Usual Quest
ユージュアル・クエスト

番外編.「エマ、花屋を見る」(布鯨作)



チアの街、西六番通り商店街の一角、生花店『ルロッソ』
アイボリー色の屋根の下には、色鮮やかな切花が並んでいて、風が吹くたび商店街に爽やかな香りを流す。
僕はさっきから……もう2時間ほどになるだろうか。陳列された花を手に取り、戻してを繰り返していた。
ここチアの街には、僕たちの所属する会社、『アッパーガーデン』がある。
月に一度は顔を出して、依頼の報告と査定、その報酬を貰いにこなければならない。社長との約束の時間よりかなり早くついた僕とキャムは、それぞれ好きなように行動していた。
最初こそ「いらっしゃい!」と元気な声を聞かせてくれた店主、クル兄さんは、客が僕だと分かると、そのまま店の奥に戻ってしまった。
タラチネカズラの群青色した壷型の花弁に目を奪われながら、苔桃色をしたオオバシスイセンを手に取る。スイセン種の淡く、みずっぽい香りを嗅いで、遠い原産国の風景を思い浮かべる。
きっとそこには黒髪の美女がいて、この時間、優しい日差しの中で優雅な午後の休憩を過ごしているのだろう。
そこに颯爽と現れる僕。「お隣、よろしいですか」ウインクひとつ。驚きながらも「どうぞ」と微笑む美女。
なにか意味を含んだ視線を僕に投げる。
どこからか聞こえてくるコルネの音色。
「もしよろしければ、踊りませんか」
その美女の手を取り、軽やかなステップを踏む僕。次第に紅くなる頬と潤んでいく美女の瞳。顔を近づければ美女はそっと目を閉じ……後方から聴こえた歓声に妄想も消えた。
一拍おいて、ため息を一つ。現実はいつだって無慈悲で残酷だ。想像の美女はどこか遠くに行ってしまった。たぶん、僕の周りにはブラウンシュガー色の髪を持つ悪魔一人しかいない。
投げ捨てたら買わなきゃいけない。優しく丁重にオオバシスイセンをバケツに戻す。
「……姫様か?」クル兄さんがヒョコっと顔を出して、騒ぎの方向を見やる。
「また来ます」と答えて駆け出した。きっとこの騒ぎの原因は、おそらく。
待ってて、異国の花と美女よ! 後ろ髪を引かれる思いで振り向いた先には、股間に片手を突っ込みながら手を振るクル兄さんがいた。
「子守にいってこーい。あと独り言が丸聞こえだったぞー。姫様によろしくなー」
くそ、もう二度といってやるもんか。


200メートルほど走っただろうか。この動悸は急な運動の為じゃない。
『今日のキャム予報』受信の放送が頭の中に鳴り響く。曰く、『キャムが、また、なんか、やった』
先にあるバザーコートの一角に人だかりができていた。
「ちょっ……と、すいません通ります」
ざわつく野次馬の間を縫って中心にたどり着く。はたして、そこには見慣れない移動式の花串屋台と、おそらくそこの店主、それに対峙しているキャムの姿があった。

「キャムさん本当に勘弁してください……」

僕の『今日のキャム予報』はかなりの信頼度がある。もちろん悪い意味で。
いい予報が出たためしはないので、今のところ的中率は100%だ。
外れてくれたほうが、精神的には、いいのだけれど。


周囲から次々に、「洗礼だな」「洗礼だ」と聴こえてくる。誰一人として『なにが起こったのか分からない』という顔をしている人がいない。
期待を含んだ、出し物を待つ笑顔。みんな何が起きたか分かっていて、これから何が起こるのかを知っている。
「おーい! 洗礼が始まったぞー!!」と仲間を呼ぶ声がする。
まず大人が集まり、それにつられて子供も集まる。人だかりの周りに屋台が移動してきて、そのおこぼれを狙って犬が集まる。
ものの数分で、キャムと店主を中心とした大きな輪が出来上がっていた。
一瞬で増えた野次馬に驚いたのか、店主は慌てた様子で周りを見回して、それでもキャムに向き直った。

