Usual Quest
ユージュアル・クエスト

番外編「エマ、ひとりごちる」 ※18禁


フィギの村、その一角にある旅人向けの宿屋。
大きくため息を吐いて、荷物を放り出した。首を回すとビキっと鳴った。
ふらふらの足取りで、ようやくたどり着いたベットにダイブして、太陽の匂いがするシーツに顔を押し付けた。
「ようやく……眠れるってぇわけですよ、僕は……」
ピンと張ったシーツとブランケットが心地いい。どこまでも落ちていきそうだ。
「たまにモンスターを狩るとそうなるの。情けない」
背後からいやに冷静な声。続いて鼻で笑う音。
そんなキャムの嫌味に返事もできないくらい、眠い。
「……シャワー浴びてくる」
僕が答えないでいると、キャムがつまらなそうに言った。
「いって、らっしゃぁい……」
僕がそう言った時には、もうドアは閉められていた。
水が浴室の床を叩く音を聞きながら、僕はゆっくりと疲労からくる眠気に負けていった。

二日前に、僕とキャムは『井戸に住み着いた得体の知れない魔物を退治してほしい』という、
めずらしく『それらしい』依頼を受けた。
水が枯れ、ボロボロの井戸の中にいたのは黄色のバルーンだったわけだけど、
僕達はそれなりに苦戦をして、なんとか無事に黄色バルーンを退治したのが昼ごろの出来事。
戦闘より辛かったのが、チアの街から、ここフィギの村までの徒歩での移動だ。
夜に出発して、付いたのが翌日の昼。
途中、眠気と食欲に貪欲な悪魔は、
「眠い。エマ、眠い」と消えそうな声でつぶやいて、眠そうな女の子がする動きではない俊敏さで、僕の背中に飛びついてきた。
背中に『荷物(落とすなキケン)』がプラスされた僕は、倒れこんでしまわないように、道中ずっと下唇を噛み締めていた。
途中すれ違った人の、「いいわねぇ」や「うらやましいな、坊主」とかの声を、顔を隠して耐え続けたのだ。
僕だって逆の立場だったらそう言ったかもしれない。
笑顔といったら嘲笑が基本のキャムだけど、控えめにいってすごく、かわいい。
ブラウンシュガーの髪の毛は、陽を浴びて透き通るように輝いていたし、
くぅくぅと寝息をたてている少し上向きの鼻をつついてみたくなったりもした。
ところが実際は強烈なトゲと毒を撒き散らすバラどころか……やっぱり悪魔としかいいようがない。その容姿を含めて。
その外見を補って(打ち消して)余りある凶暴性や、僕のリズムで揺れる、キャムの腰にある重鉄製の剣が僕に伝えてくる、
『人と思うな。爆弾だと思え』という心からの教えが、僕に重く、本当に重くのしかかっていた。
道中、何度か視界が滲んだのは、きっと雨が降っていたからだ。(腹が立つくらい快晴だったけど)


その苦労と涙が報われる睡眠! とりあえず100年くらいはこのまま眠れそうだった。
いつのまにかそこにあった背中越しの気配にもまったく興味がない。水音は止まっていた。
「エマ」
キャムの声。とりあえず返事だけしとこう。
「はぁい。おやすみ」
キャムの眉がぴくっ、と動いたのを感じる。あれ、僕、背中に目がついてたっけ。
「そんなに疲れたの。……バルーンは黄色だったけど」
「キャムが弱らせて僕が倒すんですけど、思ったより体力のこってましたから、ねぇ」
「……加減がわからなかった。ひさしぶりだったもの」
「そうそう、おひさしぶりーの疲れで眠いです。おやすみなさーい」
適当な返答に、キャムの声が聞こえなくなった。ようやく眠れる。
一拍置いて、消えそうな声で、キャム。

「慣れないことはするものじゃない。わたしも、おかしい」

まさか。
シーツに押し付けていた体勢から、残りわずかな体力で仰向けになる。
部屋の明かりが目を突き刺す。体中の気力をまぶたに集中して、少しだけ開いた。
いつもとかわらないキャムが足元に立っている、ようにみえた。
薄手の白色のシャツに、膝上でカットした群青色のズボン。
髪が短ければ男の子にも見える、いつもの就寝時の服装だ。もちろん帯剣はしていない。
シャワーを浴びたばかりの髪が夜光で少し光った。
キャムはそれから何も言わない。僕の答えを待っている。

