終業のチャイムが鳴った。 「今日の部分は来週のテストに出るからな、心しておけよ。おい、折笠。聞いてるのか」 机に突っ伏していた折笠隼人は、教師に呼ばれてようやく目を覚ました。 「ふあい?」 その、あまりにもやる気のない返事に、思わず教師はため息をもらした。教室が小さな笑い声に包まれた。 「まったく、しょうがない奴だ。まあいい、テストで取り返せよ。では、ホームルームは省略。みんな気をつけて帰るように」 教師が教室から出て行き、生徒たちは帰り支度を始める。隼人ものびをすると、かばんに教科書類を詰めはじめた。彼は忘れ物がないことを確認し、席を立った。 「ちょっと折笠、待ちなさいよ」 そこに、ぬっとひとりの少女が現れた。身長は隼人よりも頭ひとつほど小さい。ぱっちりとした目が隼人をにらみつけていた。 隼人はけだるそうに言った。 「俺、もう帰るんだけど。何か用事か、森野」 少女・森野真矢はそれを聞くや否や、むっとして長い黒髪を揺らした。 「帰るんだけど、じゃない! あんた、まーた部活休むわけ!? この間の勝負がついてないわ!」 隼人はさっきの教師と同じようにため息をついた。 「またそれかよ。そろそろ諦めてくれよな。何回やらせんだよ」 その隼人の一言が、真矢の怒りをあおった。 「あんたねー、そうやってもったいぶるのもいい加減にしなさいよ! ちょっと私よりうまいからって、調子に乗っちゃって! この間だって、私の胴の方が本当は速かったのよ!」 「はいはい。そうですね。でも面ががら空きだったぜ」 二人は、この高校の剣道部に所属している。 真矢は毎日のように隼人にからみ、勝負をしかけているのだが、彼はそれをよく思ってはいない。 なぜなら、剣道そのものがそこまで好きではないからだ。 隼人は真矢を横においやった。 しかし、真矢は隼人の前にもう一度立ち、今度は手を広げた。 「きょうは、絶対帰さないんだから。リターンマッチよ!」 隼人は頭をかいた。 こうなると真矢はかなりやっかいな相手である。隼人は咳払いをした。 「しゃあねえな。じゃあ、やるか」 「えっ? 案外あっさりね」 真矢はそれを聞いて意外そうにした。しかし、隼人はにやりとした。 「ただし、道場じゃなくてここでな」 「えっ!?」 「さあ森野くん、まずは神聖な勝負をすべき胴着に着替えようじゃないか」 隼人は学ランを脱いだ。真矢は狼狽した。 「えっ、えっ、今ここで!?」 「ああそうだ! 善は急げって言うしな。クラスメイトのみんなが見てるけど、神聖な勝負なんだ、恥ずかしさなんて捨てちまおうぜ」 隼人がワイシャツまで脱ぎ始めたのを見て、クラスメイトの男子たちは真矢に視線をそそいだ。真矢は困ったように周りを見る。 「ちょっと、ちょっと待ってよ! なんでここで私が脱がなきゃならないの!」 隼人はそこで手を止めた。 「なにぃ……森野真矢よ、そんなことでうろたえるとは何事か! 剣士たる者、どんな状況でも常に臨戦態勢であれ! 先生の言葉を忘れたとは言わせないぞ! さあ脱げ! 早く脱げ! なあみんな! 脱ぐべきだよな!?」 「そうだそうだ! 隼人の言うとおりだ!」 「森野さんがここで……ゴクリ」 「も、森野さん……うっ……」 男子たちに詰め寄られると、真矢はみるみるうちに顔を紅潮させた。気づけば起こる森野コール。彼女はうつむいたままぷるぷると震え、深く悩み、その中で殻をやぶり成長し、やがて言った。 「や、や、や、やってやろうじゃないの!」 すでに隼人の姿はなかった。 |