「なぁ、嬢ちゃんよ、もう一回言ってもらっていいかな?」
店主は十分に間を置いて言った。
「俺の花串の、どこがどういけないってんだって?」
主が観客がいることを気にしてか、少し演技がかった言い回しで怒りを示した。
この店主、今きた野次馬(僕を含んで)を気遣ってか、また『あらすじ』からはじめてくれるようだ。
よくわかっている。
「俺はこの街に来たのは初めてだけどな、各地を回っててなぁ、これでも各地の重役に顔がきくんだぜ?」
次は自己紹介。この店主、なかなかやる。もしかしたら本業は脚本家かもしれない。
「シレっとしやがって、わかってんのかぁ? 事と次第によっちゃ、タダではすまさねぇぞ?
 生きてるのが辛くなるくらいの仕事を与えてやろうかぁ!? おおぉ!?」
それでも微動だにしないキャムに痺れを切らしたのか、とどめ
(になるだろうと思っていったんだろう。結果的に自分の『とどめ』になるとは思っても居なかったろうが)に一言。コレが余計だった。

「もっともテメェみたいな薄っぺらなガキの体は需要がねぇだろうけどよ」ビシっと人差し指をキャムに突き出した。

決まった。そう思ったのは本人だけだったろう。
気温が1・2度下ったようだ。僕の動悸が早鐘のようになった。。
周囲から「あーあ」「なんという死亡フラグ」「今のはやめといたほうがよかったな」と声が漏れる。

「いよっ!!」と、なかばやけくそで店主に喝采を送る。もちろん拍手は一人、僕だけだ。
店主が満足げにこっちを見た。わかってくれるか、の顔が少し鬱陶しい。
もう、茶化すしか、ない。

「やべぇよ。アレ」「こいつ頭おかしいのか」の声に、ゆっくり、ゆーっくりとその店主の対面に視線を送ると。

キャムが、まっすぐに、絶対零度の瞳で、僕を見ていた。体全体に震えがきて、それでもキャムから目線を動かせない。
キャムの背後で空気が大きく揺らめいた。
なんで他人の『余計な一言』は分かるのに、自分が『それにもまして余計な一言』を言ってしまうのだろう。
キャムの口が「おぼえておいて」と動いた。その直後もっと恐ろしいことが起こった。
今までに2・3回しか見たことのないほどのいい笑顔で、キャムが笑った。
プレゼントを贈った、だとか、おいしいものを食べた後なら、こっちまで嬉しくなるくらいの笑顔だ。
もっとも今は、20年来の復讐の相手を見つけた笑顔のように思えたのだけれど。

(またも関係ない話で恐縮だけど、僕の教えを聞いて欲しい。
『キャムが笑うと嵐が起こる』
 キャムのお尻を触った情報屋、スカイプのおじさんの意識が空まで飛んでいくその前に見たのは、キャムの満面の笑みだったろう。
 あの光景は思い出すだけで歯がカチカチと鳴る。おじさんはまずキャムの正拳で鼻を折られ、前かがみになったところで、股間に爪先蹴りを入れられた。
 口から泡を吹いて膝をついたおじさんの折れた鼻を叩き、激痛に意識を戻させると、また股間を全体重を乗せた爪先で蹴り上げた。
 全人類の男性が悲鳴をあげるだろう痛みを二度ももたらされたおじさんは、痙攣しながら倒れこんだ。
 その間、僕はまったくとめようとは思えなかった。いや、とめられなかった。
 おじさんに仕打ちをしている間、キャムがずっと笑っていたからだ。)