「……しないよ。ほんとーに、ほんっとーに、疲れてます」
ぐっ、とキャムが息を呑んだのがわかった。
「……しないの」一瞬泣き出すかと思った。
斜めになった形のいい眉に、少し心が痛んだけど、眠気に優る性欲はないと思う。
「ごめんなさい。そしておやすみなさい」
頭にブランケットをかけて、シャットアウト。少しして、キャムの気配が足元から消えた。


(5分後)


バンザーイ。
バンザーイ。あれ、まだやるの?
バンザーイ。足、沼にはまってるけど。
バンザーイ。
バンザー……。

え。

右手も左手も両足も、動かない。

「あ、おきたの」

両手両足が、ベットに縄で結ばれてる。
大の字になった足の間に、ちょこんと座った、キャム。白い膝がふたつ並んでいる。
状況が分からなすぎる。今分かること、動くのは口だけのようだった。
「あの、キャムさん」
「なに」答えながら右足の縄に結び目を一つつくっていた。
「なにを……しているんでしょうか」
「エマは寝てていい。わたしの好きにする」
「いや、あの、どうみても眠れないと思うんですけど」
キャムがふっ、と鼻で笑った。
「したくないくらい、眠いって言ったじゃない。どうぞおやすみなさい」
悪魔。デビル。いろんな言い方があるけど、もう一つ追加してほしい。キャム。

「おやすみ、エマ」
キャムが僕を見た。翡翠色の双眸が妖しく揺らめいた。
「いやいやいやいや、だから眠れないってはい! キャムさん!」
キャムが僕の下着の中に手を入れて、性器を探し当てた。
冷たい感触に体中が震えた。
「……やわらかい。かたくないの」
あっさりと下着から性器を出して、不思議そうな顔でまじまじと見つめる。
「だから、そこに血液をあげるくらいなら、今は体中にいきわたらせたいんですって!」
両手が動いたらキャムを隣のベッドに投げていたかもしれない。
両足が動いたらキャムを蹴り飛ばしていたかもしれない。
残念ながら、今動くのは口だけ。
必死の抵抗もむなしく、キャムは『ただ眠りたい僕には』恐ろしいことを口にした。

「いい。かたくする」
言うが早いか、キャムが僕を咥えた。
熱が、僕を包む。
キャムが強く吸い上げて、僕はうめき声をあげた。
ちゅぽっ、と音をたてて、キャムが僕から口を離した。
「エマのここ、シャワー浴びてないから、くさい。変な味がする」
正直かなりグサッときたけど、しょうがないじゃないか!
「いつか、聖水で身体を清めてから、お願いしますから、今は眠らせてください……」
また、ふっ、と鼻で笑う。
「きらいじゃない。いま、わたしおかしいもの。このままでいい」
またキャムの口に包まれた。
キャムの口内の柔らかさと熱で、自分が大きく硬くなっていくのが分かった。
「キャムさ、ん。も、すこし、ゆっくり」
血液が下半身にいったからか、頭がぼーっとする。
上下するブラウンシュガーの頭。湿った音がいやらしく響いた。
キャムの小さな舌が尿道をつついて、僕は大きな声をあげた。
キャムの顔が離れた。キャムと僕の股間に唾液が橋をつくって、すぐにきれた。
いきなりのことで息が荒くなった僕をまじまじと見て、キャム。
「エマ、女の子みたい」
くそ、負けてたまるか。
「……こんなのつけた女の子、いたら嫌じゃない?」
で、出てきたのがこんな負け惜しみ。我ながら駄目だと思う。
「そうね。まちがいなくエマは男。安心して」
細い指でつん、とつついてキャムがニヤっと笑った。
訳のわからない慰めを受けても、僕の股間は硬いままだ。
「同情するならヤメてくれ……ってキャム!」
キャムが一度喉の奥まで咥えて、すぐに離した。
「……んん」
それだけでも僕の言葉をさえぎるのには十分なのに、今度は唾液でべたべたなソレを、両手でしごき始めた。
キャムの小さな掌に包まれて、僕はもう限界を感じた。
くちゅくちゅと粘っている音がする。キャムが両手を上下するたびに快感が脊髄を走る。
「っきゃ、む、もう、でる」
はやい? 疲れているときは三倍速だということを知っているだろうか。
キャムが艶のある唇の端だけで笑った。
返事はなくて、ただ両手の動きだけが早くなった。
「……エマ」
手の動きはとめずに、キャムが呼んだ。
「っ、はい」
「このまま終わらせると思ったの」
「え」
動きが止まった。行き場のない快感の熱がゆっくりとひいていく。


