「戻りましたわ」 レジーナ・アバネイルが薄暗い空間のドアを開ける。 金髪の魔術師が、青白い光の点がちりばめられた空間を歩きながらすぐに出迎えた。 「ご苦労だった。どうだ、首尾は」 「なんとか。詳細を話す前に、彼を。ああ、重かった」 レジーナは、自分の“魔力”で浮かせていたリブレ・ラーソンを部屋内に入れ、床にどさりと落とした。 リブレは、目を開いたままがちがちとふるえ、何かをぶつぶつとつぶやいている。 金髪の男はすぐに表情を変えた。 「リブレ! いったい何があったんだ」 「……勇者の攻撃が男らしくないとか言って切れちゃって、使ったんですのよ。『あれ』を」 金髪の男は舌打ちして、彼の肩を掴んだ。 「リブレ、落ち着け。俺がわかるか」 「……グ、グラン……」 リブレはうつろげな目を彼に向け、小さく言った。金髪の男・グランは頷いて、彼の腕を肩にかけた。 「ソルテス! リブレがまずい。すぐに頼む」 グランは、玉座に腰掛ける紅い髪の少女に向かって言った。少女・ソルテスが手をかざすと、紅い光がリブレを包み込んだ。 「なあ、グラン……」 多少楽になったのか、さっきよりも正気を取り戻した様子のリブレは、荒い息を吐きながらつぶやいた。 「船を……斬ったんだ。僕たちのやっていることって……ひょっとしてさ……」 「リブレ、何も言うな。お前はとりあえず休め。苦労をかけたな」 グランが彼の肩に手をかけると、リブレの姿は光を伴って消え去った。 レジーナは肩をすくめる。 「グラン、あなたは少しリブレに甘すぎてよ」 「うるせえ。『あれ』を使わせるまで放っておいたお前にも責任がある」 「まあ、なんて人聞きの悪い! 私は止めたんですのよ。それに、アンバー・メイリッジが現れましたわ。召還したクラーケンを一匹沈められて、計画が少し狂わされましたの」 グランの表情が、一瞬にして冷たくなる。 「奴か……殺したのか?」 「いいえ。任務を優先しましたわ。まずかったかしら?」 「別にいいさ。どうせ奴は何も知らんからな。計画に狂いはない。……それで、どうだったんだ」 「勇者は、仲間を一人『ブレイク』させましたわ」 グランはさっきの玉座に振り返った。 「聞いたかソルテス。これでしばらくは大丈夫だ」 ソルテスは、喜ぶわけでもなく、悲しむわけでもなく。 ただ、わずかに頷いた。 ◆ ザイド王国の主都、ザイド・スプリングの城の中。 ベルスタ王国の朱印がついた書簡を読み切ったザイドの王、ルドルフ・ザイドは、無言でそれを大臣に手渡した。壮年のベルスタ王と違い、ルドルフは一国の主としてはとりわけ若く見える。 彼はしばし、そのまま赤い絨毯をにらんでいたが、やがて、少し距離をおいた場所に立つ来訪者たちに向けて言った。 「君たちには悪いが……にわかには、信じられない」 「確かに、そう感じられるのも無理はありません」 返答したのは、マヤ・グリーンであった。 「しかし事実として、かつての勇者ソルテスはベルスタを襲撃し、多大な被害を出しました。そして、魔王の島への封印を解除すべく旅立った私たちの行く手を阻んでいます」 「ソルテス様のことは置いておくとしても、君らがとんでもないトラブルを起こしてここまで来たのは間違いなさそうだな。おかげで港はめちゃくちゃだ」 ルドルフは近くにある窓を見やった。すでに日が落ちかけ、空は茜色に染まっていた。 城を取り囲むようにして存在する民家や店の先に、港が見える。 半壊した大きな船が一隻、めりこむようにして桟橋とあたりの景色を崩壊させていた。周辺では男たちががれきを処理している。 ルドルフは、マヤの隣でひざまづいている少年を見た。灰色の鎧には無数の傷がつけられており、いかに激しい戦いをくぐり抜けて来たのかを物語っていた。 