Usual Quest
ユージュアル・クエスト

番外編.「crossing star」(猫鍋作)

町と町、あるいはそれ以外の名づけられた土地へと広がっていく街道。
クエストに向かう途中の冒険者がまばらに通る中、時折吹く風が草原を撫でていく、そんな穏やかな風景の途中に、
ポツンと……まるで夜空から零れ落ちたかのような深い紫色のテントが佇んでいた。
今にも倒れそうな見た目に反して、吹き付ける風にバタバタと煽られても軋みをあげることなく、真っ直ぐと立っている。
飾り気の無い様相を呈してはいるが、しかし入り口の前には、

【占い師・ヒースの部屋 一回:千ゴールド〜二千ゴールド】
【占いがご入用の方はベルを鳴らしてください】

と、客を招いていることを表す看板が掛けられていた。


日の出に近い早朝、ベルが鳴った。
「どうぞ、お入りになってください」
「邪魔するよ。へぇ、意外に中は広いんだね」
テントの中に女性のランサーが入ってくる。
背負っているランスをテントにぶつけないように、しなやかな身のこなしでスルリと椅子にかけた。
「それでは、あなたのお名前と、占って欲しい内容をどうぞ」
「えーっと、あたしはアイ・エマンド……ここってさ、恋占いとかもできるわけ?」
「ええ、承っています」
「だ、だったら、その……あたしと、グラン・グレンってヤツの相性とか、そういうの……占ってもらえないかい?」
「くす……分かりました」
占い師は水晶玉に手をかざし、何やら二言三言呪文を唱えた後、
水晶玉の内から現れた炎のようなものをまじまじと見つめ、告げた。
「そうですね……アイ様と、そのグランという方とでは、現状のままではあまり相性が良くありません」
「そう、なんだ……はは」
アイから乾いた笑いが漏れる。しかしそこで占い師はキッとアイの目を射抜き、さらにこう告げた。
「これはひとえに、まだまだお二人には時間が必要だからです」
「仮に現在コトを急いでも、決して長続きしません。それゆえ、焦ってはいけないという意味で申し上げました」
「あなたには必ず、それと分かるチャンスが訪れます。その時を待つべきです」
「希望はあるのかい?」
「ええ、少なくともあなたがチャンスを得るまでには、そのグランという方は誰とも結ばれることは無い……と、見えています」
「……それを聞いて安心したよ。いくらだい?」
占い師は値段を告げると、アイはそれに応じて千ゴールド払い、テントを出て行った。


日も高く上がった頃、またベルが鳴った。
「どうぞ、お入りになってください」
「し、失礼します」
ギクシャクとした動きで、若い貴族風の青年がテントの中に入ってくる。
「それでは、あなたの名前と、占って欲しい内容をどうぞ」
「ぼ、僕はレイモンド・リッチ。占って欲しいのは……この人のことです」
そういうと、レイモンドは机の上に小さな似顔絵を取り出した。
「この人は、アメリア・イーストウッドと言って……今度、僕と結婚する予定の人なのですが」
「僕は、彼女を幸せにする自信がありません。そこで、何かアドバイスをいただければと思い、こうして伺いました」
「……なるほど、承りました」
占い師は水晶玉に手をかざし、何やら二言三言呪文を唱えた後、
水晶玉の内から現れた、猫のような何かをまじまじと見つめ、告げた。
「ふむ、猫ですか」
「どういう意味なんです?」
「少し申し上げにくいのですが……アメリアという方の幸福に関しては、レイモンド様が特別何かをする必要は無い、という風に見えております」
「ただ……」
「ただ?」
「それはつまり、レイモンド様自身を必要としていないことにも繋がりかねません」
「レイモンド様が、アメリアという方を愛しているというのなら問題はありませんが、そうでないのであれば、この結婚は考え直した方が良いでしょう」
「それならば心配は無い。僕は彼女を愛している」
「左様ですか。なれば、お二人の行く末に幸多からんことを、心からお祈り申し上げます」
占い師は値段を告げると、レイモンドはそれに応じて二千ゴールド払い、テントを出て行った。


