IMMORTAL MIND
イモータル・マインド

Part 1 [Blue Sword]
10.「海上決戦」その4

 船首が切り落とされた「ザイド・アトランティック」号はゆっくりと前傾し、少しずつ海へと飲み込まれていく。
 リブレはそれを見て大笑いした。

「ざまあみろ! お前らはこれで誰も助からな……」

 言葉の途中で、リブレは頭を抱えて倒れ込んだ。
 レジーナが背後で、冷たい視線をなげかけていた。

「本当にどうしようもないおバカさんですわね、あなたは。今の状況でそれを使って、無事ですむとでも思っていたの?」

 リブレはそのまま寝そべって、がちがちとふるえだした。

「あ……ああっ……ぼくは……ぼくはなんてことを……」

 その表情からは、明らかな動揺と恐怖とが見て取れた。レジーナはそれを見て、彼を蹴りつけるようにして小舟に乗せた。

「あーあ、やっぱり戻っちゃいましたわね。とにかく城に帰りますわよ。……勇者ハヤトの、腕の見せ所ですわね」

 レジーナたちの乗った小舟は、空へと消えていった。


 一方、傾いていく船上は、再びパニック状態に陥っていた。

「ちくしょう、あの野郎! 最後の最後にとんでもねえことしていきやがって。おい、走るより何かにつかまれっ! 海に落とされるぞっ!」

 ロバートが折れたマストにつかまりながら、空を仰いだ。乗客や船員たちは、落ちまいと必死に船尾方向へと走り出す。

「くそっ、油断した……! まさかあれを食らって立ち上がるなんて」

 ハヤトは剣を甲板に突き立ててその場にとどまっている。彼の肩にはマヤとミランダの二人がつかまっていた。ミランダの腕にはルーが抱かれている。

 そうこうしているうちに、船は海に沈んでゆき、甲板の角度がだんだんと上がっていく。もう少しで、立っていることさえ難しくなる。

 乗客の少女が、両親と抱き合って泣いているのが見えた。
 そう、わかっているのだ。
 もう、こうなってしまっては助かる道はない。

 ハヤトは思わず目をぎゅっと閉じた。
 大逆転に興奮し、気持ちがゆるんでしまっていた。

 こんなんじゃ、誰も護れやしない。

「ハヤト君」

 声の主はマヤだった。

「まだ、終わってないわ。目を閉じないで。きっと私はまた、飛べるから……」

 その時、さっきの少女が、甲板を滑って海へと落ちていった。

 ハヤトたちはとっさに手を離して彼女の救助へ向かおうとしたが、その前に、海面に一人の女性が立っているのが見えた。

「『氷遁・凍雨結界(とうろうけっかい)』」

 船体を飲み込もうとしていた海の周辺が一瞬にして凍りつき、その場に固定された。

「『蒼きつるぎ』の勇者ハヤト」

 少女を抱きとめたアンバーは、ハヤトに向かって言った。

「もはやこうなってしまった以上、お前に『力』を使うな、などとは言えない。私の『凍雨結界』はそう長くはもたない。『蒼きつるぎ』の破壊の力を借りたい」



「破壊の、力……」

 ハヤトたちは凍り付いた船首部分に降りた。アンバーはそれを聞いて頷く。

「もうわかっているのだろう? 『蒼きつるぎ』は単なる威力の強い剣ではない。その力の本質は『破壊』にある」

 ハヤトは思い返す。
 オウルベアに始まり、ファロウの街道にビンスが作った障壁、そしてマヤの深い傷、先ほどの戦いでの「ウォール」の床。
 そう、全て自分が「破壊しよう」と認識したものばかりだ。

「原理はわからんが、私はソルテスが『蒼きつるぎ』で様々なものを『破壊』するのを、この目で見てきた」

 ハヤトは何か言いかけたが、アンバーが手で制す。

「もう時間がない。頼む、今はその力で、船を救ってくれ」
「で、でも、この状況をどうやって……」

 ハヤトがうつむくと、肩に手が置かれた。
 マヤが少しほほえみながら、こちらを見ていた。

「私を使って」
「マヤ!?」
「さっきの翼の力で、この船を運びましょう」

 マヤは言い終わる前に、自分の体から金色の翼を再度出した。
 アンバーはやはり少し悲しげに、その姿を見ていた。

「そうだな……彼女の力を媒介にするのが、一番合理的だ」

 ハヤトは少し迷ったが、すぐに考えを切り替えた。
 考えるだけ無駄だ。
 護れ。今は全力で、みんなを護れ。

「わかった。やってみよう」

 アンバーは「媒介にしろ」と短剣を一つ、彼に手渡した。
 ハヤトが目を閉じると、蒼いオーラが彼の周囲にゆらゆらと立ち上った。
 船長を含め、船に乗る全員がその姿を見ていた。