舌打ちをして、キャムが店主に向き直る。
すぅ、と息をひと吸い。

「貴方の小さい脳みそじゃ一度に詰め込むと爆発して周りに迷惑をかけそうだから順番に話してあげる」
店主の額に浮き出た血管が、ぴく、と動いた。

「中身のない頭じゃ飛散することはないと思うけど、今から話すことを空っぽのスペースに大事にしまいこんでおきなさい。
 まず冷凍の麺花を使うなら保冷をしっかりしなさい。安い麺花を常温で保存してるから引き上げたばっかりの水死体みたいになってる。
 ぐちゃぐちゃのどろどろ。噛んだら水が出てくる花串なんて人生で初めて。ある意味いい経験になったけど。
 そこのオーガの寝床よりひどい劣悪な環境の屋台に『素材で勝負』って書いてあるけど、素材の本当の意味を理解しているの。
 素人以下の味付けとあなたの適当な調理でつけたのが、あなたの言う素材の味なの。
 自分の腐海みたいな臭いがする口内から出る唾にママの母乳の味でも染み込んでるの。これで味があるって言うのなら、そこらへんの石をしゃぶってたほうがマシ。
 これで値段が一本50ゴールド。せっかくの麺花をこんな味にされちゃそこらへんの犬でも素通りして野草を食べる。ほら」
一気に吐き出して、キャムが地面を指差す。
集まった犬が、この騒ぎで落ちたものだろう、件の花串を一嗅ぎして「エンッ!!」と鳴いて群れをなして逃げていった。

拳を震わせて耐えている店主に、キャムは続ける。

「あら、震えているのね。寒いの。それとも少しは恥ずかしくなったの。
 薄っぺらな体のガキの言うことに反論もできないの。あなたの頭は、あなたが言うガキの体よりも、う……薄っぺら。
 ……醗酵したチーズ並みの脳みそで理解できたのなら、今すぐこのあなたが散らかした難破船みたいな店をたたんでこの街から出て行って。
 その足で隣町の屋台の花串を一本食べて、教えを賜ってきなさい。ふったら音がする軽い頭ならよく下がるでしょう」
思い出したようにキャムが付け加えた。

「その落とした産業廃棄物は、あなたが責任を持ってすべて食べなさい。それがかわいそうな材料へのせめてもの罪滅ぼし」

締めに「ふん」と鼻息。これこそが『決まった』と言えるところなのかもしれない。

観衆からやんややんやの大喝采が起きた。
「そうだそうだー」「まずいぞー」「クニへかえれー」などなど様々な応援(と、暴言)が投げつけられる。
店主の震えが震度6を記録した。
その次には店主がキャムにむかって雄たけびをあげながら疾走していた。

「ぶっ……ころしてやるゥゥゥッ!!」

手には調理用の包丁を抱いている。
喝采はやまない。むしろ祭りのピークのようにバザーコート内を渦巻いている。
だれも「あぶない!」だとか「やめろ!」だとかは言わない。
それは僕も同じで、キャムの心配なんてこれっぽっちもしていなかった。
その瞬間僕が心配していたのは二つ。
「社長になんて説明をしよう」と、
「キャム、頼むから殺さないでくれ(または、店主よ死なないでくれ)」だった。


店主が唾を撒き散らしながら包丁を振りかぶる。
キャムは別段驚いた様子もなく、向かってくる店主の懐に潜り込んだ。
包丁を持つ右手の肘のあたりを“コツン”と軽くたたいた。店先で呼び鈴を押すような小さな動きだ。
それだけで包丁が地面に落ちる。店主の右手が肘から伸びきって垂れ下がっていた。
キャムはもう立ち上がって店主に背を向けている。
店主はなにが起こったか分からずに、呆然とした表情で落ちた包丁と右手を見比べている。

『目押し』だ。
関節の『孔』といわれるところを突くと、なにかのスイッチのようにその関節が「はずれなきゃ!」と思うらしい。
「力はいらない。『外す』んじゃないの。『外れろ』って命令するの」
キャムの使う武術というか戦い方は、いまだよく分からない。
『目押し』の名前と説明だって、キャムが気まぐれに教えてくれたものだ。
どこで習ったのか、どんな原理なのか。詳しく訊こうとすると、「自分で体験してみればいい」と言われた。
そこまでして知りたいと思う人がこの世界にどれほどいるのだろう。
突風に吹かれた看板みたいに首を振ってお断りさせていただいた。
ああそうだ、確かそのときもキャムは「チッ」と舌打ちをしたっけ。

