IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 2 [Red Zero]
11.「春の都」その2

 五人は、ザイドの城下町に出た。
 ベルスタとは違って道が大きく傾斜しており、ハヤトたちは夜の町を見下ろす格好になる。
 道の脇には、武器屋や宿屋などがずらりと立ち並んでおり、人々がそこかしこで往来している。店の明かりが延々と連なり、光の筋を作り出していた。

「いやあ、活気があっていいねえ」

 ミランダはうれしそうに辺りを見回した。
 ハヤトは驚きでしばらく固まっていた。

「さっき城に行く時はどうってことなかったのに。ベルスタよりも人が多い気がする」

 マヤが笑った。

「ここは世界でも有数の大都市なのよ。海を越えて、いろいろな人が集まるからね。大陸の中心地にあるベルスタとは、ちょっと雰囲気も違うわよね」
「それに繁華街だから、夜に活気付くのは当然さね」
「へえ……」

 ハヤトはその光景に、不思議と懐かしさを覚えた。
 まるで、修学旅行で行った観光地のようだ。
 それと、もう一つ。

「なんだか、ベルスタよりもちょっと暖かいね」
「いいところに気がついたな、ハヤト君」

 ロバートが指をたてた。

「ザイド・スプリングは『春の都』とも呼ばれているんだ。ベルスタだと時期によって四季が訪れるだろう? でもザイド王国のあるこの大陸は、場所によって季節が異なるのさ。要するにここはいつも『春』の気候なんだよ」

 ハヤトは思わず、手を打った。

 この、何かの始まりを予感させるような、さわやかで暖かい空気。
 そうだ、まさに春だ。

「アタシもここに来るのは二回目だけど、やっぱりいいもんだね。居心地がよくて、住む人が増えるのもわかるよ」
「……でも、なんだろう? なんだか、不思議な感じがする」

 ハヤトは、周囲を見回す。
 何かが、足りない気がする。

「なにやってんだいハヤト、はやく行くよ。そこで固まってるルーも、はやくしな」

 ハヤトは、自分の足下につかまってもじもじしているルーに気がついた。

「ルー、どうしたんだ?」
「ひ、ひ、ひとが、たくさんなの」

 ルーはびくびくしながら辺りを伺っている。時折、通りかかった人に見られると、彼女は体をはねさせて、ハヤトの足下に隠れていた。

「心配しなくても大丈夫だよ。さっき乗っていた船だって、たくさん人が乗ってただろ?」
「ルー、あの船も人ばっかりで怖かったの。だから隠れてたの」

 ハヤトは、彼女がマストの見晴らし台で眠っていたのを思い出した。

「なんだ、そうだったのか。だったらさ……」

 ハヤトはしゃがみこんで、ルーに背を差し出した。

「実は俺も慣れてなくてさ。けっこうビビってるんだよ。だから二人で協力しようぜ」
「きょ、協力?」
「ああ。俺に乗って、危なさそうな人がいないかどうか見張っていてくれ。見つけたらすぐに知らせるんだぞ。その時は二人で逃げれば大丈夫だ。ほら、乗れ」

 ルーはぽかんと口をあけてそれを聞いていたが、だんだんと耳がぴくぴく動くと共に笑顔になり、やがてハヤトの背中につかまった。

「さすがはルーのお婿さんなの!」
「だから、話が飛躍しすぎだって! ほら、行くぞー」
「わははは! ゆけ! わがしもべハヤト!」
「また別の方向に飛躍した!?」

 二人はわいわいと騒ぎながら歩いてくる。その様子を見ていたミランダが、マヤに言った。

「ハヤトのやつ、出会った頃に比べて雰囲気が少し変わった気がしないかい?」
「うん。なんだかちょっと明るくなった気がする」
「どちらにせよあれは、ナチュラルなたらしタイプみたいだね。マヤ、今はあんたが一歩リードだろうけど、たぶんこれからもライバルが増えていくと思うよ」

 マヤが、首をぐわんと曲げて赤面する。

「な、な! なんでそんな! 私はべつに!」
「言ってなよ。……アタシはそれでも、負けないからね」

 ミランダは、少しほほえみつつも、挑戦的なまなざしを彼女に向けていた。二人はしばらく硬直していたが、ハヤトとルーが追いついて来たのを見て、再び歩き出した。

 最後尾のロバートが肩をすくめる。

「まったく、うらやましいことで」



 冒険者たちで大いににぎわう、ザイド・スプリングの酒場。

「それじゃ、ザイド到着を祝って!」

 ビールが注がれたグラスを、ミランダが掲げる。
 同様のものを手にもつロバートが続くと、ハヤトたちもそれに倣った。

「か、かんぱーい」
「声が小さいよ! はい、乾杯っ!」

 ミランダは豪快にグラスをあおってビールを一気に飲み干すと、満足げにテーブルをたたいた。

「ああっ、これだよこれ! 戦いのあとの酒は最高さね」
「同感だな。さあ、ハヤト君も一杯やれよ」

 ロバートに勧められ、ハヤトはグラスの中を覗き込む。
 アルコールのにおいがした。

 酒だ。間違いなく、酒だ。
 彼は迷っていた。まだ未成年なのに、飲んでいいものだろうか。
 ロバートもそれに気がついたようだった。

「……どうしたんだ?」
「い、いやあ、お酒はちょっと」
「なによハヤト君、飲めないの?」

 ハヤトは肩を掴まれる。隣の席で、すでにグラスを空にしたマヤがこちらをにらんでいた。

「おいマヤ!? お前、飲んでいいのかよ!?」

 マヤは不思議そうに小首をかしげた。

「何言ってるの? それとも何、ハヤト君は私の酒が飲めないっていうの?」

 いつ彼女の酒になったのかはわからないが、ハヤトはあわてて首をふった。

「い、いや。そういうわけじゃないけどさ」
「なによ。そんな事言いながら、さっきから口を付けようともしないじゃない。ハヤト君は要するに、私の酒が飲めないわけね! 私、本当に悲しい!」