「ハヤト・スナップ君」 「は、はい」 ハヤトは少しばかり緊張した様子だった。 「つまりあれは、新しい勇者である君が『蒼きつるぎ』の力で起こしたことだということで、間違いないだろうか?」 「はい。すみません。コントロールが、利かなくて」 申し訳なさげに頭をかくハヤトを見て、ルドルフはため息をついた。 彼は確かに目撃した。光に包まれた大きな船が、自分の町の港に突っ込んでくるところを。 しかし、乗っていたのは見たこともない「蒼きつるぎ」の勇者だった。その上彼らは、かつての勇者ソルテスが魔王としてベルスタを襲撃し、世界を掌握すると宣言したから、封印の宝玉が眠る場所を教えてくれ、などと言い出したのだ。 ルドルフが混乱し、懐疑心を持つのは至極当然の事と言えた。 「……ともかく、今は少し頭を整理する時間がほしい。ベルスタからの来賓として部屋を用意させるから、今夜は城で休んでいてくれ。明日の朝には返答を出すよ」 ◆ 「なんだか、えらい疑われっぷりだったなあ」 城の一室に案内されたハヤトは、傷だらけの鎧を脱ぎ、城から支給された布の服に袖を通しながら言った。 マヤは隣のベッドへと座った。 「仕方ないわ。元々ザイド王国は、ソルテスに救われた国として有名ですもの。ソルテスを神と崇める人も少なくないって話よ」 「にしても、ちょっとあの反応はねえ。あの船、『ザイド・なんちゃら』って言うんだろ? つまりアタシたちは、この国の船を救ったんだよ。もうちょっと感謝されてもいい気がするけどねえ」 「ミランダ、船を救ったのはハヤト君とマヤの二人だ。君は俺の矢を勝手に取ってぶんぶん投げていただけだ」 「ぎゃーぎゃ騒いでばっかりいたあんたに言われたくないよ!」 ロバートの首にミランダの股がはさまり、彼の頭が猛烈な勢いで地面に打ち付けられた。 プロレスの技はこの世界でも通用するものなのだ、とハヤトは関心した。 魔王軍やクラーケンの襲撃を退けた「ザイド・アトランティック」号は、ハヤトらの活躍もあり、なんとかザイド王国へとたどりついた。 しかし、その到着方法は、ルドルフが指摘した通り、あまりにも強引かつ無茶苦茶なものだと言えた。 それでも、ハヤトは満足感を覚えていた。 今回船に乗った人間の中に、死者は出なかったらしい。 涙を流しながら自分の手を取るバッシュ船長が、何度も強調して言ってくれた。 「君はまさしく勇者だ」と。 なにより、みんなを護ることができた。旅を続けることができる。それが一番うれしかった。 ちなみに、西山楓にそっくりな女、アンバー・メイリッジは到着後すぐ姿を消した。 「少しだけ、考える余地ができた。だが忘れないでほしい。君の力は、とても危険なものなのだと」 そう言う彼女の顔は、やはり少しばかり悲しそうだった。 彼女はいったい、何者なのだろうか。魔王軍のリブレとは知り合いだったようだが。 何にせよ、マヤと森野真矢のように、西山楓と何らかの関係があるのかもしれない。 ハヤトはなんとなく、感じていた。彼女とはまたどこかで会うことになるに違いない。 その時、「ぐう」と音が鳴った。 音の主は、ルーの腹だった。 彼女は三角耳を垂れさせて、おなかをおさえた。 「ルー、おなかすいたの」 「確かにな。船での戦いですっかり忘れてたけど、もう丸一日近く何も食べてなかったぜ。なあ、城下町に出て、何か食べて来ようぜ」 ロバートも同じようにする。ハヤトは意外そうにした。 「えっ、城でご飯とか、用意してくれるんじゃないんですか」 ミランダがハヤトの頬をぐに、とつついた。 「ハヤト、わかってないなあ。こんなキナくさいところでメシなんて食ったってうまくないよ。でかい町にたどり着いたら、その夜はもちろん……」 「もちろん?」 ロバートとミランダが同時に言った。 「酒場だ!」 |