日が空の真上を通り過ぎる頃、本日三度目のベルが鳴った。
「えっと、ここか? 最近流行りの占い屋ってのは」
「流行っているかどうかは存じませんが、占いを営んでいるのは確かです。どうぞ、お入りください」
剣士らしき男がテントの中に入ってくる。
一瞬、めくりあげられた入り口の傍らに、魔術師らしき男が連れ添っているのが見えた。
「それでは、あなたの名前と、占って欲しい内容をどうぞ」
「俺の名はリブレ・ロッシ。占って欲しい内容は……君との相性」
「くす、ご冗談を」
「いやいや、確かに入る前は別のことを聞こうとしてたんだけどね。君を見た瞬間、俺は運命を感じたんだ。こう、ビビッと」
「ふふ、そういうことでもありませんよ。私には見えています」
「リブレ様は『勇者』としての資質を占いに来た……違いますか?」
「……さすが。占いの腕は伊達じゃないってワケか」
はい、と頷いて占い師は、被っていた紫色のヴェールを脱いだ。
透き通った銀髪と赤い目が現れる。その瞳の内に、何かの紋様が蠢いているように見えた。
「では、お手を拝借……」
占い師はリブレの左手にそっと両手を重ね、呪文の詠唱を始める。
流れてくる音の意味はともかく、リブレにとってこの詠唱は、聞きなれた響きを伴っていた。
「……はい。ではお伝えします」
『さしあたって目指すべきは自己の鍛練なり。冒険者ギルドに登録し、レベルとお金を稼げ。さすれば道は開かれん』
「なるほどな……ありがとう。御代はいくらだい?」
「『勇者』選定なので、二千ゴールドいただきますが……」
占い師が御代を告げると、彼の稼ぎからはそう少なくない額にも関わらず、嫌な顔一つせずにキッチリと支払われた。
そのまま立ち去ろうとしたリブレだったが、その前に占い師から問いかけが投げられた。
「お待ちください、リブレ様。少々不躾ながらも申し上げますが」
「先ほどの選定の際、私はリブレ様が全くこのとおりの結果を、既に幾たびも受け取っておられるとの情報を得ています」
「もしこちらが真実で無いならば、私の占いで御代をいただくことはできません。全額、お返しいたします」
占い師にもプライドがあった。占いの結果に少しでも疑問を抱くようなことがあるならば、それを人に伝えて良しとすることはできなかった。
だが、占い師の葛藤をよそに、リブレは平然と答えを口にする。
「へえ、最近はそういうのも分かるようになったのか」
「でも大丈夫さ。君が間違ってるワケじゃない。確かに俺は、他の占い師からも同じ結果を聞いてるからな」
「だったら、何故……」
「可能性が残ってりゃ、とりあえずはいいのさ」
そう言ってリブレはテントから出て行った。
あとに残された占い師は首をかしげつつ、何だかモヤモヤした感情を抱きながら席に戻った。


日も暮れかけ、もう店を閉めようかと思った時……。
「!? 誰っ!」
「す、すいません。ちょっとの間、かくまってもらえませんか」
ベルも鳴らさずに、線の細そうな男が突然テントの中に駆け込んできた。
男は入ってくるなり、不意を疲れて狼狽している占い師に土下座をした。
「追われてるんです、お願いします!」
「はぁ……大変そうですね。まあ、しばらくならいいですけど」
「本当ですか? ありがとうございます!」
礼を言った瞬間、男は急に体をビクリとさせ、机の下にもぐりこんでガタガタと震えはじめた。
耳をすませると、テントの外からガシャ、ガシャと何か重い金属をひきずるような音がする。
と――その金属音がテントの前で止まり、再度入り口が開けられた。
「占い……? ねえ、そこの占い師」
「はい、なんでしょう」
「生まれたばっかりのウィンダムみたいに震えた、情けない男見なかった?」
(僕はいないって言ってください)
「どうでしょう。少なくとも、私の目の前には餓えたウィンダムみたいな方が居ますけど」
入り口を手で押さえていた、重鉄製の剣を携えた女性の目の色が変わる。
ずんずんと占い師に近寄り、威嚇的に顔を近づけると、互いに睨みあいを始めた。
「ね、喧嘩売ってる?」
「いいえ。だって、私は占い師ですので」
(やめてー。そういうの一番嫌いなんだから、怒らせないでー)
「何でしたら、その男の行き先、占ってさしあげましょうか?」
「ふふ……そうね。それもいいかもね」
どっか、と椅子に腰掛ける女剣士。
それから名前を確認した占い師は、わずかに震えが伝播している水晶玉に手をかざし、呪文を唱えた。
すると水晶玉には、真っ赤な鮮血の溢れ出る杯が映し出された。杯の影は、対称な人の横顔になっている。
「あ……あらあら、うふふ。私、てっきり勘違いしちゃってたみたいです」
(え? なに? どゆこと?)
「ごめんなさいね、てっきり借金取りか何かだと思っちゃって」
そう言うと、占い師はあっさりと机をどかし、その下で震えている男をあらわにした。
何が起こったのかわからずに呆然している男は、占い師と女剣士の顔を交互に見やる。
「さ、御覧のとおりです。御代は結構ですので、どうぞお連れ帰りください」
「誰が払うか、この詐欺師……ほら、いくよ」
「うぅ、お姉さん、助けてください」
「その必要は無いですよ」
襟首を引っつかまれながら、ずるずると外へ連れて行かれる男に、占い師はニッコリと笑顔を向けた。
「私の占いでは『少なくとも死ぬことは無い』って出ましたから」


「んー……」
すっかり夜の帳が落ちた頃、占い師は夜空に向かって背伸びをした。
「さて、そろそろ行かないと」
遠くの山の稜線から覗く月に向かって手を伸ばし、呪文の詠唱を始めた。
するとそれまでテントだった紫色の布は瞬く間に占い師の体を包み始め、さながらマミーのごとく容貌へと変化させる。
そして、いつ終わるとも知れぬ、遥かなる旅路へと歩きだした。


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