肘の関節が脳に痛みの信号を送ったようだ。店主は右手の肘を押さえて膝をついた。
「ひじ……俺の肘になにした……」
店主の顎から脂汗が一粒。叫ばないところをみると、確かにそれなりの経験は積んでいるのかもしれない。
キャムは答えずに、落ちた包丁まで歩く。
武器をあたえるつもりはないのか、爪先で蹴り上げた。
もっとも取り返したところで店主に勝機はなかっ
「たうわっ!!」
僕の鼻先3cmに煌めく包丁が降ってきて、地面に突き刺さった。「ひっ」と僕の周囲の人が一歩さがった。
ビーン、と揺れる包丁を見て、額から店主の二倍の量の汗が噴き出す。
動けない僕にキャムがまた舌打ちをした。
心から残念そうな声。


「はずした」

キャムは首を左右に振った。腰に下げた重鉄製の剣に右手を添えた。
うずくまる店主に向き直る。
大きく一歩を踏み出す。砂埃が舞う。
「キャめて!」
キャムやめて! と言いたかった。なぜこんなときにまで噛んでしまうんだろう。
ぱちん、ぱちんと何かをはずす音がした。キャムの両手が柄を握りしめる。
空気が啼いた。戦慄いた後、鈍い音が響いた。
店主の首が二倍程の長さに伸びて、遅れて頭を支点にして体が空中で一回転した。
たった三秒かそこらの間に、店主は地面に落ちたボロ切れになった。
元店主の現ボロ切れには、ちゃんと首と胴体がくっついている。
いっそ切られたほうがマシだったかもしれない。
キャムの持つ剣は長いものではないし、重鉄製だから切れ味もよくない。ただ、とても重い。
キャムの細い腕じゃ振りかぶることができない。横なぎに払うのが限界だろうと思う。
そう考えると店主の首が伸びて千切れなかったのは奇跡かもしれない。その剣と同じ材質の重鉄の鞘で、力いっぱい遠心力をつかって殴られたのだから。

もしかしたら頭蓋骨に凹みができているかも知れない。まぁ、キャムの言うように内容が少なければ問題はないだろうけど。
呻いているところを見ると、息はまだあるようで、ほっ、と息を吐く。ぱちん、ぱちんとまた音がして、顔を上げた。

「終わり、だと思ったの」
店主ではなく、はっきりと僕に向けてキャムが言う。
先ほどの音は鞘をベルトに固定したそれだった。
おかしい、笑顔こそ消えたけど、まだ空気が止まっていない。未だざわざわと揺らめいたままだ。
一歩僕に近づく。
「剣は一日一度しか抜かないって知ってるでしょ」
もう一歩。手はまだ柄を握っている。
「……知ってます」
「それならこれから自分がどうなるかも分かっているの」
「き……貴重な一回を無理に今使わないでもいいんじゃあ、ないかな。とっておくと、なにかいいことがあるかも」
キャムが立ち止まって、少し考え込んだ。もしかしたら助かるかもしれない。ここはもう一押し。
命が助かるなら、どんなゴリ押しでもしてやろうじゃあないか。
「このあと社長に挨拶にいかなきゃならないし、そこで「剣を抜かなきゃ、クビだ」って言われたら、ホラ!」
「エマ」
「……はい」
「社長がそんなこと言うと思うの」
「正直これっぽちも思いません。まったく」
「……なにより」
「なにより?」
「今この場でエマを切ることより、いいことが思いつかない」
さらに一歩。誰か助けてくれそうな人はいないか、と思って周りを見ても、僕の周囲にはだれもいない。
十分な距離をとって、この光景を眺めている人たちは、みんな僕に向けて手を合わせている。

