「おーい、エセ神父ー? いるかー?」 ったく、うるせえなあ。客なら客らしく、ベルを鳴らして黙って待ってろってんだ。 「うるせーな、いま朝の何時だと思ってんだ!」 「お前こそ何言ってんだ、もうとっくに昼にだぜ。仕事を持ってきてやったんだから、さっさと出て来い」 「はいはい、わーかりましたよっ、と」 一旦起きちまう覚悟を決めると、案外素早く支度ができるもんだ。 ひとつ大あくびをした後、習慣じみた手順でパッパと着替えを済ませ、最後に鏡を見て全体をチェックする。 ……よし、今日も中々の伊達男じゃねえか。野暮ったい法衣さえなきゃ、女どもが放っておくわけないんだがな。 おっと、自己紹介が遅れたな。俺の名はイーノ・グロッヴ。 若い頃は『狂犬のイーノ』なんて言われて傭兵稼業でならしたもんだが、 腰を痛めて引退してからは、何の因果か知らねえが、故郷のガッタニで神父なんてもんをやるハメになったのさ。 つくづく面倒くせえ仕事だが、ま、親父が死んでからは俺ぐらいしか家業を継ぐ奴がいなくなったってんで、仕方ねえやな。 「おう。それで、仕事ってなんでえ」 「おいおい、仮にもお前は神父だろう……なんだそのボーボーの無精ひげとチリッチリな頭は。それで仕事を受けようってのか?」 このいけすかねえ小僧はレイモンド・リッチ。 コイツの親父には随分と世話になったが、どうやらあの豪快な性格は似なかったらしく、 俺の方が年上だってのに、いつもどこか見下したような目付きで「エセ神父」なんて呼びやがる。 一応これでも領主の息子ってんだから頭はあがらねえが……ち、いけすかねえスネッかじりめ。 「悪ィな、公私混同はしねえ主義なんだ。仕事は仕事でキッチリやらせてもらうから、安心しな」 「ふん……まあいい。それで、仕事の内容だけど……その……」 「何だ、ハッキリしねえな」 「……ぼ、僕が今度、妻を娶ることになったんだ。それで、ここで結婚式を挙げさせてほしい」 「へぇー、お前がか? 随分と珍しいこともあるもんだ」 「茶化すなっ! ……それで、受けてくれるんだろうな」 「ああ、もちろん。たまにゃ俺も仕事しねえとな」 「だけど、何だって俺の教会で挙式なんでえ? 他にもいろいろとデケェ教会やらがあるだろうに」 確かに親父から継いだこの教会はオンボロって程でもないが、他の大教会なんかと比べると、結婚式を挙げるにはいささかか風情が足りねぇ。 特に領主の息子ってんじゃ、それこそ冠婚葬祭の婚が祭になってもおかしくねえくらいのビッグイベントのはずだ。 「……両親の反対を押し切って婚約を結んだんだ。それで『結婚は認めてやるが、ワシの金で挙式を挙げるのは許さん』って言われて」 「ふーん。随分と思い切ったことしてんじゃねえか」 ちなみにコイツの親父は怒らせるとめちゃくちゃ怖ぇ。俺が狂犬ならあっちは暴れベアーってんで、 本気の喧嘩をした時ゃ、お互い一ヶ月は絶対安静だったなぁ……。 まだまだ小僧たぁ思ってたが、あの親父に張り合うほど成長してたんだな。 「んで、アイツの金を使わねえってんなら、おめえの予算。いくら出せるんだ」 「えーと、このくらい……」 「まぁた随分と足元見てやがるなオイ」 式の諸々をまとめた帳面を渡されて見ると、予算はギリギリもギリギリ、飾る花一つ多けりゃそれで予算オーバーしちまうくらいギリギリだった。 ……けど、この金額でも俺が断れねえってこと、アイツは分かってて寄越したんだろうな、チクショウめ。 「頼むよ、イーノのおっさん! ここでダメだったら僕たち、どこも式なんて挙げられない!」 俺が渋い顔で帳面を眺めてるもんだから、何をトチ狂ったのかレイモンドは土下座し始めやがった。 いやまあ、答えなんてとっくに出てるんだがな。 