「剣よ……!」

 「蒼きつるぎ」が姿を現す。ハヤトの瞳が蒼く輝いた。
 先ほどまでと同じように、紅い紐が柄についている。アンバーはそれを見て、少しだけ目を細めた。

 ハヤトは剣を上空に掲げた。

 破壊する……。
 いったい、何を破壊すべきだろうか。
 少しばかり考えて、ハヤトは叫んだ。

「この船の『質量』を、『破壊』するっ!」

 ハヤトの手元から、蒼い光の筋がのぼる。
 光の筋は上空で無数のそれに分かれ、船を取り囲んで円を作る。
 丸みを帯びた、光の檻ができあがった。

「マヤ、頼む!」

 マヤの翼がはためき、檻の上部を掴んだ。

「いけるわ、ハヤト君!」
「よしっ、いくぞおおっ!」

 船体が大きく揺れ出す。アンバーはそれを確認すると、自分の「凍雨結界」を、ハヤトたちが立っている部分を残して解除した。

 同時に、船がゆっくりと上昇しだした。



「すげえっ……! 海に落ちた乗客まで、一緒に浮かんでやがる!」

 思わず、ロバートがつぶやいた。
 「ザイド・アトランティック」号がどんどん空へと向かっていく。

「船長、ザイドの方向はどっちだい!?」

 甲板をよじ登り、船長席にたどりついたミランダが叫んだ。
 バッシュ船長は、何が起こっているのか全く理解できていなかったようだが、南東を指をさした。

 ミランダはロバートの矢を、その方向に思い切り投げた。

 ハヤトとマヤはそれを確認すると、頷きあい、そちらに向けて船を動かし出した。
 球体は緩やかにだが、確実にスピードをあげていく。

「ぐうっ!」

 しかし、ハヤトはそこで強烈な重圧に襲われた。 
 アンバーが表情を曇らせる。

「やはりこの規模の『破壊』を行使するには……“魔力”が足りないか」

 なにより、ハヤトはリブレとの戦いで消耗しきっていた。
 なぜか、マヤが「翼」の力に覚醒した際に多少元に戻ったようにも感じられたが、彼の体には戦いの傷も残されている。

「ちいいっ! ここで踏ん張れないで、何が勇者だ!」

 ハヤトは気力で体を支えながら、光の筋を維持し続ける。
 だが、さらに大きな衝撃が起こり、彼に片ひざをつかせた。

「ハヤト君!」

 上空のマヤが叫ぶ。

 ハヤトは、荒い息をはきながら、もう一度立ち上がろうとした。
 体が重い。
 そこに再び、重圧の波がおしよせる。

 全身の力が、抜けていくようだった。
 気を失いそうになり、ハヤトは、その場から倒れかける。

「ハヤト!」
「ハヤト君!」

 ルーとロバートが飛び出し、彼を支えた。

「ルー……、ロバートさん」
「ハヤト、あきらめちゃダメなの! ルーの“魔力”も、使ってなの!」
「これくらいしかできないのが悔しいが、頼むぞ!」

 二人は“魔力”を練ってハヤトへと向ける。
 ハヤトは、なんとかそれに応えたかったが、重圧はさらに重く彼にのしかかった。

 アンバーは、それを見て冷たく言った。

「二人とも、無駄だ。“魔力”の受け渡しはそう簡単ではないし、人ひとりのそれでどうにかなるような問題ではない。君たちの“魔力”を無駄にするだけだ」
「だったら、ただ見てろっていうのか!?」

 ロバートが猛った。

「ハヤトはルーのお婿さんになるの! だからこんなところでくじけないの! きっとやってくれるの!」

 ルーも同様に叫んだ。
 ハヤトが、思わず声を上げる。

「ルー……ま、また、話が、飛躍した、な……。でも、ありがと、よ。か、回復したぜ!」

 ハヤトは、汗を流しつつも、笑顔を見せた。
 アンバーはその様子を見て、少しばかり驚いたようだった。

「ぐああああっ!」

 だがハヤトは、もはや気力だけで剣を上空に突き立てていた。ルーとロバートは必死に彼を呼ぶ。
 それを空から見ていたマヤも、苦しくなってきたようだった。

「ハヤト君が……あんなにがんばってるのに……! 君を助けるために、この『翼』を、もらったのに……!」

 マヤの翼に、小さな電撃が走る。
 確実に限界が近づいている。

「もう、だめ……!」
「くそおおっ!」




『グレイト・クルーズ! 発射用意!』




 その時、大きな声が轟いた。

 船長のバッシュだった。彼は魔大砲・「グレイト・クルーズ」の砲門のひとつにしがみついたまま、拡声魔法を使って言った。

『勇者よ、“魔力”が必要なのだろう! このグレイト・クルーズには、大魔術師の魔法ほどの“魔力”が込められている! 私らにも手伝わせてくれ!』

 船長が言うと、船員たちは一斉に砲門へと向かって準備を開始する。乗客らも、ハヤトの体を支えるようにして、船首へと集まった。

「勇者さま、頼みます!」
「どうか船を救ってくれ!」
「魔王軍と戦うあんたをずっと見ていた! あんたなら、きっとやれるよ!」

 船じゅうの声が、ハヤトに向けられていた。

 ハヤトは、不思議だった。
 もうとっくに、倒れているはずだったのに。

 なのに、どうして……。

「勇者ハヤト」

 アンバーが、自分の背中に手を添えていた。どうやらルーたちのように“魔力”を自分に向けているようだった。

「君は、不思議な男だ。こんなことをして意味があるとは思えない……。だが、なぜだか君なら、やってくれるような気がする」

『グレイト・クルーズ、発射!』

 船長の声が響く。
 「グレイト・クルーズ」から“魔力”の塊が飛び、ハヤトの周辺を包んだ。

 ハヤトは、その光に温かみを感じた。

 それだけではない。
 乗客たちの声、仲間の声。
 こんな危機的状況だというのに、ハヤトはそれを受け、笑っていた。




 「ほんとに、なんであんなに熱くなるかね」




 この世界に来る前の自分のせりふが、リフレインした。

 なんで熱くなる?

 その疑問は、今となってはあまりにも幼稚に思えた。
 この人間の気持ちの熱さを、気持ちの高ぶりを、自分は知らなかったのだ。

 彼は、雄々しく足を踏みしめ、立ち上がった。

「おおおおおーーーっ!」

 ハヤトの叫びとともに、光に包まれた船は、先に見える大陸へと向かって飛んでいった。

NEXT STAGE......Part2 「Red Zero」
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