人間の脳は偉大だ。生命の危機を感じると、ものすごい加速で自分の過去を思い出し助かる方法を探そうとする。
それは走馬灯とか呼ばれたりしている。いつもの僕なら考えもつかない名案をひねり出した。

「今日と明日の食事、僕の分も食べていいから!」

叫んでから気がついた。これ、すごく情けない発言じゃない?
それでもキャムの歩みが止まった。門はあいた。攻め込むならいましかない。
「……二日間だけなの」
「む、むこう三日間」
「三日後に切られたいってこと」
「四……五日間、僕の食事代をあげる。プラス、その料金内で好きなもの食べていい」
ようやく柄から手が離れた。
助かった。周りから「なさけねぇな」「あれでも男かよ」と嘲笑されても生きているほうが、いい。
心からの安堵のため息を吐く。
「エマ」
キャムがいつもの調子で呼びかけてきた。穏やかな午後の空気が流れている。
「あ、はい」
「いこう」
そのままキャムはすたすたと歩いていく。観衆が海のように割れて、キャムの前に道ができた。

「どこに?」
追いかけて声をかける。キャムが振りむいた。
「エマが少し前に自分が言ったことも忘れてしまう程愚かだとは思わなかった。あの粗大ゴミの店主より中身はあると思ってたのに」
「たぶん、人並みにあるとは思うけど」
それにキャムの胸よりは確実にあるよ、と言おうとしたところで、なんとかその言葉を飲み込んだ。
ようやく眠った鬼を起こすのは、自殺志願者か頭の悪い勇者だけだ。
僕は今日、モンスターを倒さずにしてレベルアップしたのかも知れない。

「好きなものをって言ったでしょ。とりあえず各露店の商品を買えるだけ買いに行くの」
そう言ってキャムが進む先には、チアの街名物の移動露店街がある。平日で少ないとはいえその数はざっと30店舗ほど。
財布の中身を確認して、泣きたくなった。しかも僕は食べることができない。
さっき助かったはずの命が、五日間の断食で餓死なんて、本当に笑えない。
キャムに呼びかける。どうにかして僕の分の食費も少し残してもらえないだろうか。
「キャムさん、折り入ってお話があるのですが」
「なに。食事関係の話だったらそこらへんのゴミ箱に叫んでいて。回収されて海に流れてしまえばいい」
こっちを向かずにキャムが答えた。
「でも」
「だめ。わたしは剣を一日一回しか抜かないってエマとの約束、守ってる。だからエマも約束は守って」
答えられずに、ちらりとキャムを見た。心臓が止まるかと思った。
キャムは、とても幸せそうな笑顔をしていた。

おいしいものが当分いくらでも食べられる喜びなのか。
それを『僕が食べられない』のを見ることの喜びなのか。

「キャム」
「なに」そう言って振りむく顔は、まだ笑顔のままだ。
「あのー、つかぬことをお伺いいたしますが」
「お腹減ってる。はやくして。はっきり言って。すぐに。なに」
立て続けに不満を口にする。一息吸い込んで、覚悟を決めた。
「あのですね……なんでまた笑っているんでしょう」
一瞬殴られると思った。沈黙のあと、キャムは「む」と自分の顔に手をやった。
ぺたぺた、と頬のあたりを触る。両頬をムニムニと揉んだ。

「……知らない」謎のマッサージを終え、珍しく素直に答えるキャムは、いつもの表情に戻っていた。
強く触れすぎたのか、頬が少し紅くなっているのが見えた。
「キャムってオオバシスイセンみたいだね」
つい口に出してしまった。どちらかと言うと、褒めたつもりだったのだけれど、
「意味がまったくわからない。独り言なら聞こえないように口に蓋をして言ってなさい。あわよくばそのまま呼吸困難で永眠してしまえばいい」とにべもない。
目当ての露店を見つけ、キャムが小走りになった。
これほど『食』に貪欲で、理不尽で、不条理の塊の悪魔は、そうはいないだろうと思う。
離れていくキャムの腰から、ベルトと鞘の金具が擦れ合う音がして、僕はまた少し震えた。

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