コイツはコイツで付き合い長ぇし、俺にとっちゃ年の離れた弟みたいなもんだから、仮にこれより低い予算で来られても引き受けてただろうよ。 「人にモノぉ頼む時におっさん呼ばわりたあ、いい度胸してんじゃねえか、ええ?」 「……っ、イーノ神父! お願いします!」 それでもまあ、イジワルしたくなるってのは一つの親心ってヤツか? 多分違ぇな。 「わぁったわぁった、これでやってやんよ。一つ貸しにしといてやっから、ほれ、とりあえず顔上げろ」 「ありがとう、ありがとうイーノ神父!」 「おっさんでいい。ったく、こそばゆいったらありゃしねえ」 なんやかんやコイツのプライドの高いことは知ってるし、そこまでして守りたい女がいるってんなら、 祝福しねえってのはウソだろ、なあ。 「喜ぶのはまだはぇえぞ。今からが忙ッしくなるんだ」 その言葉に嘘はねぇ。だいたい予算をかけた挙式が豪華なのは、金で時間を買ってるからだ。 金が無きゃ時間も買えねえ、つーことは時間をかけて豪華にしなきゃならねえ。 そのためには花婿にも手伝ってもらわにゃ……確か自室の机の……まずは『結婚式マニュアル』の156ページ。 これをメモって……いいや面倒くせえ、破いちまえ。それから……盗まれてなきゃまだあるはず……あった、俺のヘソクリ。 「とりあえず、これとこれとこれをこの金で買って来い。ぜってぇ数間違えんなよ」 「……この金は?」 「ああ、俺からのご祝儀だ。少しばかりはぇえが、とっときな」 「ほらさっさと行け! 間に合わなくなっても知らねぇぞ!」 「あ、あぁ!」 やれやれ、やっと行ったかあのボンクラめ。 さぁて、挙式の仕事なんて何年ぶりかねぇ……とりあえずは、椅子の新調からか。 「ふっ、久しぶりに腕が鳴らぁな」 法衣なんて邪魔くっせぇ、元々の領分はコッチなんだっての。 ハンドアクス握んのも久しぶりだなぁ……獲物が木だけってのも張り合いがないが、ここは一つ働いてくれや、相棒。 ざわざわ……ざわざわ…… 「……ふう、何とか間に合ったぜ」 取っ掛かり始めたときゃいろんな不安もあった……特にあの予算じゃあ、人なんて三〜四人ぐらいしか雇えねぇ。 その分俺が働きゃいいと思ってたが、意外や意外、あの小僧人望がありやがる……同じ世代の若いモンが、後から後から手伝いにきやがって、 結局普通に請け負うより随分楽に、しかも稼げてるってぇことには、頭が下がらぁな。 「なら、その分サービスしてやんねぇとな」 それにしても大丈夫かねぇ、俺の頭。 肉体労働はお手のモンだが、説教やら宣誓やらなんて前にやらかしたのはいつだっけか。 ……まあ、いざとなりゃ、俺には最終手段があるしな。当たって砕けろ、だ。 「えーえー、皆様、お静かに」 「ただいまから、新郎『レイモンド・リッチ』と、新婦『アメリア・イーストウッド』の結婚式を執り行います」 結婚式中って、まだ旧姓で良いんだっけか? まあ、感じ感じ。 「それでは、新郎新婦のご入場ー」 じゃーんじゃーんじゃじゃーんじゃんじゃんじゃん じゃーんじゃーんじゃんじゃんじゃん なんてお決まりの曲が流れ始めた。 演奏してんのも、もちろん小僧のコネで呼ばれてるゴキゲンなヤツラだ。 ところどころアレンジ加えやがって、ったく、ここは酒場じゃねえっての。 おっと、壇の前に来やがったか……誓いの言葉の前に、前口上があったんだっけか。 「えーと」 『本日ここに契りを交わすは、父なる神の愛から……』 やべえ、やっぱり出だしだけしか覚えてねえ。しょうがねえ、早速だが最終手段を使うか。 覚えてるありったけの出だしをゆーっくりと伸ばして言いながら、確か壇上の紋様を、こう、こう、こう、と。 「!?」 「なんだ……これは演出か?」 ふっふっふ、知らねーヤツら、驚いてやがる。 実はこの教会の内壁にゃ神聖文字がびっしり書かれていて、壇上の紋様をいじれば発光する仕掛けになってるのさ。 