「っしょ、っと」
キャムが僕の上にいた。じれったそうにズボンを脱いだ。
「あの、挿れるんですか」
「あら、まだ寝てなかったの。寝ていいのに」
「さっき出させてくれれば眠ってたんですけど」
「一回だしたら、エマ終わりじゃない。もったいない」
もったいないの意味が違うと思う。
さっきはともかく、快感の熱がひいた今はまた眠気が優っている。
出したい気持ちはあるけど、できないならそれでいいと思っていたのに。

「で、でもキャム、なにもしてないから、きっと痛いよ?」
「平気」
「平気って、多分平気じゃないから言ってるんじゃない」
「……うるさい。……いっこほどく」
そういって僕のお腹に馬乗りになったまま、キャムは手を伸ばして僕の右手の縄を解き始めた。
「そういえば、この縄は、どうしたの? こんな何本も持ってなかったと思うんだけど」
結び目と格闘しているキャムの揺れる髪の毛が、頬に当たってくすぐったい。
「さっきシャワー浴びてから、お店の人に借りてきた」
「……なにに使うのか、訊いてこなかった?」
「ペットのしつけ、って言ったら普通に貸してくれた」
ペット扱い。それもまぁ慣れてきた。それよりこの状況がすこし改善されるのが嬉しい。
右手の縄が外れた。手首をコキコキと鳴らす。赤い縄の痕がぼんやりと見えた。

「ついでに、全部はずしてほしいなー、なんて」
「駄目。エマ逃げるもの。はやく右手貸して」
キャムが僕の右手を掴んだ。自分の秘部へと近づける。
キャムの下着は、驚くほど濡れていた。
おずおずと下着を押し付けると、じゅっ、と溢れ出て、キャムが震えた。
頬が赤らんだ。目を閉じて眉を苦しげに寄せている。

キャムの心的外傷。『とある理由』から、自らの手で生命を奪うことが出来ない。
何かを殺したり、退治するとき、キャムがメインで戦い、僕が止めを刺す。
いつもならその瞬間、キャムは目を閉じて、耳をふさいでいるはずだった。
この状況の原因に思い至って、聞いた
「……見ちゃったの?」
キャムが言いよどんだ。
「最初はなんともなかった。宿に入ってからおかしくなったの」
「なんで言わないのさ」
「言ったらエマ気にするもの。心配されたくない」
思いもしなかった言葉に面食らっていると、キャムが頬を真っ赤にして言った。

「だからさっき平気って言ったの。わたし、はしたないくらい濡れてるから」

下着を横にずらして、僕をあてがった。
僕が支えている先端にキャムが触れた。口内よりも熱い。
下腹部に冷たいものの感触。親指で触れてみる。お腹と指の間でぬるぬるした。
「キャム」
「っ……なに」
「お腹に、垂れてきた」
「……馬鹿。エマはほんっとに馬鹿。もうすこしムードのある言葉はでてこないの」
こんな状況でムードもクソもないと思うのだけれど。
「君の心の雫が僕の身体に触れた、とか言えばよかった?」
「……期待してなかった。もういい。……いい?」
後の問いかけの意味は、まっすぐに僕を射るキャムの視線で分かった。
「途中で寝たら、ごめんね」
「……別にいい。勝手にやってることだから」
入り口に届いた僕は、もう支える必要がない。
覚悟を決めて、キャムの腰に右手をあてた。

ゆっくりキャムが身体を落としてきた。
「んっ……んんっ……」
キャムのあえぎ声は、いつでも控えめだ。大声を出すことはない。
我慢をしているのだろうけど、本当にきついときは教えてくれる。

それにしても狭い。キャムの中はきつくて、いくら濡れていても、すんなりとは入っていかない。
暴力的なまでの熱とゆるゆると挿れる快感。それを窮屈なキャムの中が押しとどめる。
「ちょ……っと、きついんだけど」
「っ……が、まんして。わたしもがま、んっ、してるの」
キャムの左手は僕の腰に添えられた右手に重ねられている。
右手は僕の胸の上。胸に小刻みな震えが伝わってくる。