 マヤは目をすわらせて言った。
 ハヤトは、彼女の変貌ぶりにたじろいだ。
 ひどい絡み上戸だ。
 ミランダが「こりゃ、おもしろくなってきた」という顔でふたりを見る。

「マヤ、残念だったね。ハヤトはあんたの酒は飲めないってさ」
「ミランダさんは関係ないでしょ! さあハヤト君、はやく!」
「え、えーと……」

 改めて、ハヤトは思った。
 自分のいる世界とは、違うのだと。

 でも、だからと言って、お酒を飲んでしまうのはどうなのだろう。

「ル、ルー……」

 ハヤトは、思わず隣のルーに助けを求める。
 だが彼女は、すでに料理の入った皿を全て真っ白にし、うとうとしていた。

「ルー、おなかいっぱいで眠いの……」
「お、おい。この状況で眠らないでくれよ。さっき協力しあうって約束したじゃないか」
「ハヤト、ごめんなの……ルーはもう力になれそうにないの……あとはハヤトの力で、未来をきりひらいてほしいの」
「ちょっと、ルーさん!?」

 ルーは力尽きて首を垂れ、寝息を立て始めた。

「ハヤト君、何やってるのよ。酒がぬるくなっちゃったじゃない。ちょっとこれ、おかわりちょうだい!」

 マヤがハヤトのグラスをあけ、店のマスターに注文を入れると、すぐに新しいグラスがテーブルに置かれた。

「さあ!」

 マヤが顔を赤くしながらハヤトの腕にひしと掴まり、けしかける。

「マヤ、ちょっと騒ぎすぎだよ。……さーて、ハヤトはどうなるのかな?」

 ミランダは余裕の表情でこちらを見ている。

「へへへへ! ハヤトよお、さっさと飲めよ! でもおかしいなあ、さっきから世界が逆さまだぜ! 不思議なこともあるもんだなあ!」

 ハヤトは思わず二度見した。
 しばらく姿が見えないと思っていたロバートが、床でブリッジしていた。
 酒とは、こうまで人を変えるものなのか。

 だが、もう逃げられない。

「郷に入っては、郷に従え……か」

 ハヤトは決意して、グラスに口をつけた。



「……うえ」

 ハヤトは店の外に腰掛け、風にあたっていた。
 初めての酒は、おせじにもおいしいとは言えなかった。

 ルー以外の三人の声が、時折店内から聞こえてくる。先ほどまでより、かなりテンションが上がっているように感じられる。
 何より彼女らは、とても楽しそうに思えた。それが少しばかり、悔しかった。
 こんなことなら、自分も飲めるようになっておくんだった。

 ハヤトはしばらく頭を冷やした後、店に戻ろうとその場を立った。

「ひゃあ!?」
「わあ!?」

 ハヤトは思わず声をあげてのけぞった。
 立ち上がったすぐ目の先に、一人の女性がいたのだ。
 全く同じタイミングでリアクションを取った彼女は、セミロングにそろえた藍色の髪をゆらしながらバランスをくずし、尻餅をついて転んでしまった。
 ハヤトはあわてて彼女に手を差し出した。

「す、すみません、よく見てなくて。大丈夫ですか?」

 女性はその手を見て、さらにおどおどしだした。

「あ……! あう……!」
「ど、どうしました?」

 ハヤトが困惑しながら言うが、女性は恥ずかしげに目を泳がせ、そのまま硬直してしまった。
 ハヤトにはわけがわからなかった。

「シェリル、ちょっとテンパりすぎ」

 その後ろからもう一人、小柄な短髪の少女が現れ、シェリルと呼ばれた女性の手を取った。

「コ、コリン……。ひどいです、一人で行かせるなんて」
「だってそのほうが、おもしろいと思ったから」
「お、おもしろいって……」

 立ち上がったシェリルは肩を落とした。小柄な少女・コリンが、ハヤトを見る。

「ごめん。シェリルはこの背丈のくせにねんねだから、男の人とまともに会話ができないの」
「は、はあ」
「こ、コリン!」
「事実じゃん」

 コリンはあせるシェリルの背後にまわり、肩を掴んでぐいとハヤトの目の前に立たせた。
 彼女の背はコリンが言うとおり高く、ハヤトは上を見上げる格好になる。
 ミランダと同じくらいだろうか。

「さあシェリル、今度こそしっかりと」
「うっ……」

 シェリルは、またもや何かを言いかけてもじもじしだした。
 ハヤトは頭をかく。

「え、えーと。何か、ご用ですか?」

 シェリルはしばらく返答しなかったが、つばを二、三度飲み込んで、ようやく言った。

「……ちょ……」
「ちょ?」

 シェリルが“魔力”を込めた手で、ハヤトの頭を掴んだ。

「ちょっとだけ、眠っていてください」


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