だがまあ、何の意味もなくそんな仕掛けがあるわけでもねぇ……多分、記憶力が悪いのは先祖代々からなんだろうな。 情けねぇ話だが、俺ら神父の家系にとっちゃ、巨大なカンニングペーパーに早変わりってワケだ。 「……(ジロリ)」 ま、レイモンドの小僧にはバレバレだけどな。 ここの秘密のこたぁ昔っから知ってたし、知っててもそれを口に出したところで何があるってんでもない。 どうせ俺ら以外にゃ読めないし、実際に見なきゃどういうもんかなんて知りゃしないだろうからな。 『新郎レイモンド・リッチ。あなたは 新婦アメリアが病めるときも、健やかなるときも、 愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?』 「はい、誓います」 『では、新婦アメリア・イーストウッド。 あなたは新郎エルモンドが病めるときも、健やかなるときも、 愛を持って、生涯支えあう事を誓いますか?』 「はい、誓います」 後は指輪の交換と、んで…… 『ではヴェールを上げてください。誓いのキスを』 「ちょーっとまったあああああ!!」 って、オイ。いきなり扉バーンっつって、男が乱入してきたぞ。 ひょっとしてアレか? 花嫁泥棒ってヤツか? やべえ、面白くなってきた。 「その結婚認めねぇ! レイモンドと一緒になるのはこの俺だぁっ!」 そうそう、レイモンドと一緒になるのは……って、あれ? 入り口にいるの、男だよな。それもどう見てもガチムチ系の。 んでツカツカツカと歩いてきたかと思えば、レイモンドを手を掴んで連れ去ろうとしてるじゃねえか。 「いざ往かん! 我らの旅路へ!」 「ちょ、ちょっと待てサミュエル! お前、僕のことあきらめたんじゃなかったのか!?」 小僧の方もまんざらじゃねえ様子だ。おいおい、ここに来てまさかの番狂わせか? 「いいや、俺があきらめた理由は、そこの女が『レイモンドはもうあなたになんか興味ないわ』などと唆されたからだ!」 「俺は愚かにもお前をあきらめようとした……でも出来なかった!」 「そして気がついたら、そこの女はお前と結婚しようとしていた……俺は気づいたね、ハメられたことに!」 「……本当なのか、アメリア」 「……いいえ! その男こそ虚言を撒き散らす外道ですわ! 何をしているのです親衛隊、そこの男を取り押さえなさい!」 「イエス、マム!」 「離せィィ、俺は真実の愛に生きるんじゃあああ!!!」 うほっ、すげえなこのサミュエルとかいう筋肉ダルマ、掴み掛かってきた細っ子をラリアットで全部吹き飛ばした挙句、そのまま小僧を肩に担いで教会の外に行っちまった。 ……まあ、神は不実とか虚言とか許さねえとか言うしな。 確かに騙し騙しやるのが男と女の付き合いってもんだが、ここは教会だ。真実がどうあれ、こんな展開もアリっちゃアリだろ。 「……」 当然教会内は大混乱だ。婿側の親族はアイツがバカ笑いしてる以外はもう通夜みてーになってるし、嫁側に至ってはもうほとんど残ってねぇ。 それにしてもまあ、かわいそうな女だな、おい。 小僧相手に小手先利かせて、かえってダメになったっつーの差し置いても、見てくれはいい女だと思うんだがなあ。 小僧にゃもったいねえくらいのべっぴんだってのによ。 「なあ、おい、ねーちゃん。あんな小僧なんかより、俺と付き合わねえか」 「……汚らわしい! 触らないでくださいまし、このエセ神父!」 なーんて言葉と共に視界が白く染まったと思ったら、気がついたら仰向けになってたわけさ。 あー、十字架が今にも落ちてきそうだ。……いいアッパー持ってるじゃねえか、ますます気に入ったぜ。フラレちまったけど。 隣人を愛せよってんじゃなかったっけか? 世知辛い世の中になったもんだぜ、なあ、神さんよ。 |