてほしいの」 「ちょっと、ルーさん!?」 ルーは力尽きて首を垂れ、寝息を立て始めた。 「ハヤト君、何やってるのよ。酒がぬるくなっちゃったじゃない。ちょっとこれ、おかわりちょうだい!」 マヤがハヤトのグラスをあけ、店のマスターに注文を入れると、すぐに新しいグラスがテーブルに置かれた。 「さあ!」 マヤが顔を赤くしながらハヤトの腕にひしと掴まり、けしかける。 「マヤ、ちょっと騒ぎすぎだよ。……さーて、ハヤトはどうなるのかな?」 ミランダは余裕の表情でこちらを見ている。 「へへへへ! ハヤトよお、さっさと飲めよ! でもおかしいなあ、さっきから世界が逆さまだぜ! 不思議なこともあるもんだなあ!」 ハヤトは思わず二度見した。 しばらく姿が見えないと思っていたロバートが、床でブリッジしていた。 酒とは、こうまで人を変えるものなのか。 だが、もう逃げられない。 「郷に入っては、郷に従え……か」 ハヤトは決意して、グラスに口をつけた。 ◆ 「……うえ」 ハヤトは店の外に腰掛け、風にあたっていた。 初めての酒は、おせじにもおいしいとは言えなかった。 ルー以外の三人の声が、時折店内から聞こえてくる。先ほどまでより、かなりテンションが上がっているように感じられる。 何より彼女らは、とても楽しそうに思えた。それが少しばかり、悔しかった。 こんなことなら、自分も飲めるようになっておくんだった。 ハヤトはしばらく頭を冷やした後、店に戻ろうとその場を立った。 「ひゃあ!?」 「わあ!?」 ハヤトは思わず声をあげてのけぞった。 立ち上がったすぐ目の先に、一人の女性がいたのだ。 全く同じタイミングでリアクションを取った彼女は、セミロングにそろえた藍色の髪をゆらしながらバランスをくずし、尻餅をついて転んでしまった。 ハヤトはあわてて彼女に手を差し出した。 「す、すみません、よく見てなくて。大丈夫ですか?」 女性はその手を見て、さらにおどおどしだした。 「あ……! あう……!」 「ど、どうしました?」 ハヤトが困惑しながら言うが、女性は恥ずかしげに目を泳がせ、そのまま硬直してしまった。 ハヤトにはわけがわからなかった。 「シェリル、ちょっとテンパりすぎ」 その後ろからもう一人、小柄な短髪の少女が現れ、シェリルと呼ばれた女性の手を取った。 「コ、コリン……。ひどいです、一人で行かせるなんて」 「だってそのほうが、おもしろいと思ったから」 「お、おもしろいって……」 立ち上がったシェリルは肩を落とした。小柄な少女・コリンが、ハヤトを見る。 「ごめん。シェリルはこの背丈のくせにねんねだから、男の人とまともに会話ができないの」 「は、はあ」 「こ、コリン!」 「事実じゃん」 コリンはあせるシェリルの背後にまわり、肩を掴んでぐいとハヤトの目の前に立たせた。 彼女の背はコリンが言うとおり高く、ハヤトは上を見上げる格好になる。 ミランダと同じくらいだろうか。 「さあシェリル、今度こそしっかりと」 「うっ……」 シェリルは、またもや何かを言いかけてもじもじしだした。 ハヤトは頭をかく。 「え、えーと。何か、ご用ですか?」 シェリルはしばらく返答しなかったが、つばを二、三度飲み込んで、ようやく言った。 「……ちょ……」 「ちょ?」 シェリルが“魔力”を込めた手で、ハヤトの頭を掴んだ。 「ちょっとだけ、眠っていてください」 |