「痛いなら、いいよ、ゆっくりで」
キャムの眉はぎゅっと寄せられている。苦しそうな顔ではこちらも辛くなってしまう。
「……っもう、いい」
意外な回答。ちょっと残念だけど、ここは肯定しておこう。
「うん、そう、やめとこう? 明日ま」
「いっ……きにいく、んっ、がまんしなさい」
「ちょっとキャム」
止めるまもなくキャムが体重をかけた。ずずっ、といっきに奥まで入った。
「んんっ……っっ!」
キャムが声をあげて僕の上に倒れこんだ。細かい痙攣が僕を包む。
キャムが小刻みに震えた。達したのかもしれない。
「……なんで、無理するのさ」
キャムが僕を見た。潤んだ瞳から涙がすっと流れた。
「好きにする、って、いった」
「それは、そうだけど……いくら濡れてても、痛いでしょ?」
「いたい。エマのなんか大きいもの。でも……いた、いのが、んっ、いい。やっぱり、わたしおかしい?」
キャムがめったに使わない疑問形。まっすぐに僕を見るキャム。
答えずに、キャムの真っ赤な頬をなでた。こちらも熱い。
顎に手をあて、少しあげた。
なにをするのか気付いたらしい。小さくいやいやをする。
「なんで?」
ぐっ、とキャムがまた息をのんだ。
「いま、されたら、おかしく、なる」
もう充分なってますってば。あえてそう言わずに顔を近づけた。
「じゃあ僕も、おかしくなるよ。それでおあいこ」
キャムの顔が今度こそ本当に燃えるくらいの熱さになった。
「バカ、んんっ……」
柔らかな反発。キャムと唇を重ねた。


結局、僕が眠りにつけたのは、キャムがシャワーを浴びてから2時間後だった。
当初の希望通りに100年は眠れず、50年くらいで目が覚めた。
「……こんなもので勘弁してあげますか」
少しくすんだ天井に呟いて、眠気にさよならを告げる。
僕の右腕を枕にして、呼吸と同じリズムで揺れるブラウンシュガーの髪。
窓から差し込んでくる昼前の日差しで柔らかく輝いている。
形のいい鼻を人差し指でちょん、とつつくと、むずがるようにキャムが顔をしかめた。
「……黙ってればかわいいのに」思わず呟いた。
眠っていたと思ったキャムが目を開いて、思わず「うそっ」と叫んでしまった。
「……」射るように僕を見る翡翠色の双眸。目をそらせない。
「……お、おはよう」ごまかせ、僕。
「眠ってる人の鼻をいじらないで。バルーンに鼻、噛み付かれる夢見た」
「それはすいません。つい右手が」
「それで、」キャムが僕の言葉をさえぎった。
「嘘、っていうのは、起きたことなの。それとも、その、かわいいってことなの」
心臓を掴まれたようだった。どっち、どっちが正解?
心なしか頬を赤らめた悪魔の二択。どっちって答えたら殺されずにすむんだろう。
あれ、なんで僕、朝からこんな窮地に立たされてるの?
「ええ、と……」
「もういい。眠い。寝る。起きたらご飯」
キャムが僕に背中を向けた。すぐに小さな寝息。
動きが止まった僕の脳に新しい指令が届いた。
曰く、
『起きたらすぐ食うからメシの手配をしてこい』
ああ、今日もなんてすばらしい朝なんだろう。目尻が潤んだのはあくびが原因のはずだ。
窓の外から正午を告げる鐘が聴こえてきた。

部屋の延長と昼食をお願いしようと、フロントに向かう。
階段で清掃のお姉さんと目が合った。
僕が会釈をすると、「おはようございまぶふっ!」と吹き出してパントリーへ駆け込んでしまった。
廊下の出窓に写る僕の髪には、そんなに笑われるほど、ひどい寝癖は付いていないはずだ。
ちょっとだけ憤慨しながら、誰もいないフロントのベルを二度鳴らした。
「はぁい、すぐいきまぁす」すぐに裏から声がした。
「おまたせいたしぃんぐふっ!」
あわてて出てきた女性店主が、清掃の女性と同じように吹き出してカウンター内で滑って一回転した。
見事な着地だった。
「あの、202号室の……」
「ハーミット様と……ぐふっ、ペ、ぶふっ、ペットのティンカー様でございますね?」
口を押さえつつも「ぐふっ、ぐふふっ」と笑いを漏らす店主の目線を追って、気がついた。

キスだけで燃えるように赤くなろうと、天使のような寝顔で眠ろうと、やっぱり、悪魔は悪魔でしかない。
笑顔とかわいさにだまされてはいけないのだ。意図的でないにしろ、こうして僕を苦しめるのだ。
僕は両手首にきつくついたロープの痕を隠しながら、
「こ、こきゅうが……ひぃ、できぶふっ!」と苦しむ店主に、どうやって食事をお願いしようか考えていた。

戻る